46 世界会議
今日この日、人類は敗北した。
正確には昨日だが。
神の代替わりなんて数千年は起こっていなかった大事だが、魔王の言葉には何故か、ソレが真実であると信じさせるだけの力があった。
では、人類はこのままなす術なく蹂躙されるのか。
そうではない。この世には賢い負け方というものがある。
「……本日はお集まりいただきありがとうございます。主催はノーシースト、司会進行は不承この私、ヒツジ・テンテンが務めさせていただきます」
敗戦処理の時間である。
世界会議が、始まる。
○
この世界には八つの大国がある。
北から順に魔王領ノースロード。
最前線ノーシースト共和国。
魔法大国セキースト帝国。
属国ミドルパート。
聖なる都、キニア皇国。
戦士の国チェイネン。
神の不在郷、フォース。
最南の国、ナインステイツ王国。
これらの国々は緊急事態に備えて、ヒツジ・テンテンの来訪を無制限に許可している。
『帰郷』の魔法使いヒツジ・テンテンは迅速に己の職務を真っ当した。詳細については割愛する。
事実として、世界会議は翌日開催という異例の快挙を成し遂げた。魔王という共通の敵を前に、不参加はそのまま国の滅亡を意味すると、各国が判断した。
円卓の前に八つの席がある。
一つを空席として、他七つの席は全て埋まっていた。
まず音頭を取ったのは、主催である最前線──ノーシースト共和国であった。
「俺はスケイル・グレー。ノーシーストで総指揮を取っていた。……政治は完全に領分外の話だが、鋼人どもは話が通じん。仕方なく出張っている。場違いなのは自覚してるから指摘するな」
スケイルは不機嫌を隠そうともしなかった。当然だ。今まさに戦争の真っ只中であったのに、予想外の飛び道具で敗戦が決定したのだから。
後ろに控えるはケンケンと、岩永と坂も居た。岩永は気恥ずかしそうにもじもじしており、坂はずっとキニアの教皇とアイコンタクトを取ろうとしていた。
「一応議題に上がるやもしれんと思って『異世界の勇者』を連れてきた──が、この判断は正しかったみたいだな」
スケイルが視線をやるのは隣──魔法大国セキーストの席だ。
そこに座るは神の依代候補、当代最強の魔法使いの一人──『狂水』の魔法使い。
「はぁい。自己紹介は必要かしら? 場違いって話なら私もそうでしょうけど、元老院の人たちは話が通じないので。皇帝代理のメイル・シュトロームちゃんでーす!」
メイルもまた、後ろに制服姿の少女を連れていた。
前日に接触を果たした水戸伊薔薇である。
水戸は岩永達の姿を見とめると、ふん、と興味なさそうに視線を前に戻した。
「皇帝代理とは大きく出たな。もとより神の座が魔王に渡ってるのはテメェらの失態だろ」
「あら、あら、それは暴論じゃない? 破壊と創造──なんて、知ってる人は知ってる話でしょうよ。じゃあなんで放置されてたのかっていうと、その達成がひっじょ〜に難しいから! でしょう?」
メイルの反論にスケイルは押し黙った。
事実である。本来であれば──というより当たり前だが、神に至るというのは口で言うほど簡単な話ではない。
「ノースロードを堕とした程度で神の座が奪われるなら、歴代の魔王は皆神に至っている。『破壊』の方はともかく、『創造』の方はそう簡単には達成できない。新たに文明革命を起こすくらいはしないと、ねぇ。オムニ皇帝は『魔法』を一般大衆にまで普及させて達成したって聞いたケド、魔王軍にそんな動きはなかった」
「……ちっ。思い当たる節が無いでもねぇよ。今回の魔王軍は明らかに知恵を持っていた。魔法も扱えて戦術も確かなものを使ってた。『無意識の魔力』も従えてたくらいのな」
「なら、その報告を早く挙げなかったノーシーストの落ち度ではなくてぇ?」
「あん?」
パン、と両手を合わせる音が室内に響く。
注目を集めたのは禿頭の男だった。例の如く彼も背後に制服姿の少女──三枝二を連れている。大国を率いる長の一人。
「失礼、失礼。口を挟んで申し訳ない。が、今は責任の押し付け合いをしている場合ではない。メイル嬢、お噂は予々聞いている。ミドルパートの領主として、貴殿には皇帝代理に相応しい振る舞いを頼みたい」
「……はぁい」
「紹介が遅れた。私はミドルパート領主のフォーカス・トラブル。ここは建設的な話し合いの場だと聞いている。……どうも件の魔王とやらは、我々による『潰し合い』を望んでいる節がある」
それからの紹介は筒がなく執り行われた。
不慣れな現場指揮官やまだ若い大魔法使いではなく、この場に集っているのは、一国を治める器を持つ者たちである。
「キニア皇国より、アリステラ・ルミエーヌ・ローラー・キニア教皇猊下である」
と、近衛騎士カミング・アウトが紹介して。
「チェイネンを治めるハンスマンである。ガハハハハ! して、そこな『異世界の勇者』! 岩永殿と坂殿だったかな。お二人は式典に参加されず、即日国を発ってしまわれたと聞いた。この場を借りて、先日の武道祭での活躍に感謝を。我が国を守っていただきありがとう」
明らかに武人然とした筋骨隆々の大男、チェイネンの国王が豪快な挨拶と共に坂と岩永に言葉をかけた。
二人は会釈で返した。突然のことに対応できなかった形だが、国王はうんうんと鷹揚に頷いたので、コレで正解だったのだろう。
続いて声を上げたのはフードを目深に被った紫髪の少女。
「フ、フォースより、ミディアム・サイキックですぅ……かかかか神がまた、別の国でううう生まれたとのことで、いいい遺憾の意を示しますぅぅぅ……!」
神の不在郷フォース。今の今まで一度も神に寵愛された事のない不憫な土地である。ミドルパートも同様なのだが、あそこはセキーストの属国だ。数千年に渡ってオムニ皇帝の庇護を受けていたミドルパートは裏切り者である。フフフォースは、ななな仲間だと思ってたのに!!
憤るミディアムにため息を吐いて、最後に、金髪碧眼の王女が立ち上がって礼をする。
「改めまして、ナインステイツ王女のレジーナ・ド・ナインステイツです。後ろのお二人は『異世界の勇者』東野京様と高松香河様。私は彼らの監督も任されているので、本日は父に代わって出席いたします」
レジーナ王女は綺麗な所作で一礼し、文句のつけようもない挨拶をこなして席についた。
背後には微笑みを浮かべる東野京と、能天気そうに周囲を見渡す高松香河。それからグレラン。
役者は揃った。
魔王領ノースロードを除く七つの大国、その全てから、この世界会議に要人が派遣されていた。
彼らは有能な長だった。
それが故に、自身の権限の及ぶ範囲で『異世界の勇者』たちを集めた。
強いて言うならそれが良くなかった。
「本日はお集まりいただきありがとう」
「!?」
「っ」
「!」
円卓の間。
八つある席の、空席だったはずの場所。
そこにいつのまにか、黒髪黒目の少女が座っていた。
「シッ!」
咄嗟にケンケンが動いた。
「炎よ!」
それにグレランが続く。
空席はノーシーストとナインステイツの間──つまり、曲者はスケイル総指揮官とレジーナ王女の隣に出現したことになる。
近衛騎士カミングは教皇を守るように前に出て、その他護衛も自国の要人を守るために動いた。
「『止まれ』」
「っ!!」
そしてその全ての行動が、少女の言葉一つで止まる。
理解を強制する言霊。
絶対の命令権。『統一言語』。
ケンケンは剣を振りかぶった姿勢で停止し、グレランが放った火球は糸に縫い付けられたみたいに空中に貼り付けられた。
要人達もまた、息を詰まらせて身動きが取れなくなる。
人も、魔法も魔力も血も汗も涙も思考も。
全て。そう、全てだ。
有機物から無機物まで、あらゆる物事が『静止』する。
昨日バドズィナミア・オムニすら完封した言霊が、ただの人間ごときに破られる訳がない。
「おいおい、まだ挨拶の途中だろう? 仲間外れは寂しいじゃないか──と、どうした皆の衆。随分と苦しそうだが──ああ、『静止』を紡いだのだったか。呼吸の仕方を忘れているね。『諸君、攻撃の意思を持たない者よ。動いてよろしい』」
力が強すぎるのも考えものだな、と黒髪の少女は嘯く。
途端に動き出す世界。ぜぇはぁと自分の喉を確かめる者。楽しそうに成り行きを見守る者。驚きに目を見開く東栄生。
それから、自由を取り戻して早速少女に斬りかかるケンケン。
「おや」
「シッ!」
言うが早いか、ごとり、と少女の首が断ち斬られた。
円卓の間はまた、先ほどとは違う静寂に包まれる。異様な光景に誰も声を発せない。
乱入者を殺した、という歓喜の言葉は上がらない。
何故なら少女の首から血の一滴も溢れ落ちなかったからだ。
これで殺せた、なんて、誰も夢にも思うことができなかった。
ケンケンも手を止めた。これ以上は無意味だと悟ったからだ。うへぇ、と嫌そうな顔をして、自分の運の無さを嘆いている。
果たして生首は、円卓に転がったまま言葉を続けた。
「そうか。ドワーフの被検体。お前は攻撃するのに意思を必要としないか」
「……そうだよ。考えるより先に身体が勝手に動く。……ああ、貧乏くじ引いちゃったなぁ。どうする? 僕、死ぬ?」
「いや、いや。そんな事はしないとも。我々は人類とは違う。寛大な対応を約束しよう」
両手は生首を抱き上げて、丁寧に首の上に乗せると、まるで何事もなかったかのようにくっついた。
「初めましての方は初めまして。旧友達は久しいな」
そうしてようやく、黒髪の少女は名乗りを上げる。
「私は北道海。ノースロードで魔王をやっている。この度バドズィナミア・オムニより神の座を預かった。以後、お見知り置きを」
魔王北道海。彼女もまた、その背後に二人の『異世界の勇者』を連れていた。




