40 浜松神奈≒アマビエ
聖剣パラケルスス。それが浜松の持つ剣の銘だ。最南の国ナインステイツの国宝。坂伊坂が受け取りを拒否したため、剣術において次席であった浜松が受け取ることになった。
なぜ拒否したかと聞くと、坂曰く、『腕が鈍る』からだとか。
聖剣や魔剣は意思を持つ。中には担い手を食い潰すモノもあると言う。パラケルススもその例に漏れず、何らかの『意識』を内包していることは握ればすぐにわかった。
だが、浜松はパラケルススに嫌な思いはしなかった。
特性は『精霊喰らい』。魔力や精霊などの目に見えないモノを斬るに特化した、名剣にしては地味でありきたりな能力だ。普通に扱う分には、よく切れる包丁と変わらない。
『頭の中で念じれば手元に現れる』という、聖剣としての標準機能の方がよっぽど便利だった。
「……シッ!」
だが、この場に於いては何より頼りになる相棒だった。アマビコの放つ得体の知れない攻撃を、剣の一振りで中和する。
アマビエもそうだったが、つくづく浜松は精霊に縁がある──いや、浜松ではないか。きっとパラケルススがそういう星の元に生まれているのだ。
アマビコが五指を振るうと、空間が歪む。歪むとは言っても目に見えない攻撃には違いなかったが、浜松には何故か鮮明にその軌跡が見える。パラケルススの力だ。
アマビコはちっ、と舌打ちをした。
「……ぼ、僕の魔法を、全て反対属性で打ち消している……? いや、中和か──こ、これだから聖剣は。神の模造品め。オ、原型である僕ら精霊に敵わないからって、ひ卑劣な手段で追い縋る」
「……投降を。ジリ貧ですよ。いつかあなたの魔力が先に切れる。魔法使いは戦士には勝てません」
浜松の言葉にアマビコは笑った。滑稽な冗談を聞いたみたいに。
「ハ、ハハ。ヒトの常識をふ、振り翳すな。ここをどこだと思っている?」
ちっ、と今度舌打ちをするのは浜松だった。
浜松がアマビエに勝てたのは、あそこが『戦士の国』チェイネンで、『精霊喰らい』パラケルススを持っていて、『狂水』メイル・シュトロームが足止めしているところを不意打ちでと、好条件が揃いに揃ったからだ。
ここは魔王領、森林都市ロクハンド。パラケルススは有効だが、同伴者は頼りにならない松山愛人。
あの男、いつのまにかすごい後ろにいる。戦闘を完全に任せるつもりだ。頼りないにも程がある。
「……開け」
手間取る浜松の前で、アマビエは悠々と両手を広げた。
彼の背後に現れるは無数の小さな『門』。その奥から出てくるのは鎖やら槍などの目視できる武器もあれば、目に見えない魔力の塊もあった。
その数、数百は下らない。ぞっと背筋が凍った。
「今、ど、どれだけ針の穴を通して回避している? 君にこの弾幕の中を詰められるのか? ぼ、僕の魔力が尽きるか、君が被弾するか。どっちが早いかな」
魔法使いの実力は環境に大きく左右される。いや、魔法使いに限らない。それは戦士も同様だ。
大群に大群をぶつける『戦争』という形態は、条件を平等にするという意味でも効果的なのだ。だからこそ千日手に陥っているとも言えるが。そういう理由でケンケン一人で突撃して相手を蹂躙するなどができないのだから。
ともかく、自分の領域であれば規格外も常識はずれも何でもござれ。魔法使いとは万能の強者の代名詞である。
「つ、貫け、天雨」
宣言と共に。
数百の門から、数千の致死が噴き出した。
鎖が、槍が、剣が魔法が迫り来る。思わず足が竦む。数瞬後の『死』を克明に脳裏に描くことができる弾幕。
「……やるしか、なさそうですね……っ」
禁じ手。奥の手。あるにはある。ただ、こんなところで切るつもりはなかった手札。
温存、という意味ではなく、心情的な部分で切りたくなかった鬼札。
それでも浜松は一瞬で覚悟を決めた。即断即決、自然体で最適解。それが彼女の生き様なれば。
浜松は咄嗟にアマビコの顔を凝視した。ギョロリと目を見開いて、『読心者』でアマビコの表情、目線、呼吸から狙いを見極める。
ニヤついた笑み。その奥に隠している憤怒と憎悪。邪悪に殺意を振りまく指先に、精霊の格を感じる無尽蔵の魔力。
同時にパラケルススに魔力を通す。パラケルススは魔力を斬る聖剣だ。握り手から、どうすれば効率良くこの魔力の雨を斬り伏せられるかが伝わってくる。
一太刀目。下から切り上げ槍を弾く。そのまま前方に剣を投げる。飛び行く聖剣は前方の魔法を打ち払い、ほんの小さな『安全地帯』を作り出す。
「剣よ」
念じると共に浜松の手元に聖剣が帰ってくる。
二太刀目。細かに足を動かして『安全』な場所を探しながら、切り上げ振りかぶった姿勢をそのまま大上段に振り下ろし鎖を断ち斬る。そのまま前方に剣を投げる。
またしても剣が作り出した安置に紙一重で身体を滑り込ませた。
「剣よ」
念じると共に浜松の手元に聖剣が帰ってくる。
三太刀目。身を屈めながら斜め上に切り上げ魔法を斬り払う。手首を返して前方に剣を投げる。
「剣よ」
念じると共に浜松の手元に聖剣が帰ってくる。
アマビコの表情を見て確信した。これはいわゆる自動追尾──オート操作の詰み弾幕。武器類は途中で軌道が変わったりもしないから、気をつけるべきは魔法弾。
マニュアル操作はない。断言できる。これは『発動した時点で現象が確定している魔法』だ。
「剣よ」
であれば、浜松がするべきは自分に被弾する可能性のある魔法弾のみ防ぎ、武器類は身のこなしで躱すこと。致命傷でなければ良い。肌を撫でるくらいならば無視だ。
「剣よ」
とはいえ、浜松はもともとこんなに剣を扱えない。ならば何故今生きているのか。
坂の記憶を読んだからだ。ケンケンの記憶を貰ったからだ。
『読心者』。触れることで記憶を継承する──それは人格を譲り受けるに等しい苦行だった。ともすれば、浜松本来の自己同一性が歪んでしまいかねないほどの。
「剣、よ」
だから、浜松は時折『思い出さなければ』いけなかった。本来の自分を見失わないように。松山とジャンケンをしたり、一人で何も考えずぼーっとしてみたり。
意図的に他者の記憶を封じてもいた。怖かったからだ。自分が自分でなくなるのが。アマビエの記憶だって、必要以上は探れなかった。心の奥深いところに仕舞い込んで目を背けようとしていた。
「剣」
その制限を今、解き放つ。
今の浜松は、坂であり、ケンケンであり、東野であり、アマビエだった。
これが浜松神奈の奥の手。
今まで読み取った記憶を全てごちゃ混ぜに咀嚼して、その経験を絞り出す。
恐怖を押し殺して剣士どもに『触れた』のは、こういう時のためだっただろうと言い聞かせて。
「剣、剣、けんよ」
もともと自我が希薄だったのが良くなかったのかも知れない。
例えば松山みたく自己中心的で簡単に他人に成り代わって──それでも元の自分を忘れないような、強靭な自我を持っていたら、他人の記憶に呑まれるなんてなかったのかも知れない。
それとも、他人の顔色ばかり窺って、自分を知ろうとしなかったからこんな祝福を授かったのかも知れない。
「剣、ケン、剣剣剣剣剣」
多分、一番最初に変化したのはアマビエの記憶を貰った時だ。
あの時──光の粒子になって消える精霊を見届ける間際、何故か、彼女を看取るのが自分の役目だと思った。
自我を失ってまで全てを他人に捧げてしまった彼女のことを、知りたいと思った。
その時までは、浜松神奈は浜松神奈でいられた。疑うことなく自分の人生を謳歌していた。流されるままに生きていた。楽しい時も悲しい時もあるが、そこそこ幸せに。
「剣、剣けんケン──」
浜松の意識を、まず坂伊坂の剣気が飲み込もうとする。あの男、自我が強すぎる。彼の感情が、試練が、脳裏に走馬灯のように色鮮やかに描かれる。それに自分が強くなることしか考えていない。どこまでも自己中な、それ故に揺るがない強烈な記憶。
「ケンケン──」
次に酷かったのはケンケンだ。のほほんとした顔の裏に、とんでもない地獄を孕んでいた。ドワーフの被検体。悍ましい研究の被造物──人造人間。その苦悩、苦痛の記憶が無限にも思える一瞬の後に浜松に襲いかかる。
「剣、剣、け──京、くん」
東野京の記憶は、どうしようもなく擦り切れていた。それを有り難がることなんてできない。例えそれで今助かっていたとしても──それは浜松の自我を飲み込もうとするほど強くなかった──親友として、東野の窮地を喜べない。
「ああ──あまびえ」
その全てを呑み込んで、浜松はアマビエに辿り着く。
目を背けていたモノに心を開く。
「……あ」
ようやっと、貴方のことを理解できる。
あなたのことを理解してしまう。
「……ああ……っ」
槍の雨も鎖の礫も、ここでは些事に過ぎません。私は既にケンケンを呑み込んでいる。彼の記憶は反射となって、私の身体を動かしてくれている。
魔法はパラケルススが何とかしてくれるでしょう。攻め時は坂が教えてくれます。京くんの記憶は──ここに女神リストレイアは居ませんからね。役立たずだと責めないでください。
「ごめんなさい」
達人の剣捌きで弾幕を凌ぎながら、つー、と涙が頬を伝う。
今すぐにでも死んでしまいたい衝動に駆られているのに、身体が剣を振るのを止めてくれない。首から上と身体とが切り離されたみたいな感覚。
口から漏れるのは嗚咽と謝罪。頬を伝うのは血涙と悔恨。
「ごめんなさいごめんなさいごめんさいごめんなさいすみませんでしたもうしわけないゆるさないでくださいわたしがわるかったですなぐさめないでやめてくださいうけいれないでくださいわたしがわたしがぼくがおれがあなたが──悪かったのですから」
ぐちゃぐちゃになった記憶では、癇癪を起こした子供のように吹きこぼれる感情を抑えられない。
これが、浜松神奈が『奥の手』を使いたくなかった理由。
ああ、アマビエ。どうか私を許さないでください。知っています。理解しています。今日まで貴方を避けていたのは──貴方を殺したことを悔いていたからだ。
何もなかった私が、何も持っていなかった私が、何も考えずに大義ある貴方を死なせたことを。
口では貴方を理解したいなどと言っていながら、心の奥底では貴方を咀嚼し切ることを恐れていた。
何故貴方が魔王に付き従っていたのか。私にはそれを知る義務があったのに。命を奪うだけに飽き足らず、記憶の奥底まで貪った私には。
こんな時に言うのも何ですが、やはり貴方と私は似ています。私の直感は間違っていなかった。
希薄な自我で漂うばかりの人生に、急に光が差したのですよね。
精霊とは生来そういう存在です。意思を持たず、記憶を要せず、暗闇を彷徨う力の塊。
そこに先導者が──魔王様が現れて、自らを必要としてくれるんです。考える頭も授けてくれた。これで心酔しないわけがありませんね。
私が東野を慕い、貴方を求めたように。
道半ば倒れた貴方の代わりに、私が貴方の望みを叶えましょう。
いいえ、貴方は倒れる必要があったから自ら死地に飛び込んだ。それが魔王様の為になると信じて。
全く、北道会長も罪な女だ。
絶対に幸せになっていただかなければ。
だから、こんなところで死ぬ訳にはいきませんよね。力を貸してくれますか。なんて。
そんな事を言う権利など、私にあるはずもないのに──
「……ぐちゃぐちゃな、思考。許しを乞うたその口で、力を貸せと囁くの?」
──口から私のものではない声が漏れました。
その通り、私の情緒はぐちゃぐちゃでした。どういう思考回路を辿ったのか、自分自身でも全く理解できません。
確かにあるのはアマビエに対する贖罪の意識。目鼻と耳と、全身で感じるのは現実の脅威──アマビコの天雨。槍と剣と魔法の嵐。
その二つが混ざり合って、突飛にしては納得しやすい結論に落ち着いていました。
いつの間にか記憶の混濁もだいぶマシになっています。ここにいるのは私とアマビエのただ二人。男どもは他人の身体を勝手に使って、剣を振るのに集中している。
「……本当に、魔王様を……?」
果たして私の口は、アマビエの声で、消え入りそうな願いの言葉を紡ぎました。
その問いには簡単に応えることができます。私は即答しました。
「……ええ。彼女は──友人ですから」
力強く心臓が脈打つのが分かりました。それは紛れもなくアマビエの安堵の証で。
「……良かった。あの人、傍についていないと、不安だった、から。私がいなくて、ご飯とか、ちゃんと食べてるのかなって──」
魔力を蓄えていて良かった。鼓動の高まりに心の底からそう思います。精霊の感覚でバンバン魔法を使われては、私の身体が持ちませんから。
『私』は前方──呆けたような表情のアマビコを睨みました。
「──それに、あいつ、前から嫌い、だったし」
アマビコは明らかに動揺していました。声か、振る舞いか。もしかしたら精霊には魂の形が見えるのかも。私が記憶を解放したことに気付いている。
「……その、声は──」
「……『今は亡き貴方に追悼を』」
アマビコの言葉を待たずに、私は極小の致死の弾丸を放ちます。
それは浜松神奈からアマビエへの鎮魂歌。
それはアマビエから浜松神奈への哀悼歌。
さようなら。昨日までの、暖かな微睡みの中でぬるま湯に浸る私。手の届く範囲に指先を向ける幸せな過去。
こんにちは。使命に駆られる茨道の私。叶わない願いに囚われた主人を掲げる、約束された敗北の未来。
「──ま、待ってくれ、アマビエ、僕は」
浜松の指先に灯ったのは小さな、本当に小さな光だった。
剣と槍の雨の中、静寂が大広間を支配する。まるでその光の出現が合図だったかのように。
実際は逆で、ケンケンの剣技で防いだ隙を、坂の助言を聞いたアマビエが逃さなかったのだろう。それを浜松は、記憶という鏡の向こう側から俯瞰して見ていた。
光の正体は、極小まで圧縮された水の塊だ。水は万物の母の象徴。魔力の次に万能の不定形。故に水精霊はこの世全ての物体を作り出すことができた。なんてでたらめ。科学も文明も否定する精霊の神秘。
凄まじい圧力にプラズマを以て反発する弾丸は、瞬きの間にアマビコに着弾する。
「……ぁえ?」
それはアマビコの胸に拳大の風穴を開け、それでも止まらずに背後の壁も貫通した。
風穴の断面図は黒く悍ましい影。影はじわじわと侵食し、着弾者を塵へと変えていく。
アマビエの破壊のイメージと、浜松の記憶の中の原爆──放射能のイメージとが混ざり合い、それは触れるもの皆を塵となす消えぬ炎を作り出した。
余りにも呆気ない幕切れだった。アマビコの魔力が止まったからか、永遠にも思えた天雨の気配も消えてなくなっていた。
同時に浜松の身体から力が抜ける。魔力切れだ。記憶はともかく、あくまで身体は浜松神奈のもの。急に魔力が増えたりはしない。
貧相な、身体。大丈夫かぁ、神奈? 無理しないでね。神奈なら、僕のような醜態は晒さないだろう?
肉体の疲労と共に、割れるような頭痛が浜松を襲う。記憶が濁流のように溢れ出す。脳が悲鳴を上げている。
解放の反動だ。こうなることは分かっていた。他者の記憶を無制限で受け入れるという事は自殺と同義の暴行である。
ここから『現実』に戻ってこられるかどうかは、浜松神奈の自我次第。
頭痛に蹲りながら、それでも浜松には耐えられるだろうという確信があった。
浜松にはアマビエがいる。
真の意味で運命共同体となった共犯者が、浜松が記憶に押し潰されることを許さない。
「……ぁま、びえ……」
ふと、聞こえてはいけない声が届いた。
「……え?」
ゆらりと伸びる影が、蹲る浜松を覆う。
力尽きた浜松は顔を上げる事すら出来なかった。それでも分かるのは、自分がしくじったということ。仕留めきれなかった。あと一歩足りなかった。
見なければいけない。今の浜松は最後の瞬間まで生きることを諦めてはいけなかった。『読心者』を使わなければ。
決死の力を振り絞って仰向けに転がると、見えた影の主は、人の形をしていなかった。
おそらく、塵と化す寸前に頭部だけ切り離したのだろう。
その頭部から、無数の触手が生えて地面に立っている。精霊本来の姿──アマビエもそうだったではないか。自我を失い、本能のままに暴走する獣──
「あま、びえ。あまびえあまびえアマビエアマビエアマビエアマビエアマビエあまびえあまびえ──!!!」
「……ぁ」
──詰んだ。高揚から一転、浜松は絶望の淵に立たされたことを理解した。獣相手に、浜松の『読心者』はほとんど意味をなさない。交渉の余地もない。
そして、狂人の妄執は明確に浜松を求めている。
どうしても身体に力の入らない今の浜松では、迫る無数の触手を避ける術はない──
「『罠師』って知ってるか?」
○
──バチンッ、と浜松に触れようとした触手が弾かれた。
頭だけになったアマビコが、怪訝そうに首を傾げた。ぬらぬらと揺蕩う弾かれた触手を眼前に持っていく。
触手は、浜松に触れようとした部分だけが綺麗に焼け焦げていた。
「新しくも何ともない二番煎じの焼き直し。まじで蛇足で申し訳ねぇけどさ」
場違いに能天気な声にちらと視線を上に向けると──浜松は今仰向けに寝転がっている──壁に背をもたげる松山愛人が、猟銃を構えていた。
「『罠師』っていうのは、罠を仕掛けて悪者を狩るんだ。今の浜松に攻撃すると痛い目見るぜ」
わざわざ説明するのは、能力の発動条件か何かか。
浜松の直感は多分、正しい。『統一言語』だ。そういうモノだと『理解』させようとしている。そうすれば効力が強まるから。
もはや本能に支配されたアマビコは、松山の言葉を無視した。今のアマビコの目には浜松──アマビエしか映っていない。なりふり構わず触手を伸ばそうとする。
松山は予想通りとばかりに笑った。
「はは。つっても、聞かねぇよな。俺の『祝福』は獣相手には滅相強いんだ。『説得』が楽で助かるぜ」
その度に松山の猟銃が火を吹いた。
まるで熟練の狩人の仕業かのように、松山の猟銃は狙い違わずアマビコの触手に命中する。
しかも、引き金を引いている様子はない。浜松に近付いた触手に自動で発砲しているようだった。
一本、二本、また一本と、瞬く間にアマビコの触手が焼き払われていく。
「あま……びえ……ああ、僕の、アマビ」
数百はあった無数の触手は、瞬く間に塵と化した。それでもアマビコは止まらない。最後は頭だけになってまで縋ろうとしたが──猟銃の火花は容赦なく彼を消し炭とした。
可哀想とは、思わなかった。ようやっと終わったのだという実感だけがあった。
アマビコの妄執はおそらく、浜松やアマビエの崇拝となんら変わらない。浜松が東野を求めたように、アマビエが魔王を求めたように。アマビコもまた、アマビエに心酔していたのだろう。
ただ、その方法が方法だったために、アマビエの記憶を持つ浜松は、アマビコの死に何の感慨も持ち得ない。
安堵と同時に浜松の視界が暗転していく。疲労の限界だった。全身は過剰な剣技に筋繊維を断ち切られ、魔力ももう残っていない。
随分遠くにいるはずの松山の呟きが、やけに鮮明に聞こえた。
「……俺が気絶しないでこっち側ってのも珍しいな。お疲れ様、浜松」
その声は、心の奥底に染み渡るように浜松に『理解』をもたらした。
ああ。癪に障る。気分が悪い。けれど紛れもなく彼のおかげで──次に目を覚ました時、きっと私は浜松でいられるだろう。




