8 ひっ、魔王様!?
俺はとりあえず村長の家を飛び出した。
『俺は小鬼だ』と主張することはできる。ただし信憑性がかなり薄まっているはずだ。
なぜなら俺は真占い師に占われてしまったから。俺自身が、俺の無実を心の底から信じられないからだ。
仕方がないので、俺は叫んだ。
「『マツヤマが逃げたぞ! もう巣から出ていってしまった!』」
周囲に屯していた衛兵小鬼たちは、俺の言葉を信じて出口に走っていった。
ふう、と息を吐く。これも苦し紛れの発言だ。すぐに俺が逃げていないことを悟られる。
魔法をぶっ放してもいいが、リンの話を聞いた後じゃ気が引ける。彼女の前で小鬼を殺すことは避けたい。
俺は、制服を頭から被って衛兵小鬼たちの最後尾を進んだ。もうこの集落にはいられない。
「待って!」
声がかかる。
もう見つかったか。だが聞き覚えのある声だった。
「……リン」
まだ幼い、母親を目の前で惨殺された少女。
リンは、目を真っ赤に腫らしたまま俺を見つめていた。
「……それも、魔法? 私、マッマが逃げたと思ってる……目の前にマッマがいるのに」
「……そうだよ。俺はもうこの集落にはいられない。お別れだ」
リンは何も言わなかった。賢い子だ。行かないで、とは言えないのだろう。
俺が踵を返そうとしたところで、ぽつりとリンが言った。
「……ヌリカベ様は、このまままっすぐ行ったところにいると思う」
「どうして教えてくれるんだ?」
「マッマは、他のニンゲンとは、違うと思うから……魔法や、外の世界のことを私に教えてくれたから」
「……そうか、ありがとう」
そのまま背を向けた俺に、感情が決壊したのだろう、リンの涙声が聞こえた。静かな叫び声だった。
「……わたし、外に出るよ! もう誰も傷付かなくて良いように……やっとわかった、私にとっての魔力ってなんなのか。冷たいより、暖かい方がずっと良い」
ふわり、と俺の左腕が暖かな光で包まれる。
炎だ。どす黒く渦巻く真っ黒な炎。遠目に見れば人魂のように見える。それが、俺の左腕に絡みつくように灯っている。
左腕からすうっと痛みが引いて行く。
治癒魔法、だって?
俺はリンの才能に驚愕した。治癒魔法は簡単な魔法ではない。身体の構造を理解して、正確に針の穴を通すような想像力が必要になる。俺だって医者じゃないから完璧に治すことはできなかった。
それを、リンは覆したのだ。恐らくは強靭な意思たった一つで。
もう誰も傷付く同胞を見たくない。目の前で惨殺された母親。冷たくなっていく死体。血の暖かみ。
血──そうか! 治癒魔法じゃない、血を操っているのか!
俺は後ろ手に手を挙げた。さよならにこれ以上の言葉は要らなかったから。
「……またね、リン」
彼女の嗚咽に後ろ髪を引かれながら、俺は集落を後にした。
○
何やかんやあって小鬼を撒いた。吊られた身で生き残るってのも変だけど、流石のプライドも命には代えられない。
初めて小鬼を見かけた別れ道に来た。左に曲がれば、行き止まりに辿り着くはずだ。引き返せば小鬼の集落。まっすぐ進めばヌリカベ様がいるという。
俺はリンの言葉を信じることにした。てか信じるも何も、左に行っても行き止まりだしな。
しばらく進むと大広間に出た。自然豊かな場所だ。壁面には無数の穴蔵。生活の痕跡がまだある。ただし、物音がしない。生き物の気配はない。
「滅ぼされたっていうもう一つの小鬼の集落か! リンの故郷……だよな」
よく見れば酷い有様だった。あたりには貪られた死骸がある。他の魔物に荒らされたか。ニンゲンは小鬼の肉なんか食べないだろうし。
奥に行くと、通路に繋がっていた。なるほどこちらの集落は迷宮の端ではないのか。
「魔核──ヌリカベ様はこの奥にいるのかな。通り道だったから食料補給のついでに殺した、ってところかな……犯人の人間側の思考としては」
基本的に魔物は害獣として扱われる。下手に力が強い分、野犬のように放っておくのも望ましくないからだ。
小鬼はその筆頭だ。あっという間に繁殖して数を増やしてしまうから、見かけたら根絶やしにしろっていうのが通説である。
「人間が、どこから来たのか気になるな……俺のように迷い込んだのか自ら迷宮攻略に進み出たのか……できれば合流したいところだけど、リンの故郷を滅ぼしてるんだよな〜、まあ仕方ないか〜、人間からすれば当然の思考だ」
立場の違いで、意見というのは変わる。
例えば占い師の視点に立てば、別に占い師を名乗る人間がいたらそいつは敵陣営──狂人か狼だろう。逆もまた然り。
俺はロールプレイの一環で一月小鬼の集落で暮らしたから、リン達に肩入れしてしまっている。だが、そのリン達も俺が人間だとわかったら襲ってくるのだ。
因果応報、とまでは言わないけど。自然の摂理ってところかな。相容れないモノは相容れない。
そんなこんなで順路を進んでいくと、電電草が鳴りを潜め始める。夜になったか。
光苔が淡く発光を始める。このあたりもよく分からないんだよな。生きた壁。ご丁寧に昼夜を再現してやがる。生態系が気になるが──大した問題ではないか。
昼と夜。問題は魔物の種類が変わることだ。ザッ、と足音が聞こえる。背後。小さいな。四足歩行。獣か。
俺はちらりと後ろを確認する。
「黒狼、か……」
黒狼。かつて俺を恐怖のどん底まで貶めた奴らも、今の俺からすればなんて事ない相手だ。
「『お前ら、ご主人様の顔も忘れたか?』」
役を羽織る。
魔物といっても所詮は獣。今の俺は覇王マツヤマ。威風堂々仁王立ち。
ぐるるるる、と唸り声を上げていた黒狼どもが怯む。数が多いな。十数匹はくだらない。
だが問題ではない。彼らは俺の非常食であり、敬虔なる配下なのだから。
「『我が名は覇王マツヤマ。貴様らの主人であるぞ。付き従うなら勝手にしろ』」
俺は黒狼十数匹を引き連れて歩き始めた。
知能が低いやつは説得しやすくて良いな。
『統一言語』。発言の理解を強制する力。
騙しやすいやつと騙しにくいやつがいる。『理解』とは言っても、洗脳ではない。現にリンは俺が逃げたと思っていたのに、俺が逃げていないことに気付いていた。
「多分、知能だよな。本能で生きてるような奴は騙されやすいんだ。虫を操ることはできなかったし……もっと実験したいな……」
そう考えると、魔物っていうのはうってつけの手駒かもしれない。
俺は配下を増やしながらどんどん進んでいった。黒狼、大毒蛇、蛇尾鶏。もう随分大所帯になった頃、少し開けた場所に出た。
広間だ。煙の匂いがする。中央を見ると、焚き火を囲む一団がいた。
人間だ。やっと人間を見つけた。俺は安心して、ずんずんと彼らに近付いて行った。
「ひっ、魔王様!?」
失礼な人間だな。彼らが戦闘態勢に入ったのを見て、黒狼どもも威嚇し始めやがった。
「『おい、お前ら、待て』。あー、とりあえず自己紹介から始めるか?」
「じ、自己紹介!? なんだよ、お前、人間、だよな……?」
「……後ろの魔物は、なんだ」
その場にいた人間は四人。剣士、戦士、僧侶、魔法使い。ファンタジー物のパーティをそのまま持ってきたような一団だった。
「俺は松山。ナインステイツに召喚された『異世界の勇者』って言ったら伝わるか? こいつらは『祝福』で操ってるみたいなもんだと思ってもらって良い」
「勇者って、あの!?」
「……話には聞いてたけど」
四人はそれぞれ顔を見合わせ、魔物が襲ってこないのを見ると、納得してくれたみたいだった。
最初に声を上げたのは剣をしまった好青年だった。人畜無害そうな男で、全身から苦労人みたいな空気が漂っている。人生で貧乏くじしか引いてこなかったみたいな。
「……ぼ、僕はケンケン。見ての通り前衛だよ。出身はノーシーストだけど……とりあえず、松山も迷宮から出たい、ってことで良いんだよね?」
ノーシースト!? 最果ての国、現在の最前線って話だったが──南の王国から遠すぎやしないか。迷宮は異空間、という話だったが……
だがそれよりも気になることがあった。
「迷宮から、出たい? 俺もそうだが、じゃあケンケン達も迷い込んだってことか?」
「……ああ。僕は魔王軍と戦っている最中だった。ノーシーストはドワーフの国なんだ。人間は別に差別されてるって訳でもないけど、まあ鉄砲玉みたいな扱いでさあ──」
「ケンケン。生い立ちについては追々語ろう。今は松山に事態を共有したほうが良い」
ケンケンの話を遮ったのは筋骨隆々の大男だった。背中に斧を背負っている。
「俺はシセン。こっちはポンズとメイズ。俺たちはそれぞれ異なる場所から迷宮に迷い込んだ……俺はチェイネン出身だ。畑を荒らす魔物を狩っていたらいつの間にかここに」
ポンズと呼ばれた僧侶のような女も習った。真っ白の装束の金髪碧眼。彼女は俺の背後の魔物にびくびく震えている。
「……ひっ、い、異世界の勇者様が来られたなら、私たち助かるんですよね……? ほんとに魔王様とかじゃないんですよね……? あっ、わ、私はキニアです……キニア皇国。でもでも、迷い込んだ場所は別で……ミドルパートからキニアに帰る途中、黒狼に襲われて……私は無我夢中でぇ……」
「ポンズ、しっかりなさい。それでも皇国の司祭なの」
窘める声を上げたのはローブを羽織った魔法使いのような女だ。炎髪赤目、眦がきっと吊り上がっている。気の強そうなやつだと思った。
「私はメイズ。セキーストの魔法使いよ。黒炎の魔法使いって言ったら結構有名なんだけど?」
「……すまない。俺はまだこの世界には疎くて」
黒炎の魔法使い。雷鳴の魔法使いの同僚か? だが雷鳴のはノーシーストで魔王軍を食い止めているという話だ。セキーストではなく。
とくれば、これはこの世界で名のある魔法使いということだろう。○○の魔法使い。
「……そう。私は迷宮を攻略しに来たの。入り口、結構分かりやすいからね。まさかこんなに彷徨い──それも人間がいるとは思わなかったケド」
迷宮は、魔物と共生関係にある。手負いの獲物を迷宮に追い詰める魔物も多いらしい。特に黒狼。ナインステイツでは聞かなかった話なので、セキースト帝国の魔物学は発達しているのだろうなと思った。
セキーストは魔法使いの国だったか。帝王がエルフで他種族にも寛容なんだとか。地位も名誉も金も、魔法の実力で決まる国。
「それで、事態っていうのは何だ? 何か問題でも起こったのか?」
それがね、と説明してくれたのはケンケンだった。
「問題は二つあるんだ。一つ目は、魔核が見つからないこと。この先も行き止まりだった」
もう一つは、と。
「毎夜、メンバーが一人ずつ居なくなってる。僕ら、最初は十人くらいいたんだよ」
人狼ゲームが、始まる。
一口人狼用語解説
CO:カミングアウトの略。主に役職宣言に使う。「占い師COします」など。




