第十五話
「サァ、もうすぐこの海底神殿の最深部だヨ」
そう言って、アイさんが僕達を振り返る。僕はそれに、小さく頷き返した。
「い、いよいよですね……緊張してきました……」
「万が一ワタシがやられちゃったら、二人はソッコーでファストトラベル出来るトコまで逃げるコト。正直、キミ達だけじゃどうにもならないし」
「……はい」
「マァ、ここのボスならソロで倒した事もあるし、大丈夫だと思うけどねェ」
「……」
緊張の為か、俯き言葉を発さない月音さんをチラリと見る。奥に進むにつれて、だんだん口数が少なくなってきてたけど……。
「大丈夫です、月音さん。僕が絶対に、月音さんを危ない目には遭わせませんから」
「……はい」
僕の言葉にそう返事はしてくれたけど、やっぱり、その顔に笑顔はない。……うーん、こういう時、人と関わった経験がほとんどない自分が恨めしい。
あるいは僕がアイさんくらい強ければ、安心してくれたのかもしれないけど……。あれこれと無いものねだりばかりしても仕方ない、僕は僕に今出来る事をやるしかないんだ。
「それじゃあ、行こうカ。この海底神殿の主……ダゴンの元へ!」
アイさんの言葉に頷き、最深部、荘厳な雰囲気の漂う祭壇の間へと僕達は進む。地下だと言うのに天井が見えないほどの巨大な空間の一番奥、祭壇の上で、タコによく似た風貌の巨人が妖しく眼を輝かせていた。
言われなくても、見ただけで解る。他の魔物達とは比べ物にならないほどの、圧倒的な威圧感。
それが、僕が初めて目にする、この世界の魔物達を束ねるものの一つ——ダゴンという存在だった。
「——愚かなり」
声と共に、空気が震えた。それは酷く重々しく、威厳に満ちた声だった。
「我が神殿に、無断で踏み入った愚か者共よ。その代償、命で払う事になると知れ」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、ダゴンが一瞬にして大広間の中心に移動する。そして手にした杖を掲げた直後、床が瞬く間に海水で覆われていく。
「うわっ!」
更に無数の竜巻が海水を巻き上げ、総てを薙ぎ払おうとするように暴れ回る。こ、これじゃ迂闊に近付く事も出来ない!
「竜巻は絶対に避けてネー。吹き飛ばされた先がまた竜巻で、連続コンボ喰らって即死とか結構あるからサ!」
そう言って大斧を構え、ダゴンに向かっていくアイさんを見守る間もなく、竜巻の一つがこっちに向かってくる。咄嗟に月音さんを振り返ったが、すっかり震えて動けないようだった。
「月音さん、こっち!」
迷っている暇はない。僕は月音さんの手首を強引に掴むと、そのまま全力で引っ張って一緒に竜巻から逃れた。
「あっ、す、すみませ、マコトさっ」
「いいから! 竜巻に巻き込まれないように、とにかく走るんだ!」
月音さんの手を掴んだまま、荒れ狂う竜巻から逃げ続ける。幸い竜巻は速度自体はそれほど早くなく、落ち着いて動きを確かめれば問題なくかわす事が出来そうだった。
「マ、マコトさん! 大丈夫です、もう、ちゃんと自力で逃げます!」
一旦総ての竜巻から距離を取れたところで、月音さんが声を上げる。僕はその声に従い、掴んでいた月音さんの腕を離した。
「無理やり引っ張ってしまってすみません、危ないと思ってつい……」
「いえ、それは感謝してます。怖くて、すぐに自分では動けなかったから……」
そう言った月音さんは、今も不安げな顔をしている。本当はどこかに隠れさせてあげたかったけど、生憎この大広間には、隠れられるような場所はなかった。
「月音さんはとにかく、あの竜巻から逃げる事に専念して下さい。僕は何とか、Leiraさんのサポートが出来ないかやってみます」
「ま、待って下さい!」
ひとまず月音さんを残し、ダゴンの方へ向かおうとすると、月音さんが必死な声でそれを制した。やはり一人では不安なのだろうかと思いながら、僕は月音さんを振り返る。
「大丈夫です月音さん、落ち着いて逃げればきっと……」
「ど、どうして! そんなにあなたは頑張れるんですかっ……!」
「え?」
予想外の言葉に、動きが止まった。月音さんは泣きそうな顔で、体をプルプルと震わせている。
「……月音さん……?」
「だって、こんなの、ただの息抜きのゲームじゃないですか。どんなに頑張ったって、現実なんて何も変わらない。そりゃあ、Leiraさんみたいなガチ勢からしたら、ヘラヘラ楽してゲームしたい私なんて腹立たしいかもしれないですけど」
そう言われて気付く。あの時、月音さんは本当はとっくに帰ってきて、僕とアイさんの会話を聞いていたのだと。
「Leiraさんはまだ解ります。けどマコトさんは、どうしてこのゲームにこんなに一生懸命になれるんですか? こんな……まるで、本当にこの世界で生きてる人みたいに」
「……」
何と答えるべきなのか、言葉に迷う。実際その通りに僕はこの世界の人間なのだがそう言っても多分信じてはもらえないし、信じたら信じたで神様に事が露見し、元の装置に戻されてしまうかもしれない。
でも、ただこの世界が僕にとっての現実だからというだけじゃない。僕が頑張り続けたいと思うのは……。
「……後になって、後悔したくないから、かな」
少し考えてから、僕はそう口にした。
「後悔……?」
「きっと僕も、こんなに頑張らなくてもいいんだと思います。でも自分のした事を振り返る時が来た時、きっと、昔頑張らなかった事を後悔するようになるって、そんな風に思うんです」
「……」
「だからきっと、僕は、未来の自分にこう言いたくて頑張ってるんです。「僕はあの時頑張ったぞ」って」
言いながら、自然と笑顔になっていた。そうだ。僕はただ、後悔したくないんだ。
僕にはアイさんや月音さんと違って、帰る場所なんてない。この世界だけが、僕の総て。
終わりの近いこの世界で、やがてその刻を迎えた時、少しでも悔いが少なくなるように。
アイさんにそう諭されたのがもちろんきっかけではあるけれど、だからきっと、僕は頑張れるんだと思う。
「……ズルいです」
そんな僕に。月音さんは、ポツリと言った。
「そんな風に言われちゃったら……頑張らない言い訳ばかり考えてたのが、馬鹿らしくなっちゃうじゃないですか」
「……月音さん」
「息抜きでも、暇潰しでも。……頑張ったって、いいんですよね?」
「はい、きっと」
月音さんの言葉に、僕は頷いた。彼女の顔は、今まで見たどんな表情よりも生き生きとしていた。
「私も、行きます。怖いけど……Leiraさんを一緒にサポートします!」
「ありがとうございます、お願いします」
「うう……竜巻に巻き込まれませんように……!」
そして僕達は、一人ダゴンと戦うアイさんの元へ駆け出していった。




