表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/49

33 スケイル・グレーの用兵術

 ああ、くそ、酷い目にあった。


 あの後の記憶はない。女子二人にテントを追い出されて、死人のような足取りで男子用のテントに入って泥のように眠った。ただでさえ疲労が溜まっていたのに『魅了』されるわ耳元で囁かれるわ柔らかい身体と密着してるわで──違う。とにかく眠りこけたのだ。


 岩永の囁き声──ヤバかったな。よく理性を保った。顔にかかる髪の毛はくすぐったいしで──違う、思い出すな。


 俺は記憶を封印することにした。このままでは何も手につかない。


「昨夜はお楽しみでしたね」


 そんな俺にニヤニヤと揶揄うような声がかかる。男の声──今、テントの中にいるのは二人だけだ。


「あぁん? おい──」


「おう! クソ楽しかったぜ! いくら魔物斬っても減りゃしねぇの! 苗葉も見てたんだな」


 ──振り返りざま、悪態をつこうとした俺に先行して坂が呼びかけに答える。


「ん? 松山どったの?」


「いや、別に……」


 沖が怪訝そうな表情で拳を振り上げた俺を見ている。顔から火が出そうだ。


 二人は俺の突然の奇行を気にせず会話を続けた。逆説的に普段から情緒不安定と思われているみたいで少し寂しい。


「見てたよ、見てた。俺ぁ浜松とちょっと野暮用行ってたけど、あんだけ派手にドンパチやってりゃあな〜」


「そういえばそうだな。どこ行ってたんだ?」


「ん〜、ヒ・ミ・ツ!」


「男の秘密なんて誰が得すんだよ!」


 二人してギャハギャハ笑っている。感じるちょっとの寂寥感。俺だけ仲間はずれみたいじゃん……。


 沖は割と誰とでも仲の良いムードメーカーだ。気楽でお調子者、自らすすんで道化をやることも多い。派閥こそ違えど坂と相性が良いのも納得だった。


「実際のとこ、俺ぁ浜松手伝ってるだけだからな〜。あんまり俺が喋りすぎんのも面白くねぇだろ」


「でもスケイルさんは渋い顔してたぜ」


「まじかよ! あの人顔怖いんだよな〜」


 それはそうだろうと思った。


 異世界の勇者の初陣は、敵前逃亡が三名と体調不良が一名で終わった。まともに働いたのは坂だけだ。これでは『見学』すら満足に熟せないと見做されてもおかしくない。


「ま、いっか。俺もう帰るし」


 沖はあっけらかんにそう言った。


 俺は思わず口を挟んだ。


「え、帰るって、どこに?」


「ん? ナインステイツに決まってるだろ〜? 浜松には悪ぃけどよ、こんな危険なとこに居られねぇよ」


「……どうやって?」


「ヒツジさんに頼むよ。最悪歩いて帰っても良いけどな。ここに居るよかマシだ」


「でも──」


 沖の意思は固かった。そんな折、天幕を上げられて、俺の言葉は中断される。


「……起きてましたか。スケイル指揮官がお呼びです」


 乱入者──浜松神奈は、感情の見えない顔でそう言った。





「そうですか。ちょうど私もナインステイツに用があります。同行しましょう」


「やりぃ! ありがとな、ヒツジさん!」


 身支度を整えてテントの外に出ると、浜松と岩永、ヒツジさんがいた。ついでとばかりに沖が帰還を打診すると、ヒツジさんは予想外にも快諾した。


「ヒツジさん、良いのか?」


「ええ。もとより浜松様と沖様は兵士希望であらない。ノースロードに用事があるとのことでお連れした次第」


 なるほど、元から志願兵ではなかったのか。俺は納得した。


「ほんじゃな〜」


 沖は最後まで気楽なやつだった。羨ましいくらいに能天気。自由の象徴、それが楽観派。それは興味派じゃねえのかって? 違うね。関西人が『おもしろさ』に囚われてるみたいに、興味派は『楽しむ』ことに縛られてる。適当にやって後で帳尻合わせる楽観派の自由さには敵わない。


 と、変にもじもじした視線に気付いた。岩永だ。岩永が意味ありげな視線を俺に送っている──が、目が合うとさっと逸らした。


「……」


「……き、昨日のことは、忘れなさい!」


「……どこから、どこまで?」


「全部よ! ぜ・ん・ぶ! 私とあんたには何もなかった……でしょ!?」


「はいはい、分かったよ」


 ついさっき記憶は封印している。俺はあっさりと了解した。


 了承したら了承したで、岩永は頬をぷっくりと膨らませた。なんだなんだ? 俺があっさり忘れたのが気に入らないのか? 言っとくが、俺が本気で忘れようと思ったら忘れることもできるんだぞ!


 俺と岩永が無言で睨み合っている間、沖も浜松に別れを切り出していた。いや、別に変な意味じゃなく。


「そういう事だからごめんな、浜松」


「……仕方ないですね。昨日も何度か危ない目に遭いましたし……」


「おうよ! 俺一人だったら絶対死んでたね! まだ礼を言ってなかったな、魔物から守ってくれてありがとう!」


「……連れ出したのは私ですから。それで──本当に居るんですよね?」


 浜松は少しだけ声を抑えて言った。


 沖も真剣な顔になって答える。


「……ああ。微かにだが、確かに感じるよ」


「そう、ですか。それが分かっただけでも十分です」


「おう、ごめんな!」


「いえ。ありがとうございました、沖」


 浜松らしく、別れの言葉は淡白だった。


 それを聞き流して、未だいがみ合う正面の少女を見る。


 昨日のことは忘れるにしても、俺が彼女に昨日救われた事実は変わらない。


 あの、最後の慰めで俺が立ち直れたのは確かだった。でなければ俺も沖と一緒に帰るとでも言い出したかもしれない。


 誤解のないように言っておくが、俺は多分、時間をかければ一人でも立ち直れた。きっと、おそらく。それは知っている。俺は切り替えが早い。


 でも、それは岩永に感謝しない理由にはならないのだ。


「……岩永」


「……何よ」


「ありがとな」


 岩永は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。そんなに意外か? 俺が感謝を伝えるのが。


 でもそれは一瞬のことで、すぐに顔を赤らめてそっぽを向いた。


「ふ、ふん! 良いわよ、感謝なんて別に。それに私も──お互い様、だし?」


 わっかりやすい女だな、こいつ……


 目に見えて上機嫌になった岩永に俺は苦笑した。





「来たか」


 召集に応じた俺たちを、スケイルは初日と同じく書類と睨み合いながら一瞥した。


「今日も一人足りないようだが?」


「スケイル総指揮官。不在者は沖様です。もともと彼は志願兵ではありませぬ故」


「ふむ、そうか。女、今日は戦えるのか?」


 スケイルが視線を送ったのは岩永だった。


 岩永は顎を引いてスケイルを見返した。


「は、はい。やれるわ」


「ならば良し。まずは昨夜はご苦労だった。お陰で我が軍は三十メートルも国境を取り戻すことができた。坂伊坂、貴様のおかげだ」


「へへっ」


 坂は照れくさそうに鼻を掻いた。


 三十メートル。それが昨夜の勝敗の結果だった。


 一体何人死んだのか、途中離脱した俺には知る由もない。


「昨日の今日だ。まだ魔王軍の体勢が整わぬうちに襲撃をかける。坂にはケンケンと共に一番槍を頼みたい。それと──」


 スケイルは他三人、俺、岩永、浜松を見た。


「──昨夜、キャトから進言を受けた。異世界の勇者は皆一騎当千の戦士と聞いていたが、どうやらそうでもないらしい。お前たちは何ができる?」


 それは昨日スキップされた自己紹介の時間だった。


 スケイルもスケイルで認識に違いがあったらしい。皆が皆、坂のような化け物剣士と思っていたようだった。


「私は心が読めます──が、魔物相手にどれだけ有用かは分かりません。アマビエの思考は人間のそれと大差ないものでしたが。多少は剣も使えます」


 まず浜松が淡々と答えた。スケイルは云々と頷く。


 次に岩永が恐る恐る答えた。


「わ、私は──上手く伝えられないのだけど、他人に『命令』できるわ。動くなとか、情報を吐けとか大体何でも。ガシャドクロにも効いたから魔物相手でもイケると思う」


 スケイルは暫し思案する素振りを見せたが、一旦置くことにしたらしい。最後の一人に視線を向ける。


 そう、俺である。


 しかし、何ができる、か。そんなの俺も知りたい。


 俺の手札は大きく分けると二つだ。『統一言語』と『憑依』。さて、ここでは何と答えるべきか。


 悩んだ末、俺は無難に伝えることに決めた。


「俺は魔物を操れる。向こうさんの知能で効き目の良し悪しは変わるけどな。職分は魔法使いだよ」


 『憑依』は魔法に大別されるだろう。罠師をやるにもハンターをやるにしても、アレらは魔力を使う。


 スケイルは頷いてから俺たちを順繰りに眺めた。


「まず、ハママツ。貴様はどの程度詳しく思考を読める? 見るだけで読めるのか?」


「……見るだけでも多少は。触れられれば記憶まで読めます」


「よし。お前には後で斥候兵を紹介する。適当に指示に従え」


「はい」


 次に岩永に視線を向ける。


「イワナガ、『命令』と言ったが、それは味方を鼓舞する様な使い方もできるか? 無理やりに兵士の士気を上げられるのならばこれほど有用な力はない」


 岩永は味方を操るなんて、今まで発想にすらなかったとでも言いたげに驚いた。


 少し思案して答える。


「できる……と思うわ。あまり気は進まないけど」


「何故だ?」


「だ、だって、私のコレは──人の意思とか無視して『魅了』するのよ。尊厳とか、人権とか──」


「くだらん。それはお前の腕の見せ所だろう。しっかり能力を制御できるようになれ」


 『祝福』の制御。それは奇しくも、俺が昨夜岩永に提案しようと思っていたことだった。


「お前には『戦場の女神』をやってもらうぞ。ちと若すぎるが、顔は良い」


「なっ──」


 岩永は狼狽えたが、反論は無いようだった。


 言い方はともかく、スケイルの用兵が理にかなっていることが理解できるからだ。岩永は──というより東栄生は頭が良い。


「最後に、マツヤマ。貴様はどうやって魔物を操る?」


「具体的には『俺の言葉を真実だと無理やり理解させる力』だ。だからやり方っつーと、例えば『俺はお前らのご主人様だぞ』とかって言葉をかける」


「なるほど……近接戦闘は不得手か? 魔法使いと言っていたが」


「苦手だね。魔力が切れるまでなら何とかなるけど」


「近付く必要のある力で、本人の資質は魔法使い……厄介だな。いや、強力な魔法使いと考えれば良いか……?」


 スケイルは暫し考えていたが、やがて決断した。


「よし……貴様にはケンケンと共に一番槍を命じる。ケンケン、この男を死なせるなよ。護衛は得意だろう」


「はーい」


 いつのまにか後ろに控えていたケンケンが気楽そうに返事をした。


 事ここに至っては、疑う要素はなかった。


 スケイル・グレー。この男──有能だ。話を聞いただけで、適当に用兵をこなして見せた。彼の選択に異論を挟む余地は全く無かったと言っていい。


「なあ、スケイルさん。一個聞いてもいいか?」


 それを認めて、俺は素朴な疑問を呈する事にした。


 スケイルは顎をしゃくった。なんだ、と。質問の許可はもらえたらしい。


「この戦争はどうやったら終わる?」


「何?」


「勝利条件だよ。魔王を倒せばそりゃ終わるんだろうけど、どうやったら魔王に辿り着く?」


 俺の言葉にスケイルは眉を顰めた。コレだけ有能な指揮官が、戦争の終わらせ方を今まで考えてこなかった訳がない。


 ため息を吐いて、スケイルは語り始めた。


「ここから三キロ先──そこには、ロクハンドという都市があった」


 それは全く予期していなかった語り口だった。俺たちは黙って聞く。


「今はもう地図から消えた。俺たちが魔物の進軍を止められなかったからだ」


 その言葉に、俺はヒュッと息を呑む。オチが読めたからだ。


「ここから南東方面にはパレキャッスル、南西にはマウントシェイプの街がある。我々の進退は、そのまま民の命に届く導火線なのだ。ヒツジの『転移』も万能ではない。迫り来る魔物を押し除けて日に数十メートルを奪い合う──我々に許された戦術は、それしかない」


 そう、考えてこなかった訳はないのだ。


 その上で、コレが最適解だとスケイルは言った。


 表情を暗くする俺に、何を思ったかスケイルは笑いかけた。


「ガハハ、そう気を落とすな。生きた壁を殺したのはお前だったな、マツヤマ。改めて感謝を述べよう。ありがとう、助かった」


「……え?」


「アレは厄介だった。距離を無視して軍隊が各地に出現するし、こちらの有能な兵士が突然神隠しに遭う。ケンケンですら抗えない卑怯な力だ。ヒツジの上位互換ではないか! ロクハンドは──ブルーフォレストも、オタムフィルドも、そのせいで守りきれなかった」


 迷宮、ヌリカベ。


 最前線ノーシーストの戦場から最南の国ナインステイツの『水辺の森』まで、自由に移動する輸送機にして牢獄。


 確かにそんなものが敵にあっては、防衛戦など勝負にならないだろう。


「戦況はだいぶマシになった。ここ一月は僅かずつだが国境を取り戻しつつある。いつの日か我々はノースロード──魔王城のあるビルフッドに辿り着き、魔王の首を刎ねるだろう……何年かかるかは、我々の努力次第だ」


パレキャッスル、マウントシェイプの立地を修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ