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5 国外追放の刑に処します!

 真っ暗闇の中を、手探りで進む。


 深夜。静かな森の中に梟の囀り。


 俺は息を切らしながら、草木を掻き分けて全力疾走。


「はあ……はあ……っ」」


 背後から迫るは獣の唸り声。それも複数だ。暗闇でよく見えなかったが、おそらく狼。奴らは狡猾にも、俺のスタミナが切れるのを待っている。


 寒い。汗が気持ち悪い。暖かい布団の中で眠りたい。意識が霞んできた。


「……どうして」


 滲む視界の中で、俺は傍目から見ても情けない声を上げざるを得ない。


 足がすくむ。もつれそうになったところを、気合と根性だけで持ち直す。


 左腕がじんじんと痛む。痛いを通り越してもはや熱かった。手首の中程にくっきりと大きな歯形がついている。ぼたぼたと血が垂れているから、狼どもが俺を見失うことはない。


「どうしてこうなった──ッ!!!」


 慟哭は、漆黒の夜闇に虚しく消える──





 時は戻って、三枝二殺害未遂事件の次の日。


 その次の日も、そのまた次の日も、大した変化はなかった。訓練は滞りなく行われた。


 魔王軍の妨害工作の線も追うと、今訓練を中止するのは下作だと判断されたらしい。


 俺と三枝はその間、何度かグレランに呼ばれた。何度話してもこれ以上俺から言えることはなかったが、俺たちは従順だった。


 事態が変わったのは、一週間が過ぎた頃だった。


 クラスメイト全員が集められて、レジーナ王女が宣言する。


「犯人が、分かりました。松山(まつやま)愛人(まなと)様。あなた以外に考えられません」


「は? いや待て待て待て、俺は三枝を助けたんだぞ?」


 突然のことで、俺は間の抜けた返答しかできなかった。


「……すまない、松山。これが王国の決定らしい」


 東野がレジーナ王女の言葉を引き継いだ。


「王国は一週間かけて僕らの祝福を精査してくれた。だが、あんなに巨大なシャンデリアをどうこうできるほど祝福を操れる者は、まだいなかったらしい」


「……そして、シャンデリアから探知できた魔力は貴方のものだけ──状況証拠から、貴方が犯人とするしかないのです、松山様」


 クラスメイト達の目が冷たい。


 まさかお前が犯人だったのか。

 自作自演ってこと?

 松山ならやりかねん。

 もともと何考えてるかわかんないやつだったし。

 いやでも、松山くんがやるわけなくない?

 そんな度胸あるとは思えないけど

 一体何のために?

 でも状況証拠からすると、松山くんってことだよね……


 ざわざわとうるさい羽音の様に、弾劾の言葉は俺の耳をすり抜ける。


 レジーナ王女が続ける。


「本来は異世界の勇者を害そうとする行いは死罪ですが──証拠不十分として、今回は国外追放に留めます」


「そんな、本当に?」


 俺は東野に視線で訴えた。


 彼も悲痛そうな顔で、ふるふると首を横に振るだけだった。


「……見せしめ、じゃないけど。君が本当にやったのか、何のためにあんな行いをしたのかは僕にはわからない。だが王国としても、唯一の容疑者を放っておくわけにもいかないらしいんだ」


 おそらく東野は、既にナインステイツ王国と何度も話をしたのだろう。彼はナインステイツを説得することができなかった。


 いつも堂々としている東野が俺と目を合わせないことが、何より彼の葛藤を思わせた。


「……嘘だろ?」


 俺の訴えは黙殺された。


「異世界の勇者、松山愛人様。あなたを同じく異世界の勇者三枝二様殺害未遂容疑で、国外追放の刑に処します!」


 弁明の場も与えられなかった。


 そのままぺっ、と城から叩き出されて、衛兵に連行されて城下町を抜け、街からも追い出される。


 俺は夢現のような状態で、されるがままになっていた。まだ理解が追いついていない。


 時刻は夕方。目の前にはキィィ、バタンッ、とたった今閉じられた街門と、背後には闇の深そうな森林。


 着の身着のまま安住の地から締め出され、ようやっと、呆然と呟くことしかできなかった。


「……なんだよ、これ……」





 そして時は先ほどの夜闇に舞い戻る。


 兎にも角にも街を探さなければならない。ナインステイツには戻れない。街門が閉ざされてしまったからだ。最寄りの街はチェイネンだったか。だが、異国の地で地理に詳しいわけもなし。


 俺は夜の森をあてもなく彷徨うことになったのだが、焚き火を焚いたのが運の尽き。


 がぶり、と気付いた時には、左腕を食いちぎられそうになった。


「ひいっ!」


 黒狼(ネロウルフ)。ナインステイツ北部の森を縄張りにする魔物の一匹。知識としては知っていたが、ことここに至って俺には危機感が足りていなかったらしい。


 そこからは無我夢中で逃走するしかなかった。左腕は痛むし腹は減ったしでもう頭がろくに回らない。


「くそっ、くそっ、くそっ!」


 どうしてこうなったどうしてこうなったどうしてこうなった!


 近場にこんな危険な魔物が生息しているのなら死罪も国外追放も変わらないじゃないか!


「どうして、こうなった──ッ!!!」


 東野も東野だ。なんで俺が追放されなければならない!


 三枝も庇ってくれれば良いものを。いや、三枝は庇ってくれていたか? だが俺と同じ様に彼女の意見も黙殺されていたのだ。くそっ、疲労で記憶力までどうにかなってきている。


「この俺が、追放だぁ〜? 人狼ゲームじゃねんだぞ、そもそも俺はただの市民だし!」


 無罪放免、冤罪も冤罪である。


 世界観がまだ掴めない。この世界の、価値観が。見せしめが必要。証拠不十分? 異世界の勇者。魔王軍。落ちてきたシャンデリア。東野、岩永、高松、坂。水戸。


 俺は手頃な洞窟に逃げ込んだ。森の中では狼達に地の利がある。そう変わらないだろうが、風が遮られるだけで不思議と安心できた。


「いや、待て、人狼ゲーム?」


 余計なことに頭を回しているという自覚はある。だが、考えざるを得なかった。これは俺の性みたいなもんだ。


 足を引きずってふらふらと歩く。岩壁に体重を預けながら身体を無理やりにひこずる。


 人狼ゲームには、ある程度のセオリーがある。


 無意識に人狼が取りがちな行動というものがあるのだ。議論を進めながら、些細な違和感を結びつけて嘘つきを炙り出すゲーム。それが人狼。


 例えば、人狼は狼を探さない。ヘイトを買うのを恐れるからだ。

 例えば、人狼は他人の意見を鵜呑みにする。自分の意見を持たない。市民に擦り寄りたいからだ。

 例えば、人狼は仲間を守る。もしくは無視する。人狼同士が繋がってることを隠したいからだ。

 例えば、人狼は軽率に白置きする。誰が狼で、誰が市民なのか知ってるからだ。


 犯人を探さず。

 他人の意見をそのままに。

 容赦なく俺を切り捨てる。

 かと思えば、俺を擁護しようとした節もある。


「……ちょっと、東野が黒すぎるな……」


 もちろんただの勘だ。


 だが、もしそうなのだとしたら。


 この俺が、してやられたのか……?


 この俺が。松山愛人が。説得力で。議論で。犯人探しで。人狼ゲームで。


「ふ、ふふふ、ふふふふふ」


 知らず、場違いにも笑い声が漏れる。


 今も背後には黒狼の気配がある。左腕も痛む。だがそれ以上に、臓物が煮え繰り返るような恥辱が俺を支配する。


「本調子ではなかったとはいえ……突然変な世界に連れてこられて? いきなり事件が起こって? 犯人を探さなければならなくなって? 誰かを生贄に──SGにしなければならなくなって?」


 まだ東野だと確定したわけではない。だが岩永じゃないだろう。彼女は犯人を探そうとしていた。容疑者は誰だ。ナインステイツはいわば占い師か? 狂人か?


 だが、どちらにせよ。


「この俺が、最初に吊られたっていうのか……?」


 ふふふ、ふはは、ははははは!


 高笑いが漏れる。


 そんなことがあって良いわけがない。他ならぬ俺自身が許せない。


「既に墓場に行った雑魚の戯言だが──散々虚仮にしやがったこの報いは、必ず受けさせてやる」


 高揚感が、身体を支配する。


 今回は勝ちを譲ってやろう。まだ見ぬ真犯人よ。


 だが今に見てろ。必ずお前を追い詰め、炙り出し、地獄の果てまで煽り倒してやる。


 ひとまずは迫る狼をどうにかしなければならない。一週間の『訓練』で人並みの魔力制御は身についている。


 必要なのは想像力。国を追われ素人に毛が生えた程度の奴に虚仮にされ、祝福もないこの俺だが。


「ワンころ共が。俺は大魔法使い松山様だぞ」


 『思い込む』ことにかけては、俺の右に出る者はいない。


 洞窟の中腹で足を止めた俺に、狼共が追いつく。俺の体力が尽きたと思ったらしい。


 じりじりと、狼共が間合いを詰める。狩りに慣れている獣の動きだ。慎重にゆっくりと追い詰める。


 だが、今回に限ればそれは悪手だった。


「風よ」


 俺に反撃の手段があるからだ。


 『魔力は万能のリソース』だ。だが人が思い描ける姿というのには限界があるのだという。理屈では『万能』だと分かってはいても、自分が空を飛んでいる姿や、口から火を吹くところを想像できない。常人ならば。


 だが俺は違う。この時の俺は限りなく自由だった。大魔法使いでもあるし、前世の知識も持っている。こと科学においてはこの世界を遥かに凌ぐ知識を。


 どれだけ常識を捨てられるか。どれだけリアルに現実を思い描けるか。この塩梅によって、この世界の魔法使いの力量は決まる。


「炎よ!」


 先ほど作り出した大量の酸素を一気に燃焼させるイメージで。


 異変に気付いた狼達が襲いかかってくる。だがもう遅い。既に炎の渦が絡みつく様に狼共の自由を奪っている。


「裁きの光よ!」


 止めとばかりに、光の矢が狼を穿つ。


 よく分からんけど、魔物とかいうなら光は効くだろ。


「キャンっ!」


 俺が放った光の矢が狼共を貫いたのを確認した瞬間、意識が揺らぐ。


「うっ、ああ……はあ、はあ……」


 極限の緊張状態から解放され、抗いようのない睡魔が俺を襲った。


「……はあ、うっく、魔力、切れ、か……」


 そうか、魔力値は一般人並だものな、と。


 ばたり、と倒れ込む様にして、今日の俺のベッドは土床か、などと思った。

一口人狼用語解説

SG: スケープゴートの略。狼が市民を狼っぽく演出させること。「○○は市民でも発言伸びなくて後々SG位置にされそうだから吊ろう」等。

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