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45 激動する時代

 その日。その時。セキースト皇居。


 人知れず天上の戦いが実現した。


「来たか」


 挑戦者の名前は北道海。望みは使命を果たす事。使命とは今は亡き同胞たちの安寧であり、今尚戦う同輩たちの権利の保障。


「ああ。待たせたね」


 待ち受けるはバドズィナミア・オムニ。既に望みを果たした現人神。魔力に見染められた世界の番人。魔法絶対史上世界の創始者。戦士の国チェイネンに対するカウンター、魔法使いの国セキーストの皇帝。


 ふと、両者の間に魔法陣が展開される。

 バドズィナミア・オムニは最古にして原初の魔法使い。『魔法』という技術を確立し広めた神の一柱。


 北道海は薄く目を見開いた。


「おや、驚いた。抵抗するんだ」


「無論だ。私は法の番人。魔力の守護者。私の意思に関わらず、私には新たな神を見定める義務がある」


「難儀なものだ。素直に引導を受け取ってくれれば良いものを」


「全くだ。手加減はできん。精々、健闘を祈ろう」


 オムニ皇帝が手を翳す。数千の魔法陣が彼女の背後で光を放つ。


「ッ『止まれ』!」


「……言霊か」


 オムニ皇帝の動きは止まらなかった。詠唱もなく、数千の魔法が北道を襲う。


「神に至ったのだ。くだらぬとは言わん──が、我に挑む神はお前で三人目になる。どうか失望させてくれるな」


 爆撃は無秩序に無造作に無差別に広間を破壊する。


 果たして土煙の中から北道海は無傷で這い出てきた。


 神同士の戦いはお互いの摂理の押し付けあいだ。


 どのように魔力を運用するか。魔力という万能のリソースをどう活用するか。


 原初の神はナインステイツに宿った。飢餓に苦しむ人々の願いを受けて、豊穣を司り土地を肥やした。


 遥かな昔、キニアに君臨した神は聖なる力を以て、ナインステイツの豊穣の神から神の座を譲り受けた。


 しばらく後、ノーシーストに君臨した神は画一された武具──軍隊を以てキニアの聖なる神を打ち滅ぼした。


 そのまたしばらく後、チェイネンに君臨した神は一騎当千の戦士を以てノーシーストの軍隊に打ち勝った。


 そしてセキーストに君臨したバドズィナミア・オムニは『万能』を『万能』のままに運用し、戦士の覇権を終わらせた。


 オムニ皇帝の『魔法』は、魔力運用という技術の一つの到達点である。


 魔法は農耕を必要としない。

 魔法は祈りを必要としない。

 魔法は鍛治を必要としない。

 魔法は肉体の枷に囚われない。


 ただ、万能のリソースを想うがままに。それが『魔法』。現在バドズィナミア・オムニが世界に敷いている摂理。


 神たる彼女がそれを用いれば、夢想を現実にすることなど造作もない。


 故に新たな神が現れたとて、彼女を超える者は現れない。魔力が彼らを認めない。時代の担い手として、バドズィナミア・オムニより相応しくないと打ち捨てる。


 力が。思想が。人生が。何より意思が。


 何もかもが足りていないと断ずるのだ。


 だが。


「『効かない、効かないよ、バドズィナミア』」


 北道海は、無傷で一歩、歩き出す。


「『私は言葉を交わしに来たんだ。弁論の場で暴力は御法度だろう?』」


「……『統一言語』か」


『祝福』とは、そのものが授かる魂の本質だ。


 オムニ皇帝の『魔法』と北道の『言霊』。その強度を比べあった時、僅かに北道が勝っていた。


 王の器だと、魔力が認めていた。


 また一歩、魔法の嵐の中を北道が進む。


 オムニ皇帝は動かない。ただ、魔法を乱射するのみだ。その中には国を三度滅ぼしてもまだ止まらない規模のものもあったはずだ。それでも北道は止まらない。


 一歩、二歩、三歩。


 眼前にオムニ皇帝の姿を認めて、北道は囁いた。


「『跪け』」


 神同士の諍いとは、時としてこのように呆気なく終わる事もある。


 摂理の相性であったり、想いの丈であったり。


 オムニ皇帝は永く生きすぎた。あるいは神になったばかりの彼女なら、北道に負けるようなことはなかったかも知れない。


 ようやく達成に足が掛かった使命に燃える北道を止めるには、あまりにも抵抗の意思が薄弱だった。


「お疲れ様、皇帝」


「……」


 王者の気風を纏って北道は問う。目の前に跪くのは数千年を現人神として過ごした御仁。敬意を持って弔いたかった。


「君は、同胞には何と呼ばれていたんだい?」


「…………ミア、と。そう呼ばれていた。私は戦士どもに──ドワーフにしっぺ返しを喰らった哀れな者たちの末裔だ」


「でも、君は同胞の無念を果たした。未だ魔法使いが戦士に敵わないのはチェイネンの地だけさ」


 北道はバドズィナミアの幼い肢体を抱き止めた。神になった時点で身体の成長は止まる。この若さでどんな才を持って神に至ったのか、もはや本人すら覚えていないだろう。


「お疲れ様、ミア。良くぞ今まで君臨し続けてくれた」


「……慰めは良い。賛辞(それ)はもう、貰っている──が、ありがとう。感謝と共に同情を贈ろう。貴様はこれから永い時を過ごすのだ。それだけの『摂理(ルール)』を強制する意思力──並の神には打ち破られまい……」


「良いんだ。大丈夫。元より君臨するのが性分みたいなものだから。だからもう、ゆっくりと休むと良い……」


 北道はゆっくりと、幼子を床に横たえた。

 幼子は眠るように息を引き取っていた。





「終わりやしたか」


 しばらく勝利を噛み締めていた北道に軽薄な声がかかった。


「あっしは信じておりやしたよ。魔王様は必ずや勝ってくださると」


「抜かせ。心にもないことを言うな。内心怯えていただろう」


「へっ。気負ってはいやせんようで。これから忙しくなりやすよ」


 どこまでも軽薄なアマノジャクに北道は笑った。


「分かっている。始めよう」


 同時に『祝福』を起動する。


 北道の授かった祝福は二つ。

 一つは『統一言語』。

 もう一つはこれを『拡声言語』と言った。


 声が通りやすい。言葉に耳を傾けてもらいやすい。単純だが、北道の魅力(カリスマ)を端的に表した祝福だった。


 それが神ともなれば、このような使い方もできる。


『メーデー、メーデー。聞こえるかな、人類諸君』


 囁くような声だった。


 だというのに、彼女の言葉は世界全土に轟いた。


 魔王領ノースロード。

 最前線、ノーシースト共和国。

 魔法使いの国、帝国セキースト。

 セキースト領ミドルパート。

 聖なる都、キニア皇国。

 戦士の国チェイネン。

 神の不在郷、フォース。

 最南の国、ナインステイツ王国。


 どこに居ようとも、彼女の言葉を聞き逃すことはできない。強制的に聞かされ、理解させられる。


『我が名は北道海。ノースロードを統べる王。人呼んで魔王様だ。たった今、バドズィナミア・オムニは我が手に落ちた──我々の、勝利である』





 魔王領ノースロード。魔王城ビルフッド。


『私は神に至った。これは降伏勧告だよ。しきたりのようなものだ。『魔法』の時代は終わり、これより始まるのは弁論の世である』


 俺と浜松はアマノジャクが北道を連れ去った広間でその言葉を聞いていた。


「これは……統一言語か?」


「それだけじゃありませんよ……頭の中に直接響くような声──私の読心にも少し似てる」


「北道は──成功したってことなのか? 願いを叶える権利を手に入れた──だったら、俺たちも元の世界に戻してくれないかな」


「それはどうでしょうね……今の彼女の思考は読めません」


 北道海。

 東栄の元生徒会長。

 今はノースロードを統べる魔王だ。


『私が世界に課す摂理は二つ。心して聞けよ、一度しか言わぬ』


 北道海が、神としての辣腕を振るう。





『一つ、謂れなき暴力を禁ずる』


 最前線ノーシースト。

 今まさに魔王軍と戦っていた坂伊坂はふいに手を止めた。


「何だァ? この妙な感じ……」


 坂伊坂は直感に逆らって剣を振り下ろした。ちょうど地面に蹲った小鬼の首を刎ねようとした。


「!?」

「坂、危ない!」


 それが、剣が触れる直前に身体が硬直する。

 まるで時が止まったかのように身体の自由が効かなくなる。


「ちぃっ!」


 その隙に小鬼の残党が坂伊坂の首を狙う。

 どういうわけか魔王軍には『暴力禁止』の摂理が働いていないようだ。


 ケンケンが間に入って小鬼の爪を剣で弾いた。


「一旦引こう! この声もそうだし、何かが変だ!」


「……くそっ、何が起こってる……? 愛人が何かやらかしたか?」


 いつもの試練の感じとも違う。得体が知れない──まるでたった今物理法則が書き換えられたみたいな違和感!


「前線基地まで戻ろう。これ、多分魔王領に近付くほどに僕たちを縛る呪いだと思う。神の系譜だ──オムニ皇帝と同じ匂いがする」


 ケンケンの言葉に従い、突出していた坂も撤退を検討する。


 暴力を禁ずる。

 ただし、魔物にその縛りはない……?


「どうするってんだ……大人しく殺されろってか?」


 脳裏に過ぎるのは生徒会長、北道海の顔。

 それからキニアの教皇猊下アリステラの顔だ。


 少し考えてから坂は吐き捨てた。


「やめだ、ケンケン。これぁもう負け戦だよ。俺は帰る」


「ええ!? な、何でそんなこと言うんだよぅ。か、帰るってどこに?」


「決まってんだろ。伊達や酔狂で求婚しねぇよォ〜。キニアだ。俺はキニアに行く。この感じだと友達も沢山呼ばねえとな。面倒くせぇ……」


 言うが早いか、坂はさっさと踵を返した。


 ケンケンは途方に暮れた。坂が強情で我が道を行く性格なのは知っていたが、こうも即断即決とは。


 反対側の戦場では黒い翼を生やした少女が戦場を飛び回って兵たちを鼓舞しているのが見える。兵たちは突然の出来事に混乱しているようだった。


「『引け! 引きなさい! ああくそ、海ちゃんのバカ、アホ、マヌケ! こんなことするなら前もって言っておいてよぉ!』」


 訂正、彼女も彼女で混乱の極みにあるらしい。


「まあ、一時休戦って感じかな。岩永ちゃんはノーシーストに残ってくれると良いんだけど……」


 ケンケンは岩永の戦場に向けて走り出した。少しでも被害を抑え、撤退の援護を進めるために。





『一つ、言葉を交わせ』


 知性ありしと自称する数多の種族よ。

 相容れぬ魔物を討伐──迫害してきた種族よ。


 この世で最も繁栄した種族、人類。

 人類は魔力の守護者足り得るか。肯定。人口の多さはそのまま意思の強さに直結する。『無意識の魔力』の担い手としてこれ以上の素養はない。


 人類が認める種族は、そのまま魔力に愛される資格を得ることができた。ドワーフ然りエルフ然り、人馬や獣人もその類だ。


 しかし魔物は違う。どれだけ知恵を得たとしても、『人間を食らう』という一点で彼らに認められないでいた。


 その枷を今、解き放つ。魔物もまた無意識の魔力の担い手として。その土壌は、この十年間で十分築かれている。



 そんな口上を。北道海の言葉を。


「リストレイア」

「……はい」

「異世界の勇者に、死人はいるか?」


 ナインステイツにて、東野京は聞いていた。


「……いいえ。全員存命デスよ」


 いつのまに現れたのか、背後に佇む女神リストレイアは銀色の目を幾何学模様に光らせる。


「そうか……そう、か……やっとだ。やっとここまで辿り着けた」


 二人の会話を聞くものはいない。感極まる東野の涙を見るものはいない。東野に寄り添う者もまた、つい先日居なくなっている。

 だが、二人に語りかける者はいた。


『ひとまずはこの程度か。私の方針に異議を唱えたければノースロードに来ると良い。話くらいは聞いてやろう。ああ、そうだ。それから──』


 コレを聞くのも何度目かな、と東野は微笑んだ。


『異世界の勇者。東栄の精鋭達よ。君たちの望みは分かっている。元の世界への帰還だろう? 協力したいのは山々だが、今は私の友人の魂を帰すのに手一杯でね』


 魔王様直々の勝利宣言。

 神に至った者の降伏勧告。


『そこでだ。君たちに神に至る術を教えてやろう』


 魔王北道海は、神の摂理を露にする。


 神とは、魔力の調停者。

 全知全能の人質候補。


 その身を捧げて望みを果たす──つまり、北道会長はこの世界に骨を埋めることを決めたのだと、東野には分かった。


『「破壊」と「再生」。文明を壊し、文明を興すこと。厳密に言えば魔力に認められることが条件なんだが、バドズィナミア・オムニの言葉を借りれば、これが一番手っ取り早いらしい』


「『継続』だ、リストレイア」


 北道の言葉を一言一句聞き逃さないようにしながら東野が呟いた。


「よろしいのデ? 貴方は決して全知全能というわけではない。それは貴方が一番よく分かっているハズでしょウ」


「構わない、構わないよ。例えこの身が朽ち果てようとも、勝負所くらいは理解しているつもりだ」


『私はノースロードを滅ぼし、魔王軍を興した』


 東野の言葉にリストレイアが魔法陣を起動する。


『「再生」の部分は問題ないだろうね。特に東野と高松、坂と仙は既に国を持っているに等しい──はずだ。私が居なくなった後、東栄を引っ張ったのは君たちだろう?』


 北道の言葉は無造作に心に入り込んでくる。まるで見てきたみたいに東栄の情勢を詳らかにする。事実、北道の不在時に東栄を取りまとめたのは東野ら四人である。


『問題は破壊の方だ』


 魔法陣が光る。『継続』の意思が反映される。


『「祝福」はとてつもない力だ。そして、それを持っているのは君たち優秀な東栄の民ときた。さて君たちはどこを滅ぼすんだろうね? ナインステイツか、セキーストか。それとも疲弊したノーシーストかい? ああ、ノースロードはやめておいた方が良いよ。私がいるから』


 クスクスと朗らかな笑い声と共に、北道の言葉は終わった。


『では、検討を祈る』


 ぶつり、と何かが途切れる感じがして、頭の中に直接響いていた『声』が全く聞こえなくなる。


「……リストレイア」

「はい」

「僕はセキーストに行く」


 リストレイアは驚かなかった。


「理由を聞いてモ?」


「バドズィナミア・オムニは用心深く聡明だった。この代替わりは計画的なものではなく、突発的に発生したものだ。……少しでも神の残滓を回収する」


 それに、と東野は続けた。


「あんまり他と被っても、面白くないしね」


 岩永仙は情に厚い。きっとノーシーストを捨てられない。

 高松香河は用心深い。恐らくナインステイツを離れない。

 坂伊坂は欲望に忠実だ。確かキニアの教皇がドストライクだったはずだ。


 行動が読めないのは松山と水戸、三枝あたり。ああ、今は浜松の動向も読めないな。


 東野の思考が進む。やっと本領が発揮できるのだ。ようやく前に進めるのだ。


 この半年を乗り越えるために、いったいどれだけの試算を費やしただろう。


 破壊と再生。神に至る国取りゲーム。

 その存在を東野京は知っていた。


「もうこれでお守りの時間(チュートリアル)はお終いだ。祝福にも慣れただろう。剣や魔法の扱いも上達しただろう。これからは──真に僕たちが袂を分かち、国を取り合う大合戦の始まりだ」





 逸れ者にも種類がある。


 一人が好きな者。一人で居られる者。一人でしか居られない者。


 例えば松山愛人は一人が好きなやつだ。彼は本質的に他者を必要としていない。誰にもなれるが故に誰もに期待していない。だから無責任に善意を振りまける──が、それはそれとしてそんな人付き合いは疲れるのだろう。彼は好んで孤独に歩む。


 例えば水戸伊薔薇は一人で居られる者だ。彼女は文字通り触れる者皆傷付けるコミュニケーションを取る。楽だからだ。彼女の周りにいて無事でいられるのは同じ逸れ者だけ。周りの皆んな敵同士。そういう境遇に慣れているし、そんな環境に好んで潜む。


 さて、三枝二は一人でしか居られない者である。


『君たちに神に至る術を教えてやろう』


「ま、まさか……これは──本当に?」


 ミドルパート領主の家宅。居間で紅茶を楽しむ三枝の前で、ガタリと音を立てて禿頭の男が身を乗り出す。家主──ミドルパート領主だ。


「ええ……これから始まるのは、神に至る世界大戦──誰もが、届かぬ栄光を望み……破滅の道を突き進む……だって──」


 三枝二はこうなることを知っていた。


 予知夢、と言えば聞こえは良いか。

 東栄の研究家達は、齢三つにして『計測不能』のIQを叩き出した少女の脳をいじくり回した。


 実験は当初難航した。どれだけ『改良』を重ねても、彼女の技能は高速演算以上のものにはならなかった。そんなものはコンピュータで事足りる。新たなる人類には程遠い。


『「破壊」と「再生」。文明を壊し、文明を興すこと。これが神に至る、最も手っ取り早い方法らしい』


「──この言葉が、真実だと『理解』してしまうから。領主様。私の言う通りに、していただけましたか……?」


 どこかで誰かが気付いた。


 三枝の演算能力は本物だ。後は、現在と未来を混同させてしまえば良い。

 未来を現在として演算すれば、それは未来予知と変わらない。


 果たして試みは成功した。彼女は夢の中で──いや、今も夢を見ている。過去も未来も現在もない世界で、泡沫のような演算を繰り返している。未来予知に等しい『将来予想』を百年単位で。


 入力される情報(パラメータ)によって確度こそ変わるが、彼女の予知は百発百中であった。


 これが三枝が一人でしか居られない理由。昨日も今日も明日もない世界では、友情など育みようがない。情報に情報以上の価値を見出せない。


「あ、ああ……ミドルパートは既に臨戦体制だ。水面下での話だがな。私もこの短期間では全ての貴族を説得することができなかったし、あまり大々的でも宣戦布告と取られる恐れがある……」


「……十分です。……すぐに──明日にでも、世界会議が開かれるでしょう。ヒツジさんの『転移』は、こういう時のためにある、魔法ですから……」


 既に三枝はクラスメイトがチェイネンに赴いた際、ヒツジの『転移』を目視している。違う世界に来て一度は情報がリセットされた『将来予想』だが、この世界について知れば知るほど、彼女の予知の確度は高く、早くなる。


 祝福名が『詩人』とは、どんな皮肉だろうか。

 三枝にとっては事実であろうとも、明日を知らない人類にとって、三枝の言葉は浮世離れしたポエムなのだ。


「そ、そんなことまで分かるのか……! し、しかし……早すぎる。いや──」


 そんなポエムも、見るものが見れば価値を得る。

 ピロン、と領主の机の上の魔石が光った。


 領主は目を見開いた。通信用の魔石だ。送れるのは短い文章だけだが、十分に有用なマジックアイテム。


「──『明日正午。緊急の世界会議。出席されたし』……? は、はは。これが異世界の勇者の力か! 私は──いや、ミドルパートは幸運だ。どういう訳か君がナインステイツを抜け出して、ここに来てくれたのだからね。謝礼金は弾もう。私は明日、何をすれば良い?」


 領主は色めきたって三枝に詰め寄った。


 三枝は笑った。


 膨大な未来予想が無に帰した時は流石の三枝も放心したが、この世界に来て良かったことが一つある。


 『未来予想』という特殊技能が、『祝福』という規格に統合されたことだ。

 この結果、彼女は現在に生きることができるようになった。まるで普通の人間のように。彼女が夢を見るのは、いまや『本』を開いた時だけである。


「……かの魔法大国とて、皇帝を欠いて……最前線と皇国の二国を相手どる体力は、ない。誇り高いチェイネンは、しばらく静観するから……ミドルパートには、自由に動ける時間がある。分かりますか? ……セキーストと協定を結びましょう。それが、最善……」


 ミドルパートの領主は、三枝の言葉を熱心に聞いてメモを取っていた。

 この禿頭の男は気付いているだろうか。

 なぜ三枝がミドルパートなんて辺境に来たのか。


 世界情勢が激動を迎えようとしている今、未来予知なんて値千金の価値を持つ三枝が、何故。


 組みし(だまし)やすいから。

 それ以上でも以下でもなかった。


 東野京はセキーストに行く。王道を好む彼は必ずバドズィナミア・オムニの置き土産を回収する。

 岩永仙はノーシーストだ。彼女は滅多に拠点を移動しない。

 坂伊坂はキニア。色狂いなので。

 高松香河はナインステイツだろう。最南という恵まれた立地を手放すとは思えない。


「よぅし、分かった! セキーストだな!」


 組むなら、東野だ。

 それが一番勝率が高いだろうから。


「……水戸ちゃんは、それが気に食わなかったみたいだけどね……」

「……? 何かおっしゃいましたかな?」

「ううん、こっちの話……それで、世界会議には、私も行って大丈夫……?」

「もちろんでございますとも!」


 完全に三枝を信用しきっているミドルパート領主は、その提案を快諾した。


 これでまた情報が増える。未来予測の角度が高くなる。


 願わくば、水戸ちゃんは死なないでくれると嬉しいな、と三枝は思った。あ、松山もか。

 なんだかんだ彼女は、二人のことをぼっち仲間だと思っているのだった。





 「あら、あら〜……皇帝閣下、死んじゃったのね。本望でしょうけれどねぇ」


 セキースト皇居。つい先ほど天上の戦いが勃発したその地に、のほほんとした声が響き渡る。


 北道はぴくりと眉を動かしたが、彼女はたった今、『降伏勧告』を終えようとしていた。魔王様を守るようにアマノジャクが立ち塞がる。


「失礼、今ぁ取り込み中でしてねぇ。儀式というか、通過儀礼というか、これぁ必要なことなんですよ」


「知ってるわよぉ。神の代替わりは大々的に知らせないとね。魔力に認められても前神に──引いては人に認められなきゃ務まらないなんて、難儀な仕事よねぇ」


 ぞわり、とアマノジャクの背筋が伸びる。


 『狂水』のメイル・シュトローム。

 バドズィナミア・オムニのお墨付き。当代最強の魔法使いの一人。水を司る変幻自在。その正体は、まさか、神の依代候補──


「とんだ置き土産ですぜ。皇帝閣下さん、自分で自分の始末を付ける用意はしてたってことですかい」


「せ・い・か・い♡ と言っても、先を越されちゃったみたいだけどねぇ。私も知っていることはそう多くないし」


 ──次代の神候補は、笑う。


 だが、まだ青い。もう十年もすれば神に至れたかもしれないが、今の彼女はただの大魔法使いだ。故に。


「あら?」


 途端にメイルの視界が切り替わる。

 目の前に見えるのは荒れた山肌。セキースト郊外の山岳地帯。皇居に戻るに丸一日はかかる辺境の地。

 身に覚えがある。これはヒツジ・テンテンの『転移』だ。


「やだも〜、ちょっとちょっかいかけようと思っただけなのに! まあいっか。新しい神様の姿も見れたことだし」


 メイル・シュトロームは気楽なものだ。

 尽きせぬ好奇心と自分の命を顧みない無謀。魔法使いとして──魔力の担い手としてバドズィナミア・オムニに認められたのはその胆力である。


「ああでも、流石にメイズは連れ帰らないとなぁ。今ノースロードに行くのは危険すぎる」


 脳裏に過ぎるのは数日前にセキーストを出発した妹の顔だ。同時に、一人の男の顔も思い浮かぶ。


「そう言えば、松山さんは大丈夫なのかしらねぇ」

「……本当に居た。やっぱりつーちゃんは凄い」

「あら?」


 いつの間にか。

 大魔法使いの背後には人影があった。


 後方、ではない。背後だ。

 背中をピッタリ付けて真後ろに──極至近距離から声がした。


「……いきなり背後を取るなんて、穏やかじゃないわねぇ」


 メイル・シュトロームは逆らわない。

 殺すつもりなら声などかけずに殺せば良い。ただの殺人鬼の道楽ならば、自分の命運がその程度だったということ。


「ごめんなさい、癖で。貴方がメイル・シュトロームさん?」

「ええ。そうよぉ」


 果たして黒塗りの暗殺者──水戸伊薔薇には、メイルを害する意図はないようだった。


「良かった。東野より先に接触できて」

もう少しだけ続きます

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