7 俺は大魔法使い松山様だぞ!
小鬼達の集落に来てから一月が経過した。
あの日、俺は集落に着くなり襲われそうになった。門番みたいな小鬼に地面に押し倒されて、槍を首筋に当てられた。すぐに殺されなかったのは俺を庇ってくれた小鬼が三匹いたからだ。
「おれ、小鬼!!」
咄嗟に口をついて出た言葉で解放された。信じてくれたらしい。
オモシロイヤツダ、みたいなことを色んな小鬼に言われて、俺は受け入れられた。魔法が使えるし頭も悪くないしで、俺の待遇は相当良いものだった。外には出られないけど。
今日は、小鬼のリンが家に遊びに来ている。家といっても岩を掘って作られた簡素なものだ。扉もない。小鬼達の集落は迷宮の端っこにあった。広間の様な円形の場所があって、壁には沢山の穴がある。その大体に小鬼が家族単位で住んでいる。入り口は一つだけ。そこには門番が立っている。
俺の家には、よく幼い小鬼が遊びにくる。俺は物を知っているから「長老みたい」と言われているのだ。子小鬼たちには外の世界の話が面白いのだろう。
「マッマは、なんで魔法が使えるの」
中でもリンは特に俺を好いてくれている。まだ幼い女小鬼だ。俺の話をよく聞いているからか、話し方も流暢になってきた。
小鬼にはマツヤマ、というのが発音しずらかったらしく、俺はマッマと呼ばれている。今のリンなら発音できそうだが。
「魔力、わかる? からだの内側にエネルギーみたいなものがあるんだ。それを使うんだよ」
「んー、わかる、かも? なんか熱そうで、冷たそうなやつ?」
「人によって違うんだ。魔力は生命力だから。リンにとっての生命っていうのは、熱くて冷たいのかもしれないね」
俺はまだ狩りに出るのを許されていない。いくら魔法が使えても余所者だからだ。たまに大毒蛇みたいな大物が寄ってきた時にだけ呼ばれる。大人は皆働いているから、俺も何か手伝いたいのに、「コドモをアヤスのもシゴトダ」とか言って、俺は家に閉じ込められている。
「魔力を、どうするの?」
「頭の中で思い描くんだ。想像してごらん。口から火を吐いたり、空を飛んだり。喉が渇いたら水を出せば良い」
俺は木のコップに水をちょろちょろと出した。前はもっと凄い魔法が使えた気がするんだけど、今はこの程度しかできない。
リンはうわーと目を輝かせて水を飲んだ。
「わたし、お空が見てみたい。太陽、見たい」
「どうだろう。ここは迷宮と言って、生きた壁っていう魔物の腹の中なんだ。異空間って呼ばれたりもする」
「いくうかん? ってなに?」
「どことも繋がっていなくて、どこへでも繋がっているってことだよ。外へ出るには、生きた壁を倒さないと」
「倒したら、外へ出れる?」
「うん。お腹を殴られたら、うげーって口が開くでしょ。そんな感じで、外への入り口が開くんだ。どこに繋がっているかはわからないけどね」
「もしかしてヌリカベさまのことかな」
「ヌリカベ様?」
「うん。守り神さまのこと。わたしたちが生きられているのは、ヌリカベさまが大地を豊か? にしてくださって、『彷徨い』を贈ってくださるからだって」
「彷徨いっていうのは?」
「たまに、獣とか、人とかが迷い混んでくるの。わたしたちはそれを食べて生きているから」
迷宮と魔物は共生関係にある。迷宮は魔力を欲し、魔物は肉を欲するからだ。
特に自分の腹の中で大量に繁殖してくれる小鬼は絶好の相方位置だ。彼らを誘き寄せるために自然豊かな迷宮は多い。
この集落も緑豊かな場所だった。円形の広間には木が生え、畑があり、花も咲いている。
迷宮の端っこ、一番安全で、一番逃げられない位置にあるオアシス。
「ヌリカベ様はどこにいるの?」
「ん、えっとねー」
「オイ、マッマ。オサがヨンデル。コイ」
リンに尋ねた時、お呼ばれがかかった。家の前に一匹の衛兵小鬼が立っている。オサ、というと村長のことだろう。この集落に唯一存在する木造の家屋。そこが長の住処だ。
リンに一言謝って、俺は呼びに来た小鬼に付いていった。
長は神妙な顔で待っていた。木造だがしっかりとした造りの椅子に座って、机に肘をかけている。
「このムラに、ニンゲンがいるというハナシがある」
俺は、何故かどきりと心臓が高鳴った。
知らず固唾を飲んで、ゆっくりと村長に問いかける。
「……どうして、そう思うのですか?」
「ニオイだ。ハナのイイヤツが、ニンゲンのニオイがするとイッテイル」
「私を呼んだのはなぜですか?」
「イケンがホシイ。ニンゲンはイナイハズだ。ダカラ、ゴブリンにマギレラレルニンゲンがヒソンデイルかもしれない。どうすればミツケラレル?」
「なるほど。容疑者──怪しい小鬼はどれくらいいますか?」
「ロクタイだ。オマエもフクメテ、サイキンはいったヨソモノのカズだ」
なるほどなるほど、と俺は思案した。
「分かりました。今日の夜、その六体を集めてください。私たちの話し合いを見て、村長に決めてもらいましょう」
胸が高鳴る。これは、一月ぶりの高揚だった。何故高鳴るのかわからない。
人狼ゲームが、始まる。
○
その夜、村長の家には容疑者である六匹の小鬼と、村長との七匹がいた。
俺は集めた理由を余所者である小鬼達に話す。
「今日集まってもらったのは、ニンゲンを炙り出すためです! ハナ、ニンゲンの匂いがするというのは本当ですか?」
ハナ──鼻の効く小鬼が頷いた。気持ち可愛らしい顔をした小鬼だ。女の子らしい。彼女も容疑者の一匹だ。
「ナンデオマエ、タノシソウ……? ホントウダヨ、ニンゲンのニオイ、スル……」
「でも、ここにニンゲンはいない。何か誤魔化す手段を持っていると考えられます。ここにいる六体からも、ニンゲンの匂いはしないでしょう?」
「ウン、シナイヨ……」
「だから、話し合いで決めましょう。皆さん余所者とのことですが、どこから来てどうして逸れたのか、教えてくれませんか?」
ここ一月で知識人としての地位を築いている俺の言葉だ。逆らう小鬼はいなかった。村長が何も言わないからかもしれない。
ところが、誰も言葉を発さなかった。あれ、何か間違えたかな。
俺が戸惑っていると、村長が言った。
「マッマ、これは、何だ? ロウソクをツケテ、カーテンをシメテ、ヘヤをクラクして」
「気分です」
「キブン……そうか。わかった。ソトはヒカリゴケでアカルイものな……」
朝昼は電電草が広間を明るく照らし、夜は光苔が淡く周囲を照らす。迷宮内の太陽と月がそれだ。そもそも小鬼は夜目が効くのだから、これはただの気分以外にあり得ない。
それ以降も誰も話す様子が無かったので、俺から話すことにした。
「それでは、私マツヤマから。私の前の村は、迷宮の外にありました。村長には話していたと思いますが」
ソト!? と、何人かの小鬼が驚いた。村長がウムと頷いている。青い空、深い森。それから太陽。
「そこで、魔法による殺害事件が起きました──ああ、被害者は生きてます。私が身を挺して助けましたから」
ハナがえっ、と驚いて不安そうな顔を見せたので補足する。女小鬼はほっと一安心してくれた。
「ところが、魔法を使った事件です。私は今の様に容疑者になりました。ろくな調査もされず、私は村を追い出されました」
俺はそれからのことを、なるべくロマンチックに、劇的に、ドラマチックに話した。
ハナの反応が可愛かった。彼女は俺の言葉一つ一つにリアクションをしてくれて、俺が黒狼を倒して魔力切れで倒れた時には、目が涙でいっぱいだった。
まだ完治していない左腕の傷を、皆はどう思ってくれるか。
「……というわけで、現在に至ります」
パチパチパチパチ! と拍手が起こった。辛かったんだねえ、大丈夫だったかいなど、優しい言葉をかけてくれる小鬼もいた。
次に話し始めたのはエイだった。まだ子供だ。彼も俺の冒険譚を目を輝かせて聞いていた。
「マッマ、スゲエ! マホウもツカエルシ、カワイソウだ!! マッマは、ニンゲンジャナサソウ!」
「まあ、ニンゲンさんは周りは皆小鬼だから、何とでも言えるよねぇ」
狼の特徴だ。軽率に白置きする。
エイは一瞬だけ狼狽えた。
「うっ、オレ、ゴブリンダヨ! ねっ、オカアサン!」
がちか、子持ちかよ。恋人陣営か?
エイに言われて声を上げたのはビィだった。
「ハイ。エイはワタシのコドモ。シィはオットです。サイキン、モウヒトツのシュウラクがニンゲンにホロボサレタでしょ? そのイキノコリです」
「そ、そうですか。なら、御三方はニンゲンじゃなさそうですねぇ」
三人組の恋人陣営! ずるすぎる。こんなの勝てるわけがない。
俺は状況を整理した。
「エイ、ビィ、シィさんが小鬼で確定。ハナも疑いを提唱している時点でニンゲンじゃないでしょう。じゃあ──リン、最後に話してくれるかい」
俺に話を振られて女小鬼──リンはうっ、と声を詰まらせた。
「どうしたの、何か言いたくないことでもあるのかな?」
「う、ううん。マッマが聞きたいなら、話しても、良いよ……」
それからリンはポツポツと話し始めた。
エイたちと同じ集落に住んでいたこと。その集落の人間関係など。
リンは引きこもりがちで、エイたちが自分のことを知らなくても無理はないこと。
ニンゲンが襲いかかってきた時には、母親が念のために作っていた、家の奥のシェルターに隠れたこと。
こっそりとシェルターの奥から覗いた瞬間、目の前で母親がニンゲンに刺されたこと。
バシャ、と目元にかかる血。熱い。母親の体温。わなわなと震えて何もできない自分。お母さん。いつも私を大切そうに抱いてくれたお母さん。血が、暖かい。熱い。ニンゲンが怖くて、シェルターから出られない自分。
必死に鳴き声を抑えて、三日くらい待ったこと。嗚咽を抑えすぎてとうに涙は枯れていたこと。
物音がしなくなったのでシェルターから身を乗り出す。目の前には裸に剥かれ、心臓を貫かれた母親。手を握る。冷たい。生命の香りがしない。胸元に頭を埋めるも、やはり、冷たい。血も既に渇ききっている。
枯れたと思っていた涙が、あとからあとからわんわん溢れてきたこと。それでもお腹が空いたから、近くに捨てられていたお母さんの服のポケットを探ったこと。木の実も何も全てなくなっていたこと。全部、ニンゲンどもが奪っていったんだ。
話し終える頃には、リンの目元には涙が溜まっていた。俺は人狼ゲームなんか浮かれていた自分を恥じて、彼女の頭を撫でてやった。
「辛いことを思い出させて、ごめん」
だからリンにとって生命とは、熱くて、冷たいものだったのだ。血の暖かみと死骸の冷気。
「ううん、いいの……ニンゲンが、私たちの中にいるかもしれないんだよね……」
ビィが、悲痛そうな声で言った。
「リンちゃんがイッタコトは、ホントウダとオモウ。マエのシュウラクのコトとか、ヨクシッテタし。オカアサンのナマエはイエル?」
「……ゴブリ」
「ゴブリなら、シッテルわ。ムスメさんがイエをデタガラナカッタコトも」
恋人陣営、まさかの四人目である。
ハナが嗚咽を堪えながら言った。どうもこの子は絆されやすいタチらしい。リンの境遇に同情してさっきまでわんわん泣いていた。
「うっ、リンちゃんも、マッマも、カワイソウダヨォ〜、ニンゲンのニオイなんて、キノセイだったのカモ……ウォーン」
ワオーンって狼COですか? 泣いてるだけだよね、ごめんね。
冗談はさておき、俺はハナに向き直った。
「ハナ、一人だけ選ぶんだ。誰が一番ニンゲンだと思う? 俺が魔法で手助けしてあげよう」
『統一言語』。理解を強制する。言葉に、強制力を持たせる。そもそも俺を小鬼だと誤認させてるし、それをハナの指名に限り解除するだけだ。
「『君は、この中の一人だけ、ニンゲンかどうか嗅ぎ分けることができる』。俺の魔力が足りないから一人だけだけど」
「うっ、うっ、ホントウに、ソンナコトがデキルノォ……?」
「できる。今の君は占い師だからね」
ハナはうるうるした瞳で悩んだ。
「……ウゥ、エイ、ビィ、シィはチガウデショ〜……エッ、リンちゃんとマッマかぁ……エェ〜?」
しばらく悩んだ後、ハナは言った。
「ドチラカとイエバ、マッマかなァ……」
「よし、わかった。俺の匂いを嗅いでみて」
ハナがゆっくりと俺に近付く。さっきまでは何とも無かったハズの匂い。俺のことを小鬼だと思っているからだ。対面し、会話すれば俺を小鬼だと思う。俺から離れた──例えば俺が使った食器とかコップとかには、俺の匂いが残留していたのだろう。
ハナは俺の胸に頭を埋めてくんくんと匂いを嗅ぐ。リンが羨ましそうに見つめている。
ピクリ、と耳が動いて、ハナが上目遣いに俺を見上げる。その顔が「嘘でしょ」と言っている。俺は無表情だ。何故ならこれで二連敗だから。
ぽつり、とハナが言った。
「……ニンゲンの、ニオイがする……」
初心者村では良くあることだ。何を言ったか、誰が怪しいか。発言の内容なんかはどうでも良くて、情熱で全てを解決される。
適当に理屈を捏ねる占い師よりも「おれマジ占い師だから! 信じて! がちのマジで俺占い師!」みたいな初心者の方が信用されるように。
俺の技術をこねくり回した作り話──まあ厳密に言えば作り話でもないけど──よりも、リンの嗚咽混じりの独白の方が、真に迫っていたというわけだ。
その場にいる全員の目が見開かれる。村長の判断は早かった。
「ツカマエロ!」
俺は逃げた。何が小鬼だ、俺は大魔法使い松山様だぞ!
一口人狼用語解説
恋人陣営:恋人陣営は、お互いが恋人(つまり市民)であることを知っている。ゲーム終了時に二人とも生きていれば勝利となる。相方が死ぬと、その後を追って死んでしまう。
人狼1人、占い師1人、恋人陣営4人(リンも同じ集落から来ている)とかいう詰み盤面。




