36 魔王領侵入するは邪精霊
スケイル指揮官への進言は案外あっさりと終わった。
「元より貴様らの邪魔をするつもりはない。やるべき事が見つかったのなら上々だ。だが──剣士と女神を連れられては少し困る」
「ああ、坂や岩永は置いてくよ。抜けるのは俺たち二人だけだ。その代わり二人には秘密にしてほしい」
「……そうか。分かった。健闘を祈っている」
ここから先は、如何に岩永達にバレないかだけを気にしながら過ごした。俺は雑用。浜松は偵察兵。浜松の方は、適当に口止めしながら部隊の仲間に別れでも伝えてるんじゃないのかな。
昼の炊き出しを行なっていると、いつもの様に兵士が高波のように道を開けて、一人の少女が進み出る。順番に並ぶことすらできないなんて罪な女だ。
「ほらよ」
「……」
岩永仙。戦場の女神様は今日も仏頂面だった。まだ女神扱いに慣れないのかむずむずした振る舞いに口元を緩めているが、それでも今日は一段と機嫌が悪そうだ。
「……昨日、神奈と何か話してた?」
「……いんや、別に?」
「そ。今、困ってることは無いのよね?」
困ってること、か。それは本当に無いなぁ。今夜が楽しみですらある。
「おう、ねぇよ。いつもありがとな」
「今更何よ。すぐ、相談するんだからね!」
確かに言われてみれば、岩永からの好感度が高い気がする。強い口調にデフォで喧嘩腰、その癖根は優しいんだから岩永の心配は分かりづらい。
浜松の岩永評はいわばカンニングだ。俺は昨日のことは綺麗さっぱり忘れた。うん、岩永は今日も喧嘩腰で、可愛い。俺は何も気付いていない。
配膳が終わると掃除洗濯看護師見習いと、雑用ってのは探せばいくらでもある。いつもだったら前線に赴いて塹壕掘りもやったりするのだが、今日はパスさせてもらった。
朝はレーション、昼夜は簡単な雑炊が後方陣地の食事情である。つまり夕方になると二度目の配膳の時間だが、これも今日はパス。この後は予定があるのだ。
「おっ、松山。こっち並んでるのは珍しいなぁ」
粛々と兵士の列に並んでいると肩を組んでくるのは坂伊坂。周りの兵士たちが列を譲る。肩を組まれている俺も坂と一緒に順番飛ばしだ。うわ、意外と気まずいなコレ。
俺は苦笑いしながら答えた。想定外の事態だが言い訳は考えてある。
「ああ。今夜浜松と偵察やるんだよ。ようやく俺の仕事が見つかったかもしんねぇ」
「おっ、良かった良かった。お前は良いやつだからな」
ここでいう『良いやつ』とは、多分真面目という意味だ。
俺は掃除の時間は十五分黙々と雑巾掛けをするし、仕事は率先して見つけてやるタイプだ。駄弁る友達がいないとかじゃ全然ないけどね。
俺の愛想笑いに、坂がただでさえ剣呑な目を光らせる。
「……勝算はありそうか?」
どきり、と心臓が跳ねた気がした。
「……? て、偵察兵は初めてだからなぁ。何とも言えないけど」
「そかそか。まあ、お前に限ってヘマはしねぇよな。頑張れよ〜」
そうして二人で配膳の雑炊を受け取って別れた。内心バクバクである。無闇矢鱈に意味深な言葉を吐くんじゃない。
野生の勘みたいなやつか? 坂は意外とよくわからんのよな。明るくて気さく、良いやつには違いないんだけど。ここでいう良いやつとは、良いやつということだ。
楽しそうに兵士の輪に入っていく坂を見ながら、俺はほっと一息をついた。
○
深夜、俺たちは昨日の塹壕で落ち合った。
「……準備はよろしいですね」
「おうよ」
ちょうど二時間ほど前、夜間襲撃が終わったところだった。逸れて生き残った敗残兵が合流するには良い時間だ。
「後方陣地を大きく迂回します。目指すは北東──ロクハンドの街です」
浜松は道すがら、地理の説明をしてくれた。彼女は一月、『読心者』で捕虜の尋問を行っている。敵の拠点の位置もこちらの偵察兵の動きも丸わかりだ。
歩き続けて二、三時間は経ったか。焼け跡新しい塹壕が見えた。
「ここが現在の『国境』ですね。松山、注意してください。この先は魔物が出ますよ」
俺は『憑依』した。初陣の反省を活かして、接敵前からなりきっておくのだ。
俺は小鬼だ。ずっと昔から魔王軍に仕えている兵士。猫背になって舌を出し、一瞬で知性の欠片も見られない風体となる。
「ゲヒっ、ギギ!」
「……もうちょっとどうにかなりません?」
ならないよ。何だかんだコレ、慣れてるんだよな。迷宮で一月これで暮らしたから。
四股を踏んで開いた右手を浜松に指し示す。
「……お前モ、小鬼にならないか?」
「……まさか、必要なんですか? それがあなたの『洗脳』に……」
いやまあ別に絶対に必要ってわけでもないけどさ。お前だけバレて殺されても知らないぜ!
○
二時間ほど歩くと、ちらほら翼竜の影が見え出した。
「……魔王軍の偵察兵ですね。翼竜に赤帽子もいます。どちらも厄介な相手ですが、どうします?」
赤帽子。小鬼に似て非なる小柄な魔物は機動力に優れ、夜目が効く。基本的に十数匹の群れで連携して狩りをする彼らは偵察にもってこいだろう。
だだっ広い平原とは言っても、至る所に塹壕が掘ってあるし細かな起隆も多い。というかこれ、アレだ。魔法砲撃の結果だ。かつては緑生い茂る街道でもあったのだろうが、今は度重なる魔法砲撃で岩肌が捲れている。
なので隠れて進むのも不可能ではないように思えた。だが、俺は堂々凱旋を提案した。
「俺たちは部隊から逸れた落武者──敗残兵だ。こそこそしてるより、堂々と陣地に向かった方が良い」
「……信じていますよ。私はあなたの『洗脳』の詳細を知らないんですからね」
じゃんけんをしましょう、と浜松は提案した。じゃんけん占いである。
俺は乗った。じゃんけんぽん! 浜松が出したのはグーだ。
「……なんですか、それ?」
俺が出したのは──親指を折りたたんだ、四本指だった。
ただし、人差し指と中指、薬指と小指がそれぞれピッタリくっ付いている。小鬼は三本指なのだ!
「……チョキダ」
この女、俺が指の構造的にグーとパーしか出せないと読んでパーを出す──と見せかけて、そこまで俺が読むことを読んでグーを出しやがった!
不恰好なチョキを出したまま憮然と負けを呟く俺を浜松は変な顔で見ていた。
「……よく分かりませんが勝ち、ですか。じゃあ大丈夫ですかね」
違う! この女、何も考えてない! 脳死で俺に勝ちやがった! この天然め!
最近浜松の天然成分が足りてなかったからな。敬語も相まって真面目なトークでは浜松はただのお嬢様に成り果てる。この天然娘め。
程なくして俺でも感じる濃密な殺気に当てられる。
包囲されている。細かな起隆に小柄な身体を隠した赤帽子に。
「……」
浜松が息を呑んで腰に下げた剣に手を伸ばそうとした。それを俺がジェスチャーで押し留める。
それから、潜んでいる赤帽子に聞こえるように叫んだ。がなりの入った嗄れ声で。
「おイ! ようヤク合流できタ。俺だ、マツヤマだ! お前達の仲間ノ!」
俺の言葉を聞いて、のっそのっそと赤帽子が前に出てくる。
ざっと二十匹はいる赤帽子に囲まれた。全員が手に小さな槍を持っていて、目は猛禽類のように黄色く光っている。犬歯も剥き出しで小鬼と比べても随分と怖い顔だ。
「ホラ、コイツも俺たちの仲間ダ。命からがら逃げてきタんだよ! 助けてくレ!」
俺は三本指で浜松を指し示す。浜松は顔を強張らせて丁寧に会釈をした。
しばらく彼らは匂いを嗅いだり俺たちの全身をじろじろ眺めたりしていたが、やがてリーダーらしき大柄の赤帽子が言った。
「フム。確かに。よくぞ生きて帰った、同胞ヨ」
果たして赤帽子達はゲヒャゲヒャと笑って俺たちを迎え入れてくれた。俺は嬉しくなって笑顔で鉄板のギャグをやる。
「ありがとウ! オレ、ゴブリン!」
「ゲヒャヒャ! 見リャわかるヨ! なんだよ、オレゴブリンって!」
気のいいリーダーがバシバシと俺の背中を叩いて笑う。俺も手を叩いて彼らの輪に入っていった。
それを、浜松は微妙な顔で眺めていた。
○
赤帽子に先導されながら、何もない荒野を歩く。
「これ、どうなってるんですか?」
浜松がこしょこしょと耳打ちしてきた。俺はガニ股のまま答える。
「アー、もうネタバラシしちまうカ。『統一言語』だよ統一言語。アレ、ただの翻訳機じゃなイ」
「統一言語?」
「っそ。言葉を理解できるし理解させる事ができる──半強制的にもな」
「へえ」
「だから、言葉をかけなきゃならなイ。オレ、ゴブリン! ってのはそういう事。会話してないやつは基本敵だと思って良いゼ」
浜松は頷いた。小鬼の集落でも一人一人声をかけて回ったんだよな。果たして魔王軍の陣地には何匹いるのやら。
「私は蝶々です」
「……?」
「何に見えますか?」
「いや、浜松だけド」
「……」
天然め。浜松が蝶々な訳はないだろう。
理解を強制すると言っても、現実的な範囲での話だ。だから俺は小鬼をやる時はガニ股になるし、魔王ロールをする時は尊大に振る舞う。
大切なのは多分、説得力。そこまで教えてやるつもりは無いけどな。
浜松はしばらく何やら考えてから言った。
「じゃあ、魔王城までさっさと駆け抜けた方が良いですね。いつボロが出るか分かりませんし──問答無用で襲われたらダメなんでしょう?」
俺はその方針に賛成した。ちょうどその時、赤帽子のリーダーが前を指し示す。
「……着いたゾ。前線基地ダ」
前線基地──そこは暗闇に満ちた廃墟のような場所だった。
時刻は深夜。魔物は夜目が効く。松明で視界を確保する必要がない。
近付いて見ると、月明かりで廃墟に見えた物の詳細が分かる。大木だ。大の大人が十人で手を回しても囲まないだろう太い幹をした大木に、翼竜が止まり木を作っている。
他にも、至る所に穴が掘ってあるのも見えた。地下に潜む魔物は多い。小鬼もそうだし、赤帽子だってそうだ。
前線基地は静かなものだった。夜は魔物の時間だが、人類軍の戦ううちに昼夜逆転──いや、夜昼逆転したのだろうか。地上に見えるのは偵察兵だけだった。
「小鬼の眠る洞窟はアソコだったか。女──お前の種族は何だっタカ? スマナイ、あまり覚えテなくて」
赤帽子のリーダーが穴の一つを指差し、俺を顎でしゃくる。それから浜松を見て言った。
浜松は一瞬言い淀んだが、すぐに答えた。
「……精霊ですよ。水の、邪精霊」
「アア。彼女は水の邪精霊ダ」
念のため、俺がきちんと浜松の言葉を復唱する。
途端、赤帽子のリーダーは狼狽えだした。
「水精霊……? ま、まさか、アマビエ様!? ど、どうしテこんなトコロに……」
アマビエとは、浜松が殺した魔王軍幹部の名前だったか。
俺と浜松は顔を見合わせた。二人して口角が上がっていく。この勘違いは──使える。
おほん、と咳払いして浜松は言った。
「少し、野暮用で。私たちはこのままロクハンドに向かいますが、構いませんね?」
「え、ええ! な、ナニカ失礼は、ありませんでしたカ……? アッ、ア、キツネビ様に挨拶は、していかれますカ……?」
赤帽子は慌てながら答える。浜松は「キツネビ様?」と問い返した。
「ぜ、前線基地の長デス……魔王様からお名前を頂いた、四王の……!」
四王。四天王の下部組織みたいな物だろうか。
四天王はヌリカベとガシャドクロ、アマビエと三人倒しているから、残っているのは後一人という事になる。
浜松はふむと思案した。
「不要です。四王とやら、それは四人いるのですよね? 他の四王は何処にいるのか知っていますか?」
赤帽子は今やダラダラと冷や汗を流していた。はい! と地面に膝を付いて従順に教えてくれる。
「ハッ。そ、ソレゾレ、ニンゲンから奪い取った街を治めているト……ロクハンドに居るのはアマビコ様……あっ。アマビコ様に会いに行くのですネ……!」
前線基地にキツネビ。
ロクハンドにアマビコ。
ブルーフォレストとオタムフィルドにもそれぞれ『四王』とやらが居るらしい。
「ここまでの案内、感謝します。くれぐれも我々の来訪は内密に。そこの小鬼は私の雑用係です」
そう言って進み始める浜松を、赤帽子達は止めなかった。むしろ、命拾いしたみたいにホッとした顔で見送っている。
こうして俺たちは獣臭と生暖かい寝息の聞こえる前線基地を、無事突破する事ができたのだった。
後方陣地(人類軍陣地)←→前線基地(魔王軍陣地)
国境を挟んで南北にそれぞれ徒歩三時間ほどかかる。
月一回ずつ程度の頻度で戦況に応じて陣地を移動させる。が、その大半は100〜1000mの規模に収まる。
最近はもっぱら人類軍が優勢の模様。




