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34 役立たず松山です

 魔王の出現は十年前だったか。ノースロードが電撃的に滅ぼされて、その矛先はすぐにノーシーストに向かった。


 それから十年だ。十年かけて、ノーシーストが失った国土は半分。


 ブルーフォレスト。

 オタムフィルド。

 そしてロクハンド。


 他にも無数の村落が、既に魔王軍の手に落ちているという。


 スケイルがいつから指揮を取っているのか知らないが、それでも彼は優秀なのだろうと思った。


 話を聞く限り、ヌリカベの『迷宮』は凄まじい力だ。無制限に長距離を転移し、破ることのできない牢獄としても機能する。


 失ったのが国土の半分で済んでいることすら奇跡に思えた。


「嬉しいなぁ、楽しみだねぇ。三人で突撃するのは初めてだよ〜」


 そんな事を考える俺の隣で、ケンケンは上機嫌に振る舞っていた。


「あたしらのこと忘れてるにゃ?」


 それをキャトが不機嫌そうに咎めた。魔法兵さんたちの目も冷たい。ケンケンは慌てて弁明する。


「忘れてないよぉ! でも君たちは僕と一緒に突撃しないじゃん!」


「当たり前にゃ! そもそもお前が一人にゃのは──いや、なんでもないにゃ。それよりマツヤマ、もう大丈夫なのかにゃ?」


 キャトは憤慨して何かを言いかけたが、急に俺に会話を振った。


 大丈夫か、というのは──ああ、そうだ。昨日、戦意を喪失した俺を後方陣地まで運んでくれたのはキャトだ。


「ああ、もう大丈夫にゃ」


「それ、あたしの真似っこかにゃ? やめるにゃ。ああ──いや、やっぱやめにゃくていいにゃ」


「……なんでにゃ?」


「本当にやめにゃいのかにゃ……あたしは、お前が可哀想でならないからにゃ」


「……?」


「ケンケンに付いていくってことは……ううむ、行けば分かるにゃ……ご愁傷様にゃ」


 本当に気の毒そうな顔でキャトは言った。


 そう、俺はこの時に気付くべきだった。


 昨日、キャトは戦争のやり方を教えてくれた。


 まず攻め入る側が敵陣地を魔法砲撃で粉々に均す。防衛側は必死に耐える。


 魔法砲撃が終わると同時に歩兵は残党狩り及び陣地の奪取を目指す。防衛側は何とか後方に控える無事な部隊と交代するなどして抗う。


 そして、敵陣地の確保はそのまま国境の確保を意味する。それが戦争だ。


 今日はこちらが攻める番だと聞いていたから、最初に魔法砲撃が行われるはずだ。敵からの反撃は歩兵の詰める速度にもよるが基本的にない。つまり今日はすぐ近くに砲撃が落ちてくる恐怖を味わわなくて済む──そう思っていた。


 昨日、例外を見たばかりではないか。


 ここにいるのはノースロードの『守護神』ケンケン。彼が定石通りに動くはずもなし。


 だから──


「し、死ぬっ! ま、まじで死ぬ! ひあっ!」


 ──砲撃が雨の如く降り注ぐ戦場のど真ん中、俺はケンケンに文句を言うことしかできなかった。


「ケンケン! ひっ、死んだら祟るぞ!」


「死なせない、よっと!」


 ケンケンは俺を肩に抱えたまま、器用に砲撃を斬り払った。頼もしいったらない。


 心を無にしていると、ついに魔物と接敵した。


 小鬼、黒狼、大きな蛇によく分からない黒い塊まで。混成軍、という表現が一番しっくりくる。


 彼らも塹壕を掘って、爪や牙、体毛を使って少しでも砲撃の被害を抑えようとしていた。それでも無慈悲な砲撃は少しずつ命を刈り取っていく。焼け石に水──砲撃が当たらないよう神に祈る方がよっぽど有意義に見える。


 そうだ、この砲撃は酷く理不尽なものだ。一時間にもわたる超広範囲絨毯爆撃。


 俺たちだって昨日、ケンケンがいなければこうなっていたに違いない。


 そして眼前みを縮こまらせる彼らの敵は魔法砲撃だけではない。


「坂、いくよ!」

「おう!」


 魔物は俺たちに気付いていない。ただでさえ塹壕の中にいて視界が悪い上に、空しか見ていないのだ。


 そこに超級の剣士が二人、襲いかかる。


「な、なに!?」

「敵襲だ、敵襲ーー!!」

「そんな馬鹿な!?」


 驚くべきことに魔王軍は──言語を扱っていた。それが何語なのかは分からないが、『統一言語』によって翻訳される彼らの言葉には意味があった。


 しかし、ここでの俺の出番はなかった。


 ケンケンと坂が速攻で魔物たちを蹴散らし、すぐに声が聞こえなくなったからだ。


 手早く一陣目の塹壕を確保してから坂が言った。


「もう作業だなこれ、反撃が無いとつまんねぇ」


「坂は強くなりたいんだねぇ。でも、それなら魔法の雨の中にいるのは修行っぽくない?」


「それはそうだな!」


 カキィン! と坂は今し方飛来した炎弾を剣で弾いた。何でお前もできるんだよ。


「やっぱ俺ぁ流すより弾く方が楽だな」


「そうらしいね。筋が良いよ。昨日の今日でこんなにできるとは思わなかった」


 どうやら昨夜、ケンケンに魔法の斬り方を教わっていたらしい。まだ慣れていないのか制服にところどころ焦げ目が付いているが、致命的な負傷はしていない。


 結局、この日の俺の出番は無かった。


 ケンケン達が一時間の砲撃の中で、周辺一帯の魔物を全滅させたからだ。





 俺たちがノーシーストに来てから一月が経った。


 俺は今、炊き出しの準備をしています。ごめんなさい。同窓会には行けません。


 惨めでならなかった。スープを混ぜるお玉に涙が滲む。


「……ぐすん」


 異世界の勇者は大活躍だった。一月で国境は500メートル広がった。


 坂伊坂はメキメキと腕を上げ、今では『軍神』の名を恣にしている。


 もともと、ケンケン一人で戦況を拮抗させていたようなものだったらしい。魔法戦争は基本泥沼で、攻める側が常に圧倒的に有利。国境を取っては取られてを繰り返す日々の中、数で勝る魔王軍に負けるのは時間の問題。


 だか、ケンケンは違う。攻める時は魔法砲撃の中を蹂躙するし、守る時も彼は一人で広範囲をカバーすることができる。ノーシーストの『守護神』の名は伊達ではない。


 そうな超級の剣士がもう一人生えてきたのだ。押し返すのも当然と言える。


 浜松神奈も優秀だった。偵察兵の中で既に一定の地位と信頼を築いている。


 ノースロードに『探し人』がいるという彼女の目的と、偵察兵というのは相性が良かった。魔物が言語体系を確立していたのも大きい。一匹下っ端を捕えるだけで、彼女は魔王軍の情報を詳らかにした。


 そして──最も目立っているのは岩永仙だろう。


「センちゃん、今日も美しかったな……」

「馬鹿、ちゃん付けなんて! 抜け駆けは許さねぇぞ!」

「できるかよ! センちゃん──セン様は女神だ。ついに女神様が降臨なされたのだ」


 炊き出しを受け取る兵士たちが口々に賛美する『戦場の女神』。岩永は、見事にスケイルの要望に応えていた。


 そもそもが男だらけの戦場に似つかわしくない可愛らしい少女である。制御に悪戦苦闘しながらも『魅了の魔眼』も使っている。


 が、何より大きいのは──『魅了の魔眼』が魔物相手に特攻と言っていい効き目を持っていたことだ。


 魔王軍の最も厄介な戦力は飛竜部隊だった。


 徒党を組んだ翼竜が魔法の届かない空から大岩を落としてくるのだ。第二の魔法砲撃と言っていい悪辣な戦法にノーシーストはなす術がなかった。


 岩永はそんな常識をひっくり返した。


 彼女は空が飛べる。手の届かない空、降りかかる岩の礫。死を覚悟した瞬間に彼方より飛来する美少女──彼女は戦場を飛び回り、厄介な翼竜を『魅了』して回る。


 そんな少女が、辿々しい口調で叫ぶのだ。演説などに慣れてはいないのだろう、拙いが必死な声で──


『わ、私のために、戦え!』


 ──良いよね。魔法少女だ。形は淫魔だけれど。


 兵士たちの心酔ぶりを見れば、かつて淫魔が絶滅に追い込まれたのもよく分かる。種族からして危険すぎる。


「……何よ」


 ジト目に睨まれても可愛らしいなんて、流石は淫魔。今は赤目ではないようだけれど。


「……いや、順番くらいは守れよ」


「し、仕方ないでしょ! 私は良いって言ってるのに譲ってくれるのよ!」


 人の波を掻き分けて俺の前に現れたのは、岩永仙その人だった。場所が場所じゃなければ王族の登場かと思ったぜ。


 俺からスープを受け取りながら岩永は胡乱げな目で俺を見た。


「……釈然としないわ。志願兵が何だって、私に説教してくれたあんたが炊き出し係なんて」


「いや、仕方ないだろ……何でか俺の力が使えなかったんだから」


 いや、使えなかった訳ではない。この一月、『統一言語』を試す機会は何度かあった。


 だが、何度試しても操る事まではできなかったのだ。


『お前達の主人だ』『俺は王だ』と伝えても、魔物たちの反応は鈍いものだった。


 捕虜にした──というか浜松が心を読む用に生け取りにした小鬼に試した時も、そいつはこう宣った。


『……お前が、主人……? 俺、タチの主ハ、魔王様ダケダ……何ダ、アタマが痛イ……』


『統一言語』:聞いた言葉を理解することができる。また、他者に発言の理解を強制することができる。


 『理解を強制する』。だが、それを受け入れるかどうかは魔物次第、という事だろうか。


 リンに効かなかったこともある。俺は小鬼達に向けて『マツヤマが逃げたぞ!』と叫んだ時、彼女はその言葉を疑っていた──いや、理解はしていたが、目の前に逃げたはずの俺がいるということに気付いていた。


 魔物たちは皆既に魔王に忠誠を誓っている。俺がそこに取って代わることは難しいということだろう。


「ほら、受け取ったんならさっさと行けよ。他の人たちが遠巻きにすごい目で見てるから」


 兵士たちは俺を射殺さんばかりに睨んでいた。ご飯が受け取れないことではなく、岩永と仲良さそうに話しているからだ。


 今の彼女は『戦場の女神』。一方の俺は役立たず松山です。


 自分で言ってて悲しくなるな。


「……何だか思い出してきたわ……そういえばあんたってそんなやつだったわね。可もなく不可もなし……タイミングが良いだけの男……」


「おい、何だその不名誉なあだ名は」


 俺が不満を垂れると岩永はふっと笑った。それから


「何か困ったことがあれば相談なさいよ。力になるから」


 岩永はここ一月で少しばかり自信が付いたようだった。一月前の醜態が嘘みたいだ。いや俺はもう忘れたんだけど。


 何であれ、居場所が出来るというのはそれだけで安心するものだ。俺がケンケンやメイズ達の存在に安心したように、たとえ『女神』呼ばわりだとしても兵士たちに認められているという実感は心を救ってくれるのだろう。


 岩永が去ったのを見届けて、律儀にそれを待っていた兵士たちが寄ってくる。


「ありがとよ、あんちゃん……?」

「おう、本当働き者だよなぁ……?」

「頭が上がらねぇよ……!」


 俺から受け取る兵士たちは、これ以上ない笑顔で俺からスープを貰ってくれた。皆、ついでとばかりに手を握ってくれる。握手会かな?


 力強い笑みを浮かべる彼らは力加減が分からないらしい。人間の手はそんなに強く握りしめていいもんじゃないと思うぜ!





 さて、どうしたもんかな。


 テントに寝そべりながら俺は考えた。


 スケイルさんも俺の扱いに困っているらしい。近付く必要がある非戦闘員──しかも、『統一言語』の効力は不明瞭。即効性という意味では岩永の『魅了』の方が遥かに強い。


 魔法兵というのも難しい。俺の使える最も強力な魔法は『地獄の業火に渦巻かれ』だ。アレは有能な魔法だが、ケンケン達も燃える津波の中では生き残れないだろう。


 実のところ、心当たり自体はある。


 問題は二つ。実質的な問題は一つだが。


 一つは危険すぎるということ。

 もう一つは、俺がそこまでする義理はあるのかということだ。


 いつまでも無駄飯食いをやるつもりもないが、無駄死にするのはもっとない。


 ちょっと頭を冷やそうと思って俺は音を立てずにテントを出た。今日も戦場に出た坂はぐっすり眠っている。岩肌の上でいびきをかけるのも才能か。兵士に最も必要な才能は場所を選ばずすぐに就寝することって聞くし。


 後方陣地で一人になるのは難しい。勝手に彷徨いていると物見の兵士に咎められる。


 だから俺はテントの裏側に回って背を預ける。ちょっと休んでましたって言えばすぐ済むし、俺たちのテントに近付く兵士は少ない。


 俺は意外と一人の時間を大切にする性質だったらしい。坂と二人で雑魚寝が嫌って訳じゃあないが、ずっとそばに人がいることには慣れなければいけなかった。


 一時間ほど夜風に当たっていると足音が聞こえた。怒られる前にテントに戻ろうと腰を上げた俺を、女の声が留めた。


「……松山」


 暗闇の中から姿を現したのは浜松だった。


「……こんな夜更けにどうした? お腹でも下したか」


「ちょっと話したいことがありまして。坂や仙ちゃんには聞かせられない話です」


 浜松は声を顰めていった。まるで俺に会いに来たかのような口ぶりだった。なるべく音を立てないようにしていたが、隣り合わせのテントだから気付かれたのだろう。


「……何だよ」


 役立たず松山をご所望とはお目が高い。


「世間話もなしに本題とは、風情がありませんね」


 半ば諦めた声で答えた俺に、浜松は言った。


「──魔王城ビルフッド。噂に聞く魔王とやらに会いに行きませんか。私と、二人で」


 俺は思わずばっと振り返った。浜松はいつもの無表情──冗談かどうかわからない。


 それは、俺の考えていた『心当たり』そのものだった。


 魔王城への潜入及び、暗殺。


 RPGの勇者に倣う、必勝の戦法である。

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