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38 森林都市ロクハンド

 随分遠くに見えた都市ロクハンドが間近に迫ってくる。翼竜の移動速度は随分早い。


「……予定を変えて、このまま抜けますか。我々が目指すはノースロード──魔王城のあるビルフッドです」


 この速度で移動できるなら、食料の補充などは必要ない。


 が、浜松の言葉に異を唱えたのはレドだった。彼は怯えながら言った。


「……そ、それぁ……ロクハンドの『結界』はどうスんですかい……?」


「『結界』?」


「飛竜対策にニンゲンどもが張った魔力障壁ですヨぅ……! 解き方がわかんねぇからそのままのハズでやすが……まさか、ご存知ない……?」


 なんだかレドの言葉が聞き取りやすくなっている気がする。『統一言語』のレベルが上がったのか? それともレドと親しくなったからか──そういえば、小鬼のリンも少しずつ流暢になっていった。


 浜松はふむと頷いてロールプレイを続けた。


「……そんなのもありましたね。下等種族はアレを抜けられないのを忘れてました……」


「ひぃっ、か、勘弁してくだしぃ……無理なもんは無理ですよぉ……!」


「迂回は出来ないのか? 結界っつっても、距離に限界はあるだろう」


 レドは少し悩んでから答えてくれた。


「……迂回は──相当、時間がかかると思いやす。もともとはノースロードからニンゲン側に翼竜を入れないためのモノですからねぇ……」


「……どうやったら抜けられる?」


「あっしらは四方にある門を通ってこちらに入りました」


 なるほど。


 時間がかかるなら、食料を補充しなければならない。どの道都市に寄る以外の道はなさそうだった。


 レドの言葉通り、ロクハンドに近付くにつれピー助は高度を落とし、近付くのを嫌がる素振りを見せた。本能で空から向こう側に抜けられないことを分かっているようだ。


 浜松はピー助の背を優しく撫でて、外壁から少し離れた場所に降りるよう指示した。歩いて行くには遠い場所だが、降りたのはきっと作戦会議のためだ。


「ふう」


 久しぶりに地に足をつけて立った気がする。やっぱり地面って良いモノだな。


 俺と浜松はレドとピー助を置いて、二人で向かい合った。


「……どうします?」


 だいぶ予定が狂っているが、方針自体は変わらない。問題は──


「俺たちのメンツが不自然だってのが問題だよな〜」


 ──俺たち四人をどういう立場に置くか。


 『洗脳』するにも説得力がいる。魔王軍幹部が二名に前線基地にいるはずの赤帽子と翼竜。コレがどれだけ珍妙な組み合わせなのか、正直読めない。案外あっさり抜けられる可能性もあるが。


 その点、二匹を置いていけば俺と浜松の二人だ。どうとでも取り繕えるだろう。


「ピー助は正直、連れて行けるなら連れて行きたいです。というか、あなたは何故レドを連れてきたんですか」


「いや、戦力は多い方がいいだろ」


 今のところ一番『洗脳』が効いているのはレドだ。赤帽子は割と強い部類の魔物だし。付いてこいって言ったらレドはこの世の終わりみたいな顔をしていたけど。


 俺がどう『言葉』を使うか悩んでいると、浜松が耳打ちしてきた。


「……ロクハンドにいるというアマビコは、アマビエの弟にあたる精霊だそうです」


「……なんだって?」


 なんでそんな事を知っている? ああ、いや確か浜松はアマビエの記憶を読んでいる。


「……少しずつ、アマビエの記憶を思い出してきました。私は──彼女の最期を抱いて看取りましたからね」


「思い出してきた──ってことは、まだ忘れてるかもしれない記憶もあるってことか」


「……私たちだって、自分の過去をぜんぶ覚えてるわけじゃないじゃないですか。アマビコやキツネビについては、名前を聞いたというのが大きそうです」


 浜松はそれから、すごく嫌そうに眉を顰めた。苦虫を噛み潰したような、思い出したくなかったモノに触れてしまったみたいな。


「……アマビコは──姉を偏愛していたようです。関わらないで済むなら、それに越したことはありませんね」


 心底迂回したかった、と浜松は吐き捨てた。





 ロクハンドは精霊や妖精族の済む都市だそうだ。


 長──この場合は指揮官か。トップであるアマビコが精霊のため、それに率いられる集団もそういう系譜が多くなる。


 それで言うとキツネビは狐人のため、亜人系や獣種の部下が多いらしい。黒狼とか小鬼、鬼種(オーガ)とかだな。


 検問は、意外とあっさり抜けられた。


 門兵らしき耳長族(エルフ)は、やる気の感じられない風体で俺たちを眺めていた。


 耳長族! 耳が長くて端正な顔をした痩身痩躯──全員が魔法の扱いに長けるという妖精の上位種! ファンタジーの王道種族に出会えた喜びで俺は飛び上がりそうだった。


「……あー、一応。亜人が何の用……? 後ろのフードの二人は誰?」


 だらーんと手をぶら下げて門に背を預けながら門兵は言った。だらけすぎである。


「……あっしらぁ、捕虜を連行中でやす。上の命令で」


「そう。どうぞ〜」


 こんな具合に簡単に侵入することができた。『統一言語』すら使っていない。耳長族を見た時はかの皇帝を思い出してビビったが、杞憂だったようだ。


 俺と浜松はフードで顔を隠す。それをレドが捕虜として連れているという設定だ。レドは嫌々ながら従ってくれた。


 都市に入ると、俺は思わず感嘆の声を上げた。


「へぇ〜」


 森である。空から見た時も思ったが、見事な森林が外壁の中に築かれている。


 ロクハンドとは、もともと『岩の手』を意味する名前らしい。後方陣地の兵士たちからは、岩肌捲れる枯れた大地と聞いていた。


 それがこんなに緑生い茂っているというのはどういうことか。


「……耳長族の仕業でしョうねぇ。あノ枯れ木共、森から出てきたと思ったら都市に森を生やしちまいやがった。まあ別に、森が嫌いって訳でもねェんでやすが」


 とは、レドの言葉だ。


 赤帽子は全国各地に分布する魔物だ。ノースロード──荒れた大地で生まれたレドが好むのも荒れた大地や洞窟暮らし。かと言って、森林が嫌いというわけでもないと。


 それにしても、耳長族の盆栽は見事なものだった。


 元の都市の家々や街道はそのままに、そこかしこに緑が溢れている。どこぞの自然公園みたいだ。自然と文明とが奇妙にマッチしていた。


「……」


 俺が間抜けに呆けていると、浜松はなんだか難しい顔をしていた。俺の視線に気付いてゆるゆると首を振る。


「……いえ、何でもありません。レド。宿を取れますか? なるべく目立たないところを一泊だけ」


「は、はい! すぐに探しやす!」


 レドはピー助を連れて急いで去って行った。


「……どうした?」


 二人っきりになってから浜松に問う。返答は端切れの悪いものだった。


「……なんだか、空気が重いような気がして。早く離れた方が良いかもしれません」


「……ふむ。まあ、とりあえずは食料か」


「……そうですね。魔物の舌に任せるよりはマシでしょう。路銀も巻き上げましたし」


 浜松はジャラジャラとポケットを鳴らす。レドから取り上げたモノだ。浜松さん、レドの扱いなんか悪くない? 俺はもう不憫で仕方ないんだけど。


 俺たちはフードを被ったまま、適当な商店に入った。元は人間が使っていたのだろう。外に果物屋の看板のある木造建築である。


 中に入ると、出迎えてくれたのは畳に寝そべった耳長族だった。駄菓子屋のおばあちゃんか。


 耳長族──エルフは端正な顔を怪訝に歪めた。だが、何かをしようとする素振りはない。


「……えー、人間? なんで、ここに……?」


「ああ、『俺たちは人間じゃない』よ」


「そっ、かー。そうだよねぇ……」


 かくり、とこっくりを打つ。今にも眠りこけそうな店主だ。


 店の中にあったのは木の実やら果物やらだった。まさに自然の恵みといったラインナップ。うげぇ、下段の棚には虫も並んでいる。


「俺たちが人間だったらどうしたんだ?」


 俺たちは棚を物色しながら店主に聞いた。店主は気だるげなままに答える。


「……別に、どうもしないよぉ……」


「そうなのか?」


「うん、面倒臭いしさ……」


「そっか。この商品、買うやつはいるのか? さっきから住人を全然見かけないんだけど」


 そう。景観こそ良いが、住人の気配を感じない。まるでゴーストタウンだった。


 後方陣地にはキツネビ指揮官の元、十万の魔物が居たという。直接見た訳ではないが、そこかしこに掘られた洞窟の奥からは獣の気配があった。


 それがこの都市にはない。俺は妖精や精霊というモノに詳しくないが、ここまで存在感の薄いのだろうか?


 待て。それを言ったら、もっとおかしな事象がある。


 何でか思い出せないが、奇妙な違和感が胸に募る。途端に得体の知れない気持ちの悪さに襲われ、俺は周囲を見渡した。


「えぇ〜? いるよぉ。私たちは、いつでも貴方の近くにいる……」


 エルフの店主の声が聞こえない。いや、聞こえているはずなのに、その意味がよく分からない。


 俺たちは二人でこの果物屋に入ったはずだった。


「……浜松?」


 浜松の姿が、いつの間にか消えていた。


 ごとり、と何かが地面にぶつかったり音がする。違う、俺の身体だ。途端に力の入らなくなった胴体が受け身も取らずに地にぶつかって、だらりと無様を晒す。


 浜松は、既に地に倒れ伏していた。覆い被さるように俺の身体が崩れ落ちている。それを、俺は他人事のように俯瞰している。


 思考も朧。弛緩した身体。もはや立ち上がることもできないまま、エルフののんびりとした声だけが響く。


「……私たちは、アマビコの目であり、耳であり、鼻なんだぁ〜。 ……今度は、何かな……あっ、その剣かぁ……駄目だよぉ、水の精霊の気配を、この都市に持ち込んじゃあ……」


 そうだ。違和感。俺がさっき感じた得体の知れない感覚。それを、朧げな意識の中で掴みかける。



 エルフとは、既に滅んだ種族だったはずだ。



 数千年前だかに最古のエルフ──バドズィナミア・オムニによって絶やされた種。故にかの皇帝は、唯一無二の名を恣にしているのだ。


 それが何故、門兵と店主──二体も存在している? そして何故その事に今まで気付かなかった?


「……うわぁ、美味しそう、だなぁ〜……人間じゃない、気はするのに──つまみ食いしたら、怒られちゃうかなぁ……」


 答えは簡単だ。俺たちは既に敵の術中に嵌っていた。おそらくは、都市に入った瞬間から。


 エルフもどきの物騒な声を最後に、俺の意識はブラックアウトした。

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