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43 魔王:北道海

 結局、俺たちはアマノジャクの提案に乗らざるを得なかった。そもそも選択肢がなかった。ここで死ぬか、提案に乗るか。


「こんな卑怯な手段で悪うござんすね。あっしぁ根が臆病なもんで」


 転移の準備をしながらアマノジャクがぼやく。


「お二人を見つけたのは偶然でしてね、あっしは普段はぶらぶらその辺を歩いてるだけなんですが」


 浜松は剣を降ろさないが、虚勢以上の意味はなかった。最悪、転移先がマグマとかなら俺たちの命は無いのだ。殺すつもりならさっさとピー助を殺せよって話なんだが。


「……レドはどうしてる?」


 あの卑屈で臆病な赤帽子も、居なくなったら居なくなったで寂しいものだ。まあ最初から偽物だったんだけど。


「さあ? 前線基地で働いてるんじゃあないですかい?」


 口の減らない邪鬼は、いけしゃあしゃあとそう言った。彼の手元の魔石が色を失い、転移の準備が整う。


「それじゃあ、行きやしょうか。アポ無しなんで、不便があったら申し訳ねぇ」


 ぴゅん、と視界が白い光に包まれる。

 ヒツジさんの『転移』。それと全く同質の感触だった。





 瞼に強い光を当てられたみたいな転移の感覚は、何度味わっても慣れることはない。


 視界に広がるのは黒い外壁。奇しくもそれは本物のヒツジさんと一緒に各地の王城へ赴いた時と同じような光景だった。


「ここが……魔王城ビルフッド……」


 魔王城と聞くとおどろおどろしいモノを期待するが、ぱっと見は普通の建造物と変わりなかった。


 まあそれも当然か。元は人間が作ったモノを奪っているのだから。あいや、ノースロードは元々魔物の領域だったか?


 俺たちが飛んだのは最奥の小部屋。アマノジャクの案内で城内を歩き、客間のようなところに連れられる。


「少々、お待ちいただけますかね。ちょっくら王様を呼んでくるんで」


 そう言ってアマノジャクが席を外す。こんなところまでヒツジさんと一緒である。なんとなく気味が悪い。


「……」


 二人きりになった客間。俺と浜松は沈痛な面持ちで向かい合って座った。目的地には到達できたが、とても喜べるような状況じゃない。


 じろり、と浜松が俺を睨んで言った。


「……『洗脳』、全然使えないじゃないですか。元より無策無謀は承知していましたけれど」


 俺は狼狽えた。そもそもこの旅路は俺の『洗脳』ありきで始まっている。接敵を避け、誰にもバレずに人知れず魔王城まで辿り着く。


 今考えれば、何と無謀な試みか。でも出発前夜はいけそうな雰囲気があったのだ。むしろその雰囲気にあてられて、ハイになっていたのだろうか。テンションが上がっていた。前線基地に辿り着き、赤帽子を『洗脳』した辺りからもう後には引けなくなっていた。


「あんなに自信満々だったのに、効かない相手が多すぎませんか? アマビコ然り、アマノジャク然り」


「まあまあ、過ぎたことはもう忘れようぜ。無事辿り着けたんだしさ」


 俺は自分の不利を悟って、浜松を宥める方向に舵を切った。


 それが言っても仕方ないことだということは、実際浜松も分かっていたのだろう。頭を抱えて陥るのは自己嫌悪だ。


「……無事、で済みますかね。私もちょっと勢いで動き過ぎちゃったかも……だって京くんがあんなに苦しんでて、アマビエもあんなに想ってて──はあ、焦ったなぁ。沖も、会長がいるって言ってて……はあ」


 おお、これは重症だ。こんなに落ち込む浜松は見たことがない。


 つまり、あれだ。俺たちは潜入(スニーキング)任務(ミッション)に失敗して萎えていた。


 そもそもが潜伏(ハイド)前提の博打拓ではあった。前にも言ったと思うが、それはつまり見つかったら終わりってことだ。


 終わり、が何を意味するかって? 時は戦乱の世の中だ。捕虜の扱いにどう期待すればいいものか。死ぬより恐ろしい結末が待っているかもしれない。何千年も時の牢獄に捕えられて木になっちゃうのかも。


 アマビコを倒して一件落着かと思ったところでこれだ。幸運の女神が裸足で逃げ出す没落ぶりである。


 いや待て、確かに俺の危機感が足りなかったかも知れない。他人の善性を信じすぎていた。


 だってさ、魔王ってあの北道会長なんでしょ? アマノジャクの言い分も、まるで俺たちを害する気はないみたいな感じだったしさ。


 だとしても、魔王城に連れられた捕虜……!

 そうだ、RPとしては浜松の萎え様が正解……!


「一体俺たちはどうなってしまうんだ……!? 魔王城に連行された異世界の勇者……きっと拷問の末に情報を全部聞き出され、そのあとは脳を弄られて寝返りさせられるんだ……! なんて外道、卑劣、卑怯な連中……!」


 途端に慌て出した俺を、浜松が冷ややかな目で見ていた。


「……どういう情緒をしてるんですか。慰めるのか慌てふためくのかどっちかにしてくださいよ。統一してください。スタンスを」


「くそっ……! 俺たちは一体どうなるんだ!? 日本には帰りを待ってる人たちがいるってのに、こんなところで死ぬのか……?」


「……なんで恐慌(そっち)を続けるんです。白々しい」


 駄目か。駄目だよな。所詮俺の仕草は作り物……! 浜松に新鮮な恐怖をお届けできていない……!


 呆れる浜松は、そう悲観しているようには見えなかった。あれか、自分より慌ててるやつを見ると冷静になるってやつか?


「あれ、お前、意外と平気?」


「貴方みたく冗談かませる程ではないですけどね。アマノジャクは嘘をついている様には見えませんでしたし」


「ああ、成程『読心者』ね……まあ、それは俺も同意だなあ。萎えてたのはアレか、完全試合(パーフェクトゲーム)逃したみたいなもんか」


「例えはよく分かりませんが、そうです。図らずも私たちは目的を達成してしまいました。……まだ、心の準備ができていません」


 浜松はこれで完璧主義みたいなところがある。抜けてるところの方が多いのにな。例えばこいつはトマトを食べない。自分では嫌いじゃないとか抜かしてる。弁当に入ったトマトはいつも東野が食べてくれるからその好意を無碍にできないとか、嫌いだった昔の自分を否定したくないとかなんだかんだ理由をつけて、結局食べない。その理屈なら克服した今の自分を誇れよ。東野に迷惑をかけるな。


「確かに、俺も北道と会ったら何話すとかは決めてなかったな。こういうのは一旦昔話か? 久しぶりだし」


「言葉が通じれば良いですけどね。貴方の『洗脳』を当てにし過ぎました。はあ、貴方とは言え、他人に私の命運を預けるんじゃなかった……」


「おい、ここまで来たら一連托生だろ。というか元より俺ぁ北道に『統一言語』使う気はなかったぞ」


「それで済むなら私も気が楽です。でも、仮にも十年魔王やってるお人ですよ? 私はアマビエの記憶を読んだだけですが、気が狂っていないとは言い切れな──」



「──おや、随分な言い草だな」



 唐突に。


 聞き慣れた声が耳朶を打つ。


 壇上に登れば凛々しく、そばに侍れば優しく、争う者には容赦なく、抗わない者には慈悲深く聞こえるその声は。


「誰の気が狂ってるって? そら神奈、もう一度言ってみろ。この私──北道(きたみち)(うみ)は気狂いだってさ」


 東栄高校生徒会長、北道海。


 あの人外魔境で東野を抑えて人望を勝ち取った怪物は、記憶と変わらない姿でそう言った。





 北道海。彼女の説明をするためには、まず東栄の話をしなければならない。


 東栄高校は名門である。入学できれば将来安泰なんてもんじゃないが、知力と武力と財力の限りを尽くしても入学できるとは限らない。


 表向きは学校を名乗っているが、あそこはほとんど人体改造施設だった。その理念は『新たな人類を創り出すこと』。法に触れる実験を幾度も繰り返し、聡明なガキどもを怪物に作り変える場所。


 入試は筆記と体力テストだったが、合格最低点も公表していなければ受けてなくても合格通知が届く。あんなのは実質的な徴兵であるが、東栄はあらゆる文句を実績で黙らせてきた。総理大臣からアスリートまで、日本の著名者の三割は東栄の出身である。


 そんな東栄の生徒たちは皆、ある種の『作品』だった。教師、親、生徒同士でさえ互いの脳を弄くり回して創り上げる人類の到達点の一つ。浜松の『読心術』や岩永の『愛嬌』なんかは可愛いもので、もっとえげつない超能力の一つや二つ、誰もが使えておかしくない魔境。


 さて、そんな東栄で北道海は、一年の六月に行われた生徒会選挙で勝利した。これが何を意味するか分かるだろうか。


 如何に東栄生といえど、入学して二ヶ月で実績を上げた訳ではない。論文を出したり世界大会で活躍したりする上級生達を相手に北道が勝ち得た理由は、その圧倒的な魅力(カリスマ)にある。


 同時期に出馬した東野京にダブルスコアを付ける人望。翌年に東野が生徒会長に立候補しなかったのは、失踪した北道に敬意を表したからだと言われている。『もし彼女がいたら、僕では敵わないだろうから』と。


 彼女が失踪したのは一年の九月に入る頃。教師達は皆悲しみ、国を挙げての葬式が執り行われた──


「……あ、いえ……」


 ──そんな北道に笑顔で詰められ、浜松はたじろいでいた。黒髪ロングのストレート。雰囲気だけなら清楚に見えるしどちらかと言えば柔和な顔立ちなのに、眼光に他人を黙らせる力がある。陳腐な感想になるが、持つ者特有のオーラが見えるのだ。


 北道はふっ、と笑って表情を緩めた。それだけで部屋の温度が少し上がったような気がする。緊張と緩和。許された、という安堵が胸に広がる。


「冗談さ。気狂い呼ばわりも受け入れよう。なんせ今の私は魔王だからな」


 お茶目に微笑んで、北道はティーワゴンからポットを手に取った。注がれる器は三つ。紅茶と茶菓子の甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 今の今まで、北道がティーワゴンを引いていることに気付かなかった。


 給仕が似合わないのもあるが、嗅覚や視覚を凌駕する声の圧ってなんだよ。ていうかストレートの黒髪ロング美少女でなんで給仕が似合わねんだよ。立ち振る舞いが王者すぎるだろ。


 彼女がいなくなってから、俺たちの代のAクラスは派閥ごとに別れた。もとより競争や略奪を推奨する校風だ。東野や岩永、坂や高松達優秀なリーダーを旗頭に、事あるごとに俺たちは争うことになる。


 逆に言えば、北道がいた頃は皆が彼女の下に付いていたのだ。教師達も扱いに困るレベルの魅力。絶対王政。


 つまり、俺たちと北道は根本的なところで対等ではない。それは異なる世界に来てもなお。


「そう固くなるな。もっとリラックスして、座りなよ」


 北道の言葉で、俺たちは無意識に立ち上がっていたことに気付いた。さっきまで椅子に座って待っていたのに。


 完全に呑まれてしまっている。この空気に。久しぶりに味わう感覚だ。本能から『従わなくてはならない』と思わされるこの感じ!


 それでも、『許可』が出たことで俺たちは肩の力を抜くことができた。北道もテーブルに椀と共にカップを置いて上座に座った。


「何年振りの再会だ? いや、君たちの姿が変わっていない──こちらとは時間の流れが違うのか? もしや、私が居なくなってから一年も経っていない?」


「……ああ。あんたが居なくなってから──ちょうど一年後か。二学期始まってすぐだったからな」


「松山、松山じゃないか! うわあ、影が薄くて辛気臭いお前の顔でも、久しぶりに見るとクるものがあるなぁ」


「おい、今気付いたみたいなことを言うな。影薄いって悪口だから、それ」


 北道が常時(パッシブ)で発動している圧も、意識さえすれば問題ない。俺は沸騰したヤカンを『冷たい』と思い込んで触ることができる男。思い込みが切れた瞬間に火傷するけど。


 俺たちの他愛無い会話を聞いてか、浜松もトリップから戻ってきた。目元には涙が滲んでいる。北道は目ざとくそれに気付いた。


「おや、神奈。確かに感動の再会だが──君に泣かれると後が怖いな。東野は来ていないのかい?」


「……い、いえ……今、少し混乱していて。私のものでは無い感情で……無事で良かった、魔王様……」


「……?」


 浜松の言いように、北道は怪訝に首を傾げた。おお、完璧超人北道海でも、『祝福』が絡めば分からないこともあるか。珍しいものを見た。


 浜松はすぐに気を取り直して目元を拭った。先の質問に答える。


「ええ。東野も来てますよ。それどころか、クラスメイトは全員こちらの世界に」


「全員? 五人じゃなくてか?」


「……? ええ。四十六人、一人の漏れもなく」


 北道は唇に手を当てて思案する。ぶつぶつ何かを検討し始めた。


「……ふむ。てっきり仙や坂、香河あたりが召されたと思っていたが……それでも数が合わないな。神奈と松山がここにいる……本当に全員、揃ってるんだな?」


 北道は俺の方を向いて尋ねた。首肯で応える。


「ん? ああ。水戸も三枝も、沖や四十川もいる。な〜んでこんなことになったのかね全くよ。何か知ってるのか──ていうか、お前は魔王だけど敵じゃ無い、で、良いんだよな……? 魔王は十年前に現れたって聞いたけど、北道は変わんないよな……」


 北道に聞きたいことは山ほどあった。ありすぎて一つに絞り込めないくらい。北道に握られた会話のペースを、俺は強引に修正する。


 北道も俺の言葉に乗った。パン、と手を叩く。


「よし。聞きたいことも話したいこともあるだろう。ただ、今日は少々立て込んでいてね。天邪鬼のやつも急に仕事をするから困る。ああそうだ、彼奴は何か失礼をしなかったか?」


「……いいや?」


 俺たちは微妙な顔でそう言った。

 北道は苦笑した。


「繕うな。アレの剽軽さは私の手にすら負えん──が、あまり邪険にしないでやってくれ。天邪鬼を煩わしく思うのは本能的に正しい反応だ。嫌われるのが仕事みたいなやつでね」


 話が逸れたな、と北道は仕切り直した。


「今日はゆっくり休んでくれ。また明日、時間を作って会いに来よう」


 そう言って北道は席を立った。


 良かった。アマノジャクの罠という可能性はこれで消えたと思って良いだろう。突然の邂逅に驚きはしたが、北道海は北道海のままだった。


 アマノジャクに寝室を用意させようか、と扉に向かう北道を浜松が引き止めた。


「……あの」


「ん?」


「……再会のハグを、してもよろしいですか。あ、握手とかでも構いません……」


 もじもじといじらしげな浜松に北道はにへらと笑った。普段は凛々しいのにそういう砕けた表情をすると愛らしいのは流石の美貌。完全無欠に隙がない。


「もちろんだとも。久しぶり、神奈」


「ええ、本当に──お久しぶりです。北道会長」


 美しきかな友愛。顔の整った二人が抱き合う姿はそれは絵になった。


 俺から見えるのは扉に向かった北道の顔。その表情は慈愛に溢れたもので、とても魔王には見えなかった。


 ふと目が合うと、北道はお茶目にウィンクをした。


「松山もしていくかい?」


「……遠慮しとくよ」


 そうか、と浜松との再会の抱擁を終えて、北道は客間を後にした。





 それから、俺たちは召喚初日みたいな扱いを受けた。丁重におもてなししてもらった形だ。食事を頂き風呂に入り、寝室に案内してもらう。


 魔王城内には北道以外にはアマノジャクしか居ないようだった。案内は全てアマノジャクが執り行った。何者にもなれる彼の接待には何も不自由しなかった。彼に不審な点は全くなかった。


 不審な点があったのはこちらの陣営である。


 そう、浜松神奈だ。


 もてなしを受けている間、彼女はずっと放心状態だった。


 北道とハグして以来、一言も喋っていない。風呂にも入らない。俺に言われるがままに食事を口に運び、肩を貸さないと寝室に移動しない。


 このまま一人にするのも忍びないので、俺は自分の部屋に戻らずに椅子に腰掛けた。頭の後ろで腕を組む──『考える人』のポーズである。何事も形から入らなければ。


 今日、北道と会うには心の準備ができていなかった。それは浜松の言った通りだった。


 聞きたいこと。話したいことは沢山ある。それもそうだ。彼女がこの世界に来てから十年だ。まだ二ヶ月ぽっちも過ごしていない俺たちには計り知れない苦悩があったのだろうか。それとも、北道海なら難なく適応したか。


「全然、魔王って感じはしなかったな〜」


 威厳こそあったが、それは北道生来の見慣れたものだった。記憶にある生徒会長と、ぱっと見は何も変わらない。


 でも、俺も浜松も何となく口にしなかったことがある。


 しれっと登場されて終始会話のペースも握られたため、問いただすことができなかった。それに──想定よりも和やかな再会を、俺たちは乱したくなかったのだ。


『どうして人を殺すのか』と。

『殺さなければならないのか』と。


 答えはイエスなのだろう。哲学の話ではない。歴史の話だ。


 現代で戦争が起こっていないのは、費用対効果に見合わないからだ。やろうと思えば国を滅ぼせる核兵器も、人道に悖る使い方をすれば国際条約に違反する。後の経済制裁を思えば実行できる国はないだろう。


 この世界ではどうか。誰も魔王軍の横暴を咎められてない以上、抑止力としての武力が成熟していないことは明らか。故に、得るために力を振るう魔王軍は正しい。自然の摂理に従っているだけなのだから。


 そも、人と魔物とは分かり合えない存在なのか。これは戦争ではなく害獣駆除なのか。それも違うだろう。魔物は思ったよりも理知的だ。


 俺たちには現代の倫理観がある。


 北道海は殺人をしている。それは紛れもない事実で、和解の道を歩むこともできたはずだった。少なくとも今持っている情報ではそうなる。


 人を殺さなければならないのか。


 返答次第では、それは絶縁宣言にもなり得る質問だった。北道と俺たちが、あの場で敵対する未来があった。


 じゃあ俺たちは明日何を話す?


 浜松の言っていたことを思い出す。帝国皇帝、バドズィナミア・オムニは死を望んでいる。彼女を殺すことができれば、何でも一つ願いを叶えてくれるのだとか。


 希死念慮のある老体を介錯するのなら、まあ、俺の良心も痛まない。なら明日はその『どうやって』の部分を埋めるか──


「ハッ!!」


 ──と、思索に耽ってからどれだけの時間が経ったのか。


 唐突に浜松が起き上がった。さっきまでぐったりしてベッドに倒れていたのに。


「……浜松?」


「ハッ、ハァ、っハァ……ここは……寝具、寝室……魔王城! ま、つやま──あなたは、松山……私、私は──」


 この感じ、覚えがある。


「『お前は浜松神奈だよ』。なんだ、また記憶が混乱してたのか? 言ってくれたらすぐに暗示したのに」


「わ、たしは……浜松神奈……私は浜松神奈。読心者。記憶を読んで……」


 『読心者』による記憶の混乱。自分が誰かわからなくなっている。


 浜松は俺の方をじっと見た。いつになく力強い眼光で睨み、ずんずんと距離を縮めてくる。


「……っ不公平です」


「は?」


 椅子に腰掛ける俺の頭を、浜松の両手がガッと掴む。


 鼻が触れそうなほどの至近距離で見つめ合い、浜松は乱れた吐息を漏らした。心臓が跳ねる。長いまつ毛や艶っぽい唇から目が離せなくなる。


「お、おい、浜松……?」


「松山にも味わってもらう。アマビエ! 手伝ってください……! 出来るでしょ、貴方なら!」


「むぐっ」


 最近の俺は、この女に振り回されてばっかりだ。


 興奮状態にある浜松を落ち着けようと開きかけた口は、当人の接吻に塞がれた。


 キス、された。浜松に。なんで? 東野は? 唇、柔らかい。これ、舌で歯を舐められてる……!? 気持ちいい──違う、口を開かされて──唾液と共に魔力が流れ込んでくる。


「ん、んぐっ!」


 そう、魔力。浜松の魔力。生命の源。万能のリソース。


 同時に脳裏に流れ込んでくるのは──記憶だ。なんだこれ、ざっと三十年分の──記憶。浜松が読心者で読み取った記憶。


 いや、読み取ったなんてもんじゃない。

 濁流のように新鮮な記憶に、俺の意識が塗り潰されていく。


 俺、おれの名前は──おれ? 違う……


 私。そう、私だ。



 私の名前は北道海。



 それは北の果て。どうしようもなく恵まれた時代に、誰にも望まれず生まれてしまった先導者の名前で──

 

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