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第二話

「さて、それじゃあキミの仮の身分を用意する事にしよう」


 自己紹介が終わると、アイさんはそう言った。仮の身分……って、変装するって事かな?

 僕がそう思っていると、アイさんの周囲にまた紫色の文字が浮かんだ。


「絶対持ち主が帰って来なさそうなアカウント……序盤に放置して、尚且つ昔過ぎず最近過ぎないくらいの……うーん……」


 僕を自由にした時と同じように、紫の文字は何度も明滅しては高速で流れ次々と切り替わっていく。彼女のしている事が何なのか、僕にはサッパリ検討もつかない。


「……ヨシ。コレにしよう」


 やがてその言葉と共に、紫の文字はぴたりと停止した。そこでおもむろに、彼女が僕に向き直る。


「待たせたねェ。今からキミのデータに、ユーザーアカウント……つまりワタシ達外の世界からの来訪者のデータを被せて偽装するよ。心の準備はいいかい?」

「そ、それをやると、具体的にどうなるんですか?」

「まず見た目が変わる。それから武器や防具を身に付けて、自分の身を守れるようになる」

「身を……?」


 出てきた物騒な単語に、思わず息を飲む。……そういえば、街の外には魔物がいると、ぼんやりとした記憶の中にあったような気がする。

 アイさんの身なりを改めて見れば、服装こそこれで戦うとはとても思えないような華やかなものだけど、背中に大きな斧を背負っていた。それはつまり、アイさんと共に行くならば、魔物との遭遇は避けられないという事で……。

 ……何だか、怖くなってきた。武器の振るい方も知らない僕に、魔物をどうこうなんて出来るのか?


「怖くなったかい?」


 と。そんな僕の心情を見透かしたように、アイさんが言った。


「そ、れは」

「申し訳ないけど、自由とはそういうものだよ。自分の面倒は、自分自身で見なきゃいけない。ワタシはキミの同行者だが、保護者じゃない。もちろん手助けくらいはするけど、何でも守ってもらえるとは考えない事だネ」

「……っ」


 ……咄嗟に何も言い返せなかった。確かに彼女はさっきも、僕が装置に戻る事を選ぶならそれでもいいと言った。親切心から僕を助けるとか、そういう感情がない事は確実だ。

 正直なところ、無意識のうちに、何かあっても彼女が守ってくれると思っていたのは否定出来ない。でも彼女の側にそこまでの義理はないというのは、ちょっと考えれば解る事だったんだ。


「……怖い。死ぬのは怖い、です」

「だろうね。ワタシ達はこの世界でいくら死のうが後から蘇生出来るけど、キミの場合は極めて特殊な状況だ。死んだ後もキミが自我を保ち続けられるかどうかは、悪いけど自称カミサマたるこのワタシでも想像出来ない」

「……」

「だからと言って後生大事に守ったところで、きっとワタシの見たいものは見られない。だからそうしない。……薄情だと怒るかナ?」

「……いえ。いえ、思いません」


 機嫌を取ろうとかじゃなく、心からそう思った。守ってもらえて当たり前なんてのは、甘ったれで子供じみた考えだ。

 きっと生きるとは、そういう事なんだ。この世界で、本当に生きるという事は。


「その、自分の身を自分で守る事は了解しました。で……見た目も変わるんですか?」


 恐怖を一旦飲み込んで。もう一つ気になった事を、僕は聞いた。


「当然だろう? モブ……この世界の一般人をワタシ達はそう呼んでるが、それが自由に動き回っているというのはヒッジョーーーに目立つ。キミに異常が起こった事はすぐバレる」

「……だから、アイさんの世界の人に変装を?」

「イエス。根本のプログラムはキミのままだけど、神様や他人からは、キミはワタシの仲間にしか映らなくなる」

「……」


 アイさんの言った言葉を咀嚼する。それは無知な僕が聞いても理に叶っていて、断る理由もない、だけど。

 それでも、生まれ持ったこの姿に、未練のある自分がいた。


「……その前に、父とローラに会ってきてもいいですか」


 考えた末に、僕はアイさんにそう言った。


「マァ、そのくらいの猶予ならあると思うけど。理由を聞いておきたいナ?」

「一度くらいは……今の僕のままで、二人に会いたいんです。……例えそう設定されただけの繋がりでも、今の僕にはそれしか繋がりがないから」

「……」


 アイさんが、無言で僕を見つめる。その視線が少し居心地悪くて、僕は思わず目を逸らせてしまう。


「……多分、キミの望む結果にはならないとは思うケド。それでもイイなら、付き添うくらいはしてあげるサ」


 やがて深い溜息と共に、アイさんはそう言った。それはもちろん、自分がいない間に僕が修正されたらつまらないという理由もあるんだろうけど。

 僕が現実を目の当たりにする事で傷付くと予想して、一人にするのを避けようとしてくれたのじゃないかって。そんな都合のいい事を、彼女の態度から思ったりしたんだ。


「……ありがとうございます。それじゃあ、行きましょう」

「ちょっと待った。その前に、この場所の偽装をしておかないとネ」


 けれど僕が歩き出そうとすると、アイさんはまた文字列を空中に走らせた。それが進む度に何もなかった空間が光り、人間の姿が生み出されていく。

 そうして光が治まると、そこには僕と同じ背丈の気弱そうな青年が佇んでいた。


「……これって、もしかして」

「そ。キミだよ。マァ、キミと違って、話しかけても一切反応しないハリボテではあるけどサ」

「……」


 その言葉に、目の前の僕をジッと見つめる。自分自身を完全に客観的に見るというのは何とも不思議で、同時に不気味な感じがする。


「それじゃあこの場の偽装工作も終わった事だし、行こうか。キミの望みを叶えにネ」


 そうして僕らは共に、まずは武器屋に向かったのだった。



 父との生まれて初めてになる対面は、あっさりと終わりを告げた。

 初めて目にした父は僕と違って、筋骨隆々の大柄な男だった。彼は僕には目もくれず、ただ機械的に、アイさんに武器を売ろうとするだけだった。

 この世界の人間は装置。そんなアイさんの言葉が、ハッキリと実感出来た気がした。


「……一応言っておくとネ。彼は意図的に、キミを無視した訳じゃない。この世界の人間には反応出来ない、キミらはそういう風に生み出されている」

「……大丈夫です。僕も、本来はこうだったんですね」

「そう。だからキミを見た時は、このワタシをもってすら、何が起きているかサッパリ解らなかったとも」


 やれやれという風に溜息を吐くアイさんを見て、心が沈む。僕と違い、父は、自分の存在に何一つ疑問を抱く事なくその生涯を終えるのだろう。

 その事が、何だかとても悲しく思えた。


「……一応聞くけど。本当に、ローラの方にも会いに行くかい?」


 おもむろに僕に問いかけた、アイさんの意図は何となく解る。ローラと会っても同じ事だ、それよりも早く変装を始めた方がいい。きっと、そう言いたいんだと思う。


「……はい。会いに行きます」


 それでも僕は頷いた。僕が好きだった、正確にはそう思わされていた女の子。例えこれが偽りの想いでも、初めて彼女に会うのは、どうしても僕自身のままが良かったんだ。


「……ふは。一見無意味な事に、それでもこだわりを見せる……いや実に、人間らしい行動じゃないか。イイね、そうじゃなきゃ。最初は惰性だったけど、ワタシ自身キミのこだわりの結果を見たくなったよ」


 すると彼女はさっきまでと違い、本当に楽しそうに笑った。人間らしい……のだろうか、正直その境界が僕には解らない。

 けれども僕という存在が、彼女の興味を強く引いている事は確かなようだった。


「花屋は……確かこっちだったネ、ウン。さすがに序盤の街のあまり利用しない施設となると、サービス開始初日から遊んでいても記憶があやふやだ」


 心なしかさっきまでより足取りの軽い感じで、アイさんが歩き出す。僕も浅く深呼吸し、その後に続く。

 どこに何があるかは知っている、なのに、初めて目にしたような気がする街並み。例えるなら、地図は熟読したのに実際に訪れた事はない、そんな感じ。

 それが他ならぬ、自分が生まれ育った街に関する感想だというのが、酷く滑稽に思えた。

 やがて花屋が見えてくる。その店先に立っている女の子に、自然と目がいった。


 艶のある、栗色の長いお下げ髪。身に付けた白と水色のストライプ柄のエプロンからは、素朴さと清潔感が感じられる。

 アイさんのように人目を引く美人ではないけれど、素朴で可愛らしい顔立ち。……きっと、あの子がローラなんだ。

 ローラは声を張り上げて、店先の花を宣伝している。そんな彼女に、僕はゆっくりと近付いた。


「お花はいかがですか? 薬草として使えるお花も取り揃えてますよ!」


 僕がどんなに近付いても、彼女はやっぱり見向きもしない。解っている。彼女には、僕が認識出来ない。

 でも、彼女の纏う柔らかな空気が。飾らない、柔らかな微笑みが。

 何も知らずに出会っていたら、きっと僕は恋に落ちていただろう。植え付けられた記憶だけじゃなく、強く、そう思った。


「……ありがとうございました、アイさん」


 今度は後ろで待っていてくれたアイさんを振り返り、僕はそう言った。今度こそ本当に、この世界で意思ある存在として生きていく覚悟が固まった。


「もういいのかい?」

「はい。……色々、スッキリしました」

「そうかい。それは何より」


 アイさんは小さく笑い、一度見た文字列を再び宙に映し出した。僕は緊張のあまり、思わず目を固く閉じてしまう。


「キミの本質は、決して変わらないけどサ。新しい人生、思い切り楽しんでごらんよ?」


 耳に届く、そんな涼やかな声。全身を柔らかな感触が包んで、そこから伝わる熱が僕の体温を高めていく。

 その感覚に身を委ねていると、不意に、初めて自由を得た時以上に体が軽くなった。


「……終わったよ」


 その声に応え、そっと目を開ける。目線は変わらないけれど、視線を落とせば、細かった体が筋肉の付いたがっしりとしたものへと変わっていた。


「視界の右上辺りを、素早くトントンと二回指で叩いてごらん。今のキミがどういう存在か、知る事が出来るヨ」


 言われた通りに、視界の右上辺りを指で叩いてみる。直後、目の前に半透明の何かの表が映し出された。

 名前、マコト。レベル、5。それと背中に長剣を背負った、誰かの全身像……。その服装を見てみれば、今僕が着ているものと同じと気付いた。

 つまり今、僕は、彼の姿と身分を借りているという事だ。


「そこに書かれてる内容については……マァ、キミの旅立ちの準備を整えながら説明するとしよう。さすがにその初期装備のままだと、行動範囲が極めて限られるからネ」

「わ、解りました」

「それじゃあ、元々この世界の人間のキミにこう言うのは野暮かもしれないケド……」


 そこで一旦言葉を止めて。アイさんは、僕に手を差し伸べこう言った。


「ようこそ、『レジェンドオブワース』の世界へ。新たなプレイヤーであるキミを、本物の神様に代わって、心より歓迎するよ」

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