不真面目シスター、運命の出会いを果たす の巻
ゲットです。
ついにゲットです!
聖堂騎士団本部にて貸し出しされていたデッキブラシ。あまりのミラクルフィットぶりに感激し、「カリンちゃん」と名付けて愛用しておりました。
このデッキブラシを、正式にお譲りいただいたのです!
大聖堂で使っている物が壊れた(経年劣化です。わざとではありません、念のため)ので、ダンディの体現者たる聖堂騎士団長様に譲ってほしいとお願いしました。
「なるほど」
デッキブラシなんて買えばいいじゃないか、と言われるのを覚悟しての、ダメ元でのお願い。ドキドキしながら返事を待っていたら。
「大聖女様がよいというのなら、かまわないぞ」
一分少々の沈思黙考の末、団長様はそう答えてくださいました。
たかがデッキブラシひとつでなぜ聖堂トップの許可が必要なのか――不思議でしたが、気にしても仕方ありません。私は全力ダッシュで大聖堂へ戻り、直属上司の大聖女様に直訴いたしました。
「大聖女さまぁっ、お願いがございまぁす!」
「……なんですか、突然」
直訴状を手に執務室に突入した私に、眉をひそめた大聖女様でしたが。
デッキブラシの件をお願いすると沈思黙考。なんだかよく似た反応のお二人ですね、やはりデキているのではないでしょうか。
「かまいませんよ」
「ありがとうございます!」
まさかの一発オーケー。
びっくりしましたが、まぜっ返したりしません。だって「カリンちゃん」が手に入るんですから!
「いいんですか、大聖女様」
ツッコミを入れたのは、なぜか執務室にいた、ボン・キュッ・ボンなバディが特徴のポンパドールさん。大聖女直属のシノビだそうですが――そういえばシノビって何なのか聞いていませんでした。まあ、今はどうでもいいか。
「たかがデッキブラシですから」
「たかが、ねえ」
意味深に笑うポンパドールさん。ジャンヌ、と名乗って配達屋さんしているときの朗らかさはかけらもありません。底の見えない目で見つめないでくださいよ。怖いじゃないですか。
「それが神の思し召し、てやつですか?」
「そうなんでしょうね」
神様、て。
やれやれ。
団長様も大聖女様もポンパドールさんも。
たかがデッキブラシにおおげさすぎませんか? やっぱり経費処理の関係とか、いろいろあるんですかねえ。組織ってほんとめんどくさいですね!
◇ ◇ ◇
おはようございます。
ハウスキーパー兼シスターのハヅキ、もうじき十八歳です。お誕生日のプレゼント、受付を開始しております。遠慮は不要ですので、いつでも大聖堂へお越しください!
いやあ、ついにもらってしまいました。
マイ・デッキブラシ、カリンちゃん。他の掃除道具一式と一緒に倉庫に入れておくなんてできるはずもなく、自室に持ち帰り共に一夜を過ごしてしまいました。
早く掃除がしたくて、いつもより二時間も早く起きてしまいました。
カリンちゃんを手に、いざ出発!
さあ、大聖堂をピカピカに磨き上げてやりますよ!
――なんて思っていたんですけど。
「うーん……」
ワタクシ、深い深いため息をつきました。
これまで毎日磨き上げてきた大聖堂、もはや掃除をする余地もないほどピカピカでした。せっかく新たな掃除道具を得たというのに、これでは威力を確認することができません。
ここはひとつ、掃除の前に汚してから――いやいや、それでは本末転倒。ハウスキーパーとしてありえません。
「困った」
「なにしてんの、あんた」
どこかに片付け甲斐のある汚れた場所はないものかと考え込んでいたら、あきれ半分の声が聞こえました。
振り向くと、そこには私の「姉」シスターであるリリアンがいました。夜明け直後だというのに、眠気のかけらもない顔でピシッとしておられます。大聖女様もぜひ見習ってほしいものです。
「リリアンさん。ずいぶんと早いんですね」
「私のセリフよ。あんた、今度は何をやらかす気?」
失敬な。
お掃除がしたくて早起きしただけですよ。ほら、遠足の日は早起きしちゃうじゃないですか。あれと同じです。
「あんた、本当に掃除が好きねえ」
完全にあきれた声になったリリアン。
いいじゃないですか、お掃除。きれいになるのは場所だけでなく、掃除をする人の心もなんですよ。小さい頃そう教わったんです。わりと実感しているんで、本当のことだと思います。
「あ、そ。ま、がんばってちょうだい」
「あれ、どこへ行くんです?」
スタスタと歩き出したリリアン。向かっているのは正門。どうやらお出かけのようです。こんな朝早くからいったいどこへ?
「どこだっていいでしょ」
「よくないですよ。勝手に出歩いちゃダメなんですよ? 知らないんですか?」
「知ってる、つーの! 許可は取ってるに決まってるでしょ!」
さすがマジメっ子。偉いですね!
「そりゃどうも」
「で、どこへ行くんですか?」
しつこく食い下がったら、うんざりした顔されました。
「……下町の聖堂よ」
下町の聖堂。
それはリリアンが生まれ育ったという、あの聖堂でしょう。八年前に火事で焼けてしまい、そのまま放置されていたんですが、つい先日再建が決まったんですよね。
「もうじき再建が始まるから、ちょっと様子見に行くのよ」
「こんな朝早くにですか?」
「ご近所の方が、朝集まって片付けを手伝ってくれてるのよ。責任者の私が顔を出さないわけにいかないでしょ」
おっと。今「片付け」と言いました? 言いましたね?
「私も連れて行ってください!」
「……は? 何しに?」
「私はお掃除がとっても得意です!」
デッキブラシを手に、ふんぞり返った私。
そんな私を半目で見ていたリリアンですが。
「……そうね。あんた、それだけは得意だものね」
失敬な。お料理もそれなりにできますよ。できないのはシスター業に関することだけです!
「シスター業なんて言うな、このバカ妹!」
ぽかり、と叩かれてしまいました。
痛いですよう、もう。
◇ ◇ ◇
下町の聖堂には、結構な人数が集まっていました。
「あっれー、ハヅキじゃーん!」
若い子が多いなー、と思ったら、あの究極の癒し系にして天使の歌声を持つスーパーアイドル・カーリーちゃんのお友達たちでした。
カーリーちゃん、実はこの下町に縁があるんですよね。
少し前にここでプライベートライブを開催してくれたんですが、それがきっかけで聖堂の再建が決まったんです。ある意味、最大の功労者ですね。
「なになに、どうしたの? 手伝いに来たの?」
「はい! 姉が責任者ですからね、お手伝いは当然です!」
お掃除。お掃除ができる。
わくわくします。
下町の皆さまが手伝ってくださっているとはいえ、まだまだ散らかっています。これはやりがいがありそうです!
「デッキブラシ持参なんて、気合入ってるねー」
「わが相棒、デッキブラシのカリンちゃんです! 以後お見知りおきを!」
「デッキブラシに名前つけてるの?」
「なぜにカリンちゃん?」
なんていうか、出会っちゃったんですよねー、私達。
どこにでもありそうなデッキブラシですが、まるで私のために作られたような握り心地。使えば使うほど馴染んでいく不思議な感覚。これって運命の出会いではないでしょうか。
今後、この相棒とともに、たくさんの戦場をくぐり抜けていくことになるという予感があるんですよね。まさに神の思し召しではないでしょうか。
ちなみに名前の由来は、故郷で人気のある冬のスポーツです。氷の上を石を滑らせて的に入れるんですが、その時ブラシを使うんですよ。まあ、こっちでは見たことがないので知らないのも無理はありませんが。
「こら、おしゃべりしていないで、さっさと掃除する!」
だべっていたらリリアンに怒られました。
おっといけません、私としたことが。さあ、気合い入れていきますよ!
――小一時間が経過しました。
「どやぁ!」
なんということでしょう。
ガレキだらけだった庭はきれいになり、焼け焦げていた教堂の壁は新築のごとき輝きを放つようになりました。排水口に堆積していたゴミもすっかり取り除かれ、雨が降ったときの水たまりもこれで解消です。
「うわぁ……」
「すっげぇ……」
「これが匠の技かぁ」
お手伝いに来られた皆さま、感激の声を上げておられます。あちらこちらから拍手が沸き起こり、私はお鼻をピクピクさせながら拍手に応えました。
「あんたがいれば、一日で片付いちゃいそうだね」
「うちの片付けもしてもらいたいねえ」
おっと、これはよい宣伝になったようです。
そうですね、王侯貴族ばかりがハウスキーパーの雇い主ではありません。庶民の皆さまを相手に、日雇いハウスキーパーとして働くという手もありますね。いっそ会社を作っちゃうのもいいかも知れません。
「おっと、仕事の時間だね」
「あー、学校だるー」
手伝いに来てくださった下町の方たちが、仕事やら学校やらへ行くために解散し始めました。
私もそろそろ大聖堂に戻らなければなりません。
朝のお勤めがありますし、その前に大聖女様を起こすという重労働をこなさねばなりません。あーもー、今日はどうやって起こしましょうかね。
「あれ?」
今、気づきましたが。
リリアンがいません。はてどこに行ったのでしょうか? すいませーん、誰か見ませんでしたかー?
「ああ、多分礼拝堂だよ」
まだ残っていたおばちゃんが教えてくれました。なんでも、片付けの時間が終わる頃になると礼拝堂へ行き祈りを捧げるのが、リリアンの日課だそうで。
さすがは次期聖女候補ナンバーワンです、シスターの本分を忘れていませんね。
私も一応シスターですし、お祈りしておきましょう。
帰られる皆さまを見送った後、私は礼拝堂へ向かいました。
以前来たときはゴミやら瓦礫やらが建物内にたくさん落ちていましたが、今はだいぶきれいになっています。ですが、私からしてみればまだまだですね。
「次は建物の中をお掃除しましょうかねー」
いっそ工事現場で雇ってもらいましょうか。かつてない清潔な工事現場を実現させてみせるのに。でも大聖女様、絶対許してくれないだろうなぁ。
「おや?」
デッキブラシを手に、そーっと礼拝堂をのぞいてみると。
誰もいませんでした。
はて、リリアンはどこへ行ったのでしょうか。小さな礼拝堂です、隠れるところなんてないはずですが。
「リリアンさーん……」
祈りを邪魔しないよう、小声で呼んでみます。
しーん。
返事がない、ただの無人空間のようです。
はて、おかしいですね。ひょっとして先に帰っちゃったのでしょうか。いえ、それはありませんね。むしろ私が朝のお勤めをさぼらないよう、襟首つかんで連れ帰る人だと思います。
イジワルな姉なのは確かですが。
なんていうか、生真面目で面倒見がいい人なんですよねー。ぶつくさ言いながら私の面倒を見てくれるの、最近はちょっとカワイイなんて思っちゃってるんですよね。違う形で出会っていたら、素直に尊敬できたのかもしれません。
「どこ行っちゃったんでしょうねー」
仕方ありません、とりあえずお祈りしておきましょう。
私は礼拝堂へと足を踏み入れました。
しかし、やたらと暗い部屋ですね。明かり取りの窓がガレキか何かで塞がれているせいですね。祭壇のあたりなんて真っ暗です。何かが隠れていても、ここからじゃわかりませんね。
ババババッ!
「……へ?」
突然に。
唐突に。
青天の霹靂な感じで。
デッキブラシのブラシ部分が震え始めました。
え、なんですかこれ。私何もしていませんよ? え、なに、どゆこと?
「わ、わわわわっ!」
ブゥンッ、と唸りを上げてデッキブラシが回転します。慌てて柄をつかみ落とさないようにしたところ、私は祭壇に向かってデッキブラシを構えるような体勢になりました。
ゆらっ、と。
何かが祭壇のあたりで揺れました。
気のせい――ではありません。なんでしょう、何かがいます。それも悪い感じの何かが。
ゾクウッ!
またもや突然に、背中に悪寒が走り抜けました。
『ハヅキ様!』
私に取り憑いている悪霊、アーノルド卿の険しい声が聞こえました。
『気をつけるんじゃ、なにかおるぞ!』
アーノルド卿の言う通り、真っ暗で見えませんが、祭壇に何かいます。この感覚――なんか覚えあります。めっちゃヤバい感じのやつです。
「ひっ……ひぎゃぁぁぁっ!」
闇が揺れ、祭壇に白っぽいものがぼうっと浮かび上がったのを見て、私は思わず悲鳴を上げてしまいました。
――もうちょっとカワイイ悲鳴を上げればよかったな、と後日ちょっぴり後悔しました、はい。
◇ ◇ ◇
闇に浮かび上がったもの。
それは、リリアンでした。
「リリアンさん!」
何か変です。目が虚ろというか、恍惚として酔いしれているというか、正気でないのは明らかです。私の呼びかけにも答えてくれなくて、何かブツブツと言っています。
そんなリリアンをロックオンし、今にも私の手から飛び出しそうなデッキブラシ。
なんですか、この状況はいったい何なんですか! 誰か教えてくださいよぉ!
「え……ち、ちょっとぉ!」
ぎゅんっ、と。
デッキブラシに引っ張られて、私はリリアンに突撃をかましました。まるで騎士が槍を構えて突撃したような、そんな感じです。
「リリアンさん、よけて!」
思わず叫びましたが、リリアンは身動きすらしません。
やばい、これリリアンのみぞおち直撃コースです! この勢いで激突したら、最悪命に関わります!
『やむなし! とぅっ!』
アーノルド卿の声が響きました。
空中に光が走り、トレーニングパンツ姿のマッスル・マンが姿を現しました。
どぉんっ、と迫力ある着地を見せると同時に全力ダッシュ、デッキブラシごと私を抱きかかえて急ブレーキ。
『大丈夫かの?』
「な、なんとか」
リリアンのみぞおち数センチ前、かろうじて止まりました。
いやマジであせった。
だけどデッキブラシはブルブル震えたまま。なぜ止める、こいつを仕留めさせろと駄々をこねているような感じです。
いったい何が起こっているのかと、首を傾げたとき。
「ふぅん」
ぞっとするほど冷たい声が、私の耳朶を打ちました。
「ハヅキ。あんた、それ悪霊じゃないの?」
『いかん!』
リリアンの言葉が終わると同時に、アーノルド卿が私を抱えたまま横っ飛びに飛びました。
どかん、と響く爆発音。
1秒前まで私がいた場所に、大穴が空いています。あれまともに食らっていたら、私の人生終わってました。
「な……ななな……」
『ハヅキ様、構えい!』
アーノルド卿が叫び、戦闘態勢を取りました。
構えろと言われても、戦闘訓練なんて受けていないんですけど――と思った矢先、デッキブラシが勝手に動いてリリアンに対し戦闘態勢を取りました。
「へえ……戦る気なんだ」
リリアンがゆらりと私をにらみます。
その右手には、光る何か。なんでしょうか、あれがさっきの爆発を生んだのでしょうか。禍々しい気配を感じます。決して聖属性の武器とかじゃなさそうです。
いや待てよ、この禍々しい感覚――思い出しました、牢獄に封印されていたあの邪神と同じです! 超絶やばいやつじゃないですか! それ、いったい何なんですか!?
『あの邪神のかけらか、それとも同種の別のものか……どちらかじゃろうな』
「そんなものを、どうしてリリアンさんが持ってるんですか!?」
『わからん。じゃが……来るぞ!』
どんっ、と。
波動のようなものが放たれました。
『ぬうっ!』
アーノルド卿がとっさに前に出てかばってくれなければ、私はふっとばされて壁に激突していたでしょう。アーノルド卿ですら踏ん張るのがやっとです。
「へえ、すごい。ただの悪霊じゃなさそうね」
リリアンが、にたりと笑いました。
そんな笑顔、初めて見ました。神に仕えるシスターらしからぬ、邪悪そのものの笑顔。なんていうか、その――けっこう似合ってませんか? ハヅキちゃん、ちょっとびっくりです。
「そっか。そういうことか。あなた、その悪霊の力を使って大聖女様をだましていたのね」
「そ、そんなことしてませんよぉ!」
してません、断じてしてません。
なにせアーノルド卿、大聖女様に瞬殺されてるんですから。現場は見てませんけど。実力差ありすぎて、だますとか以前の問題なんです。信じてくださいよぉ!
「信じられるわけないでしょ。この悪霊憑きが」
あ、はい。そうですね。
いや、納得しちゃダメだ! なんとか言い訳考えないと!
「ふふ……ママが言った通りだ。あーもー、悩んで損した」
は――ママ?
誰ですか、それ。
「そうよね、でなきゃ、あんたなんかを側仕えにするわけがないのよね」
リリアンが構えました。
「大聖女様は、私が守る。ここでぶちのめしてやるから、覚悟しなさい」
相変わらず堂に入った構えです。アーノルド卿が『こやつ、やるぞ』なんてつぶやいてます。さすがは達人、構えを見ただけで実力がわかるんですね。
武器は――右手に持つ光る何か。あれがマジでヤバそうです。
「リ、リリアンさん、落ち着いてください! まずは話し合いましょう!」
『無駄じゃ、ハヅキ様。もう聞こえておらん』
リリアンの目が、また焦点の合わないものになっています。何度か名前を呼びましたが、トロンとした顔で答えてくれません。
リリアンの背後で、何かの影が揺れました。
あの影が邪神でしょうか。あれをなんとかしないと、私はリリアンに引導渡されちゃうんでしょうか。
いや大丈夫、私には頼もしき悪霊、アーノルド卿が――。
『ハヅキ様。正直、ワシが手助けできるかどうか、あやしいぞ』
「え、なんで!?」
アーノルド卿に任せる気満々なんですが!
『邪悪な気配に包まれておるが、リリアン殿自身からはすさまじい聖なる力を感じるんじゃ。さすがは次期聖女候補と言われとるだけある。まともに食らえば、一撃でお陀仏じゃ』
お陀仏って、あなたもう死んでるじゃないですか――という突っ込みはさておき。
つまりリリアンは、悪霊のアーノルド卿には相性が悪すぎる相手ってことですか? そういうことは、もっと早く言っておいてほしかったんですけど!
「せめてもの慈悲よ。姉として、私が引導を渡してあげる」
リリアンが私を見据え、邪悪な笑みを浮かべます。
え、ちょっと待って!
これひょっとして、私が戦う流れですか!?
無理ぃぃぃぃぃぃ!
私、戦闘訓練なんて受けていませんよぉ! 邪神背負った次期聖女候補とガチバトルなんて、できるわけないじゃないですかぁぁぁ!
逃げます、全力で逃げます! ですからアーノルド卿、時間を稼いでください!
『心配無用よ、ハヅキちゃん!』
そのとき。
またもや突然、どこからか声が聞こえてきました。
ハスキーなかっこいい感じの女性の声。え、どこから――とキョロキョロしたら、「ここ、ここ」と手元から呼ばれました。
手元。
ええと、手元って――え、ひょっとして。
『そう、私よ、ハヅキちゃん! やっと私の声が聞こえたのね!』
え、と、その――あー、うん、なんていうか。
さすがのハヅキちゃんも、目が点になりました。
ご都合主義の超展開。
脳裏に浮かんだ言葉を慌てて振り払い、私は手に握るデッキブラシに声をかけました。
「あの……あなたですか?」
『そうよ! これぞ運命の出会い! 神の恩寵により現世に降臨、どんな汚れも落としてみせる、あなたの相棒カリンちゃんよ!』
残念ながら、夢でも幻聴でもありませんでした。
「あの、さすがの私もちょっとついていけな……」
『話は後よ! さあ、構えて!』
「いえ、ちょっとだけ、ちょっとだけ待って……」
『余裕はないわ! 邪神に魅入られたあの子を止めないと、王都がまるごと滅びるのよ!』
「え、マジですか?」
『マジもマジ、大マジよ! 本気と書いてマジと読む、よ!』
うーん、ギャグのセンスはなさそうです。
『さあ、私を構えて! そして私に続いて叫ぶのよ! ハヅキ・フラーッシュ、とね!』
なんですかその、服が全部脱げて変身してしまいそうな叫びは。
嫌ですよ、絶対嫌ですよ。私、叫びませんからね!
『……死ぬよ?』
いやだぁぁぁぁ、死にたくなぁぁぁい!
『大丈夫、恥ずかしいのは最初だけ! 慣れたら快感よ!』
いやだぁぁぁぁ、慣れたくなぁぁぁい!
『それでは早速いきましょう!』
わぁん、話聞いてよぉ!
せめてあとちょっとだけ待ってくださいよぉ!
『だーめ、ほら、攻撃来たよ!』
リリアンの右手の光が強くなりました。
邪悪な笑みを浮かべ、私をひたりと見据えて、腰を落として――どんっ、と床を蹴りました。
んなっ!?
速い!
『アーノルドくん、五秒稼いで!』
『お、おおう?』
突然デッキブラシに命じられてびっくりしていたアーノルド卿ですが。
すぐに切り替えて前に飛び出しました。さすがです。
『マッスル・パーンチ!』
「くっ!?」
リリアンへの直接攻撃ではなく、床に渾身の一撃を加えて足場を崩したアーノルド卿。リリアンが体勢を崩してよろめきます。そこへ、落ちていたガレキを砲弾代わりにしてぶん投げられては、リリアンも下がるしかありません。
アーノルド卿、リリアンの攻撃を食らえば一発でお陀仏と言っていましたからね、接近戦は避けたようです。
『さーすがアーノルドくん、戦闘センスは生きていた頃のままね!』
は――?
今さらっとすごいこと言いませんでした!? あなた、アーノルド卿が生きていた頃を知っているんですか!?
『私達も行くよ、ハヅキちゃん!』
ああ、露骨に無視したぁ!
『死にたくなければ私に続きなさい! 私はどっちでもいいんだからね!』
わぁん、土壇場で突き放したぁ!
わかりました、わかりましたってば! 叫びますよ! 叫べばいいんでしょ!
『それではハヅキちゃん、いきますよ! 声高らかに、元気よく! ハヅキ・フラーッシュ!』
「は……ハヅキ・フラーッシュ!」
◇ ◇ ◇
叫ぶと同時に、私は光に包まれました。
光の中、着ていたシスター服が弾け飛び、素っ裸のままくるくる回ると戦闘服に切り替わる――なんて変身バンクはありませんでした。
代わりに、光がデッキブラシに吸い込まれていき、金色に輝くデッキブラシとなりました。
あ、そっちに変身バンクあるんですね。
ホッとしたような、ちょっと残念なような――。
『パワーアップイベントあったら、ハヅキちゃんのバンク作ろうか?』
「全力で遠慮いたします!」
なにやらアーノルド卿の羨ましそうな視線を感じますが――気づかなかったことにしようと思います。
『さあ、ちゃっちゃとやっつけるよ!』
「ちゃっちゃ、て……」
ブゥンッ、とデッキブラシがうなり、リリアンに向かって構える形となりました。
それを見て、リリアンがものすごい形相で私をにらんできます。
「この、悪霊憑きが……」
『なによ、邪神憑き。あんたのほうがタチ悪いっての!』
「はぁ? あんた、姉に向かって偉そうに!」
「わ、私じゃないですよぉ!」
『へへーんだ、あんなんか一撃で叩きのめしてやるからね! ほら、全力でかかってきなさいよ!』
アオるのやめてくださいよぉ!
ひょっとしてデッキブラシ、変身したら性格変わるんですか!? あなたも十分タチ悪いですよ!
「お望み通り……全力で叩きのめしてやるわよ!」
リリアンの右手が光を増します。光がぐんぐん強くなっていき、礼拝堂がリリアンの放つ光で満ちていきます。
『あーあ、すっかり堕ちちゃって。こりゃ助けたところで面倒なだけかもね』
いっそここで引導を渡した方が救いがあるかしら。
デッキブラシが不穏なことをいいます。引導、て――いやちょっと待ってくださいよ、リリアンをどうするつもりですか!?
『そりゃあ、引導ですからね。神の元に送る、的な?』
「的な、じゃないですよぉ! だめです、絶対ダメですからね!」
『あら、助けたいの?』
「当たり前じゃないですか! 私の姉シスターですよ!」
そりゃ、イジメ宣言受けて、さんざんに嫌がらせをされてきましたが。
目には目をで報復済みです、なんの遺恨もありません。
それに、読み書きできない私に、忙しい時間を割いて文字を教えてくれたんです。飽きっぽい私に根気よく付き合って、聖典を一から読み聞かせて教えてくれているんです。
それに――それに、いつだったか。
――あんたって、根性だけはあるよね。
たいしたものね、となんの嫌味もなく、笑顔で褒めてくれたんです。
あれ、けっこう嬉しかったんですよ!
『あらま。いい姉シスターじゃない』
なんだかデッキブラシが笑ったような気がしました。
『それじゃ、ハヅキちゃんも腹くくりなさい。生涯シスターを続ける、ね』
「え、生涯シスター?」
『あの子を本気で助けたいのなら、その覚悟がいるってことよ』
光に満ちた礼拝堂の中、リリアンの背後にいる影が揺れました。
オマエごときにこの女が救えるものか――そう笑っているような気がします。
カチン、ときました。
私が救うまでもなく、リリアンは自分で自分のケツが拭ける人です。ええそうです、ここで助けさえすれば、あとは自力でなんとかしちゃう人です。
それを知りもしないで、よくもまあ。
邪神ごときが、うちの姉シスターなめんじゃねえ!
あの大聖女様の後を継いで、聖女になる人だぞ! すごい人なんだからね!
『あははっ、ハヅキちゃん、実はあの子が大好きじゃん』
え、そうなんですか?
いや、そのなんていうか――えー、大好きとか言われると、議論の余地があるんですが。
『オーケー、オーケー。その件は後でじっくり語り合おうか。さあ、全力の一撃でカタをつけるよ!』
リリアンに負けじと、デッキブラシの光が増します。
だけど、リリアンの背後の影は余裕そう。大丈夫なんでしょうか。
『大丈夫よ。ハヅキちゃん、私が合図したらあんたのオリジナルスキルを使いなさい』
へ?
オリジナルスキル? 「聖なる箒」ですか? あれはお掃除特化型のスキルですが。
『そっちじゃない。もうひとつの方よ』
もうひとつ?
ま、まさか――作者も忘れていた疑惑のある、「虹色の聖なる灯」ですか!?
あれ、七色に光るだけの、ヲタ芸専用スキルですけど!?
『いいからやりなさい。いくよ!』
ブゥンッ!
デッキブラシに導かれ、私は腰を落とし構えます。
ちなみに私とデッキブラシが延々と会話していた間、アーノルド卿ががんばってリリアンを牽制してくれていました。五秒どころか、五分くらい稼いでくれたんじゃないでしょうか。影の功労者に盛大な拍手を!
『アーノルドくん、全力でバックステップ!』
『おうさ!』
デッキブラシの合図で飛び退いたアーノルド卿。
そして、なんの障害物もない状態で向き合う、私とリリアン。
「ハヅキ……あんたは……あんたはぁ! 目障りなのよぉ!」
「そうですか、それはすいません。でも私は……けっこうリリアンさんが好きですよ!」
どんっ!
リリアンの力が弾けました。
その瞬間、私はデッキブラシに引っ張られて、リリアンに突進します。
「とりゃぁぁぁぁ!」
『ハヅキちゃん、ぶちかませ!』
四方八方から襲い来るリリアンの攻撃をくぐり抜け、懐に飛び込んだ私は。
「虹色の聖なる灯!」
ライブでしか使ったことのないそのオリジナルスキルを、全力でリリアンに叩き込みました。
◇ ◇ ◇
――ぐ、ぐぁぁぁっ!
七色の光が弾けると、どこからか絶叫が聞こえました。
――バカな、なぜこの力が!
――まさか、本当に蘇ったのかぁ!
リリアンの背後にいた影が、七色の光を浴びて消えていきます。もがき、あがいて、救いを求めるようにリリアンに手を伸ばしたのを見て、私は慌ててリリアンの腕をつかみました。
「リリアンさんは渡しません!」
影の手が空を切り、そのまま光の中に溶けて消えてしまいました。
『おっしゃ、大勝利!』
デッキブラシが勝利宣言。
やがて光が弱くなり、薄暗い礼拝堂の光景が戻ってきました。
邪神の気配は消えていました。祭壇を包んでいた闇は消え、壊れた台座と倒れた椅子が見えました。
「リリアン……さん……」
すぐ隣に、倒れたリリアン。疲れ切った顔をして、声をかけても目を覚ます様子がありません。
『大丈夫、邪神の力は消えてるから』
「よかった」
ホッとしたら、どっと疲れが出てきました。
まだ一日が始まったばかりだと言うのに、クタクタです。お勤めの時間までに大聖堂に戻るのは、うん、無理ですね。さてどうしたものでしょうか。
『おっと、面倒なのが来た』
「え?」
『私は黙るから。あ、私と会話できることは、しばらく内緒にしててね』
そう言ってデッキブラシが口を閉じた直後。
ふわっ、と空気が動き、どこからともなく影が現れました。
「ポンパドール……さん」
「やあハヅキちゃん。派手にやったねえ」
口元に笑みを浮かべていますが――目が笑っていません。怖いです、マジで怖いです。この人おそらく、一部始終を見ていたんだと思います。
「さすがにこれは、見なかったことにはできないかなぁ」
ポンパドールさんの、温もりゼロの視線が向いている先。
私の「姉」シスター、リリアン。
私は力を振り絞って、ポンパドールさんの視線からリリアンをかばいました。
「……殺させません」
「そうきたかー」
くくくっ、と笑うポンパドールさん。驚きもせず、否定もせず、ただ笑うだけのポンパドールさんが心底怖いです。
だけど、絶対にここはどきません。
「ポンパドールさん、教えて下さい。シノビ、て何ですか?」
「唐突だねえ」
「いいから教えて下さい」
「東の方の島国で、スパイのことを指す言葉だよ。主な仕事は情報収集。命令次第で、破壊活動や戦闘行為、それから……暗殺もするね」
「教堂にそんな人がいるんですね」
「教堂も一枚岩じゃないからね。トップの目となり手足となって、災いの目を摘む汚れ役が必要なのよ」
ポンパドールさんの目が、すうっ、と細くなりました。
「安心しなよ、大聖女様に手出し厳禁を言い渡されているから。面倒なことになる前に連れ戻しに来ただけ」
「信じていいですか?」
「君が神に仕える、シスターであり続けるのなら。さて、どうなのかな?」
冷え冷えとした声で問うポンパドールさん。
それは私の覚悟を問うものでした。なるほど、デッキブラシが言っていたのはこのことですか。
私は目を閉じ、一度深呼吸をした後に。
目を開いて、ポンパドールさんをまっすぐに見返しました。
「私は……シスター・ハヅキ。大聖堂に籍を置き、シスター・リリアンを姉とする、大聖女さまの側仕えです」
「うんうん、いい答えだね」
私の答えを聞いたポンパドールさんは。
温かい目でニッコリと笑い、私の頭を優しく撫でてくれました。
──というわけで。
再びの To Be Continued♪