9 魔王軍四天王、ヌリカベ
状況を再確認しよう、と俺は申し出た。
最初は十人近くいた彼ら急造のパーティは、毎夜一人ずついなくなっている。
彼らも対策は打ったらしい。夜間に見張りは立てていた。それからは、見張りに立てたそいつが翌朝死体となって発見されるようになる。まあ騎士COした奴から噛まれるのは道理だ。
それから、魔核が見つからない。彼らはかれこれ一週間、長い者は十日ほどは迷宮内を彷徨っているという。松山が迷宮に迷い込んだのは一月前だが、小鬼の集落にいた。それだけ長く探索を続けて見つからないとなれば事態は簡単ではない。
「この迷宮はいつになく広大よ。彷徨いの数も多い。魔物も自然もね。相応の力を持った生きた壁に間違いはないと思う」
迷宮攻略を得手とするセキーストの魔法使い、メイズが言った。その言葉は真実だと思った。
結論から言うと。
「この中に『魔核』──ヌリカベ様がいると思う」
俺の言葉に対する反応は様々だった。
驚愕する剣士、ケンケン。首を捻る戦士シセン。怯えるポンズに目を細めるメイズ。
「ヌリカベ様っていうのは?」
「おそらく魔核のことだ。小鬼の一人に教えてもらった。俺は一月を小鬼の集落で暮らしている。それなりに信憑性の高い情報だと思う。大地を豊かにして彷徨いを送り込んでくれる守り神、だそうだ」
「小鬼の集落? ふぅん、それもあんたの『祝福』で、ってこと?」
「ああ。だが俺の話は今は良いだろう。本題は、この中にそのヌリカベ様がいるかもしれないって言う話だ。高位の魔物は人間に擬態できると言うし」
「そ、そんなこと! そんなことって、あるのかな……」
ケンケンが勢いに任せて否定したが、気弱な性根からか言葉尻が軽くなる。
薄々勘付いてはいたのだろう。だが確信は持てない。毎夜居なくなるパーティメンバー達。故郷を遠く離れた心細い場所でやっと巡り会えた同族。ただし疑心暗鬼からか問いただせない。願わくば、一刻も早く魔核の見つからんことを。
そんな折にやってきたのが俺だった。完全な部外者。可能性はゼロではないが──客観的に俺が毎夜彼らを殺害していた可能性は限りなく低い。
そんな俺だから無遠慮に突っ込める。彼らが暴かれたくなかった真実を追求できる。
「確信していたやつもいるみたいだが」
俺はその中で魔法使い──メイズに視線を向けた。炎髪の少女は疲れたように嘆息した。
「……ええ、まぁね。でもみんな長期の滞在で疲労が溜まっていたわ。私一人で解決できれば良いと思っていた。他の人たちと違って、迷宮攻略は私の生業だし」
彼女だけが、攻略を目的として迷宮に臨んでいる。こんなに長期の攻略は久しぶりだと言う。唯一の本職として焦りもあったのだろう。
「幸運なのは、恐らくヌリカベ様の直接戦闘能力は高くはないだろうこと。そうでなければ毎夜一人ずつ殺していることに説明がつかない。全員一気に殺せば良い──まあ、道楽の可能性もあるがな」
だから、と俺は笑顔で進言した。
「話し合いで決めようじゃないか。今から、自分の身の潔白を証明するんだ。一番怪しいやつを殺そう。次の日も殺戮が終わらなければもう一度。猶予は、あと二日だ」
人狼ゲームが始まる。人数は五人。残り吊り縄は二本。光苔が淡く灯る。夜は、まだ始まったばかりだ。
○
「そ、そんな、身の潔白って……」
突然の事態に四人は──いや、メイズ以外はついて来れていないようだった。恐らくは来訪者である俺が司会を気取っているから。彼らには彼らの信頼関係がある。
そこにメイズの鶴の一声があった。
「……私は、賛成よ。もうあらかた探し尽くしたのはわかっているでしょう、ケンケン。私たちの中に犯人──魔核がいる。認めなさい」
「で、でも……みんな、一緒にご飯を食べた仲間じゃないか。きっと、まだ探していない場所がある──」
「目下一番怪しいのは君だ、ケンケン」
「うぇっ」
俺の役目は、部外者としての率直な意見だ。唯一の潔白者。非容疑者。
「君は魔王軍と戦っている最中だと言っていたな? それにしては理解が遅い。兵士として訓練された者の仕草じゃない。他の三人はもう覚悟を決めたみたいだぞ」
「あう、それは……え、へへ。僕、昔から鈍臭くてさぁ……ご、ごめん! 愛想笑い……笑うとこじゃ、ないよね……わかってるんだけど……」
ちらり、とケンケンは他の二人に目をやる。シセンは渋面に皺を寄せて黙り込んでいる。ポンズも涙目になりながらも、気丈に杖を握り締めて立っている。
二人の姿を見てケンケンも覚悟を決めたようだった。自分たちの中に犯人がいる。そう心を鬼にして、認めたくなかった現実を見つめ直して、俺と目を合わせる。
「そっ、か。じゃあ話すよ。せめて僕の身の潔白だけでも、話そうと思う」
「違う、違うよケンケン。君は俺の質問に答えるだけで良い。犯人探しのコツは、犯人を探すことだ。弁明ばかりしていても話が進まないだろ?」
だがそこに待ったをかけるは俺、松山愛人。
人狼ゲームの先達者として、何もわかっていない素人どもに定石を指導しなくてはならない。
弁明は狼のやることだ。市民のやるべきはただ狼を探すこと。その一点のみ。
「うぇっ、一体何なんだよマツヤマぁ……話せって言ったり違うって言ったりさぁ!」
「話せとは言ってない。身の潔白を証明しろと言ったんだ。そして、犯人を探そうという姿勢がそのまま自身の潔白に繋がる。鈍臭いのは昔から、ということで俺は納得したよ。嘘とは思えない。ところで、君たちは誰が一番怪しいと思う?」
四人は顔を見合わせた。誰が魔核で、誰が人間で。十日足らずの共同生活。一緒の釜の飯を食った仲間。疑心暗鬼。
俺はひとまず黙ることにした。経験者が出しゃばっても楽しいゲームにはならない。
一番怪しいのはケンケン──だったが、反応がどうにも白っぽい。一番信頼できるのはメイズだ。彼女は自身を『黒炎の魔法使い』と言ったか。外の世界でも名が知れている、というのは相当に白い。
分からないのはシセンとポンズだ。シセンは単純に喋らないから情報が少ない。寡黙な戦士だ。ポンズは──怯えてばかりだが、彼女には気になるところがあった。気付くやつはいるだろうか。
沈黙を破ったのはシセンだった。彼は俺と同じ疑問を抱いていた。
「……突然現れた魔物使いの案に乗るのは癪だが──」彼は剣呑に目を細めた。「──ポンズ、お前の国では魔王のことを魔王"様"と呼ぶのか? 人類の敵である憎き魔王を?」
そう、これがポンズの黒要素。
「あ、俺もそれずっと気になってた」
ケンケンが同意した。ずっと? ということは、先の二言だけではないのか。『ひっ、魔王様!?』と初対面の時に。二度目は『ほんとに、魔王様とかではないんですよね……?』と魔物を従える俺に確認するために、彼女はそう言った。
ポンズはあっ、あっ、えっ、と吃りながら答えた。
「わ、わかんないですよぉ〜。魔王様って、皇女様とか、皇帝様とか、王様とかとおんなじじゃないんですかぁ〜? 別に他意はないですぅ」
他の二つはともかく、『王』というのは確かに様付けしたくなるかもしれない。自然と王様というように、彼女にとって魔王は魔王様なのだ。
魔物の王。魔王。故に、魔物である生きた壁は彼の者への敬意を捨てられないのではないかと、そう思ったのだが。
「わ、私、疑われてるんですか……?」
ポンズが助け舟を求めるようにメイズに擦り寄った。唯一の同性だ。仲も良かったのだろう。冷静な魔法使いにしなだれかかるグラマラスな僧侶。目に毒だ。
メイズはしっかりなさい、とポンズを窘めた。
「別に、みんな確信を持っているわけではないの。事実私たちは十日余りも疑わず、一緒に過ごしてきたのだもの。本当に私たちの中に生きた壁がいるのなら、その擬態は完璧なものね」
それからメイズはきっ、と俺を睨みつける。
「……貴方、高みの見物を決め込んでいるのが気に食わないわ。さっきからニヤニヤにまにま気持ち悪いし」
おい、それは悪口だろ!
メイズは構わず続けた。
「私は、今なお貴方が魔核である線を追っている。ねぇ、魔物使いさん。本当に、ただの人間が数十匹も魔物を意のままに操れるの?」
俺はこの時点で、メイズを人間だと確信した。白弾き、ってやつだ。もし彼女が人狼だったらば嘘を吐くのが上手すぎる。
市民は、あらゆる可能性を模索しなければならない。犯人が誰かわかっているのは狼だけだ。ここで俺に矛先を向ける──彼女が狼で、そんな目立つ行動をするメリットが薄すぎる。
「『祝福』だ──ってだけじゃ駄目か? あんまりバラしたくはないんだが」
「ええ、不十分。そもそも『異世界の勇者』ってのが眉唾だもの。ナインステイツが召喚を試みるって話は聞いていたけれど、正直あんなのに期待してた人なんて居ないわ。貴方が本当に異世界から来たというならば、貴方こそ身の潔白を証明なさいな」
俺は了承した。市民同士で殴り合っていても仕方ない。俺はグレーを詰めたいのだ。
地球。東栄学園。昼下がり、突然光出す教室の床。
この俺が、疑われている? それ自体は良い。悪くない発想だ。だからこそ、俺は全力で俺の無実を証明する──
○
「──とまあ、こんなところでいいかな。改めまして、語り部は松山愛人でございました……」
「も、もう良いわ。ありがとう……本当に、異世界から召喚されたみたいね……作り話だったら容赦しないわ」
「作り話とは思えなかったなぁ。頼もしいね、勇者様は五十人弱も召喚されたのか」
「は、はい! こ、これで人類は、きっと魔王様を打ち倒せますよね……」
俺は俺の人生を三十分ほどかけて語り切った。そういうことが俺にはできる。口先三寸手八丁は俺の十八番だ。
メイズの最後の言葉は捨て台詞みたいなもんだ。メイズはもう俺を疑ってなどいない。
となると、次に疑いが向くのはシセンになった。
「シセン、そう言えば私、貴方について気になったことがあったの」
「……なんだ」
普段通り、仏頂面で禿頭の戦士が呟く。
「私は生きた壁についてそこそこ詳しいわ。生態も、能力もね。生きた壁は魔物と共存している。魔物を体内で飼うために、生きた壁は迷宮内を自然で満たし、肉を外から調達する。肉っていうのは大抵が、追い詰められて手負いになった生物なのよ」
魔法使いは無表情で言った。
「『畑を荒らす魔物を狩っていたらいつの間にかここにいた』って、あれ、本当なのかしら?」
俺は嬉しくなった。この魔法使い、才能の塊みたいなやつだ。人狼ゲームの醍醐味は理詰めの美しさだ。何となく狼っぽいから、何となく村っぽいから。そんなふわっとした理由ではなくて、きちんと理屈立てて詰問する。
シセンもまた手強い。彼は徹底して寡黙だった。キャラ付けが素晴らしいと思った。彼の寡黙に誰も違和感を抱いていない。相槌の打ち方や、要所の質問の仕方などが存在感を演出しているからだ。
これからの展開に胸が躍る。俺は未だ誰がヌリカベ様か分かっていない。メイズは違う。ケンケンは、少し村寄りか。シセンとポンズはまだグレー……
そんな感じで俺が目を輝かせていた時だった。
「っ」
ザシュッ、と目の前でメイズの身体が貫かれる。突如出現した茨の槍によって。
「か、はっ!」
即座に茨を切断、貫かれた腹に暖かな光が集まる。治癒魔法。それも相当に高度な。使える魔法は『黒炎』だけではないらしい。
目線の先には異形と化した一人の人間の姿がある。
「……く、くく、バレちまったもんは仕方ねぇ! 俺は魔王軍四天王の一柱、ヌリカベ! 領域内で、この俺に勝てると思うなよ!」
筋肉質な禿頭の大男──戦士、シセン。背後に背負った斧は不定形に蠢き始め、顔の左半分が棘まみれの茨に変化、茨はヌリュヌリュと呻きながら伸縮する──
他の三人は即座に反応した。血まみれのメイズまで。
「シセン、まさか、お前が……!」
「ひっ、ひぃぃっ!」
「正体を、表したわね……!」
即座に戦闘態勢に入る三名。鈍臭かったケンケンも流石の前衛だ。不意打ちこそ許したものの、ポンズとメイズを背後に剣を構え、果敢に茨を寄せ付けない──
「……」
──そして、俺は。
返せ、興奮を。よくも、よくもよくもよくもよくも、ゲームを台無しにしてくれたな!
「狼が、自白してんじゃねぇええええええええ!!!!」
俺の怒号と共に、壁際に控えていた魔物達が一斉にシセンへと襲いかかった。
一口人狼用語解説。
吊り縄:最終日までにあと何人処刑できるかを数えたもの。日を重ねるごとに人数が減っていくので、処刑できる回数も決まってしまう。「あと3縄」というように使う。「(生存人数-1)÷2の小数点切り捨て」で計算できる。