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37 お手柄です、松山

 魔物達が眠る前線基地を離れて三時間ほど歩いたか。


 ずっと気を張っていた浜松がふう、と息を吐いた。


「……どうしタ?」


「……貴方は、お気楽で良いですね」


 皮肉だろうか。今、俺は喧嘩を売られたのか?


 俺たちが今居るのは森の中だった。前線基地を抜け、街道沿いに歩くと辿り着く大森林『愛鳥の森』。


 最初の目的地として浜松が設定した場所だ。


 浜松は乱れた呼吸を整えながら言った。


「……前線基地、には……概算で十万体の魔物が居たそうですよ……無傷で抜けられたのは幸運でした……貴方の『洗脳』、すごい不安定な力じゃないですか……! 仙ちゃんを連れてきた方が良かったかな……」


 浜松はじろりと俺を睨んで大きな木に背を預けた。随分と疲れている。もう六時間近く歩き詰めだ。俺はまだ歩けるが、辺りも明るくなってきた。太陽が昇り始めたのだ。


「……ようやく、翼竜の索敵範囲外に出られました。私は少し寝ます。魔物は日中動きが鈍るとはいえ、注意していてください……」


 そう言って浜松は意識を手放した。魔物の活動が鈍る日中に睡眠を取る。俺たちが深夜に出発したのもそれが理由だった。


 そうか、体力とかの問題じゃなかった。浜松は意識を張り詰めて、魔物の索敵を掻い潜りながら道を進んでいたのだ。


 偵察兵をやっていたとはいえ、まだたったの一月しか経っていない。敵地のど真ん中で周囲に気を張り詰めるのは相当のストレスだったのだろう。


「……悪かったよ。何だかんだ俺は働いてなかったしな」


 それで俺がのほほんとしていたら、恨み言の一つも言いたくなる。俺は落ち葉を集めて即席のシーツを敷いてやった。浜松は糸の切れた人形のように動かない。よほど疲れていたんだろう。


「……でも、俺はいつ寝ればいいんだ?」


 何だかんだ昨日の朝から二十四時間徹夜で動きっぱなしである。俺は浜松の穏やかな寝顔を見ながら途方に暮れた。





「……あいつらを使うか」


 浜松が寝静まってすぐ、俺はピュウと口笛を吹いた。


 すぐにざっ、と草木を掻き分けて赤帽子(レッドキャップ)たちがやってくる。そう、先ほど俺たちを前線基地まで案内してくれた赤帽子達である。


 リーダーの顔色は悪い。それもそのはず、彼らは夜通し俺たちを護衛してくれていた。俺が頼んだのだ。


 俺は働いていなかった。働かせていたからだ。赤帽子達を。


 同士討ちでもしたのだろうか、血痕が付いている個体もいる。陣地に入り込んだ人間を見かけたら他の偵察兵達はそりゃ襲ってくるだろうからな〜。


「……っ、マダ、何か……?」


 そうとは知らずとも同族から人間を守らされ、怯えるリーダーに俺はニンマリと舌なめずりをした。俺は立場の弱い者には強いのだ。チッチッチと舌打ちをしながら語りかける。


「いやさ、オタクッらの教育はどうなッてんだァ? 俺達をつけ回してよォ〜、うちのアマビエッさんが気疲れしてんだろうガッ!!」


「ヒ、ヒィッ! シ、シかし……アマビエ様はその……人間にしか見えないので……翼竜達も、他の赤帽子も……」


「アァン?? センニュウチョウサってヤツだヨ! 擬態だギタイ! 人間にギタイしてんダッ! ちゃんと仲間に言い聞かせとけよッ!」


「で、デスが……来訪は内密にと、アマビエ様は……」


「シかしもデスがも無ェよ! 大声出すんじゃねェ! アマビエッさんが起きッだろうがヨッ!!」


「ヒィ〜! お、大声を出してるのはマツヤマ様──いえ、何でもナイです! スイヤセン、スイヤセン!!」


 赤帽子のリーダーは低身平頭で謝り倒す。気分が良いな。観客の良い反応にチンピラロールも板についてきた。


「ちなみに俺ッも小鬼(ゴブリン)じゃねェからなァ〜。本当に俺様が小鬼に見えるか?」


 魔王軍幹部の従者が小鬼ってのは格好が付かない。俺は威厳を出すために大法螺を吹いた。


 赤帽子はマジマジと俺を見て戦慄した。ただでさえ悪い顔色がもっと悪くなる。


「た、確かニ、ついさっきまで小鬼にしか見えなかっタのに……人間に見えル……? へ、変幻自在──ま、まさかアマノジャク様……!?」


「あん? よく知ってるなァ〜?」


 変幻自在のアマノジャク。そんなのも居るのか。魔王軍も層が厚いな。俺は知ったかぶった。


 赤帽子たちはみんなして地面に頭を擦り付けて許しを乞い始めた。気分は良いが、彼らを呼び出したのはこんな事をさせるためではない。


「よォ〜し、じゃあ俺は寝るから、俺たちが起きるまでに足を用意しておけよ!」


「足、デスか……しかし……」


「翼竜でも何でも暇なのを連れて来いッ! それと、もし寝込みを襲おうとする奴がいたらそいつらもとっちめておけよ。俺たちに危害でも加えてみろッ! 後でどうなっても知らねェぞ!!」


 ついでに浜松に頼まれた仕事も押し付けた。


 というか、本命はこっちの護衛の方だ。ダメ元で難しい頼み事をして、次に軽い要求をする交渉テクニック……! まあこの感じ足の方も都合つけてくれそうだけど。


「ヒ、ヒィ〜! 分かりました! 畏まりました!!」


 赤帽子達はそそくさと散会して、俺たちを護衛するべく動きを始めた。魔王軍への周知に足の確保。眠りこける俺たちの護衛。


 前線基地で一斉に十万匹の魔物に囲まれたならともかく、ここには俺の支配下にある魔物しかいない。言葉を聞き逃すヤツもいない。こうなってしまえばこっちのものだ。


 俺は去っていく赤帽子たちの背を見届けて、浜松の隣に腰掛け目を瞑った。





 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


 森の香りだ。草木と花々。遠くからは清流の流れるせせらぎの音も聞こえてくる。きっと天国とやらがあるのならここだろう。


 何か柔らかいものに全身を包まれている。人肌の温かさとその先に流れる血管、心臓の鼓動まで聞こえそうなほど近い場所に、俺の心の拠り所──安心感が確かに存在していた。


 そう、まるで胎児が母親の腕の中に包まっているような──


「……ゲヒャ」


「……ぅえ?」


 ──だらり、と頬の横に唾液が落ちる。


 恐る恐る目を開けると飛び込んでくるのは緑色の肌。俺の安心感の源。命に代えても俺を守ると意気込む偵察兵──


「うわぁ!!」

「ゲッ!」


 ──赤帽子のリーダーの顔が目の前いっぱいに映し出され、俺は思わず彼を押し除けた。落ち葉の絨毯に身体を打ちつける。


 甘い匂いってなんだよ! こんなの──醜悪な果実が腐った匂いじゃねぇか! 赤帽子の吐息だ!


 オロオロしている赤帽子を置いて、俺は周囲を見渡した。すぐに見つけられたのは俺の同行者、浜松神奈。


 ただしその目は──底冷えするほどに冷たい。何故だろう、すごく怒っている。怒りたいの日こっちなのだが。


「……浜松? これは、一体…….?」


「はて。聞きたいのはこちらの方なのですが」


 浜松は相変わらず冷めた目で俺を見ながら、腰の剣に手を添えてさえいた。本気だ。本気で怒っている。


「……なぜ、赤帽子がここにいるんです……?」


 俺は赤帽子を見た。すっかり怯え切って縮こまっている。


「しかも──随分懐いているみたいではないですか。アマノジャクさん……?」


「ひっ、それは……」


「はい、はい。事情は聞きましたよ。私が目を覚ますと、周囲の警戒を頼んだはずの松山が眠りこけているではないですか。曰く──赤帽子達に護衛を頼んだと」


「た、頼んだわけじゃ……ただ、手を出したらタダじゃおかないぞって……」


「その護衛とやら、私たちが前線基地を出てからずっと付いていたようですね……?」


 太陽はすっかり昇っている。夜通し──いや、昼通し活動を続けているらしい赤帽子は酷く憔悴していた。魔物の活動時間は基本夜だ。まして赤帽子は偵察兵である。


 必死で襲撃を防いでくれたのだろう。赤帽子には激戦の跡があった。汚れた服装に返り血も混じった姿は正に赤い悪魔。感謝してもし足りない。


「ということは、アレですか?」


 浜松の憎悪は、そんな感謝の対象に向けられているようだった。


「私の昨日の警戒は──気苦労は、不必要だったと。無駄だったと。まして味方の気配にびくびく怯えさせられたと、そういう事なんですか?」


 そうだ、浜松は昨日、三時間周囲の警戒を続けながら歩き続けた。


 彼女の神経をすり減らした者たちの中に、俺たちを追って護衛をしていた赤帽子の存在もあっただろう。全ては、俺が彼らの存在を話さなかったばっかりに。


 いやだってさ、浜松がそんな気張ってるって知らなかったんだもん。俺が気楽に行軍してたのだって赤帽子が護衛してくれてるって知ってたからだし……


「……すみませんでした」


 俺は全てを飲み込んで謝った。どう考えても伝えなかった俺に非があるからだ。


 浜松はため息を吐いて、俺の頭をコツンと叩いた。


「……はあ。これで、許します。貴方にはまだ仕事が残っていますからね」


 浜松が指し示す先には、翼を折りたたんで俺たちを待つ翼竜の姿があった。だが、その目は明らかに俺たちを敵視しており、今にも襲いかかってきそうだ。


「おい、赤帽子……?」


「ヒ、ヒィ! お許しを、お許しを! 私どもがいくら伝えても、お二人がニンゲンにしか見えないト戯言を……!」


 そういうことか。俺はまだ翼竜に『声』をかけていない。さっさと襲いかかって来ないだけ、赤帽子は頑張ったのだろう。


 俺は敵意満々の翼竜に向き直って言った。


「『おい、俺様たちを誰だと思ってる。変幻自在のアマノジャクに──こっちは、邪精霊アマビエ様だぞ』」


「……ピエ〜」


 びくり、と翼竜は全身を震わせて、首を垂れた。信じてもらえたらしい。嘘なんだけど。


「何はともあれ、お手柄です。松山」


 浜松はようやっと、柔らかい言葉をかけてくれた。





 翼竜の背に乗って広大な空を行く。


「うわぁ〜」


 地平線の彼方に綺麗な夕陽が見える。さらに視線を下にやれば、遠く彼方に都市が見えた。翼竜の移動速度は早い。遠からず着くだろう。


 チェイネンのワイドランドだったか。アレを見た時にも思ったが、この世界の街ってのは円周上に外壁を建てる決まりでもあるのか? 高く聳え立つ外壁に四方に門がある。


「……この揺れ、もう少しどうにかなりませんか?」


「ひ、ヒィ〜」


 翼竜の背は歩き回れるくらいには広いが、ガタガタと乗り心地は悪い。浜松の呟きに、真ん中で縮こまりながら赤帽子のリーダーが悲鳴を上げた。


「ひ、ひゃい! し、しかシ、翼竜は本来騎乗する生き物ジャありやセン……! コレでモ一番デカいのを用意しタんです……!」


「おいおい、そろそろ慣れろよアマビエ。でもさ、こういう状況って普通、ヒロインは高所恐怖症とかじゃないの?」


 ここは高度千メートルはある上空だ。落ちればただでは済まないだろうに、浜松は涼しい顔で立っている。俺は正直内心ビクビクなんだけど。


 浜松はじろっと俺を睨んだ。


「私がヒロイン? 死にたいのですか、アマノジャク。乗り心地はともかく──私にはピー助の怯えようが分かりますからね。落ちる心配はしていませんよ」


 浜松はそう言って翼竜の背を優しく撫でた。翼竜はライオンに首を舐められたみたいにビクッと身体を震わせた。


「ピー助?」


「……この子の名前です。ピィと鳴いたので」


 はあ、そうですか。浜松のネーミングセンスは壊滅的だ。


「あんまりキャップを虐めんなよ。怖がってるだろ」


 俺はビクビクしながら俺たちの一挙手一投足に怯えている赤帽子を見た。


「キャップ?」


「うん。赤帽子(レッドキャップ)だから、キャップ」


「はあ、そうですか」


 浜松は胡乱げな目で俺を見た。


「あっしの名前はレドでやす……」


 レドというらしい赤帽子が諦めたように呟いた。惜しい、ニアミス!

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