3 やっぱりつーちゃんは不思議ちゃんだ
次の日から訓練が始まった。ちょっと体育の多い普通の学校みたいなもんだな、と思った。
座学をして、身体を動かして、魔法を習う。身体を動かすのにも魔力は使う。
戦力外ならすぐに見切られると思っていたが、そうではないらしかった。
この世界の成人男性の平均的な鑑定結果がこうらしい。
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名称:
体力値:100
魔力値:100
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俺たちは祝福を問わず、高い魔力を持っている。それだけで他人より早く動けるし、頑強だ。まあ俺は一般人レベルのゴミなわけだが。
世界を超える時に大量の魔力を浴びるかららしい。じゃあ何で俺は一般人相当なんだよ。
俺たちは魔法使いであり、戦士だった。俺は一般人だけど。
魔力の扱いはセンスに依る。身体の内側の魔力を扱うのに長けていれば戦士だし、外側に放出した魔力を扱うのに長けていれば魔法使いだ。まあ俺は(以下略)
俺たちはざっと三組に分けられた。戦闘技能、戦闘補佐技能、生活技能だ。俺は生活技能に組み分けられた。向こうが知ってる情報は『俳優』だしな。希望すれば戦闘補佐にも行けるらしいが、断った。
上から一軍、二軍、三軍だと思ってもらって良い。
東野ら四人は全員一軍だった。水戸は二軍、戦闘補佐。まあ納得の位置だ。水戸が誰かを補佐できるとは思わねぇけどな。能力的な意味じゃなくて性格的な意味で。
最初に全員一緒に座学を受けた。この世界の成り立ちとか、魔力とか魔法とか、魔王のこととか。
魔王が生まれたのは十年前。大体百年周期で生まれているから、人類も相応の準備は行っていた。発見されると同時に周辺諸国から総攻撃を受けたが、これを撃退。周辺諸国は壊滅的な被害を受け、現在は魔王領となっている。
幸いなのは発生場所が北の果てだったことだ。幸いというか、北の果ては通称『死の大地』──魔物の巣窟らしい。魔王は大体ここで生まれる。
だから北側諸国は精強で有名だった。魔物と戦う最前線だからだ。それが滅ぼされたっていうのがやばいらしい。
魔物というのは魔力を浴びて凶暴に変質した獣のこと。魔獣とも呼ぶ。
魔王はその後も進軍を続け、人類の生活圏は次第に後退、既に世界の半分が魔王領となっている。
これを受けて残留諸国との協議の結果、ここ南の王国ナインステイツで『異世界召喚の儀式』が決行、訓練の末魔王を討伐することが俺たちに与えられた使命だとか。
「訓練期間はどの程度を想定していますか?」
東野が講師に聞いた。講師は割と高名な魔法使いらしい。名をグレラン。
「一年は用意している。現在最前線である『ノーシースト共和国』には雷鳴の魔法使い殿がおられる。もう暫くは大丈夫だろう」
雷鳴の魔法使い。また新しい名前だ。
そろそろ魔力とやらの使い方を知りたくなってきたころ、座学は終わった。ここからは適性に合わせて訓練も変わる。俺たち三軍は屋外に集められた。だいぶ広い。
俺たちの講師は引き続きグレランだった。
「生活補佐とは言うが、君たちの祝福をそうカテゴライズしただけだ。君たちには、魔力の扱い方を覚えてもらう。祝福を伸ばす方向ではなく、強大な魔力量を活かして戦闘力を鍛える」
ここには東野がいない。誰も何も言わなかったので、俺が役を羽織った。
心の底から思い込む。俺の名前は東野京。十七歳。東栄高校の二年生。クラス委員長。
目を開けた時、少しだけ視界が開けて見えた。
「それでは、戦闘技能の人たちは祝福を鍛えていると?」
「そうだ。例えば『剣術の達人』のような祝福は、祝福が剣の使い方を教えてくれるというものだ。こういう場合は剣士に魔力の使い方を教わった方が良い。戦闘技能の者にはそれぞれ個別に師範がついているのだ」
「僕らは魔法を使えるようになるか、戦士として戦えるようになるか。どちらにせよ、戦力には変わりないということですね」
「ああ、そうだ。今日は私が指導しながら、ここにいる全員の傾向を探る。運動神経や先ほど説明した魔力操作のセンスにも依るが、明日以降君たちには戦士か魔法使いを志してもらうことになる」
背後からざわざわと声が聞こえた。
「うわ、何度見てもあれ気持ち悪い……」
「声まで東野そっくりだぜ、立ち振る舞いも」
「一人称『僕』になってるし……まあ便利だから良いけど」
酷い言い草だ。だが誰も俺の進行に異論はないらしかった。
俺の『趣味』は、割と広い意味でクラスメイトに受け入れられている。
誰かの代わりになること。説得力を持って、他人を羽織ること。
それから俺たちは魔力の扱い方を教えてもらった。皆が距離をとって、唸りながら精神統一している。グレラン先生が一人一人見て回って助言する。宗教みたいだなと思った。
基本的に男は戦士、女は魔法使いに適性があるようだった。
俺は何故か酷く悩まれた。運動神経やセンスは悪くない。何でもそつなくこなせるが、突出して秀でているところはない。
またもや「選んで良い」と言われた。俺は魔法使いを希望した。魔法が使えるって格好良いし、俺は『鑑定』が気になるのだ。
グレラン先生が俺の元へやってきた時、俺は気になっていたことを聞いた。
「どうすれば、魔法を使えるようになるのですか? まだ基礎的な魔力制御しかやっていませんよね」
「ふむ。魔力は万能のリソースだ。基本的に頭の中で魔法をイメージしながら魔力を練ると、魔法が発現する──が、基礎的な魔力制御ができていなければ、魔法は正しく発動しない。何事も基礎が大事なのだ」
「でも俺たちは『鑑定』を使えましたよね」
「目ざといな。あれは鑑定石の力だ。マジックアイテムと言う。魔力制御を道具に任せれば、今の君たちでも魔法を使える。部屋の外で『鑑定』を試したか? 使えなかっただろう」
もちろん試した。そして使えなかった。
そのため『統一言語』について、昨日より考察を伸ばすことはできなかった。
「鑑定石は普段、どこに置かれているのですか?」
「すまんが、あれも高級品でな。広間一つを覆うほどの効果を発揮するマジックアイテムだ。知りたければレジーナ王女を説得するが良い」
ちいっ。意外とセキリュティがしっかりしてやがる。俺は悪態をついた。
「祝福を鍛えるにはどうすれば良いのですか? lv1、とか書かれてたと思うんですけど」
「その祝福を使えば良い。身体が魔力に馴染めば馴染むほど祝福は強化される。魔物を倒すという手もある。こちらは魔物の種類によって鍛えられる祝福は限られるがな」
なるほど、仮に『剣術の達人』なら、剣を使う魔物を倒せば、レベルを上げられるのか。『統一言語』を使う魔物なんて想像できない。いや、言葉を話す──知性のある魔物を倒せばいけるか?
グレラン先生がいなくなった後、とことこと俺の方に歩いてくるやつがいた。三枝二。水戸がつーちゃんとか呼んでたやつだ。つまり俺たちのぼっち仲間。
「……何話してたの」
つーちゃんは不思議なやつだ。口数は少ないけど、変な視点を持っている。素朴な顔の金髪ロリだ。いつもジト目で口をへの字に曲げているから、彼女が今何を考えているのか俺にはさっぱりわからない。
陽光が綺麗な髪に反射して煌めいた。不機嫌な不思議な国のアリスみたいだな、と思った。そういう顔なんだろうけど。
「……別に。つーちゃん、祝福なんだったの?」
「私は『詩人』……って書いてあった。よくわからない。使い方もわかんないし、特に変わったところもない」
二重鑑定には気付かなかったのか。俺は口を噤んだ。
「……何か隠したね。まあ良いけど。松山は?」
「俺は『俳優』……つっても、俺も特に変わらん。『素質のある者は特別な力さえ手に入れる』……だっけか? これ、あれだろ。元から特技とかあったやつが、それを魔力とやらで強化されただけだろな。『剣術の達人』って、絶対坂のことだぜ」
坂伊坂。人生楽しければそれで良いウェイ系の鏡みたいなやつだが、あいつは剣道で全国大会常連だ。
「……『俳優』、ね。まあお似合い、か」
「そう言うつーちゃんも『詩人』ってなんだよ。ポエムでも詠むの?」
「……んん、多分、予言、とかかなあ。私、たまにあったんだよね。予知夢とか見るの。ポエム詠んだら、それが現実になっちゃうかも」
やっぱりつーちゃんは不思議ちゃんだ。俺は理解を放棄した。『統一言語』、やっぱ使えないかもしれない。日本語同士でも会話できないんだもん。
「それで何話してたの?」
「……いいや、何も? どうやったら魔法を使えるようになるか聞いただけだ。俺は魔法使い志望だからな」
「……そう。松山周りで何か事件が起きる気がしてたんだけど……言いたくないならいいや」
言って、三枝はさっさとどこかへ言ってしまった。相変わらず変なやつだった。事件ってなんだよ物騒だな。
○
夜になると宣告通り歓迎パーティが開かれた。
俺たちには制服で出席してほしいとのお触れが出た。異世界出身というのが分かりやすいからだそうだ。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。このパーティの目的は皆さんに異世界の勇者様を紹介することと、彼らに英気を養ってもらうことです。どうか、存分にお楽しみください」
レジーナ王女が挨拶をして、それからは参加者全員が入り乱れるように会場を往来し始めた。
立食パーティってやつだ。ビュッフェのように料理がたくさんテーブルの上に並べられていて、俺たちはそれを自分の皿によそって食べる。
歓迎パーティには、結構な数の偉そうな人が出席していた。皆煌びやかな衣装に彩られていて、男子共は露出の多い貴人のドレス姿に鼻の下を伸ばしている。
この辺りから俺たちはドッキリの線を追えなくなった。もしそうなら、関わっている人や金が多すぎる。
たくさんの人が挨拶に来た。大体東野が対応したが、来る人が多すぎて、坂やら高松やらも応対していた。
それでも漏れて、俺たち個人個人に話しかけに来る奴らも一定数いた。来賓は皆が皆、豪奢な服に身を包まれている。
「私はセキースト帝国の者です。お見知り置きを」
「私はノーシースト共和国から来ました。北の果てとはご近所さんでしてねぇ、一刻も早い救援を待っています……ああいや、急かすわけじゃないんですけどね?」
「自分らはキニア皇国っす。キニアには聖女様がいらっしゃるっす。呪いとかかけられたらうちにくると良いっす!」
などなど、ここにいるのはナインステイツ王国の者だけではないらしい。
俺たちは年相応に萎縮して、仲の良い者同士で固まっていた。俺は水戸と一緒にいた。浮いているのは──三枝くらいか。
水戸が厳しい目で周囲を確認していた。
「……異世界召喚の儀式──これ、多分どこの国もやってるね」
「……どうしてそう思う?」
「ナインステイツの人間はどこか誇らしげだから。あんた、そんなに節穴でもないでしょ」
「……なるほどね。そんでそれ以外の国は余裕がなさそうだ。魔力を使い切ったからか。ナインステイツの方針──一年の訓練だったか。それをもどかしく思っている」
「そういうこと。王国以外は召喚の儀式に失敗したんだろうね。ノーシーストだけは違う理由で焦っているかもしれないけど。現在の最前線なんだっけ?」
そう、王国の手前表立って勧誘はできないが、どの国も如何に自国が必竟な状況に置かれているか力説していた。
正義感の強い奴らはその雰囲気に割と当てられていた。自分たちがこの世界を何とかしなければ! といきりたっている。
事件が起きたのはそんな時だった。
ふと、三枝二と目が合った。彼女だけこの会場で浮いている。周辺諸国の人間も、彼女の素っ気ない反応にどう話しかけて良いかわからないみたいだった。
次の瞬間。
メキメキメキメキ!! と。
訳のわからない音が三枝の頭上から響いた。
俺が驚いて視線を上げると、巨大なシャンデリアが、彼女の頭上目がけて、落ちていた。
一瞬、時間が止まったように感じた。
三枝はぽかんと口を開けて天を見上げている。
クラスメイトたちは、驚きで全く動きを見せていない。
諸国の用心棒達は、とっさに自国の要人を守っている。
今動けるのは、俺しかいないみたいだった。
役を羽織るとか考えている暇はなかった。
「危ない、つーちゃん、避けろ──ッ!」
「……え?」
俺は全速力で駆けながら、シャンデリアを確認した。くそっ、間に合いそうにない。魔法は使えるか? だめだ、今日習ったのは基礎的な魔力の扱いだけだ!
ふと、グレラン先生の言葉を思い出す。
『魔力は万能のリソースだ。基本的に頭の中で魔法をイメージしながら魔力を練ると、魔法が発現する──が、基礎的な魔力制御ができていなければ、魔法は正しく発動しない。』
基礎的な魔力の扱い。
今この瞬間、別に正しく発動しなくとも良い。少しでもシャンデリアを遅らせられれば。
必要なのはイメージだ。
時間はない。が、俺は役を羽織る。俺は大魔法使いマツヤマだ。この世全ての魔法を知る古の魔法使い。
説得力を。振る舞いで。落ち着きで。俺はいつかきっと、世界さえ欺いてみせる。
必要なのは、想像力。巨大なシャンデリアを受け止められる程の──だめだ、想像できない。あんな鋼鉄の塊を受け止めて無傷で居られるとは思えない!
せめて風を。俺の少ない魔力でも。少しだけでもシャンデリアを浮かしたい。僅かな時間さえ稼げれば良い。その隙に俺が三枝を突き飛ばす。
昼の訓練を思い出す。身体の内側に宿る魔力を知覚する。頭の中で思い描いた『風』を、シャンデリアをふわっ、と浮かせて、それでいて力強い『暴風』を。ありったけの魔力を込めて。
「風魔法っ!」
名前は適当だ。だって知らないし。
身体からどっと何かが抜けていくのを感じた。これが、魔力。だめだ、霧散するな。俺のイメージ通りに働いてくれ。
風、風、風。一瞬だけで良い。シャンデリアを止めてくれ──
「っ」
もう頭上を確認している暇はなかった。魔法が成功していることを祈りながら、俺は全速力で駆け、遂に三枝を突き飛ばした。
俺に押された三枝は体勢を崩し、咄嗟に俺の右腕を掴んでぐいっと引っ張った。俺の身体が三枝に引き寄せられて加速する──
「あっ」
──そして、シャンデリアが落下する。
三枝二。さえぐさではない。
モチーフは人狼アル○ィメットよりサンドラ。