第十六話
「マコトさん、これを! ……『プロテクション』!」
並んで走りながら、月音さんが僕に向かって手を翳す。すると体が、ほのかに温かくなった。
「これは?」
「ダメージを軽減する支援スキルです。今まで回復特化できたので、スキルレベルはあまり高くないんですけど……」
「いえ、ありがとうございます。助かります」
「こんな気休め程度の事しか出来ませんけど……でも、出来る限りの事はしますから!」
「それだけでも十分です!」
会話を交わしながら、前を見る。アイさんは巧みに竜巻や、ダゴンが手に持つ杖から放たれる黒い光線を避けながら、攻撃を試みている。
けれども、いくらアイさんが桁外れに強いとは言え、相手は魔物の親玉。いつものようには、攻め切れないようだった。
「アーもう、前にソロ討伐した時は防具も水属性無効にしてたの忘れてたよネ! 縛りプレイきっっっつ!」
「アイさ……Leiraさん!」
アイさんに近付き、声をかける。アイさんはちらりとこちらを見ると、ダゴンから離れてこちらに近付いてきた。
「ナニ? 月音ちゃんまで一緒になって」
「僕達も手伝います! Leiraさんに任せっきりじゃなくて、何かしたいんです!」
「フゥン……?」
僕が言うと、アイさんの視線が僕ではなく、月音さんに向けられる。月音さんはその視線に一瞬体を震わせたけど、それでも負けずにアイさんを見返した。
「わ、私も自分に出来る事をしたいです! ……これは、私のクエストですから!」
「……どういう心境の変化か解らないけど、いい面構えになったじゃナイ?」
それを見て、アイさんがニヤリと笑う。そして僕達に、指示を出し始めた。
「月音ちゃん、キミ、プロテクションのレベルは?」
「2です。スキル経験値はほとんど、ヒールの方に割り振っちゃったもので……」
「1じゃないだけジョートージョートー。んじゃパパッとかけちゃってー」
「Leiraさん、僕は……」
「マコトくんはサ、確かここに着く前に陽動スキル覚えたって言ってたよネ?」
「はい」
「そんじゃソレ使って投擲攻撃でアイツの気を逸らして。攻撃はワタシがやる」
「解りました!」
「あと月音ちゃん、万が一マコトくんが被弾したらすぐ回復。いいね?」
「勿論です!」
そこまで言うと、アイさんは再び大斧を担ぎ直した。そして視線を、ダゴンの方へと戻す。
「サァ、それじゃあ、全員で仕切り直しと行こうカ!」
「はい! ……『プロテクション』!」
月音さんがアイさんにプロテクションをかけると同時、アイさんが再びダゴンに向けて走り出す。僕もすぐに、アイさんとは別の方向に走り始めた。
「ええと……まずはスキルを陽動に入れ替え……」
アイさんの指示通りに、スキルを投擲から陽動に入れ替える。陽動スキルとは攻撃をした際、相手の注意をスキルを使った者に向けやすくなる効果がある、と覚えた時にアイさんから教わった。
僕のレベルだとまだ一度に使えるスキルは一つだけで、投擲を外した分投擲攻撃の威力は落ちるけど……。僕の今の役目は相手にダメージを与える事じゃない、相手の気をとにかく引き付ける事だ。
そして目的がダメージを与える事ではない以上、より威力の高い火炎瓶をここでは温存出来る。つまり、在庫のたくさんある固い石を投げまくればいいという事だ!
「こっちだ、ダゴン!」
僕はありったけの固い石をボックスから取り出すと、竜巻に巻き込まれないよう気を付けながらダゴンに投げ付ける。最初は効果がなかったけれどそれを何度も繰り返すうちに、遂にダゴンが完全にこっちを振り向いた。
「よし、このまま注意を引き付け続けて……」
「マコトさん、危ない!」
その月音さんの声に周囲を見回すと、いつの間にか竜巻がこっちに向かって接近してきていた。しまった、ダゴンの気を引けた事で警戒が緩んでた!
「ダメだ、間に合わな……!」
そう思う間もなく、竜巻が僕の体を飲み込み、上空に巻き上げる。全員をあちこちに引っ張られるような感触に、体が急激に重みを増していく。
そのまま高々と宙を舞った体は、派手な水飛沫を上げながら、床を満たす水の中に落ちた。耳に大きく響く泡の音とその衝撃に、一瞬意識が遠のくのを感じる。
……もしプロテクションがかかっていなければ、今の衝撃で死んでいたかもしれない。そう思うぐらい、今までになく、今の僕の体は重かった。
「マコトさん、マコトさんっ……!」
誰かに抱きかかえられるのを感じて目を開けると、月音さんが涙を流しながら僕を見下ろしていた。かなり取り乱しているようで、回復する事も考えられていないみたいだ。
でも今、ダゴンの注意は僕に向いている。今から回復しようとすれば、月音さんも巻き込まれてしまうんじゃ……。
「あっ、そ、そうだ、回復! すぐにヒールしなきゃっ……!」
「待っ、て……! 僕と一緒にいたら、攻撃に……!」
「なら、背負って一緒に逃げます! 私、絶対に、マコトさんも一緒にクエストクリアするんじゃなきゃ嫌ですっ……!」
そう涙声で叫んで、月音さんが僕の体を背負う。僕よりも小柄な女の子なのに、アイさんといい向こうの世界の人の力は見かけにはよらないのだとつくづく思う。
そうしている間にもダゴンは完全に攻撃態勢に入り、杖からは今にも光線が放たれようとしている。……こうなったら、月音さんに頼るしかなさそうだ。
「月音さん、気を付けて……!」
「はい! 移動しながらの回復になりますが我慢して下さい……『ヒール』!」
運ばれながら、少しずつ体の重さが和らいでいくのを感じる。けれど動きながらのせいか、回復の速度がいつもよりゆっくりなように感じた。
「っ!」
そこに黒い光線が頭上を掠めて、ヒヤリと肝が冷える。そうか、背負われてるのもあって僕の方が頭の位置が高いから、かわしたつもりが僕だけ頭に直撃……なんて事にもなりかねないんだ。
「月音さん、すみません、頭上に……」
「ひいいいいい怖いいいいい!!」
「……あ、ダメだ、話してる余裕ない奴だ……」
一応注意を促そうかとは考えたけど、どうやら月音さんは攻撃から必死に逃げるのでいっぱいいっぱいのようだった。……そうだよな、下っ端の魔物相手ですら本当は近寄りたくないくらい怖かったんだもんな……。
とは言えとても申し訳ないけれど、ダゴンの攻撃は引き続き、こちらに向け続けなければならない。でないとアイさんが、ダゴンを攻撃出来なくなるからだ。
「すみません、月音さん……!」
聞こえているかどうかは解らないけど月音さんにそう謝って、僕はダゴンの陽動を再開する。月音さんがとにかくメチャクチャに逃げ回っているのである程度近付いた時にしか固い石をぶつけられなかったけど、それでも効果はしっかりあるようだった。
しかし。
「ひゃっ!? どどどどうしましょうマコトさん、逃げ場が……!」
月音さんが、泣きそうな声で悲鳴を上げる。そう、運悪く集まった竜巻が、僕達の行く手を完全に塞いでしまったのだ。
ダゴンの方を振り返れば注意はこちらに向いたままで、杖からは今にも光線が放たれようとしている。クソッ、ここまで来て万事休すだなんて……!
「そうは問屋が卸さないんだなァ、これがァ!」
刹那。その叫びと共に、細い影がダゴンの頭上を跳ねた。
「アイさん!」
「この位置取るのに苦労したよォ! サァ、そろそろフィナーレといこうじゃないカ!」
ダゴンがアイさんに気付き、こちらに向けていた杖を向け直そうとする。だが光線が発射されるより早く、アイさんの振り下ろした大斧が杖の先端を叩き割った。
そのまま杖の残骸を足場にし、再び頭に向けて跳躍。今度は横に大斧を大きく振るい、ダゴンの横面に叩き込む。
ダゴンの顔面が深く切り裂かれ、黒い血飛沫が舞う。それでもまだ、ダゴンは倒れなかった。
「ッハァ! まだまだいくよォ!」
そこから更に、アイさんがダゴンの体を巧みに足場として使いながら、舞うように全身を切り刻んでいく。ダゴンも壊れた杖を振り反撃しようとはするのだが、アイさんの動きが速すぎて全然捉え切れていない。
「……すごい……」
何とか竜巻から逃れた月音さんが、ぽつりと呟く。僕もまた、月音さんと同じ気持ちだった。
アイさんは本当にすごい。それは不思議な力が使えるからだったり、とんでもなく強いからというのもあるけれども。
そうなったのは、きっと、誰よりもこの世界と真摯に向き合ったからなんだって。そう、僕は感じるんだ。
「それじゃア、シメの一発、イキますかァ!」
言ってアイさんが、ダゴンの脳天に向けて大きく大斧を振りかぶる。ダゴンは満身創痍ながらも、最後の抵抗をするべくアイさんに向けて腕を伸ばす。
「残念ッ!」
しかしその手は大斧に切り飛ばされ、回転しながら宙を舞った。もうダゴンを守るものは、何もない。
「冥土の土産……持ってきなアッ!!」
その言葉と共に、大斧が勢い良くダゴンのタコ型の頭に叩き込まれる。それは一気に首の辺りまで、頭を縦割りにして。
「……フィニッシュ!」
そう言ってアイさんが、ダゴンの体を蹴って距離を取ったと同時に。ダゴンの巨体は、黒い塵となって崩壊していったのだった。




