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48 無作為のコイン

「皆、今日は泊まっていくよね?」


 北道海は俺たちに向かってにこやかに問いかけた。それが当然である、と微塵も疑っていない様子だった。


「……いや、えっと……」


 あんまりにも純真無垢な顔で言うものだから、流石の東野も言葉を濁した。


「……え」


 一転この世の終わりみたいに表情を曇らせる北道。いやあなたそんな顔してますけど、彼らをどうやって連れてきたか覚えてない? 覚えてないかぁ、誘拐拉致監禁なんだけど。


「もう二、三時間は経っています。そろそろ首脳陣の会合も落ち着いている頃でしょうし、戻らないと問題になります。向こう方は、我々が会長と顔馴染みだというのを知らないでしょうし」

「え、知らないの? 本当に?」

「……? ええ。なので、帰りが遅れれば遅れるほどにノースロードの信頼が──ひいては品位が落ちてしまう。それは会長の本意ではないでしょう? 神に至ったのとは別で、貴方は建国も宣言している」


 白昼堂々世界会議に乱入して、人類の希望を誘拐した時点で品位も信頼もへったくれもないと思うが。


「む、むむ……それは、そうだ。無理を通した自覚はある……」

「……弁解はしておきます。会長が僕らに対して害意を持たないのは明らかですし」

「みんなも?」


 北道はぐるりと辺りを見回した。

 誰もが微妙そうな顔で頬を掻いている。


「ケンケン、心配してるだろうな〜」

「スケイルさんに何て言われるだろ……」

「まーどうとでもなるんじゃない?」

「…………」

「……私は、まあ、平気だけど……」


 ノーシーストに志願した戦場帰りは身内を想い、やはり楽観的なのは高松香河。何も言わない水戸にぼーっとしてるつーちゃん。


 俺は肩をすくめた。そういう意味では、俺に帰る場所はない。顔見知りならそこそこ居るけど。今リンとか何してんだろ。

 さて、どうしたもんかねと推移を見つめた。


「よし、じゃあお開きだ。今日はありがとう。楽しかったよ。アマノジャク、頼めるね?」


 なあなあになりそうな雰囲気だったが、そこは即断即決北道海。パンと手を鳴らしてそう言った。


「あ、会長。その前に少し皆とお話しても良いですか?」

「ん? 構わないとも。席を外そうか?」

「……話が早くて助かります」

「ふふ。内緒話は学生の華だ。天に誓って聞かないよ」


 おお、急に年上感を出してくる。見た目が変わらないから脳がバグるけど、北道は十年前からこの世界に居るんだよな。


 きらりウィンクを一つ退室する北道を見送って、部屋の中には八人の男女が残された。


 安定派筆頭、東野京。

 興味派筆頭、坂伊坂

 悲観派筆頭、岩永仙。

 楽観派筆頭、高松香河。


 『預言者』三枝二。

 『読心者』浜松神奈。

 水戸伊薔薇──は一匹狼? 暗殺者?

 それから俺の八人である。


「別に、さ。必要ないと言えば無いんだけど。せっかくノーシーストに行ったイサカや仙ちゃんが居るんだ」


 東野京は言った。

 何を考えているのか分からない、百点満点の笑顔で。


「今後について相談しようか。発言は手を挙げてからするように。君たちはこれからどうする?」


 それはまるで、俺たちが召喚された直後、その焼き直しみたいな切り出し方だった。







「召喚初日、レジーナ王女がどんなことを言っていたか覚えてる?」


 手始めに世間話、といった風に東野が言った。

 浜松神奈が手を挙げる。こういうところで気が利くのはこの天然女の少ない美点の一つだ。


「魔王を倒せば、魔核が手に入る。その魔核がはらむ魔力を使えば、我々を帰還させてくれると」

「うん。まあ、もうその選択肢は無くなったのかな。君たちは会長を殺せる?」


 東野の問いかけにピリリ、と緊張感が場を支配する。

 真っ先に反応したのは岩永だった。


「無理っ! 無理ッ! できる気しないっ!」

「京よぉ、そりゃ能力的にって話か? 感情的にって話か?」

「どっちもだよ、イサカ」

「難しいだろうなぁ。少なくとも今はまだ」

「ちょっとちょっと、野蛮な話はやめてよぉ」


 この話怖ぇ〜。天に誓って聞かないとは言ってたが、まだすぐそこに北道は居るんだよな。


「はは。冗談だよ。ともかくだ。レジーナ王女は嘘は吐いてなかったのかな。魔王討伐が神に至る道なのは確かだった。ノースロードを滅ぼせば『破壊』の要件は満たせただろうからね。『神』──つまり魂の管理者になれば、僕たちは元の世界に帰れる」


 相変わらず東野は要点を纏めるのが上手い。


 東野の要約を聞いて、おずおずと手を挙げるのは岩永仙だ。


「……でも、『神』になるってことは……結局海会長と戦うってことだよね……?」

「……戦わない選択肢もあるよぉ」

「待機、だよな」

「そっ、か。そうだよね。最低でも四年、長ければその十倍、だったかな……」

「っそ! もともとナインステイツに任せたら五十年かかるって話だったからさ、それに比べたら随分進歩したんじゃない?」

「う……でも、四十年、かぁ……」


 何だかんだ、俺たちは多感な時期を過ごす高校生だ。

 青い春も寒い空も暖かい冬も冷たい風もその身で感じることができる、人生で最も充実するはずの時期。

 人体改造施設こと東栄生であってもそれは変わらない。


 そんな俺たちから言わせてみれば──四年というのは、あまりに長い。

 それ以上なんて言わずもがな。四十年も五十年も変わらねぇよ。


 そんなことを考えていた時。


「……くふ」


 ふとした瞬間だった。

 思わず漏れ出てしまった。

 そんな笑い声が、どこからともなく聞こえてきた。


「……東野?」


 別に、何もおかしなところなんてない。

 ただ、世間話の途中で笑みが溢れただけ。


 だというのに──それは紛れもなく嘲笑で。

 ひび割れみたいに耳に残る音だった。

 嫌な予感がする。浜松の言葉を思い出す。

 あれはそう、たしか──


「……ああ、いや、ごめん。君たちが不合理なのが──可笑しくて。珍しくて──楽しくて。天下の東栄生だっていうのにさ」


 ──東野京は、狂っています。


 勘違いでは無かった。

 東野は、明らかに彼らを嘲弄していた。侮蔑していた。蔑んでいた。侮っていた。嗤っていた。


「これで『待機』を選ぶんだったら、話し合う必要なんて無いじゃないか。会長を待たせて時間を貰って、世間話だけして終わるつもりかい? 仮に『待機』を選ぶとしてもだ。行動する場合のことを考えた方が建設的だ。そうだろう?」


 彼ら、とはすなわち。

 東野の言葉に心当たりのある奴らのことである。


「つまり、『破壊』を満たす方法について議論すべきなんじゃないかな、僕らは。どうやって国を滅ぼすか。どこを狙うか。何が一番安全か。そういう話を進めたかったんだけど、一向にそんな気配にならないから……もしかしてこれは──アレかな」


 東野は抉る。

 悪意を持って。

 誰も言葉を挟めない。挟まない。


「情が湧いたかな。この世界の人たちに」


「『ひれ伏せッ!!!』」

「おっと。リストレイア、抵抗だ」


 遂に堪忍袋の尾が切れたのは岩永だった。

 キュィィィンとその目が真っ赤に灯り、背中には翼、臀部には尻尾が見える。『魅了の魔眼』だ。この世のものとは思えない美貌を持つ岩永様、その美しさを確固たるものにする魔眼!


 俺は当然のように地に伏して己の無力を知った。え? あれ、俺だけ? ちらりと周りを見てみると、平伏してるのは俺だけだった。

 皆凄いなぁ。岩永様に逆らうなんて考えもつかないケド──ハッ!


 俺は正気に戻った。さて、俺がそんな一人コントをやっている間にも事態は進んでいる。それも悪い方向に。


「ねぇ、ねぇ? 頭が高いって言ってるんだケド、京。『ひれ伏しなさい』よ、ほら早く」


「抵抗。図星を突かれて問答無用とは、随分と野蛮になったね、仙ちゃん」


「野蛮はどっちよ。あなた今自分が何て言ったか覚えてる? 普通に人殺し宣言なんだケド」


「先に不義理を働いたのはこの世界の人間達だ。五十人弱の誘拐だよ。しかも元の世界には帰れないときてる」


「だからってすぐ滅ぼしますとはならないでしょ。どの口で義理だの人情だの言ってるの? やられたからってやり返しても良いのは子供のうちだけよ」


「それを言うなら僕らはまだ子供だよ。未来ある若者だ。東栄の一学年、そのAクラスが全員攫われたんだよ。僕らの帰還が遅れることで人類の科学が何百年遅れると思う?」


「ハッ! 何よ。帰還が遅れたらどうなるって? 私や坂が早く魔王を倒そうよって言った時にはナインステイツ相手にビクビク怯えてたクセに、随分と強気じゃない」


「召喚された直後を引き合いに出されても困るな。あの時の僕は、時期が悪すぎると言ったまでだよ。まだ誰も祝福やら魔法やら──この世界に慣れていなかったから。今はもう違うだろう?」


 二人とも口喧嘩強ぇ……。俺は巻き込まれまいとできるだけ存在感を消した。


 完璧超人こと東野京は煽りもレスバも一級品だった。誰があんなの教えたんだろうねぇ。浜松だろうか。意外と口悪いし。俺? 俺なわけはないだろう。

 対する岩永も負けてはいない。先に『口撃』したのは東野なのだからと、被害者という一点のみで彼女は彼に追い縋る。岩永ほど弱者が板に付いてる女もいまい。弱さとは可愛げだ。可愛さとは強さだ。誰よりも弱く可愛く庇護対象な岩永仙は、つまり誰よりも強い。


 返す刀に買い言葉。論点を変えては要点をズラし、倫理と道徳のライン上で反復横跳びを繰り返す。

 つまり、誰を殺すか。どこを滅ぼすか。

 なぜそうしなければならないのか。どうやってそれを為すか。


 奇しくも東野の思惑通り、建設的──には見えないが、きちんとした話し合いになっていた。いやなってるのか、これ?


 一通りやり取りを交わした後に、ニヤリと笑うのは東野京だ。不気味で陰惨で──それでいて百点満点の笑顔。

 つまり──弱点を見つけた狼の顔だ。こんなに邪悪な顔でも絵になるんだからイケメンって本当に……。


「狙うならやっぱり戦争で疲弊仕切ってるところ──ノーシーストだね。一番楽に堕とせる」

「ノーシーストはダメよ!」


 邪悪に笑う東野を前に、岩永は猛反発を示した。自明であった。

 東野の笑みが深くなる。


「どうして? 仙ちゃん、あんなに帰りたがってたじゃないか」


「ダ、ダメなものはダメ! ようやっと……戦争が終わったのよ……! 敗戦だったとしても……少しくらい、休ませてあげないと……! 海会長も悪いようにはしないだろうし……」


 途端に歯切れの悪くなる岩永。


 岩永仙は『戦場の女神』としてノーシーストで一月近くを過ごしている。

 俺が逃げ出した戦場でだ。

 命と命をすり減らす合戦。いつ死んでもなんら可笑しく無い魔境。身体よりも先に心が削れそうな場所。


 特に岩永は、兵士たちとの交流が多かったように思う。『戦場の女神』なんて宗教(カルト)にハマった奴らとのだ。疲弊し切った老兵たちとだ。如何にあそこが狂った場所であったか。


 束の間の休息を。

 慈悲深き啓示を。

 願わくば恒久の安寧を。


 彼女がそう望むのはなんら不思議なことじゃない。


「もちろん今すぐと言う話じゃないさ。メイル嬢を説得してオムニ皇帝の遺産を暴いて冒険者を募ってと、やることは沢山ある。攻め入るのは最短でも二月は後だ。休息には十分じゃない?」


 対する東野はこいつ人の心がねぇのかよ。

 妥協しているようでその実全く配慮が足りていない。二ヶ月休みあげた後に滅ぼすね〜って。鬼か。悪魔か?


「話になんない!」


 当然のように岩永は激昂した。


「でもよ〜、京。ノーシーストにはケンケンがいる。『雷鳴』の魔法使いもだ。籠城戦になったら、あいつらを攻略するのは骨だぞ〜」


「ちょっと坂! あんたもしかして賛成なの!? そっちに付くの!?」


「そういう訳じゃねぇよ。良いからお前は黙ってろ、仙」


 ここで選手交代参戦したのは坂伊坂。

 癇癪を起こす岩永を戦力外と判断して、東野の説得を試みる。


「大体よ、その言い振りだとセキーストから攻めるつもりだろ? 俺らとセキーストとの接点は無ぇだろうよ。チェイネンならまだしもよ」


「それくらいならどうにでもなる。メイル嬢は『神』に興味を持っているだろうし、取り入るのは難しくないと思うよ。ノーシーストを一番攻めやすいのがセキーストなんだ。」


「だからその、ノーシーストが一番楽に堕とせるって前提を俺は否定してる。お前はケンケンのことを知らねぇだろ? 守りに入ったあいつはま〜じで硬い。セキーストを堕とすのはどうなんだ? 皇帝が崩御したばっかの国だ。付け入る隙はあるだろ」


「甘いね。『戦神』の死から数千年が経った今もチェイネンが『戦士の国』であるように、オムニ皇帝の死とは無関係にセキーストは未だ『魔法使いの国』だ。あそこで法外の魔法使い相手に戦うなんて自殺行為だよ。同様の理由でチェイネンも候補から外れる。ノースロードがまだ不安定な今、セキーストは一番強い国なんじゃないかな」


「オーケーオーケー、理解した。神っつーのの影響力? その残滓を懸念してるって訳ね。確かに俺ぁチェイネンにいるとすこぶる調子が良い。戦士だからな。セキーストにいる魔法使いも同じ──『無意識の魔力』ってやつか」


「そう。そして、僕は一個人が戦況を大きく変えるようなことは無いと思ってるよ。ケンケンさんについてはよく知らないけど」


「俺から言わせれば、それが甘いんだよな〜。国の話をするならノーシーストは『鋼人の国』だ。武器やら鎧やらが一通り揃ってるし、鋼人お手製の人造人間──ホムンクルスは強えぞ。ケンケン以外にもヤベェのが何人もいる」


「……へぇ。確かにノーシーストの軍隊は精強だと聞く。ノースロードに面しているからね。十年にわたる戦争の経験もある。疲弊も込みで、それでもノーシーストは堕としづらいと?」


「そう、そうだ。分かってくれたか! 少なくとも俺ぁケンケンのいる城は狙わないね!」


「じゃあキニアだ」


「はぁ???」


 あわや説得が成功したかに思えた時だった。

 東野京が矛先を変えた。


 予想もしていなかった展開に坂はぽかんとした顔で両手を上げる。お手上げってな。


「何言ってる。どうしてキニアが出てくる?」


「何もおかしなことはない。僕の考えは、『セキーストが今一番強い国だ』という前提から始まってるんだ。取り入るなら強国だ。取り入った後、セキーストから見て堕としやすい国はどこか。それがノーシーストだと思ってたけど、坂がそこまで言うならキニアにしよう」


「馬鹿が! キニアはダメだ! キニアを滅ぼしたら俺はお前を許さねぇぞ!」


 先ほどまでは理路整然と論理で返していた坂もこれには激昂を示した。


 確か、坂はキニアの教皇に惚れてるんだったか。滅ぼしたくはねぇよなぁ。


 そして、ノーシーストのように内情を知っている訳ではないから、『キニアを狙わない理由』についても何も言うことができない。知らないのだから。俺たちがキニアに滞在したのは一日にも満たない。


「許さないとは、またどうして? 僕らとキニアの接点も無いはずだ。君たちがノーシーストを大事にするのは、情が湧いたんだと思ってたけど……」


 東野はいつものように笑顔を浮かべて言う。なんの邪念も見せない完璧な笑顔(アルカイックスマイル)のはずなのに、どこか、怖い。


 あ、これ、分かってるやつだ。俺は思った。


 東野は坂がキニアの教皇に惚れてるのに気付いてる。世界会議で熱い視線を送っていたからか、それとも何らかの祝福か。坂の好みは分かりやすいしな〜。金髪! 巨乳!


「それは、その……あ! ミドルパートはどうだ? 小国だ! セキーストからも近い!」


「ミドルパートはセキーストの属国だ。そこを滅ぼすとなると、セキーストに取り入るのが難しくなる。民意を得られないだろうからね」


「く、っそ、それはそう、だけどよぉ……!」


 これが東野京の『対話』の仕方。

 岩永相手にノーシーストを人質に取ったように。

 坂相手ならキニアをダシにする。


 と、ここで坂も気付いた。

 悪辣な東野の手腕に。


 これではまるで、全体の妥協点を見つける建設的な話し合いを望んでいるのではなく、煽り煽られ対立を作り出すことそのものが目的のようではないか、と。


 つまり──


「──おい、京。てめぇ……喧嘩がしてぇなら最初からそう言えや」


 ──喧嘩。そう、喧嘩だ。

 東野京は争いを所望してる。

 喧嘩を売ってる。


「……君も随分と穏やかでなくなったね。仙ちゃんもだし、戦場帰りはみんなそうなのかな」


「ハッ。俺らが悪いみたいに言うなよ。先に人の神経逆撫でてんのはお前だ、京。何なら誰かに判定(ジャッジ)してもらっても良いぜ! おい、香河! これぁどっちが悪いよ!?」


「ジャッジとはね。ラップバトルでもしてるつもりかい?」


 ラップバトルって!

 俺は吹き出した。東野はやっぱり真面目に話す気などない。これだけで判定勝ちをあげてもいいくらいだ。


 突然渦中に放り込まれた形の高松はうへぇと呆れた。


「……うっ、ちょっと、巻き込まないでよぉ……」


「いつまでも他人事面はできねぇぞ。こいつぁそのうちナインステイツも滅ぼすとか言い出しかねない」


「うぇっ!? ナインステイツは……ちょっと……何だかんだ良くしてくれてるしさぁ……嘘だよね、東野くん?」


「……選択肢には入ってる。セキーストから遠いから現実的ではないけれど、僕らを喚んだ張本人だ。つまり、一番の復讐対象」


「ほらな!?」


「嘘ぉ!」


 ほっぺを両手で抱えて飛び上がる高松。したり顔の坂。犬歯を見せて威嚇する岩永。


 中央に佇む東野はまるで他三人に包囲網を敷かれているみたいだが、動揺も焦燥も見られない。

 むしろ、自分が一番の被害者だみたいな顔をして説く。


「……どうやら意思を統一するのは無理そうだね」


「まずお前にそのつもりが無ぇからな!」


「こういうときは、アレだ。松山!」


 坂の弾劾を無視して、東野は唐突に俺を呼んだ。


 全員の視線が俺に集中する。俺はうへぇと悪態を吐いた。


「はいはい。アレね。いつもの胃痛ポジってやつだ」


 無作為にコインを弾くようなものだ。裏が出るか、表が出るか。中立の俺はたまにこうして使われる。


 派閥の長たちは時折こうして決裂する。

 好き嫌い。利益不利益。得手不得手。

 様々な要因が絡まって、彼らだけでは決断を下せない時がある。


 そこで俺だ。水戸や三枝じゃダメだ。決断ってのは往々にして恨まれる。妬まれる。彼女たちにそんな業を背負わせる選択を東野京は取らない。獲れない。採らせない。


 幼馴染の俺だから

 東野は俺に迫るのだ。


 君なら全ての責任を取ってくれるよね、って。


「……表か裏だ」


 俺は懐からコインを取り出した。


 先ほどまでの喧騒とは一転、部屋の中は静寂に包まれていた。誰も俺が決定役を務めることに異論を挟まなかった。信頼か、それとも。


 さてどうしたもんか。


 まず第一に東野はフェアじゃない。


 採決の基本原則は多数決だ。

 ぱっと見は戦争否定派が二人、肯定派は東野一人。高松は中立寄りかな〜。でもナインステイツは気に入ってるらしい。つまり、普通に行けば東野が折れなければならない場面だ。


 ならば俺は、決定を覆そうとしている東野に不利な条件を課す方法を採らなければならない。五分でもダメだ。明確に不利な条件。


 あの時──この世界に召喚された初日は気付けなかった。東野の恣意的な思惑に。気付いたとしても、俺はそれを容認しただろう。別に東野が何を考えていたところで、俺には関係がないのだからと。


 今は違う。浜松神奈も言っていた。

 ──東野京は狂っている。


「ハッ」


 だとしてもだ。俺は笑った。俺にはどうしても、今の東野は輝いて見えるのだ。楽しそうに見えるんだ。生を、謳歌しているように見えるんだ。


 あの頃のように──将棋盤の前でつまらなさそうに待っていた頃とは、違う。誰にも相手してもらえなくて。誰とも対等な『喧嘩』なんてできないで。対戦相手の選択肢が、あろうことか俺程度しかなくて。


「……?」


 今はどうだ。

 坂がいる。岩永は喚く。高松も手強いな。

 浜松だって捨てたもんじゃない。つーちゃんは可愛いし水戸は不気味だ。


 そんでもってラスボスとして待っているのは北道海だ。たった二ヶ月で東栄を掌握した化け物。

 それは何て楽しくて騒がしくて痛快で──おあつらえ向きな舞台だろう。


「裏が出たら『待機』だ」


 俺はコインを見せびらかしながら言った。何の変哲もないただのコインだ。タネも仕掛けもございません。


「基本的には戦争だとか、野蛮な方向はナシで行く。その中で最大限俺たちにできることを探していこう」


 まずコレで二分の一。東野が負ける可能性を作る。


 だが多数決を鑑みれば一対三。東野にはまだまだ不利になってもらわなければならない。


 ならば──


「──表が出たら、お前らで殴り合って決めりゃ良い。喧嘩だよ喧嘩。最後に立ってた奴が方針を決めやがれ」


 これが俺の選択。決定。

 東野が賭けるモノは恒久に続く不戦の契り。こんなに美味しそうなご馳走があるのに、直前でおあずけをもらうようなモノだ。せっかく愉快な対戦相手がたくさんいるのに。


 ならば俺たちは。私たちは。

 前哨戦(ファーストステージ)くらいはしてやらないと釣り合わない。


「……良いね!」

「なっ……」

「……へぇ」

「ほんとにぃ??」


 坂が賛同し岩永は唖然、東野は目を眇めて高松は困惑した。


 ただし、それだけだ。

 それ以上の異を唱える者はいなかった。


 これで東野が勝つ確率はさらに四分の一だ。十分に不利な条件と言えるだろう。


「よぉし、決定だな! 水戸、つーちゃんも逃げようとするんじゃねぇ! 一歩でも動いたら今すぐ『喧嘩』を始めさせるぞ! その場合『待機』もナシだ!」


 危険を察知して部屋を出ようとした水戸達に釘を指す。俺の声を聞いて、すぐに彼女らは足を止めた。


「松山……くそ、サイアク……」

「松山、さいてー」


「何だよ! 俺だけ残るのもおかしいだろ! いっちばん面倒な決定役を買って出たんだぞ!」


 もしもこの場で四人が喧嘩を始めたら、どんな怪獣大決戦が繰り広げられるか分かったもんじゃない。元の世界でも大概だったのに、今は『祝福』なんて化け物じみた力を与えられて剣も魔法も使えるのだ。


 俺だけだと逃げ遅れるかもしれないだろ!


「だからって、女の子を盾に、しようとするんだ……」

「人間のクズ。ゴミ虫」


 へっ、勝手に言ってろ!

 口では悪態を吐いても水戸達はその場を動こうとしなかった。どうしても『決定役』になりたくないのだ。東栄生の行く末を決める決断、その責任を負いたくない。


 俺は全員の視線を集めながらコインを翳した。


「裏が待機、表なら喧嘩だ。こっちの面が表面な」


 そうして、親指をぐっと曲げてコインを宙に放る。


 東野が俺を無作為のコイン扱いするのなら。

 本当に無作為に決めてしまえばいい。


「……まだだ」


 コインはまだ、宙を舞っている。

 正直なところ、俺はコインの表裏を操作できる。中学の頃は奇術師(マジシャン)に憧れてたからな。トランプ捌きなんかもあの頃に練習した。


「……まだだぞ」


 コインはまだ、宙を舞っている。

 でも今回に限っては、俺は何も考えずにコインを投げた。だから裏が出ればそれまでだ。東野の悪巧みも何もかも全部水の泡。それまでだったってことで。北道に全てを託して、四年から四十年の『待機』を採択する。


 四十年か〜。長ぇなぁ〜……


「……まだ」


 コインはまだ、宙を舞っている。


 坂が剣を構えた。岩永が魔眼を備えた。

 東野が空を仰いだ。高松が盾を展開した。


 誰もが来る結末を予期していた。

 つーちゃんが何かしたかもしれない。

 浜松も何かしようとしたかもしれない。


 未来を変えようと。過去を暴こうと。

 ただ、どうやっても俺たちの生きている世界線は一つしかなくて。


 あるいは全ては、東野京の思惑通りに。


 最後に水戸伊薔薇が、はあ、と長いため息を吐いた。




 コインが、俺の手の甲に吸い込まれていく──



































「………………………………………表だ」





 ──開戦のゴングが、鳴らされる。


「『女神の(ブレス・オブ)──」

「『剣神』ガレオンンンン!!!!」

「『機械仕掛(アスモデウス・)けの淫魔達(エクス・マキナズ)』!!」

「し、『(シールド)』っ! 『回避(ドッジ)』っ!」


「──祝福(リストレイア)』」



 そして、三日三晩に渡る怪獣大戦争が幕を開けた。

新章開幕

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この話のハイライトは「泊まっていくよね??」と久々の再会にうきうきしてる海ちゃん

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