第十一話
水から出た途端、体がずしっと重くなる。ただ足を動かすだけで、まるで重りをくっつけて動いているような錯覚に陥る。
その慣れない感覚によろけながら、ふらつきながら、それでも足を前へ前へと進ませる。
「……いた!」
間もなく視界に人と、それを襲う魔物の姿が映る。魔物は巨大なイカのような姿をしていて、クラーケンと名前が表示されている。
そしてその触手から必死で逃げ回っているのは、大きめの白いローブを身に付けたピンク髪の女の子だった。
「……っ、ひとまずあの女の子を逃さなきゃ……っ!」
すぐにメニューを開き、スキル『投擲』をセット。次にアイテムボックスの中から、『固い石』を取り出す。
この『固い石』は、道に落ちている石同士を合成する事で作れるもの。敵に投げつける事で、ダメージを与える事が出来る。
そして、今セットしているスキル『投擲』は……投げて使うアイテムの威力と命中率を上昇させる!
「いっ……けえええええ!!」
腕を大きく振りかぶり、『固い石』を全力でクラーケン目掛けて投げつける。石は真っ直ぐにクラーケンに向けて飛び、今まさに女の子へと伸ばされていた触手の一本に命中する。
「っ!? 良かった、助けが……って変態だーーー!!」
「ひえっ!?」
その一撃に触手が怯んだ事で、女の子がクラーケンとの距離を離す事に成功する。が、彼女は僕に気付くと、僕とクラーケン、二者から距離を取る方向へと逃げ去ってしまった。
へ、変態って、変態って言われた……。アイさん、やっぱり男でも上半身裸は変態なんじゃないですか!
「……シュルル……」
「!!」
そこに強い視線を感じて、我に返る。見るとクラーケンが、怒ったような雰囲気でこちらを睨み付けていた。
……そうだ。今はこっちに集中しないと……!
急いで牽制の為、ありったけの『固い石』を取り出す。そしてこちらに進路を変えたクラーケン相手に、どんどん投げ付けていく。
「っ、ダメだ、勢いが止まらない……!」
けれどクラーケンはその都度怯みはするものの、速度自体はほとんど落とす事なくこちらに接近してくる。そして無数の触手を、こちらに向けて伸ばした。
「うわっ!」
腕を掴もうとする触手を、慌ててかわす。けれどその直後、足を強く引っ張られて僕の体は逆さまに抱え上げられた。
「しまっ……!」
拍子に持っていた残りの石を、全部落としてしまう。武器はまだ背中にあるけど、抜いたところで僕を掴む触手にすらリーチが届きそうもない。
あの女の子を助けたい気持ちばかりで、それからどうするかの考えが足りていなかった自分を悔やむ。けれども生きる事を諦めたくもなくて、せめてと必死でジタバタし続ける。
「ぐえっ!」
それを鬱陶しく思ったのだろうか、クラーケンの別の触手がもう一本伸びてきて、今度は腕を巻き込むように体中に巻き付いた。これで今度こそ、完全に身動きが取れなくなる。
触手は僕の動きを奪うだけに飽き足らず、更に強く体を締め付け潰そうとしてくる。その圧迫感に、体が急激に重くなっていくのを感じる。
ああ……僕の人生は、こんなに呆気なく終わってしまうのかな……。
「ほいっと!」
そんな弱気な考えが脳裏をよぎったその時、そんな聞き慣れた声と共に空気を裂く音がした。直後、体を締め付ける感覚がなくなり、それと同時に僕の体は宙を舞う。
「わぷっ!」
そのまま触手ごと水の上に落ちて、一瞬息が出来る事を忘れて焦る。息を止め必死に触手を引き剥がし、息が苦しくなったところでやっとその事を思い出した。
「ぷはあっ!」
「おーい青年、生きてるカイ?」
水面から顔を出し、声のした方を振り返ると、水着姿のままのアイさんがこちらに手を振っているのが見えた。けれどもその背後に、触手を何本か失いながらもまだ動きを止めないクラーケンが迫る。
「アイさん、危ない!」
「ん? アァ、心配ナイナイ」
僕が焦って叫ぶとアイさんは手をヒラヒラさせて、後ろも見ずに高く宙返りをし触手をかわした。そしてクラーケンの頭上に来ると、そのまま落下速度を乗せて大斧を脳天に叩き付ける。
「ピギャアアアアアアアアアア!!」
何とも形容しにくい悲鳴を上げて、クラーケンが激しくのたうつ。けれども今の一撃が致命傷になったのだろう、次第にその動きは鈍って、やがて地面に倒れ伏すと同時に黒い塵と化した。
……やっぱり、改めてアイさんはすごい。僕一人じゃ、まるで歯が立たなかったのに……。
「コラ、青年!」
そんな事を思っていると。突然、アイさんが眉を吊り上げた。
「は、はい!」
「キミねェ、ケンカ売る相手はもっとよく考えてくれないカナ!? キミの今のレベルで、単騎のレア狩りなんて出来ないってば!」
「はい、ですよね、すみません!」
「全く……ワタシの知らない所で勝手に死ぬのだけは勘弁してくれたまえ。人助けの為に明らか強さが釣り合ってない相手に挑むなんて、いかにもキミらしくはあるけどサ」
「うぅ……返す言葉もないです……」
今までにない本気のお説教に、思わず肩が落ちる。そうだよな……いくら、襲われてる人を放って置けなかったからって……ん?
「アイさん、何で、僕が人を助けようとした事を知って……」
「あ、あの、大丈夫ですか!?」
心に浮かんだ疑問を口に出す前に、アイさんではない別の誰かの声がした。見れば岩陰から、誰かがこっちに向かって駆けてくる。
「あ、君は……!」
「さっきはすみませんでした! せっかく助けて頂いたのに……!」
それはさっきクラーケンから助けた、あの女の子だった。なるほど、彼女が逃げた先でアイさんと出会ったおかげで、アイさんが事態に気付いたという事らしい。
「とりあえず青年、海から上がっておいでヨ。さっきのダメージも回復しなきゃだしサ」
「あ、はい」
先程泳いだ時よりもずっと重い体を引きずって、岸に上がる。そして大量に作っておいたアップルジュースを取り出そうとすると、女の子が口を開いた。
「あっ! 是非、私に治させて下さい! 私、ヒーラーなので!」
ヒーラー……確か、回復を得意とするジョブだ。その代わり、戦う力の方はほぼないのだとか。
なるほど、レアエネミーを前に逃げ回るしかなかったというのも頷ける。
「それじゃあ、お願いしていいですか?」
「はい! じゃあ、ジッとしてて下さいね。『ヒール』!」
女の子が僕に向けて両の手のひらを向け、そう叫ぶ。すると重かった体が、回復アイテムを使った時みたいに少しずつ軽くなっていくのを感じた。
「ありがとうございます。大分楽になりました」
「いえ! 助けて頂いたお返しが出来て良かったです!」
「……で? いくら過疎ゲーとは言え、誰かと組む事が前提のヒーラーが何でぼっちプレイなんかしてるのサ?」
アイさんの口にした疑問に、女の子の顔がハッと強張る。そして泣きそうなほど目に涙を溜めたかと思うと、突然僕達に向けて土下座してきた。
「あ、あの、お願いします! 私とパーティーを組んで下さい!」
「……え?」
その突然の申し出に。僕とアイさんは、揃って顔を見合わせた。




