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4 犯人は、名乗りをあげなさい

 そして、シャンデリアが落下する。


 ガラガラガッシャーン! と、爆音と共に土煙が舞い散った。


 ざわざわと会場がどよめき始める。


「なんだ、何が起きた……?」

「シャンデリアだ! シャンデリアが落ちた!」

「怪我人はいないか? おい、至急救護を呼べ!」


 ──何か柔らかいものに、頭が埋まっている。


 意識は、ある。身体に痛みは──あるが、軽傷だ。シャンデリアの墜落で破片が飛んで、背中に浅い切り傷がある。


 だが、床に倒れ込んだにしては柔らかすぎる。一体これはなんだ? まるでマシュマロのような──


「……どいて、もらえる……?」


 ──ハッ。これ、三枝の胸だ。大して大きくもないこいつの乳房に、俺は顔を埋めている。


「あっ、ああ、すまん」


「……ん。助けて、くれたんでしょ。ありがとう……だから、どいて……」


 俺はサッと立ち上がって胸を張った。


「おう。俺は大魔法使いマツヤマだからな。怪我はないか?」


「……あ、今回はそういう感じなんだ……」


 呆れる三枝に手を貸して立ち上がらせた。


「何事です!」


 遠くからレジーナ王女が近づいてくるのが見えた。危険です! と咎める声も待たずに土煙の中をずんずん進んでくる。


「……これは」


 俺が何を言おうか迷っていたら、東野もやってきているのに気付いた。東野は視線で『僕が対応しても良いか』と言っている。異論はなかった。俺は首肯した。


 東野も頷いて、近寄ってきたレジーナ王女を睨みつけた。


「……どういうことか、説明していただきたい。これは、ただの事故ですか?」


 レジーナ王女は宮廷魔法使い──グレランを呼んだ。魔法による犯行を怪しんでいるみたいだ。まあ、当然か。『魔力は万能のリソース』だというし。


 あれ、これ、まずくないか。


 グレランは首を横に捻っていた。なんと言おうか迷っているような、気まずいような。


「魔力の痕跡は──そちらの、松山殿のものだけ確認できます。経年劣化とは考えにくいのだが……松山殿、先ほどは何をしたのだね? まだ魔法は教えていなかったはずだが……」


 俺は正直に答えた。


「……咄嗟に足では間に合わないと思い、シャンデリアを止めようとしました。イメージしたのは『風』、ふわっと浮かせるような感じで」


 むむ、とグレランが首を傾げる。


「見様見真似で助けようとした、と。むむ。しかしやはり松山殿以外の魔力の痕跡はない……レジーナ王女。痕跡を残さずにこんな芸当ができるとすれば、余程魔力の扱いに長けた者か──『祝福』によるものかと」


 ピクリ、と、クラスメイトたちが雰囲気をひりつかせた。


 祝福持ち。つまり、俺たちのうちの誰か。


 本来味方であるはずのクラスメイトの中の誰かがシャンデリアを落とした可能性がある。


 それも明らかに三枝一人を狙い撃ちにしたものだ。


 俺の疑いが晴れたと思ったら、今度はとんでもない爆弾を落としていきやがった、グレランとかいう男。


 東野が神妙な顔でグレランに問いかけた。


「……それは、本当ですか。僕らはまだこんな大それたことを出来るほど魔法やら祝福やらに精通していない。それを承知の上で、グレランさんは僕らの中に犯人がいるとお考えで?」


「精通していないとは、そちらの松山殿は魔法を使って見せたではないか」


「……質問に答えてください」


「……もちろん、断言はできない。だが、君たちは我々の希望なのだ。異世界の勇者殿を害するに、我々には動機が欠けているし、君たちには能力が欠けている。正確な調査が必要な案件だと考える」


「待ってください、お二方」


 剣呑な空気を漂わせ始めた二人をレジーナ王女が窘める。


「まだ事故の可能性だってあります。魔王軍による妨害工作かもしれません。今日はこれでお開きにしましょう。ひとまずは松山様と三枝様のお二人が無事でよかった。東野様、我々ナインステイツは事態の究明に全力を尽くすと誓います。それでどうか、矛をお収めください」


 東野は神妙な顔で頷く。


 そのま、レジーナ王女の言葉通りお通夜の様な空気のまま歓迎パーティは終わった。


「……我々ナインステイツは、ね」


 皆が帰り支度を始める中、隣で三枝がぼそりと呟いた。


「……つーちゃん、なんて言った?」


「……別に。ただ、他の国の人たちは、どうするのかと思って。容疑者でもあるし……関わりたくも、ないだろうね……人類の希望殺害未遂事件、だよ……」


 この場にはナインステイツ以外の国の者もいる。主催はナインステイツだ。責任があるのも処罰を下すのもナインステイツだろうが、他の国はどうなるのか。


 犯人は他国にいるのか、ナインステイツにいるのか。


 はたまた本当にクラスメイトか。


 誰が信用できて、誰が怪しいのか。


 異世界召喚の儀式から二日目。三枝ニ殺害未遂事件によって、早々に事態は混迷を極め始めた。





 その日の夜。


 パーティから帰った後、俺たちはまた東野の部屋に集まっていた。


 三枝と俺は、後から会合に参加した。レジーナ王女とグレランに呼び止められていたからだ。


 部屋に入ると、やはり雰囲気は重苦しいものだった。

 当然か。もしかしたらこの中に、三枝を殺そうとしたやつがいる。


 東野が俺たちに気付いた。かなり狼狽しているように見える。


「ああ、帰ったか。二人とも、何を聞かれたんだ? 僕たちにも話をしてくれないか」


 三枝が発言するつもりがないようなので、俺が答えた。


「普通の事情聴取って感じ。俺はシャンデリアに気付いて咄嗟に身体が動いていた……無我夢中で助けようとして、間に合わないと思ったから魔法を使った。考えなしだったからもう魔力はすっからかんだがな」


 東野はううむと唸った。


「『補助技能』の人たちは、今日は魔力制御の基礎を教えてもらったようだね。三枝さんは、何か気付いたことはあるかい」


 名指しされて、渋々といった様子で三枝が口を開く。


「……別に、なにも。私は、気付いたら松山に突き飛ばされていたから……」


「そうだね。ありがとう。ひとまずは二人が無事でよかった。そこは僕もレジーナ王女に賛成かな……」


 東野が考え込むと、誰も喋る者はいなくなった。

 また重苦しい沈黙が訪れる。


 俺たちがくる前、どんな様子だったのか容易に想像できた。お通夜の様な雰囲気をパーティから引き継いでいたのだろう。


 そんな雰囲気を壊したのは、坂伊坂だった。


「松山〜、魔法ってどうやったら使えるんだ? 俺全然できなくてよ〜」


 面白きこともなき世を面白く。


 楽しければ何でも良いじゃん派の彼は、裏を返せば楽しくないことが大嫌いだ。もちろん、こんな空気も。


「あー、グレラン先生は『魔力は万能のリソース』で、『イメージが大事』って言ってたな。頭の中で魔力を操って、それを解き放つんだ」


「それなんだよ。俺たちはもともと魔法がなかった世界から来たんだぜ? そんな非現実的なこと想像できるかってんだよ。松山はどうやってんだ?」


「あっ、確かに」


 坂の言葉に賛同する人間は多くいた。


「私もできない〜」とか

「イメージってなんだよ。ふわっとしすぎだろ!」とか


「俺は──自分を、大魔法使いだと思い込んだよ。大魔法使いマツヤマ様ならできて当然だ! ってね」


「あっ、はいはいいつものやつね」


 と坂。


「頭では理解できるけど……」

「感覚として、やっばり魔法の存在を認められないよね……」

「妄想癖……」

「気持ち悪い」


 なんだよ最後の方。ただの悪口じゃねぇか!


「俺も辛うじて身体強化とかはできる様になったんだけどな。体内の魔力って、いわば筋肉みたいなもんだろ? 自分の身体の一部として。でも外に出して魔法にするってなるとてんで駄目だった」


 坂の言葉で、俺はグレラン先生の言葉を思い出した。


「もともと戦士向きの人間と、魔法使い向きの人間がいるらしいぜ。身体の内側の魔力を操るのに長けているか、外に放出するセンスがあるかどうかで」


「なんだよ、じゃあ俺センスゼロってことかよぉ〜!」


 どっと笑いが起こった。「やーいゼロセンス〜」とか「使えるのは剣だけかぁ?」とか、適当に坂を煽るやつもいる。坂も「うるせぇやい!」と笑っている。

 陽の属性たちのじゃれ合いだ。どちらかといえば陰よりの俺は愛想笑いを浮かべるくらいしかできない。


「いつかはみんな使えるようになると思うよ。松山ができたからね。僕らにも使えるっていう認識が広まれば──いくら非現実的だろうと、現実だと受け止めざるを得なくなる」


 東野が言った。


 パラダイムシフト、という言葉がある。


 その時代に当然と考えられていた物の見方や考え方が劇的に変化することだ。一人のスケート選手が四回転半を飛んだことを境に、続々と同じ境地に立つ選手が増えていくように。


 時に俺たちの認識や常識というのは容易く覆る。


 今はまだ地球の常識を捨てられなくても。魔法の存在を認められなくても。同郷の松山にできたんだから俺たちにもできる、と。


「なによ、それ……」


 ぽつり、と岩永が溢した。


「現実だと、受け止める……? こんなの、悪い夢以外の何物でもないじゃない。いきなり知らないところに連れてこられて、魔法とかよく分かんないこと言ってて、しかもつーちゃんは殺されそうになったのよ……」


「仙ちゃん、その気持ちもわかる。だからこそ僕らは協力して、一刻も早く元の世界に帰ろう」


「協力って! 私たちの中に犯人がいるかもしれないんでしょ!!」


 ぴしゃり、と岩永は叫んだ。窘めていた東野も、返す言葉が見つからないようだった。


「誰がやったのよ! 今すぐに名乗りあげなさい! つーちゃんを狙ったやつなんか私が殺してやるわ!」


「仙ちゃん、落ち着いて」


「これが落ち着ける訳ないじゃない! 京も京よ、あんたは誰が犯人だと思っているの!」


「仙ちゃん、僕は今僕らで犯人を探すべきじゃないと思ってるよ。最悪なのは僕らが仲違いしてしまうことだ。調査はナインステイツに任せよう」


「何よ、ナインステイツ……? 信用できる訳ないじゃない!」


「それならそれで好都合だ。僕ら全員で協力して、ナインステイツと戦えば良い。だが、それも今じゃない。もっとこの世界のことを良く知って、理解して、力をつけた時だ」


「そんなことしなくても!」


 キュイン、と岩永の瞳孔が開く。


 真っ赤な目だ。元はただの黒髪黒目だったのに、彼女の右目は今や真紅に染まっている。


「よすんだ、仙ちゃん!」


「『犯人は、名乗りをあげなさい』」


 キュィィィィン、と。


 吸い込まれるように、彼女の右目から目が離せない。


 ああ、何て美しいのだろう。気の強そうな眦も、大きなおでこも、お下げにされた二つの三つ編みも。


 去勢を張ってはいるけれども内心怖くてたまらないとこも、不安に押しつぶされそうなところも庇護欲を唆る。


 岩永仙。彼女のためならば死んでも良いとさえ思える。


「はっ!」


 だがそれも一瞬のことだった。俺はすぐに正気に戻った。


 俺は周囲を見回した。皆が惚けていた。まだ岩永を羨望の眼差しで見つめている者も少なくない。


 何だ、今のは。


 俺と同じく正気に戻った東野が、ぐったりしている岩永を諭す。


「……仙、ちゃん。いつ、僕が、祝福を使うことを許可したかい」


 岩永は這いつくばってぜいぜい息を吐いていた。ひどく憔悴している。まるで全力疾走を三日間続けた後のような有様だった。


 もう瞳も赤くない。元の黒目だ。


「……はあ、はあ……何で、京の許可が、いるのよ……はあ……これで、この中には、犯人はいないでしょ……」


「『魅了の魔眼』は、まだその効果が薄いはずだ。思い込みの激しい者でなければ、せいぜいが仙ちゃんが絶世の美人に見えるくらいだろう。証言が無かったことはなんの証拠にもならないよ」


 なるほど、『魅了の魔眼』! 岩永の祝福か!


 思い込みの激しい者以外は……? 俺は岩永のために死んでも良いとさえ思ったが。

 気のせいだったのだろう。俺はそんなに思い込みが激しくはない。


「……はあ、これは、脅しよ……私を相手に……はあ、いつまでも、隠し事ができると思わないことね、ってね……」


「……そうだね。ありがとう。僕としては隠しておきたかったけど……やってしまったものは仕方ないしね」


 パンパン、と東野が手を叩いた。


「今日はこれで解散にしよう。みんな、まだ惚けている人には軽い衝撃を与えてくれ。誰も仙ちゃんを責めないように。僕らのためを思ってやってくれたことだ。以後、犯人探しも禁止とする。僕らは協力しなくてはならない」


 それから目つきを鋭くして。


「それから──探さないと言ったけど、一応釘を刺しておく。犯人がいたらすぐに名乗り出るように。仙ちゃんを排除しようとしても無駄だ。彼女は僕が命に代えても守る。君が無事でいられるのは仙ちゃんが祝福を研ぎ澄ますまでの間だ。名乗り出てくれれば話くらいは聞こう」



岩永仙。モチーフは人狼アルテ○メットよりアンナ。

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