42 偽物の頼み
浜松の予想通り、レドは酷い有様になっていた。
死ぬ寸前まで魔力を吸われたのか、げっそりと痩せ細っている。トレードマークの赤い帽子も、心なしか萎びていた。
「あ、アマビエ様、アマノジャク様〜!!」
俺たちを見つけると、やっと救われたとばかりに飛びついてきた。醜い小鬼もどきに甘えられても何の感慨も抱けない。俺と浜松はさっと左右にレドを避けた。
「あだっ」
「……レド。宿を取ってこいと伝えたハズですが」
地面に激突する赤帽子に、浜松の視線は冷たい。レドは震え上がって弁明した。
「ひ、ひぃっ。そうは言っても、路銀は渡したのが全部でして……対価として、魔力を取られて……」
「……全然、美味しくなかったけどね……」
ボソリ、と呟くのは宿屋の店主エルフだ。半目を薄く開いた幼子。エルフってのは無気力がデフォなのか? 面倒そうにカウンターに突っ伏している。
相変わらずのゴーストタウンだったが、レドは宿屋を見つけていたらしい。斥候としての働きは熟してくれたみたいだった。
浜松は宿屋の外、何ら変わりなかった翼竜の方を向いてため息を吐いた。
「まあ、ピー助が無事なのは僥倖。どうにも、精霊というのは底意地が悪いみたいですからね」
「……うわ、酷い……別に、不義理はしてないよ……」
「おい、まだガキじゃねぇか。そんなに睨んでやるなよ」
「見かけなんて当てになりませんよ。ツヴァイも言っていたでしょう」
ふと出た名前に、宿屋の店主が反応した。
「え、お姉さん達、ツヴァイを知ってるの……?」
知っているというほどではないが。
「ああ、オトモダチだよ。するってぇと、君はアイン? それともドライかな」
「ドライ、だよ……へぇ、本当っぽい……」
『統一言語』さまさまである。彼女と俺らが友達かどうかは諸説だろう。
俺は貨幣を数枚、ドライの前に並べた。
「一泊したいんだ。お友達価格って事でさ、こんだけあれば足りるか?」
「……お金なんか、いらないよ……。あたしたち、ニンゲンの造った建物に勝手に居着いてるだけだから」
まじかよ。ツヴァイは果物のお代をちゃんと取ってったんだけど。
「あの子は、現金だからね……」
そういう問題なのかとも思ったが、俺は聞き流した。どうあれ泊まれるなら無問題だ。
俺がドライと話している間、浜松はレドに魔力を受け渡していた。握った掌に魔力が集まっている気がする。
「……貴方の仕事は、ピー助の世話です。この都市の長は下しました。明日の朝までに彼の毛並みを整え、食事を与えて飛べるようにしておいてください。その後は休んで構いません」
「はい、はいぃ……了解でごぜぇます。ありがてぇ、魔力が満ちていく……」
浜松の言葉を、正面のドライが耳ざとく聞きつけた。
「……アマビコを殺したのも? お姉さん達が……?」
「……ん? ああ、そうだよ。恨んでる? どうする、戦うか?」
俺は浜松の後ろに隠れながら言った。ドライは鼻で笑った。
「……まさか。『鎖』が消えたの、そういうことか……お祝い、しなくちゃね……」
全く、アマビコの人望が無くて何より。もっと詳しい話を聞きたくもあるが、明日には去る都市を深掘りしても仕方あるまい。
俺は敵意のないドライに調子に乗った。
「じゃあ、逆に感謝してたり?」
「……? 別に……? 私たちは、自由だから。誰のものにもならない、誰ものための力。『鎖』だって、本当の意味では私たちを縛れてはいなかった……」
「……?」
「まあ、自意識をくれたのには感謝してたけど、復讐するほどじゃないよね……」
「??」
全く会話になっていない。この俺をして反応できないとは、浜松よりよっぽど不思議ちゃんだ。
さて、東栄の不思議ちゃんは、いつまでも袖の後ろに半身になっている俺を鬱陶しそうに振り払った。
「……精霊の精神性を理解するのは骨ですよ。城には一体も居なかったでしょう? アマビコですら御しきれなかった迷い人です。その性質は、むしろ風や土などの環境に近い」
「……おおー。お姉さん、それ、正解……」
へえ。はあ、そうですか。よく分からん。ナインステイツで勉強したハズなんだけど、すっかり忘れている。
浜松の説明で余計に理解が遠のいた気さえする。アレだ、有識者に色々な例え話を交えて丁寧に教えてもらったんだけど、その例え話のせいでさらに混乱させられた、みたいな。みたいというかまんまそれだな。
ともあれ休息である。野宿でないのは何日ぶりだろうか。それに、宿をとった一番の目的はアレだ。
「湯舟、ありますかね。シャワーくらいは浴びたいのですけど」
湯あみである。川も貴重な荒野の散策では、身体を拭くのにも気を遣う。もともと人間の都市だったのを流用しているのであれば、風呂の一つもあるだろう。
〇
明くる日の朝、俺たちは何の苦労もなくロクハンドを北に抜けた。
「良いお湯だった……」
残念ながら入浴シーンはカットだ。
宿屋には大浴場があった。男女で別れたそれは立派な浴室だったのだが──そこには無数の精霊が居着いていた。
ほわわ。
へあ〜。
ニンゲン、ニンゲン?
わあ〜、美味しそう……
なんて。数多の光の玉が漂いながら、思念とも呼べない感情を露わに浮いている。
精霊、妖精の類は自然を好む。ゴーストタウンだなどと揶揄していたが、案外森林の中を探してみれば、そこかしこにこんな光が居たのかもしれない。
そう、木造の旅館──その中にある水場は、彼ら精霊にとっても憩いの場だった。
「……何か」
「いや、別に。忘れた、もう忘れたよ」
無害な光に見えても精霊、人智の及ばない存在である。
浜松は苦渋の末、目隠しした俺を浴場に同行させた。『統一言語』で安全を確保させるためだ。
「最悪、貴方の記憶を読み取っても良いのですよ」
「っ! ああ覚えてるよ! でも俺が謝る義理もねぇだろ、不可抗力だっ!」
忘れられるわけがない。
目が見えなくても耳と鼻がある。温泉特有の硫黄の匂いに、温水を流す音。すぐそばでちゃぷんと湯船に浸かるのは一糸纏わない浜松神奈──それを、顔にタオルを巻いて壁の方を向き、精霊達に「『俺たちはニンゲンじゃないよー』」とか言いながら聞いているのだ。
煩悩に苛まれるのも仕方ないだろう。それでも俺は無心で「『気にしないでね』」「『仲良くしよう〜』」とぽやぽや呟くに徹していた。全ては浜松の安全を確保するため。
不可抗力、不可抗力である。仮に俺が邪な想像をしたとして、湯船に浸かって「ふう」だなんて気の抜けた声をあげリラックスする女が悪い。
目隠しがなんだ、裸で一緒に浴場に入ったらそれはもう同衾だろうが!!
「……冗談です。」
浜松は逆ギレした俺に、ふっと表情を緩めた。くそ、お前の冗談は分かりにくいんだよ。
「そもそも私は何も言ってなかったのに、貴方が急に忘れただの何だのと」
「分かったよ悪かったよ! くそ、何でこれで俺がやり込められなきゃならねぇ……?」
俺は負けを認めて謝った。浜松、口喧嘩強いんだよな。まずキャラがずるい。澄ました顔してお高く止まりやがって。スンと逸らしたその無表情の奥から嘲笑されているようで気分が悪い……!
ともあれ、湯船にも浸かって英気も養った。大ボスを倒してから観光って、順番が違う気もするが気にしない。巡り合わせだ。
次の目的地はブルーフォレスト。この厳しい北の荒野でも最も厳しい天然の要塞──山脈地帯に連なる都市だそうだ。
標高千メートル単位の山々に降り積もった雪が、遠目には綺麗な水色に見えたことから名付けられるは『青い山々』。そのまんまだな。
そして──それは魔王領ノースロードと人間領ノーシーストを分かつ最初の要害だった。既に攻略されてはいるが、環境の厳しさは顕在だろう。
「レド、本当に付いてくるの? 別にもう俺ら翼竜に乗るのにも慣れてきたしさ、前線基地に戻っても良いんだぜ」
丁寧に翼竜──ピー助の毛を梳いていたレドは、びくりと身体を震わせて首肯した。
「ぜひ、ぜひ連れて行ってくだせぇ。か、必ずお役に立って見せますから……!」
昨日、同じ質問をした時にも同じように答えていた。
何だかんだ三日は共に過ごしている。ノリで連れてきたのはいいが、捨て石にするには情が湧いているし、行く先々でいちいち統一言語で誤魔化すには面倒。戦力としめはありがたいけど正直持て余してるんだよな。翼竜の御者として重宝したのも昨日までの話だ。
そんな俺の不満を感じ取ったか、尚も慌ててレドは捲し立てた。
「どうか、お願いしやす……。あっしぁ、も、もう前線基地にゃあ戻れません。お二人の護衛中に同胞たちに何度も手をあげヤシた……その責任を、あっしに押し付けるよう部下にぁ言ってあります。か、帰ったらキツネビ様に殺されっちまウ!」
「ああ〜、あー、なるほどねぇ……。それは、仕方ないなぁ……」
そろそろ浜松が焦れてくるので、俺たちはピー助に乗り込んだ。目指すは北西、ブルーフォレスト。
翼竜に騎乗するのにも慣れてきた。怖いもんは怖いけどな。命綱もシートベルトもなしに扉全開でヘリコプターに乗ってるようなもんだ。安心できるのは背中の大きさだけ。
一応、浜松が『風避け』の魔法を使っているらしい。高速で飛んでいるにしては揺れが少ないのはそのためだ。騎乗用の翼竜は自前でそういう魔法を使ってくれるらしいが、ピー助はそうではない。
気をつけるのは、下手に動き回ること。座って大人しくするのが一番だ。立ち上がるのに度胸試し以上の意味はない。電車で吊り革持たないみたいにな。浜松は何故かずっと立っているが。体幹でも鍛えてんのかな──
「……?」
──と、しばらく進んだ頃、徐にレドが立ち上がる。
「レド?」
最初の飛行の時、レドはずっとピー助の背中に這いつくばって怯えていた。赤帽子は森の民──地上、もっというと地下に好んで暮らす魔物だ。空を飛ぶのが本能から嫌いなのだろうと思っていた。
それが、今はすらりと直立している。この短期間で高所恐怖症を克服できるものだろうか。
「っておいおいおい、何してんだよ」
訝しがる俺の前で、浜松がすらりと剣を抜いた。背後に俺を庇ってレドの前に立ち塞がる。
こんな高所でチャンバラなんてできるわけがない。一歩踏み外せば即座にあの世行きだ。
だというのに、浜松は剣を降ろそうとはしなかった。
「……何でやしょう? あっしは、立ち上がっただけなんですが」
「いつからですか。いつ、成り代わった?」
「おい、剣を降ろせよ、浜松。『レドも妙な真似はするなよ』」
「松山、よく見てください。わかりませんか?」
こんな狭い場所で暴れられては敵わない。浜松に声をかけながら、念の為レドに『統一言語』で話しかける。
浜松は、器用に息を潜めながらため息を吐いた。
「……偽物です。私も今気付きました」
なんだって? 一瞬、俺は理解が遅れた。言葉がよく頭に入ってこない。
レドが、偽物? 敵って意味なら確かに魔物だが、統一言語は効いていた。『洗脳』を解かれた? 違う、偽物ということは本物も居たはずだ。成り代わる、化ける──
「あいや、あっしとしたことが詰めが甘い。アマビエ様は、随分と勘がよろしいんでしたなぁ」
──唖然とする俺の前で、レドは慇懃無礼に頷いている。それはまるで、浜松の言葉を肯定しているみたいだった。
続く言葉も完全にそれで。
「いつからと問われれば、最初から? あや、お二人がお昼寝してた時でしたっけ? もう歳なもんで、忘れっぽくていけねぇなあ」
初日、俺は護衛を赤帽子に任せて眠った。浜松も疲労で眠りこけていたはずだ。
二日目、レドは初日に比べて随分と流暢になっていた。俺はそういうものだろうと無視した。
でも、違和感といえばそれくらいだ。レドが俺たち──魔王軍幹部に怯える様はとても演技には見えなかった。
「詰めが甘い? ご冗談を。そこに座っている男の方がよほど間抜けに違いありませんよ」
浜松は流れる様に俺を罵倒した。確かにレドを連れてきたのは俺の判断なので何もいえない。状況にも付いていけてないし。
「貴方は自ら正体を明かした。私たちの命を人質にとって──こんな高所でピー助を殺されては私たちは助かりませんからね。何が望みですか、アマノジャク」
そのまま、さらっと偽物の正体を看破する。
レドは──いや、アマノジャクは笑った。ぐにゃぐにゃと赤帽子の身体が粘土のように捏ねくり回され、不定形な人形を作り出す。
アマノジャク。聞き覚えがある。
変幻自在、千変万化。
そして確かそれは──魔王軍幹部の最後の一人の名前だったはずだ。
「それもバレてんですかい! 話が早いのなんのって。そうですよねぇ、抵抗できませんよねぇ。あっしはこいつの首を落とせますからねぇ」
トントン、と泥人形がピー助の首を足で叩く。どこから声を出しているのか。命を脅かされた翼竜が、ピィと鳴いて身震いした。
不定形の泥人形が、段々と輪郭を帯びていく。
形取られたのは俺たちもよく見知った顔だった。
それは白髭の似合う老紳士。燕尾服にモノクル眼鏡、白髪混じりの短髪を綺麗に後方へ流した老執事──
「改めまして、自己紹介をば。あっしの名前はアマノジャク。お天道様に嫌われた、邪悪な鬼の成れの果て。『変幻自在』のアマノジャクでごぜぇます」
──ヒツジ・テンテン。の姿を纏った泥人形。
アマノジャクは優しげな目元を歪めて言葉を続ける。あの老紳士の顔を借りてこんなに邪気に溢れた顔ができるものか。それは紛れもなく魔に属する獣の相貌。
「用事と言っても大したことじゃごぜぇません。このまま魔王領を荒らされても困りますからねぇ。お二人の目的地まで、あっしの『転移』で一っ飛びしませんか」
ぴくり、と俺は眉を顰める。
本物のレドはどうした。要求は本当にそれだけか。聞きたいことは沢山あったが、どうしてもアマノジャクの言い分が気になった。
「……お前のじゃ、ねぇだろ」
未だ座りこけたままに言い返す。
知人の顔で、身体で、その能力を我が物顔で使おうとするアマノジャクにどうしても我慢がならなかった。
キョトンとした顔でアマノジャクは問い返す。
「と、言いやすと?」
「お前のじゃない。それはヒツジさんの力だ。適当を抜かすな」
魔人はへっ、と鼻で笑った。ヘラヘラと首を振って呆れ声をあげる。
「……あー、そう言われましてもね、『転移』を独占しているのはそのヒツジさんとやらの方なんですよ。あっしだって好きでこんな悪趣味なことしやせんって」
それに、とアマノジャクは続けた。ペラペラと良く口の回る男だ。泥人形では性別も分からないが。
俺は黙って聞いていた。どうしようもない怖気を感じる。上手く言語化できないが、目の前の男が胡散臭くてたまらない。
「他人の力を使うのが駄目ってぇと、お二人はどうなんですかい? まさか、許可を得てアマビエを使ってるとでも? 貴方のは『憑依』、でしたっけ」
「……っ」
確かに、浜松も『記憶』を読んで他人の力を真似ることができる。
言われてみれば俺だってメイズの燃える津波をパクっている。
でも、違うじゃないか。魔王軍の幹部がヒツジさんの力を使うのと、俺が友達のメイズをパクるのとは。浜松だって、混乱する記憶と戦っていた。上手く言葉にできないけど、違うのだ。アマノジャクは──薄い。そう、とにかく薄っぺらい。言葉が軽い。
ああ、そうか。俺は気付いた。
俺がこいつに感じているのは、同族嫌悪だ。
言葉を武器に、他人を借りて。
どこまで行っても誰かの代わりにしかなれない半端者。
どんな暴論も論には違いない。俺は言い返せなかった。この俺が、こんな詭弁に言い含められた。
横槍を入れて速攻で撃沈した俺を傍目に、浜松がアマノジャクの要求を再確認する。
「私たちの目的地──というと、まさかノースロードに?」
「はい。ノースロード・ビルフッド──魔王城までお連れしやしょう」
「……」
俺と浜松は二人で顔を見合わせた。この状況では抵抗することも出来ないが、不可解な点はある。なぜアマノジャクは交渉の形を取っているのか。問答無用で俺たちを殺さないのか。
「そりゃもちろん、お二人に頼みたいことがあるからですよ」
俺たちの葛藤を察したか、すかさずアマノジャクは口を回した。だが──
「どうにもお二人からは魔王様への敵意を感じない。どうか魔王様の──あのお方の、オトモダチになってくれませんか。……人間のお客さんは。本当に久しぶりでしてね」
──その言葉は、さっきまでの軽々しい言葉とは一風違っていて。
本当に、心の底からの願いのように聞こえて。
俺は、羨ましい、と思った。




