第8話③バックスコーチ
珍しく村西と一緒に各部に社内報を配布しているときに、官庁営業部 部長の春山に声をかけられた。
村西も顔見知りらしく、
「ご無沙汰しています」
と笑顔で挨拶を交わしていた。
春山は
うちの桜庭も頭抱えちゃっているみたいだけど、「田﨑くんは大丈夫?
バックスコーチの後任は見つかったの?」
と田﨑に聞いた。
「監督が探してくれているみたいですけど、まだ見つからないみたいです」
田﨑は心底困って答えた。
「田﨑くん人事だろ。
あいつにお願いしてみたらどうだ?
あいつのプレーを見ているだけで楽しかったなぁ。
前にも言ったけどさ、あいつがフルバックで15番を付けているだけで、敵に抜かれる気がしないんだよな。
苦しいときも最後方から仲間を励まし続けながら、邪魔されても少しずつ前に進むあいつを見て、同期と一緒に自分たちの仕事と重ねながら、俺たちも進むしかないな。って話しながらよく飲んだよ。
ラグビー好きの大将がいる割烹東って知ってる?あそこによく行ってたよ」
遠い目をしつ春山は語った。
「東は自分たちもしょっちゅう行きますね」
田﨑は答えた。
「まあ、名プレーヤーが名コーチかは分からないけどね」
と、笑いながら春山は言った。
田﨑は口を挟んだ。
「ところで、あいつって誰ですか?」
と、見当もつかないので真面目に聞いた田﨑に、
春山と村西は驚いた顔で目を見合わせて答えた。
「えっ、、、吉川部長だよ」
何を言われているか分からない田﨑は
当たり前の質問を返した。
「吉川部長って人事の吉川部長?
自分の上司の?」
「そうだよ。
そんな話もしないまま、吉川部長は自分のこと嫌いとか、小学生みたいなことを言ってたから笑っちゃったよ」
村西は笑って答えた。
「ちなみに俺は吉川の同期入社。
あいつのラグビーを取引先と見に行って
たくさん仕事を取らせてもらった恩人だな」
春山も笑った。