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41 饒舌な浜松

 相変わらず、ガチ戦闘になると俺の出番はほとんど無かった。


 俺がしてたことっていうと、部屋の隅でうずくまってコンコン鳴いてたくらいだ。コンコーン。私は狐。妖しい狐ですわよってな。


 『祝福』は魔力を使わない。それは坂や浜松、岩永達を見ていても分かるだろう。


 俺の統一言語も同様だ。それに伴う『憑依』も、憑依自体に魔力を使う事はない。大魔法使いマツヤマになったり小鬼になったりするのにリソースは使わないってことだな。


 でも、それで現実を無理に改変しようとすると──それは魔法の領分となり、魔力を使う。


 塩梅が良く分かんないよな。俺も良く分かってねぇよ。


 つまりだ。


 俺が『役職』を羽織る時には、リソースを支払わなければならないということだ。ハンターで発砲した時も命を燃やしたではないか。


 『妖狐』。正体を看破されない限り、狼の襲撃に殺されない生き物。


 槍と剣と魔法の雨の中、俺の魔力は着々と削られていった。不幸中の幸いなのは、『妖狐』の消費魔力がそこまで大きくないこと。


 それでいうと、ポンズを妖狐にした時はどっと疲れた。俺自身に適用するか、他者に適用するかでもまた変わってくるらしい。


 それともアマビコの『天雨(あまもり)』の攻撃対象が俺ではないからか。今当たっているのは全て流れ弾だ。(おおかみ)味方(しみん)が殴り合うのを我関せずと眺める(きつね)。ロールプレイにしては出来過ぎな状況が、消費魔力の少なさに繋がっている……?


 そんなことを考えていると、浜松が何やら苦しみ始める。アマビコの攻撃によるものではない。自分の内からくる衝動を抑えようとして──やがて決壊する。


「ごめんなさい」


 謝罪の言葉は次から次へと溢れ出した。止まらない悔恨の念を、今は亡き誰かに伝えている。


「はまま──いや」


 俺は声を掛けようとして、やめた。


 これは禊だ。浜松自らが進んで浴びている滝行。


 洗い流せるかどうかは彼女次第。やはり、俺の出番は無かったということだろう。


 そこからの流れは知っての通りだ。


 浜松神奈は乗り越えた。過去を、記憶を、未来を。


 俺は最後の手伝いをしたに過ぎない。役目とか出番とかの話をするのなら、獣退治は『罠師』の仕事だった。





「ん、うぅ……」


 森林都市ロクハンド。ここはシェンヒル城だったか。まあ名前なんてどうでもいいか。


 その大広間で、傍に寝そべっていた浜松が目を覚ます。俺は手持ち無沙汰に壁にもたれかかりながら、視線だけを向けた。


「起きたか」


「……ここは──ナインステイツ……チェイネン? 後方陣地、でもなくて、まさかビルフッド──?」


「何言ってるんだよ。ここはロクハンドの城ん中だ」


 浜松はしばらく呆然と四つん這いになっていたが、やがて仰向けに寝転がった。


「……ああ。そう、そうでした。もうしばらく、休ませてください……少し整理しますので」


「別に良いさ。今回の功労者はお前だ」


 言葉通り、浜松は目を瞑る。警戒心の欠片もないな。付き合いが長いとはいえ、俺も男だってことを忘れてないか?


 浜松神奈は結構な美少女だ。いつも東野の隣にいるから目立たないだけで。親が西洋の出身なのだったか、金髪碧眼のクールビューティ。東野の隣に立って絵になるのはこいつくらいだろう。


 それに、岩永みたくぺったんこじゃないし。


「……」


「……な、なんだよ」


 俺の邪な視線がバレたのか、一度は閉じた瞼の裏から浜松は半目を向けてくる。


 内心ドキドキの俺に、彼女は苦虫を噛み潰したような声で言った。


「……名前を、読んでくれませんか。お前、ではなく」


 なんだこいつ、誘ってんのか? 違う意味でドキドキしちゃうだろ。


 岩永もそうだが、こいつらは自分が可愛いことに気付いていない。いや、浜松に比べれば岩永はまだマシだ。散々チヤホヤされてるからな。こいつはダメだ。いっつも仏頂面だから近寄りがたくて、高嶺の花みたいになってるんだ。だからこうやって、無意識に他人の理性を揺さぶって──


「違いますよ。全然全く、違いますから。ええ、ええ。わかりました一から説明しますとも。今少し記憶が混乱しているんです私の祝福『読心者』で坂やケンケン、アマビエの記憶を引き出したばっかりでしてねそれで剣と魔法を振り回してたんですよそれで、私たちは先の戦いを生き残れたんでしょう?」


 ──よかった、ふしだらな自覚はあったらしい。


 浜松は顔を朱色に染めて早口で弁明した。いいよ、もうわかったって。お前が東野に一途なことくらい、ずっと前から知ってるよ。


「……それで。今、頭の中で記憶を選り分けているんです。フォルダを作って、取捨選択して。私が浜松神奈でいられるように。元の私を思い出すために」


 だから、と浜松は咳払いして続けた。


「私に、『理解』させてくれませんか。私は、坂伊坂や東野京でも、ケンケンでもアマビエでもなく──浜松神奈なんだって」


 浜松の言葉はほとんど意味不明だった。記憶を継承する──そいつらに自我を乗っ取られかけている? 俺ならそんなことにはならない。バドズィナミア・オムニに成り変わったとてすぐに戻ってこられた。


 だが、俺は理解の早さには自信がある。分からなければ知ったかぶるからだ。取り繕うことにかけて俺の右に出る者はいない。


 それに与えられた役目をこなすのも嫌いじゃない。だから。


「『浜松神奈』」


「……もっと、話しかけるみたいに」


「お疲れ様、浜松」


「……」


「浜松。浜松のおかげだ。良くやった。浜松神奈。俺のクラスメイト。幼馴染? 顔馴染みかな。東野と二人、俺の友達。神奈。浜松。いつも無表情で、斜に構えてて、現実主義で刹那的な浜松神奈。神奈。神奈。浜松神奈」


「……もう、いい。大丈夫です、まつや」


「照れるなよ。可愛いな、神奈は。何だかんだで友達思いな神奈。可愛いよ、浜松」


「やめろ、京くんの声で──混乱する……黙れ、黙ってください……その口を閉じろ!」


 まずい、楽しくなってきた。


「神奈。浜松。お前らはもっと自分が可愛いって自覚しろ。隙を見せるな。おい、そんなふうに睨んでもダメだぞ浜松。どうやっても愛らしくしかならないんだからな。浜松。おい、浜松。聞いてるのか? 浜松、浜松〜?」


「……隙を……見せてしまった、よりにもよってこんな男に……っ」


「いじけるなよ。浜松は可愛いなあ」


「……」


 ついに浜松はそっぽを向いて押し黙ってしまった。


 俺は小一時間ほど──やがて穏やかな寝息が聞こえるまで、浜松を褒め称え続けた。こいつが耳を真っ赤にして恥ずかしがるなんて滅多にないからな。





 アマビコを下した今、この都市に脅威はないだろう。


 というのも、エルフ連中があまり好戦的では無かったのだ。


「あー、えー? やっぱりアマビコ、死んじゃったのぉ?」


 浜松と一緒に果物屋に戻ると、気だるげな店主はあっさりと、どうでも良さそうにそう言った。


 ただし──何故か、随分と縮んでいる。これでは幼女だ。美形に長耳が据え置きなのは、流石エルフと言うべきか。


「……随分小さくなってまあ……俺のこと覚えてる?」


「覚えてるよぉ。ニンゲンじゃないさんでしょ? あたし、ツヴァイ。見かけなんかどうとでもなるのが、精霊だからねぇ」


 垂れ目の幼女エルフ──ツヴァイは端正な口元を吊り上げてケラケラ笑った。


「ツヴァイって言うと、アインとかドライとかもいるのかな」


「……? なんで知ってるの? お兄さん、変なの」


 ちょんちょんと浜松が俺の右裾を引っ張る。そうだ、ここへ来たのは世間話をするためではない。


 かと言って戦いに来たわけでもない。エルフ相手には『統一言語』が機能する。食材を買いに来たのだ。


 でも、言葉が通じるなら会話したい。俺はお喋りなんだ。適当に戸棚を眺めながら俺は問うた。


「怒ったりしてない? 俺たち、君らのボスを倒したんだぜ」


 愚かなる人間、相手の見た目が幼くなるだけで丁寧に話してしまう。いざとなったら『洗脳』する心づもりなのに。


 ツヴァイは遥か昔を思い出すかのように、遠い目をして言った。


「……んー、別に? でも、どうやって倒したのかは気になるなぁ。あいつ、あたしら精霊を『鎖』で縛ってるでしょ? 微精霊も合わせれば、ざっと精霊五百匹分は魔力を持ってたと思うんだけど」


「えっ」


「あたしらエルフ──ツヴァイも、ドライも、あいつの実験の成果物。精霊を無理やり捏ねくり回してさ、まあ別に、どうでもいいんだけどね〜」


 俺と浜松は二人で顔を見合わせて、何も聞かなかったことにした。過ぎたこと──乗り越えた敵を恐れていても仕方がない。


 よくよく見れば、ツヴァイは前に会った時より随分饒舌だし、上機嫌に見えた。『鎖』とやらがなくなったからか?


 この世界における強さってのは、歪だ。


 剣一本で怪獣バトルをするやつもいるし、魔法も魔力も万能で。時魔法とかチートが過ぎる。


 だが、その中でも最も異質なのが俺たちの『祝福』だろう。


 『魅了の魔眼』は魔王軍幹部のガシャドクロにも効いた。『読心者』のトリガーは触れるだけ。高松香河の『バリア』や『転移』も無法だし、『統一言語』は未だ未知数。


 何より、これらは魔力という万能のリソースを使用しない。


 なんか、俺らって純粋フィジカル強者をギミックキャラで攻略している感じがあるんだよな。


 ギミックキャラってのはあれだ。初見殺しとも言う。先に雑魚を倒さないと本体に攻撃が通らなかったり、ワンパンするとHP1で耐えて大ダメージ与えてきたりするやつのことね。


「……どうやって勝ったんだよ」


 結局気になって、俺も浜松に尋ねてしまった。浜松はどうせ理解出来ないんでしょみたいな顔をして答えた。


「アマビエの『今は亡き貴方に追悼を(リトル・ボーイ)』は、対象の魔力を燃料に燃え続ける消えない炎です。当たったそばから塵になっていましたから、それだけ火力──燃料が多かったのでしょう」


 実際意味が分からなかった。俺は魔法を記憶から再現することができる──が、見た目はただの弾丸(ひかり)が何故そんな効果を持つ? 燃える津波をリマインドするのとは訳が違う。


 頭上にハテナマークを浮かべる俺に浜松は胡乱げな目を向けて言った。


「私に言わせれば、貴方の『罠師』の方がよっぽど不可解ですよ。アマビエも摂理に反してると言ってます」


「それは……あれだよ。罠師だから。摂理ってなんだよ。お前は天照使えるんだから良いだろ。写輪眼も無しによ」


「アマビエは『水』を媒体に物質を象っているだけです。制限もありますし……『追悼の意を込めて(ニュークリア・ロウ)』はチェイネンでしか使えませんし、一度水を経由する関係上発動に僅かにラグがある。未熟な私でも凌げたくらいにはね。典型的な後方支援型、戦士には勝てない魔法使いですよ。アマビコが無防備に当たってくれたのは、アマビエの気配に動揺したからです」


「……お、おう。政治か? そんな早口に自分(持ちキャラ)をネガるなよ。この世界に上方修正(アプデ)はないぞ」


「……?」


 小首を傾げて訝しがるな。あざといな。


 なんだか、目覚めてからの浜松は自我が強くなった気がする。こんなに自己主張する奴じゃなかったと思うんだけど。


 記憶が云々っていうのは、デリケートな問題過ぎて触れて良いのか分からない。どこに地雷があるかも知れないし。


 長年見知った人格が書き換えられた──と言ってしまうと悲しくもあるが、本人が平気そうだし、まあ良いか。こっちの方が揶揄い甲斐もあるしな。


 適当に見繕った食材を纏めてカウンターまで持っていくと、ツヴァイは気怠げに対応してくれた。


「お代はこれで足りるか?」


 レドから巻き上げた魔王領の通貨だ。主な取引は物々交換だと言うが、貨幣の概念も生きている。


 ツヴァイはぺろりと下唇を舐めた。


「……ん〜、足りない足りない、全然足りないよぉ。精霊に対価を払うんなら──それは魔力であるべきでしょお?」


「魔力……っていうと?」


「そのまんまだよぉ。も、もうアマビコは死んだんだよね? ね? じ、じゃあ、ここに手を置いてくれたら勝手に吸うよぉ……」


 ぽん、とツヴァイはカウンターの上に手のひらを置いた。


 そういうものかと従おうとした俺の右腕を、浜松が引き止めた。


「待って。松山、その手を取ったら生命力を吸い尽くされて殺されますよ」


「えっ」


 ぎくり、とツヴァイの肩が跳ねる。


「そ、そんなことしないよぉ」


「あなた……長耳族──それと邪木精霊(ドライアド)との混合種ですね? ここは果物屋を装った狩場、ですか。まさか、これらの果物も偽物で」


「違う違う、違うよぉ! 本物、本物だから。なんだよ、ちょっとイタズラしただけでしょぉ……」


 あわや戦闘になるかと思ったが、ツヴァイは渋々と通貨を受け取って、それ以上何も言わなかった。浜松が剣呑に並んでいたからだ。正面から戦ったら勝てないのだろうか? それとも正体を看破されたから?


 帰り際、邪木精霊の口惜しげな声が背後に聞こえた。


「また来てね、美味しそうなお兄さん」


「……」


 お、美味しそう……


「あんまり、『人間に意地悪しちゃだめだよ』」


「えぇ〜……」


 念のため、念のためだ。俺は彼女にそう言い含めた。純粋な彼ら彼女ら精霊は、疑うことを知らない。故に統一言語の通りが良い。アマビコくらい屈折してたら微妙だけどな。


 帰り際、浜松がポツリと言った。


「さっさとレドとピー助を回収しますか。……この感じだと、どれだけボラれているか分かりません」


 数十分後、俺たちは宿屋で干からびたレドを発見するのだった。


 次の目的地はブルーフォレスト。また厄介な『結界』とやらがあるのなら、そこでも四王とやらに出会うのだろうか。

一口人狼用語解説:饒舌な○○

 お喋りでお茶目な役職。毎日決まったお題または単語を与えられ、一度はそれについて触れなければならない。役職が透けやすくなるので上級者向け。饒舌な狩人、饒舌な人狼など。

 今の浜松さんは魔法のことになると早口になるよ。なんでだろうね。可愛いね。

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