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みんな仲良く、将棋盤を囲んで

 パッ、と暗転する視界。脳を揺らす転移酔い。この感覚にも慣れたもんだ。


「……どこ、ここ……?」

「ノースロード。私の家だよ。一般に魔王城と呼ばれている」

「……へぇ」


 俺もそうだが、こいつらはやっぱり賢すぎるな。

 誘拐されたってのに落ち着きすぎでしょ。少しくらい慌ててくれても良いのに。


「という訳で将棋盤を用意した」


 どういう訳だよと突っ込む奴もいなかった。


 漆黒のカラスも北道が白いといえば白くなる。今日、北道が選んだ遊びが将棋だっただけだ。


 つまり。北道海は、異世界なんて場所に来ても、未だ俺たちのリーダーだったという話だ。


「将棋盤? 何ですかい、その板切れは。どこかで見たことがあるような気もしやすが」


「……お前は気にしなくて良いよ、アマノジャク」


 強いて困惑の声を上げたのはアマノジャクだったが、北道は少しだけ悲しそうな顔をしてそれを流した。


「ねぇねぇ、将棋盤って一個しかないの? 私ルール知らないからさ、海ちゃんとやる前に予習した〜い」

「ああ、準備しよう。アマノジャク、私の部屋の、上から三つ目の棚の中だ」

「へいへい、取ってきやすよっと」


 そういうことになった。

 体良くパシられるアマノジャクには同情を禁じ得ない。進言を聞き入れてもらえた高松がやった! と可愛らしくガッツポーズを取った。




○ vs東野京の場合


 最初に名乗りをあげた挑戦者は東野京だった。


「久しぶりですね、会長」

「全くだ。君たちは変わらないな」

「一年足らずで変わりませんよ。それを言うなら、貴方の方こそ変わらない」

「……そう言ってもらえて嬉しいよ。神奈には気狂い呼ばわりされた」

「あはは。僕の方から謝っておきます」


 和やかな談笑と共に対局は始まった。

 挑戦者、というと語弊があるかもしれない。


 北道が見たいのは勝ち負けではない。

 もっと言うと意味などないのかもしれない。

 久しぶりに俺たちと遊びたいだけなのかも。言葉通りの意味で。


 何が言いたいのかと言うと。

 王道を王道のままに突き進む安定派筆頭東野京が、将棋やオセロなどといった完全情報ゲームで隙を見せる訳が無かった。


 完全情報ゲームとは、全てのプレイヤーにゲームの進行状況に関するあらゆる情報が共有されているゲームのこと。理論上は完全な先読みが可能であり、双方のプレーヤーが最善手をプレイし続ければ、先手必勝、後手必勝、引き分けが決まることが証明されているゲーム。

 まあつまり、実力がそのまま結果に現れるゲームってことだな。勝敗に運要素が介在しない。


 挑戦者、というのは、東野が有利手番である先手を譲ってもらっているという意味だ。何でだよ。そこは東野が後手に回れよ。そんで誰もそれに違和感を抱けないのだから、北道海、生来からして『魔王』すぎる。


「……会長、神に至ったのでしたね。おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

「ところで、僕は神というものに詳しくなくて。具体的にどんな存在なのですか?」

「……ふむ。簡単に言うと魂の管理者だね。そんなに大仰なものではないが──ああ、君の言いたいことは分かっているよ。私は君たちを元の世界に帰すことができる」


 それは、今日一の爆弾発言だった。


「……では」


 東野は冷静を装って、返答した。パチリ、パチリと駒を打つ音が部屋の中に響く。


「すまない、気を持たせるような事を言った。今すぐに、という話になると難しいんだ」

「……でしょうね。察するに、僕らよりも優先すべき人がいる。違いますか?」

「ああ、その通りだよ。十年前、私と一緒に召喚された人間が四人いる。まずは彼らの魂を帰してやらなければならない」

「どの程度かかりそうですか?」

「短くて四年。長ければその十倍はかかる」

「……そうですか」


 しばらく無言の対局が続いて、盤面は最終局面に突入しようとしていた。


「早く帰りたいのなら、自分たちで『神』になってみろ、と。どこかの国を──滅ぼして、『破壊』を達成して」

「過激だね。そうは言ってないよ。ただ、君たちがじゃあ四十年待たされるとなって、大人しくしてくれるとは思えない。私は、その間にやるコトを作ってあげただけだ」


 いや、違うな。コレは──


「それに、だ。神っていうのは、いわば、不老不死の人柱なんだよ。オムニ皇帝のように数千年もこの地に縛り付けられてはたまらない。どうか、私を早く解放してくれることを祈っている」

「……善処しますとも。大体、話は理解できました。これで──あれ?」


 ──東野が持ち駒の金(ざっと一番強い駒)を手に取ろうとした時、さっと彼の手が宙を切る。


 将棋盤の右脇に置いていたはずの金駒が、いつのまにか無くなっていた。


「伊薔薇。返してやりなさい」

「……っ。ごめん、つい癖で」


 持ち駒がなくなるってどんなアクシデントだよ。


 首謀者は水戸伊薔薇だった。手癖で物盗むとか育ちはどうなってるんだ育ちは。東野に対して私怨が深すぎる。何されたんだよ。

 北道に嗜められた水戸が、バツが悪そうに懐から金駒を取り出して東野に返す。


「良かった。これで詰みですね」

「そうだな。参った。完敗だよ」

「……感想戦はやりますか?」

「いや、いいよ。相変わらず鬼のように強いな。何度振り返っても京に勝てるようになるとは思えない」

「あはは。恐縮です」


 ふと、東野は俺の方をチラと見て、それから北道に向き直って言った。


「リベンジ、お待ちしてます」

「お、中々闘争心を嗜虐してくる。……やはり、解説の方を頼もうかな。その後にもう一度、今度は私が後手番で頼む」

「喜んで」


 二度目の対局も東野の圧勝で終わった。

 北道は渋い顔をしていた。東野が大人気なく勝ち誇っていたからだ。


 安定派筆頭、東野京。

 一番槍を名乗り出て、皆が聞きたいコトを聞いて。その上で北道の遊び相手も満足に務め上げるのだから、非の打ちようがないスマートさだった。




○ vs坂伊坂の場合


「よっしゃ、次は俺の番だな」

「お手柔らかに頼むよ」


 続いて声を上げたのは坂伊坂だった。


「我赦髑髏を殺したのは君らしいな」

「ん? おうよ。無茶苦茶強かったぜ! 俺一人だったら負けてたかも」


 序盤は北道優勢の盤面に見えた。


「……そうか。誇らしいよ。剣のみを手にした人類最強決定戦があったら、坂は優勝候補筆頭だろうからね。この世界においても、もはや」

「そうなのか? あ、でも、ケンケンとか俺あんま勝てるイメージ沸かないぜ! あの人、ちょっと守りが硬すぎる」

「アレこそ人類の到達点の一つだよ。人類というより鋼人の、だけど。あまり参考にしない方が良い」


 それが、少しずつ。

 盤石だった北道の盤面が崩れていく。


「へぇ〜。まあ、そもそも剣だけってのは俺に条件が有利すぎるしなぁ。魔法とか絡むと分かんねぇよ。チェイネンに落ちた爆弾も……」

「爆弾? アマビエの『追悼の意を込めて』かな」

「多分、それ……連発されたら、ヤバかった……」


 坂の口数が少なくなっていく。


「安心しなよ。アレは一度限りの大技の筈だ。ダウングレード版ならともかくね。魔法使いが絡んでも、戦士の覇権は覆らないよ。きっと」

「そう、なのか……? あんま、つまんねぇこと言わないでくれよ。上がいないと面白くねぇな……」

「……私がいる。安心なさい。そのためにノースロードを建ち上げたと言っても良い──簡単に『破壊』されるつもりもないがね」

「……」


 坂のギアが上がる。


「……」


 それ以上の会話は無かった。


 手に汗握る無言の攻防は、無限かに思えるほど続き、たまにタイムキーパーこと東野京に催促されて、最終盤面が完成する。


「勝った。勝った……? 勝ったぞ! やりぃ!」


 勝者は坂伊坂。

 北道は少しだけ目を見開いた。


「……驚いた。腕を上げたな。それとも私が鈍ったかな……?」

「おいおい、冷めること言わないでくれよ! よぉっし! やったぞー!」


 誤解なきように言っておくが、北道は弱いわけではない。むしろ強い。それ以上に東野が化け物なだけで。

 それこそ人類最強将棋決定戦があったら北道は優勝候補筆頭だ。北道の記憶を見た今となっちゃあ『そんな気がする』だけで実態はそうでもないのかもしれないが、まあ、とにかく強いのだ。


 だから褒めるべきは坂伊坂。彼の脅威的な集中力。もしくは、負けず嫌いなその根性か。

 そういえば、元の世界で一度東野にこっぴどく負けてから将棋を勉強していた気がする。努力が実った瞬間を見れて何よりである。


 馬鹿っぽいけど、坂伊坂も大概万能だ。世の中には二種類の人間がいる。努力してもどうにもならない奴と、そうでない奴。坂の場合は後者。その典型。むしろ、彼の努力は必ず身を結ぶと言っても過言ではない。


 子供のように無邪気な坂の喜びように、北道もふっ、と頬を緩めた。


「……ああ。すまない。参った参った。完敗だよ。よし、解説の東野先生。今回私はどこがいけなかっただろう?」

「そうだぜ東野! もっと俺を気持ちよくさせろ!」


 とんだ無茶振りに東野もふっと口角を上げた。


「そうですね、序盤は完璧でしたよ。中盤、坂が黙り出した時からペースが乱れて──」


 興味派派筆頭、坂伊坂。

 興味を持った物事には本気で取り組み、そして必ず結果を出すのが、坂伊坂という男だった。




○ vs岩永仙の場合


「よ、よろしくお願いします……」

「ふふ。そう固くならなくとも良い。坂も東野も殺気立ってたからね。気楽にやろう」

「……! そうだよね、二人して海会長をいじめてさ……」

「おいおい、人聞き悪くねぇ?」

「手加減してはそれこそ会長に失礼だよ」

「うるさい! ああ言えばこう言うんだから男って本当に……『その場で三回回ってワンと鳴きなさい』」

「あっ、てめっそれはズルだろ! ……い、嫌だ、くそ……『ガルルルル……ワン!』」

「リストレイア、抵抗レジストだ」

『……実利よりもプライドを優先です、カ』


 岩永の『魅了の魔眼』が真っ赤に光り、坂が犬の真似事をさせられてワンと鳴く。

 東野は光る『もや』を背後に召喚して回避したらしい。『もや』は何事か喋った気もするが、よく聞き取れなかった。


 そんな様子を見て北道はカラコロと笑う。


「ふ、ふふふふふ。やっぱり、君たちは変わらないね。それは淫魔の力かい? 流石の私も淫魔は見たことないなぁ。随分前に滅んだと聞いている」

「良いでしょ。悩んだ時期もあるけど、最近は少しだけ気に入ってるの、私の性質(コレ)。あ、そうだ。聞きたかったんだ。海会長の『言葉』は『魅了』とは違うの?」

「『言霊』のことかい? アレは魔力を騙して世界を騙す、いわば原初の魔法だよ。『魅了』とは原理からして違うものだね。私のコレは人以外にも作用する」

「へぇ〜。私のより強そう……」

「どうだろうね。言霊を使うには説得力が何より大事なんだ。流石の私も坂に犬真似をさせようと思ったら、凄まじい魔力を使いそうだ」

「あー、コスパってやつ? だ」

「うん、そうだね」


 キャッキャと男子を蚊帳の外に置いて、談笑は続く。


「あの、さ」

「うん?」


 ふと、岩永が呟いた。


「……海会長、今、どんな気持ち?」


 今までの岩永なら。

 『殺人者』北道海を弾劾したかもしれない。

 『魔王』北道海に恐怖したかもしれない。


 東栄生に一つ共通点を見出すとするならば、総じて皆が聡明だということだ。情報リテラシーがしっかりしてる。

 だがそれは裏を返せば、自分の目で耳で見聞きしたものしか信じないということだ。


 だから俺たちは人の道理を外れた北道を前に平静を保てる。北道の様子が、かつて見知った彼女とそう変わらないから。


 そんな中唯一、東栄のアイドルこと岩永仙は、周りの者皆を敵だと思っている節があった。偏見に流され印象に騙され、それでも弱さか弱さ庇護欲で許されて生きながらえる幸運。あるいは、生物として最も強い女。


 そんな彼女が。

 自らの目で、耳で。

 北道を見定めようとしていた。


 かつての岩永なら、ここで意味もなく北道に詰め寄っていたに違いない。

 なんで殺したとか。

 さっさと私たちを元の世界に返せとか。

 そんなことを厚顔無恥に頼み込んで、北道の寛大に許されるのだ。


 そうはならなかった。


「……どんな気持ち、か。難しいな。ただ、今日こうしてまた君たちと出会えたことは素直に嬉しい。ずっと、一人だったからね」

「そっ、か。なら、良かった」

「仙は変わったね。強くなった」

「海会長は変わってなくて安心したよ。神様ってさ、本当に私たちを元の世界に帰すことはできないんだよね?」


 結局聞くんかい。それを。


 東野相手なら淡々と事実を述べるように答えた北道も、岩永の上目遣いを前にすると寂しそうに目を伏せる。


「うん、そうだね。さっき東野も言っていたけど、優先順位の話だ。今の私には君たちよりも優先すべき者がいる。それが終わるまで待ってもらえるのなら検討しよう」

「どれくらい?」

「短くて四年。長ければその十倍」

「それは、待てないなぁ」

「だろう? 逆に言えば、それまで私は負けるつもりはないということでもある」

「……そっか、そうだよね。あ、そう言えば聞いてよ! 私ら大変だったんだよ! そりゃ海会長も大変だったと思うけどさ──」


 岩永が語るのは俺たちが召喚された後のことだ。

 つーちゃんにシャンデリラが落とされて。

 松山──俺が国を追われて(この話の時に北道は一瞬目を見開いた)。

 チェイネン、キニア、セキースト、それからノーシースト。俺が知らない話もあった。


 しばらく他愛もない話をして、パチリ、と最後の手が打たれる。

 狙ったのかどうかは知らないが、会話が終わったのと同時だった。岩永の消極的な打ち手では、北道の攻めを耐え凌ぐことができなかった。


「あ、負けた?」

「詰みだね」

「……うわぁ、強すぎ……全然勝ち筋見えなかった」


 結果は北道の圧勝だ。

 岩永の顔は晴れやかだった。散々愚痴を聞いてもらってスッキリしたらしい。いや別に女子会やるのは良いんですけどね? 人の方をチラチラ見ながら内緒話はやめてもらえませんか? 「ヘタレ」だとか「意気地なし」だとか「薄情」だとか、少しずつ聞こえる言葉が全部ネガティブなものだったんですが。


 悲観派筆頭、岩永仙。

 彼女が自我を持ったのは成長か、はたまた退化か。現段階ではそんなの、誰にも分からないのだろうが。



○ vs高松香河の場合


「結局よく分かんなかったや」


 最後に選ばれたのは高松香河だ。

 最後っつうか、水戸とかつーちゃんとかもいるんだけど。俺? 浜松? 待て、それ以上はまずい。


「結局知識ゲームだからなぁ。あまり実力差があっても面白くない。天邪鬼との戦績は?」


 浜松は待ち時間の間、同じく初心者のアマノジャクと練習していた。


「一勝二負け〜。東野くん〜、アドバイスちょうだい♡ サッカーでもいいよ。ハンデマッチしようよ〜」

「お、それは良い。それなら──おい、天邪鬼、座りなさい」

「あっしですかい?」


 ついでかよ! と坂が文句を言うが高松は無視。北道も華麗にスルーして天邪鬼を呼んだ。


「私が天邪鬼、東野が香河に付いて、代打ちのような形を取ろう。両者、計三回までそれぞれに助言を求めても良いというルールでどうだ?」

「それいいね! 東野くん、初手はどうしたらいい??」

「最初っから僕頼みなの……? 三回しかないらしいけど……」

「冗談だよぉ〜」


 そんなこんなで高松とアマノジャクの対局が始まった。


 二人の実力はなるほど伯仲していた。

 ゆるふわガールこと高松香河。見た目に似合わず堅実な打ち手のアマノジャクに対し、彼女は有り余るリソースを初手から大量解放して豪快に戦うスタイルだった。


 それでいて良いタイミングで東野を呼ぶものだから、いつの間にか、どんどんとアマノジャクの領土が狭まっていく。高松は甘え上手──というより、人に頼るのが上手い。岩永が受動的に助けられるのに対し、彼女は能動的に助けを求める。


「やった〜、勝ち〜!」


 結局、結果は高松の圧勝で終わった。

 北道が含み笑いとともに、呆れた様子でアマノジャクに詰め寄る。


「くっくっく。お前、一度も私を呼んでないじゃないか。少し寂しいよ」

「……すいやせん、三回しか無いとなるとどうにも使えなくって……」

「ラストエリクサー症候群め。『擬態』に回数制限が無くて良かったな」

「らす、えり……? ともかく、全くでございやす。もう『転移』無しにゃあ生きられやせん」


 反対では東野が高松を褒めている。


「さすが、理解が早いね。少し考え無しなところはあるけれど、僕は好きな打ち方だったよ」

「本当〜? 嬉しい〜。でも皆んなと一緒じゃないとやらないかなぁ。それよりお話しようよ! 私海ちゃんのこと知りたーい」


 ギャルやめてね。何を隠そう東栄に将棋ブームを持ち込んだのはこの俺だ。正確には俺と東野と浜松。こうもあからさまに興味なさそうにされると悲しくなるぜ。


 楽観派筆頭、高松香河。

 実を言うと、俺は彼女のことをよく知らない。頭お花畑なお嬢様に見えるが、東栄で一派閥の長やってる女が、どうしても見た目通りには終わらないだろう。

 正直何考えてるのか分からなくて、怖い。悪いやつじゃないと思うんだけどな。命の恩人だし。




○ vs水戸伊薔薇の場合


「松山、私ちょっと外出るから」

「あん? おう、外ってどこに?」

「外は外。どこでも良いでしょ」


 ちょうど高松の対局が終わろうとした時だった。


 水戸伊薔薇。孤高の女。

 人見知りではない。ただ、群れない。

 カラオケで順番が回ってきそうになったからジュースを取りに行くみたいに、彼女は自分の手番をスキップしようとしていた。


「……へっ」


 水戸、まだぼっちなのかよ。最近は誰かと一緒にいることが多い俺は得意げに鼻を鳴らした。


「何その顔。うざ」

「うっ」


 ストレートな罵倒! 久しぶりに聞くとグサっとくるなぁ。


 吐き捨ててのち、水戸はさっさと外に向かって歩いていった。


「ふふ」


 そんな様子を北道は、高松とアマノジャクとの対局を見守りながら、満足そうに眺めていた。




○ vs三枝二の場合


「……」

「二、久しぶり」

「うん」


 全然高松は最後じゃなかった。

 続いてつーちゃんが北道の正面に座る。


「おや、君と会話が成立するのは珍しいね。いつも夢現に生きていた印象だったけど」

「……五勝五敗」

「うん?」

「私と北道ちゃんの戦績。今、十回分『やってみた』けど、こんな感じ」

「……前言撤回。君も変わってなさそうで嬉しいよ」

「……?」


 つーちゃん……


 つーちゃんは多分、俺たちと生きている時間が違う。


 北道も多分、『つーちゃん語』は理解している。

 でも、理解できない奴もいる。

 だからつーちゃんのために、分からないフリをしているのだ。

 どんな心境の変化があったか、人間社会に溶け込もうとしてくれているつーちゃんに。


 先に歩み寄りの姿勢を先に見せたのはつーちゃんだから。彼女は既に盤前に座っている。


「五勝五敗とは、どういう意味だろう?」


 やっぱり。

 北道の問いかけは、『分かっている側』の言い方だった。


「そのまま、だよ……。負けて、負けて、負けて、負けて、負けて、勝って、勝って、勝って、勝って、勝った」

「そうだね。つまり?」

「……次も、多分、同じ」


 つーちゃんの『祝福』は詩人。

 コレは、多分、『予知能力』だ。


 『祝福』は個々人が持っていた特性を強化した形で現れている。

 坂の剣術、浜松の読心術。岩永の魅了に高松の加護。


 つーちゃんの正体はどんなパソコンより高性能な演算機である。その代償として現在(いま)を捧げ、夢幻(あす)を生きる改造人間。


 彼女はその演算機能を使って、北道との対局を演算(シュミレート)したのだ。


 最初の五回で手を全て読み切って。

 六回目に勝利し。

 後は、六回目の手を繰り返し、勝利の再現性を確かめる。


 つまり何が言いたいのかと言うと。


「……やる?」


 どうせ私が勝つけどどうする? と。


 そういう挑発である。


 良いねぇ。面白そうなことやってんじゃん。

 北道の感想も同じだったらしい。

 彼女はくつくつと含み笑いと共に瞳の奥に闘志を燃やす。


「……言うじゃないか。受けてたとう。君の予知を覆したくなった」


 始まるや否や北道が指すのは妙手。三六歩。前後左右にしか動けない飛車の斜め前を開けるいかにも筋の悪そうな手だ。

 つーちゃんはピクリと眉を動かして、長考に入った。本当に長い時間考えた。三六歩は確かに妙手だが、それでも初手だ。適当に三四歩でも打ち返して、実際に盤面を動かしてみてから考えても良いのに──ああ、そうか。


 今、つーちゃんは。

 『実際に盤面を動かして』いるのだ。

 つーちゃんの傍、『詩集』が淡い光を放っている。


 北道もそれを見て、ああ、と何やら納得した様子だった。勝ちを諦めた顔ではない。

 むしろ、より貪欲に。

 『予知を覆してみたく』なっている。


 それからも北道は奇手を打ち続けた。

 より不可解に。

 なるべく予測がしづらいように。

 果たして鬼手となれるか否か、結果は──


「……参った。詰みだ。これで、五勝六敗になるのかな」

「……」


 ──つーちゃんの勝ち。流石の北道も、演算機には勝てなかったらしい。将棋は完全情報ゲームだしね。


「……六勝、二十敗、だ……」

「うん?」


 ぽつり、と。

 つーちゃんが呟く。


「北道ちゃんに勝つのに、十五敗使った。……何度打ち手を変えても、すぐ変わるから、再現するのは無理かな……やっぱり、『予知するよ』って伝えたら結果は変わるんだ」

「ふむ。だから二の視点では六勝二十敗になる、と。そういうことかな?」

「……うん。北道ちゃんの差し手、すごく、汚かった……ほんとに。イライラした……」

「あはははは! 申し訳ないが、私は意外と泥臭く足掻くタイプなのでね」

「……結局、対応しようとせず、定席通りにやったら勝てたし……勝手に崩れてくれるから」

「ふふふ。そうだね。ほとんど自滅と言って差し支えない負け方だ」


 不服そうなつーちゃんを前に、北道は呵呵大笑する。不機嫌なつーちゃんは珍しい。東栄のマスコット、愛されキャラこと不思議ちゃんの負け惜しみは止まらない。


 ひとしきり笑ってから、北道はつーちゃんに向き直った。


「……一つだけ、訂正しようかな」

「……?」

「君の──二の戦績は一勝ゼロ敗だよ。私たちは一度しか盤に相対していない」

「……へぇ」


 北道海は、人格者だ。

 慕われているのには理由がある。むしろ彼女の一番の魅力はソレだ。正しくなければ誤っているし、美しくなければ醜悪で、強くなければ弱者である。ならば、北道は正しく美しく強い、真の意味で格の高い者。


「……そっか。慰めてくれてる、の?」

「まさか。本心だよ。君が能力チカラを使うのを咎めるのならば、私は東野の才能も坂の努力も、仙の可愛さや香河の強かさも否定しなければならない」


 ちなみに俺も北道と同意見。

 予知がなんだ。演算がどうした。


 使えるものを使った結果勝ち取った勝利ならば、そこに謂れなど何もないだろうに。


 先読みなんて、どんな素人棋士でもやっているだろう。そこに精度の差はあれこそな。


 つーちゃんが問題視しているのは、自分の『先読み』の精度がほぼ百発百中であること。カンニングに等しいズルだと思っていることだろうが──そんなの、言われなければ気付けない。


「……優しい、ね。じゃあ、さっさとノースロード、堕としちゃおうかな……」

「おっ、言うなぁ。君が選んだ拠点がミドルパートで良かったよ」

「ふ、ふふ。それは、どうかな……?」


 おっと、会話が不穏になってきたぞ。

 なんでただ将棋を指してただけなのに国を堕とすとかいう話になる?


 三枝二。文字通り俺たちとは生きる次元の違う少女は、相変わらずどこまでも孤独な不思議ちゃんだった。



○ vs浜松神奈、あるいは松山愛人の場合


「あの」

「……大丈夫だ。皆まで言うな」


 結局誰にも誘われぬままにここまで来てしまった。

 哀愁漂う視線を向けてくる浜松を、俺は分かってるとばかりに手で制した。


 俺たちは今、部屋の隅っこで二人で盤を挟んでいます。ずっと二人。誰に誘われることもなく。


「……仕方ないじゃんか。受け入れようぜ。俺たちがハブられるのなんて良くあることだったじゃん。でもよ、よく考えてみてくれよ。『読心者』の浜松はまだ良いじゃんか。そういう祝福授かっちまったから平等なゲームができないっつって外されるのも納得できる。誰も坂とチャンバラはしたくねぇよ。それで、だ。俺は何だよ。ただのパンピーだよ。何で俺までハブられてんだよ祝福なしだぞおかしくないか? 納得できない!」


 そう、そうだ。そうなのだ。

 浜松が仲間外れにされるのはまだ良いさ。

 こと盤上遊戯において『読心者』ってのは強すぎる。あの東野ですら、表情精査(コールドリーディング)を極めた浜松には太刀打ちできなかったからだ。


 むしろ浜松に勝つために東野は化け物に至ったと言っても良い。『心を読まれるのなら、最適解を打ち続ければ良い』なんて脳筋な結論を出したからだ。結果としては東野が強くなればなるほど浜松も強くなるのでどうしようもなかったのだが。なんせこいつは心を読める。ズルすぎて草って感じだな。


 それで、だ。なんで俺もハブられてるんだって話だよ!


「喋り始めと結論が逆転してる……仕方ないのか納得いかないのかどっちなんですか」

「そら納得いかないに決まってるだろ!」

「そもそも、そうではなくて」

「あん?」


「……王手です」

「は?」


 おずおずと、浜松が駒を動かす。


 これで戦績は二勝五敗。くそっ、んで勝てねんだよ! どうしても勝ち越せない。俺はムキーッと地団駄を踏んでハンカチを噛み締めた。


「……これ見よがしに悔しがってますけど、なんで読心者(わたし)から勝ちを引けるんですか。貴方が外されるのはそういうところでしょう」

「あん? 知らねぇよ。お前に表情精査を教えたのは俺だろうが」


 俺から言わせれば、正攻法で浜松を攻略しようとした東野は馬鹿だ。いくら王道を行く安定派っつっても、ズルしてくる奴相手に正面からぶつかってもしょうがないだろう。


 表情精査に札数え(カウンティング)、その他諸々を駆使してくるって分かってるなら、分かってるなりの戦い方ってもんがある。


 そんな講釈を垂れる俺に対し、浜松は呆れ混じりに物申す。


「違います。私から三割取れるのに弱者ぶってるその出立が気に食いません。……これで勝ったら煽り倒してくるんだから、言いたくありませんが性根が──」

「……待て、浜松。ステイステイ……皆まで言うな、言わないでくれ頼むお願いしますごめんなさい!」

「──性根が腐ってるので、松山は」

「言うなっつっただろうがよォ──ッ!」


 再戦だ再戦だ! と俺は駒を並べ直した。くそっ、こいつめ言わせておけば言いたい放題言いやがって。


 そんなの言われなくても分かってる。煽り煽られ暴言苦言は弱者の特権だってな。強え奴に「弱すぎぃ!」って言われても何も言い返せなくて面白くない。


 でも! ことこの場に於いては!

 お前が強者で俺が弱者だろ!


 何が『私から三割も取れるんだから貴方も十分強いでしょ』だ!

 三割、しか、取れてねんだよ!


 そりゃ勝ち取った二戦後はちょっと口が過ぎたかもしれないけどさ。

 俺が、お前相手に下剋上起こして煽り倒して何が悪いってんだよ!!!


 そもそも俺はこういうコミュニケーションしか知らねぇんだよ。ゲーセン育ちを誇ってる訳じゃねぇけどな!


「なになに、面白そうなことやってるね」

「んだよ、見せもんじゃねぇぞ!」


 まず東野が俺というヤカンが沸騰した音を聞きつけて。


「松山だって、人の対局をちらちら覗き見してたじゃないか」

「うっ」


 北道の言葉に俺は何も言い返せなくなる。


「ふむ。せっかくだから賭けでもしようかな。ダイアグラムは?」

「5:2です。私が5」

「なんで浜松は乗り気なんだよドヤってんじゃねぇ!」


 北道の鶴の一声で下品な競りが始まって。

 続々と人が集まってきた。


「僕は神奈かなぁ。流石に」

「流石にって何だよ。お前後で座れよ東野」

「俺は松山に賭けるぜ! おもろそうだし」

「坂……!」

「わ、私も松山! が、頑張って!」

「岩永……そ、そんなにガチな感じじゃないぞ、これ……」

「え、神奈ちゃん以外の選択肢あるの? これ」

「高松さんはナチュラルに失礼なのやめれる?」


 今のところ二対二だ。

 オッズは半々。いつの間にか帰ってきていた水戸はくだらなそうに眺めているし、つーちゃんは所在なさげに立っている。

 そんなつーちゃんを見て、北道が助け舟を出した。


「ふむ。私は二と反対の方に賭けようかな。それでは二さん、正解発表をどうぞ」

「……浜松ちゃん」

「……だそうだ、松山。頼んだぞ」


 つーちゃん……! 百発百中の予知能力者が賭けに参加して良いんですか?


 俺に賭けた奴らの表情がわかりやすく曇る。

 坂はこの世の終わりみたいな顔で居るし、岩永は一縷の望みを賭けて胸の前で両手を合わせている。あの、いやマジでこんな大ごとになると思わないじゃん?


「だー、もう! つーちゃんも覚えとけよ! 予知通りに行ったら負けるってんなら上等だ!」


 絶対に覆してやる。予知結果も。浜松の、無表情なりに誇らしげなニヤケ面も全部ひっくるめてなぁ!



○ 松山愛人vs浜松神奈の場合



「……あの」

「何だよ」

「もう詰んでませんか? 十数手前から」

「……いいや?」

「詰み、ですよね」

「待てよ、浜松。考え直せ。そうだ! と、取引をしよう! お前の持ち駒を全部俺に寄越せ! 飛車角金銀テメェら何裏切ってやがるんだよォ──ッ!!」

「……持ち駒ってそういうルールですから……」

「そうだ、浜松! お前の勝ち星に相乗りする奴らが憎くはないか?? 東野やら高松やらがさぁ!」

「いいえ?」

「浜松──ッ!」


 即落ち!

 命乞い虚しく金将が刺さる。


 俺は言い訳のしようもない完敗を喫した。

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