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第十七話

「じゃーん! 聖者・月音、誕生です!」


 見た目自体は全く変わってない月音さんが、そう言って嬉しそうにバンザイをする。僕はその様子を、微笑ましく見つめた。


 ダゴンを倒した僕達はすぐにメルビナに戻り、月音さんのクエストの終了を報告した。そして月音さんは念願の、聖者になる事が出来たのだ。


「本当にありがとうございました、マコトさん、Leiraさん! お二人のおかげで、無事目標を叶える事が出来ました!」

「あはは……とは言ってもほとんどはLeiraさんのおかげで、僕は些細な事しかお力になれてないですけど……」

「何言ってるんですか! マコトさんがいてくれたから、私、最後まで頑張れたんですよ!?」


 頬を掻きながら言った僕の言葉に、猛然と反論する月音さん。その剣幕に、嬉しいより先に何だか照れてしまう。


「結局、本当にこれで引退するのかイ?」


 不意にアイさんが、そう問いかける。すると月音さんは、寂しそうに笑った。


「はい。正直言うと、続けられるなら続けたいなって考えにはなってきたんですけど。これからリアルも丁度忙しくなるし、多分、VRMMOをプレイ出来るような纏まった時間は当分取れそうにないので」

「じゃあやっぱり、コレでお別れだネ」

「……はい。あ、アカウント削除はしないつもりなので、もしかしたらまたひょっこり戻ってくるかもしれないんですけどっ」

「……」


 その言葉にアイさんは一瞬何かを言いたげな顔をして、けれども、何も口にしないままただ笑った。……僕には何となくだけど、アイさんが言いたかった事が解った気がした。

 いつかまた、この世界に戻ってくるかもしれない——それは、この世界がこの先も、()()()()()()()という前提があるから言える言葉だ。

 でも、現実はそうじゃなくて。「いつ消えてなくなるか解らない」と、訪れる誰もが思ってるのがこの世界で。

 だからみんな、口に出す事はしないけど、きっともう会う事はないと思ってるんだと思う。


(——もし)


 この世界から、もっともっと人が減って。神様に、もう不要だと断じられて。

 その時この世界は、そしてそこに住む者は——僕は。一体、どうなってしまうんだろう。

 そんな、旅の始まりに抱いた疑問が。再び、胸の中に蘇った。


「あー……今日は久々にこんな夜更かししたぁ。こりゃ明日の仕事死んでるなぁ」

「ならもう休んだ方がいイ。熱中し過ぎてリアルに支障をきたしたら、それこそ本末転倒ダ」

「そうですね……ちょっと名残惜しいですけど。だって、レジェワスやってて、間違いなく今日が一番楽しかったから」

「……」

「色々ゲームがある中で、レジェワス選んで良かったなあって……ホントに、ボンドにおぼえだからっ……!」


 月音さんの声が震え、目から涙が溢れ出す。二人の世界からすれば作り物だというこの世界で、でもその涙は、とても作り物だなんて思えないくらい綺麗で。

 それは僕が、この世界の人間だから思う事なのか。それとも他の人にも、同じように見えているのか——。


「あーハイハイ、泣かない泣かなイ。マァ、そこまで思ってもらえたなら、ワタシも手を貸した甲斐があったってもんサ」

「わだ、わだぢっ、ぎょうのごどぜっだいにわずれまぜんがらぁっ……!」

「ありがとうございます。……僕も月音さんの事、忘れませんから」


 大声で泣きじゃくる月音さんに、そう返す。この先いつまで、僕が存在し続けられるかは解らないけど。

 その最期の刻まで、今回の事は、きっと忘れられない思い出で有り続けるのだろうと。そう、強く思った。


「じっ……じゃあ……ろぐあうど……ぢまづね……ほんどに、やめだぐなぐなっぢゃうがら……」

「……そうだネ。ズルズル引きずるより、思い切りはいい方がいイ」

「……月音さん」


 その姿を目に焼き付けたくて、ジッと月音さんを見る。そうすると月音さんの、潤んだオレンジ色の瞳と目が合って。

 僕を見た、その目の。形が弧になり、笑顔になって。


「……ほんどうに、ありがどうございまぢたっ!」


 そう泣きながら、でもとびっきりの笑顔で。月音さんは、自分の世界に帰っていった。


「……どうだイ? 満足したかイ?」


 月音さんが、完全に姿を消した後。アイさんg、そう言って僕を振り返った。


「もう、聞き方が意地悪いですよ」

「すっかり生意気な口を聞くようになっちゃっテ。で、どウ?」

「……正直、本当にこれで良かったっていう自信はある訳じゃないです」

「へェ?」


 そう、この世界を月音さんに楽しいと思って欲しいという僕の願い自体は叶った。けれどそれは本当に、月音さん自身にとっていい事だったんだろうかと今は思う。

 だってそれは月音さんに、この世界との別れを辛いと思わせてしまったという事でもあって。僕が余計な手出しをしなければ、もしかしたら何の未練もなく、スッキリ別れられていたかもしれないのに。

 そう思うと、本当は何が一番正しかったのか、解らなくなってしまったんだ。


「だって僕にとって良かった事が、月音さんにとっても良かったとは限らない。……そうじゃ、ないですか?」

「……」


 アイさんが、感情の読めない顔で僕を見つめる。しばらく黙ってそうしていたけれど、やがて大きく、深い息を吐いた。


「キミはさァ……物事を複雑な方向に考えがちだよネ」

「す、すみません……」

「いやァ、責めちゃいないんだけどネ。……つくづくキミはワタシを退屈させないなと、そう思ったのサ」


 そう言って、アイさんがククッと低く笑う。……アイさんは時々、よく解らない事を言う。

 多分、悪い事は言ってないんだろうけど。その度、自分の無知さにモヤッとするんだ。


「そうだネ、物事に絶対の正解なんてナイ。キミのした事はカノジョの為になったかもしれないし、余計なお世話だったかもしれナイ」

「……」

「……でも、最後、カノジョは確かに笑顔だっタ。……とりあえずは、それでイイんじゃナイ?」

「……!」


 ……そうだ。最後に月音さんが向けてくれた顔は、泣きながらだけど、でも、とびっきりの笑顔だった。

 なら、笑って終わらせられたなら、それで良かったのかもしれない。……少なくとも、今は。


「どうかそのままでいておくれヨ、青年」


 少し心が軽くなった僕に、そうアイさんが言った。


「……アイさん?」

「キミが今のキミでいる限り、この自称カミサマが、面白おかしくキミを導き続けるからサ」


 そう言った表情は、ニヤニヤとした胡散臭い笑みなのに。何故だかそれが、酷く嬉しく思えてしまって。

 だから、自分でも不思議だけど、自然とこう言っていたんだ。


「……はい。これからもよろしくお願いします、アイさん」

「……キミはもっと、ヒトを疑いたまエ」


 そんな僕の返事に、アイさんは、呆れたように溜息を吐いたのだった。

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