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28 教皇、求婚される

 城は随分と寂しくなった。

 最近は一人で過ごすことも多かったが、仲間たちがもう戻らないことを思うと余計にそう感じられた。


 と、足音が聞こえる。玉座の間に入ってきたのは老年の燕尾服を纏った男──ここが人界ならヒツジ・テンテンと呼ばれている者だった。


 もっとも、姿だけだが。


「ふぅ。相変わらず辛気臭ぇ顔してやがりますね、魔王様」


 その口から飛び出したのは、姿に全く似合わない軽薄な声だった。


 相対する魔王──北道海もその言いようにため息を吐いた。


「……天邪鬼(アマノジャク)。ずいぶん簡単に姿を現すんだな」


「あっしの人見知りを揶揄わんでくださいよ。もう脳筋髑髏も邪精霊もいないですからね」


「……そんな呼び方をするな。……終わったか。どうだった」


 アマノジャク、とそう呼ばれた男の肉体がぐにゃぐにゃと変形する。


 次に彼が取った姿はガシャドクロ。それからアマビエ。ヌリカベと、彼にとっては性別も種族も関係がない。


 最後に特徴のない男に成り代わってアマノジャクが両手を天に向ける。


「どうもこうも、人類、強すぎやしませんか? アマビエもガシャドクロも真っ正面から討たれっちまいやしたよ」


「そんな事は聞いていない。お前には死体の処理を頼んでいたはずだ」


「無理言わんでくださいよ。流石のあっしでも、正々堂々真正面から戦って死んだ奴らの死を偽装するなんて不可能ですって」


「……そうか。失敗したか」


 魔王軍と人類の戦いとは、情報戦だ。


 人類の絶望は魔王軍の強化を意味し、希望は弱体化を意味する。全ては『無意識の魔力』によって。


 幹部を討ったとなれば人類はその事実を喧伝するだろう。もとより成功するとは思っていなかったが──死体の偽装も失敗したとなれば痛手には違いない。


「……まだ、勝つつもりなんですかい」


 アマノジャクの問いに、魔王は迷いなく答えた。


「ああ」


「じゃあなんであいつらに死に場所を用意してやったりしたんですかい。二人とも、他に使いようはいくらでもあったでやしょう」


「……」


 続く言葉には沈黙した。


「死んでいった仲間たちへの義理だけで、貴方は何年を不幸に過ごすつもりですかい。全部一人で背負い込んで。良いんじゃないですか? 何もかんもほっぽり出して逃げ出しても」


「……お前は、変わらないな。私がお前の甘言に乗ったことがあったか?」


「甘言て。魅力的な提案だと思ってもらえてる、と判断しても?」


「口の減らない奴だ」


「それだけが取り柄なもんで」


 それ以上言い返さない魔王を見て、アマノジャクは遠い目をして呟いた。


「……貴方はいつもそうだ。誰も苦しませたくない死なせたくない楽にしてやりたい。のに、王を目指す事はやめられない。最初にザッコの奴が死んだ時から、なぁんにも変わってねぇ。強欲が過ぎるってぇ、あっしは思いやすがねぇ」


「……そうかも、しれん。私はとんだエゴイストだよ。死んでいった者たちの事を思うと──今にも胸が張り裂けそうだ」


 意思の変わらない魔王に対し、アマノジャクは今まで聞いた事のなかった事を聞いた。


 アマビエやガシャドクロが居たら絶対に聞かせられない話だ。


 魔王が真に追い求めるモノ──それは魔物の人権だとか、人類への復讐だとか、そんな大義のあるものではないのだから。


 それは、もっと個人的な願いだ。


「……そんなに、元の世界って奴に帰りたいんですかぃ。ここであっしらと過ごすんでなくて」


 ぴくり、と魔王の眉尻が上がった。


 しばらくの沈黙を経て──魔王はふっ、と力なく笑った。


「……どうだろうな。もう、この世界に骨を埋めても良いかもしれない」


「……それぁ、今すぐあっしと逃げ出すってんなら歓迎しやすがね。そうでないんなら──そんな顔で、縁起でもねぇこと言わんでくださいよ」


 戦い続けて、最期には夢敗れて死ぬ。

 我赦髑髏や甘冷、塗り壁達が逝った場所に私も付いて行ける


 天邪鬼の甘言ではないが──今の魔王にとって、それは酷く素敵で似合いな末路に思えた。

 





 謁見の間に行く前に、ちょいちょいと浜松に肩を叩かれた。


 見ると、ん、と右手を顔の高さまで持ってきている。


「忘れてました。東野様はいませんが、そういえば貴方がいたじゃないですか」


 ああ、と俺は理解した。いや理解できてないんだけど。


 浜松神奈と俺の関係は一言で言うとゲーム友達だ。東野の幼馴染をやっているこの女は男の趣味に理解がある。


 それは良いんだけど、問題は浜松が遊戯事(ギャンブル)に強過ぎるということだ。


 ポーカー。ブラックジャック。指スマに一一、果てはジャンケンに至るまで。


 クラスで彼女と対等に『遊べる』のは俺と東野くらいだった。それでいつしか始まった日課がコレ──


「よし、いくぞ……」


「はい──」


「「ジャンケン、ポン!!」」


 ──そう、ジャンケン占いである。


 意味わかんねぇよな。俺も意味わかんねぇよ。こいつは東野とほぼ毎日コレをやっている。そして、東野が忙しくて相手できない時には俺にその役目が回ってくるのだ。迷惑すぎる。


 勝つか負けるかわからない相手とやるのが良い──と本人は言っていたが、え、じゃあなに? 逆に言うと俺ら以外とやる時は必勝なの? ジャンケン負けない奴とかこの世に存在すんの?


 まあやるとなったら最善を尽くすのが俺だ。


 浜松の顔をつぶさに観察する。ちっ、相変わらずの鉄面皮だ。手の握りは少し浅いか? 極限の集中状態に入った俺に、世界は限りなくゆっくりと見える──


「──っ!」


 小指に力が入った! 浅い握り。つまりこいつが出そうとしているのはチョキ──


「だー!! 負けた!」


 ──全然違った。俺が出したのはグー。浜松の手はパー。


「……勝ち、ですか。じゃあ大丈夫、かな」


 知らねぇよ天然が! 勝手に満足してんじゃねぇ。


 俺の勝率は三割と言ったところだが、俺が負けても「大凶」とか言う時もあるので本当にわからない。基準が。


 ジャンケンとかいう運ゲーで勝率に差が出るのを疎んで必死に研究した時期もある。それで分かったのは、浜松相手に三択の勝負を挑むのは馬鹿のすること、という結論だけだった。


 こいつとヤるなら最低五択は無ければ勝負にならない──格ゲーの起き攻めかな? 表裏中下投げ……起き攻めの女王──永パってくだらねぇよな。


「……久しぶりに見たわ、アレ」

「神奈が負けるとこ見てぇな〜」


 元クラスメイトは白けた目を向けているし、ケンケン達この世界の住人も困惑していた。いや、俺は普通だから。何故か巻き込まれてるだけで。


 そんなこんなで馬鹿みたいにでかい扉の前に辿り着いた。


 教皇猊下との謁見といっても俺たちが何かすることはないらしい。


 会話はヒツジさんが行ってくれるそうだ。紹介とか顔見せ、だから喋らなくて良い。むしろ喋るなと何度も念を押された。


 おい、そんなに言われたら喋りたくなるだろ。黙ってるけどよ。


 扉を聖騎士に開けてもらい、ずらりと並んだ聖騎士の間、レッドカーペットの上を進む。空の玉座の前に来るとヒツジさんやメイズが跪いたので、俺たちも揃って頭を下げる。


 少しの間を開けて、聖騎士に連れられた一人の女性が奥から出てきた。


 何となく、顔を上げてはいけない気がする。小市民的考えだが正解だったようだ。


 俺の隣の男──坂伊坂に殺気が集中するのが分かったからだ。こいつ、顔を上げやがった。


「お、おい、坂……」


 小声で坂を嗜めるが、聞こえていない。顔を上げた彼の視線の先にいるのは当然、教皇猊下である。


 仕えの聖騎士が動く前に教皇猊下が声を上げた。鈴の音の鳴るような清涼な声音が響く。


「皆の者、頭を上げよ──カミング、これで構いませんね」


「ハッ」


 多分、坂が頭を上げたのを教皇が庇ってくれたのだ。先んじて許可を出すことで、坂の無礼を見過ごした形。


 何はともあれ許可をもらったので顔を上げると、声を返し黙礼したのは猊下の隣に立つ聖騎士だった。一番殺気立っていた奴だ。カミング、と呼ばれていたがぱっと見は他の聖騎士と変わらない。


 そして一際目を引くのは教皇猊下その人だ。レジーナ王女も人外の美貌を誇っていたが──彼女と比べてももう一段か二段、レベルの違う美しさだった。


 精緻な紋様の施された白帽から伸びる絹のように滑らかな金の髪、薄目の向こうから覗く赤い相貌。薄紅色の慎ましく、しかし瑞々しい唇に、禁欲的な聖職者の出立でも隠し切れていない張りのある双丘。


 アリステラ・ルミエーヌ・ローラー・キニア教皇猊下。これで市井の出だと言うのだから恐れ入る。


 キニア皇国の教皇選出は特殊だ。

 資格者に求められるのはたった一つ。光魔法を使えること。


 最も優れた資質を持つ者が教皇となり──アリステラは歴史上最も優れた光魔法使いだそうだ。つまり、この世で最も強く高貴な者の一人。


 それに音も立てずに忍び寄ったのが東栄の問題児──坂伊坂だ。


 突然距離の縮まった男にアリステラ教皇が胸の前で指を組んで困惑している。


「……あ、あの……」


「お嬢さん。名前を聞いても?」


「は、はい。アリステラです……」


「アリステラ……良い名前だ! 俺と結婚しよう!!!」


「「「無礼者!!!」」


 坂は謁見の間から叩き出された。





「お、おほん」


 気を取り直して、教皇猊下から改めて挨拶を賜った。


「私はアリステラ・ルミエーヌ・ローラー・キニア……この国の王様をやらせてもらってます……はっ、やっている者だ」


 ふむ。へぇ〜、ほぉ。


 俺は大体を理解した。市井の出──元一般人。そう言うことか。


 キニア皇国も大変そうだなと思った。


「猊下。こちらがチェイネンで魔王軍の幹部を二人倒した、異世界の勇者一行でございます」


 ヒツジさんが挨拶を返して俺たちを紹介する。


 俺が知っているのはガシャドクロだけだ。もう一匹きてたのかよ。もしかして殺ったのは浜松か? 俺の妄想が捗りすぎている。


「はぁい、アリス猊下。お久しぶりです」


 ひらひらとメイルさんが手を振っていた。どうやら知り合いらしい──が、気安い態度に周りの聖騎士の目が怖い。


「は、はい! お久しぶりで──おほん。久しいな、メイル・シュトローム。そなたもチェイネンで武功を?」


 一瞬目を輝かせた教皇猊下だったが、咳払いして厳格な態度に仕切り直した。


「はいな。私とそっちの長髪の子──浜松さんで水の精霊を倒しましたわ。もう一人はケンケンから」


「は、はい! 僕とこの岩永ちゃん、そこにいる沖くんと、あとさっき出ていった坂で、骸骨の死霊術師を討伐しました」


 ヒツジさんが対応するとの話だったが、メイルとケンケンも教皇猊下と知己だったらしい。淡々と戦果を報告していく。


「それは悪いことをしました──したな。何やらおかしな事を口走っていたが、武勲者には違いないでしょうに」


 アリステラ教皇猊下はジト目で側使えの聖騎士を睨んだ。カミング、だったか。彼は鼻を鳴らして槍を地面に一突きしただけだった。


 教皇猊下の視線がまだ紹介されてない俺に向く。


「それで、そちらの方は?」


「松山さんは、もっと前に生きた壁(リビングウォール)を討伐したんですわ。私も含めて、最近行方不明者がたくさん解放されたでしょう? それですわ。ね、メイズ」


 話を振られたメイズが頷いた。


 まあ、と教皇猊下は目を見開いて俺を見つめた。こんな美人に見つめられると胸がドキドキしてしまう。いきなり求婚した坂の気持ちもわかる──わけねぇな。普通に意味わかんねぇよ。


「……最近、セキーストに向かった友人も行方不明──迷宮に囚われたと聞いている。無事だと良いのですが……もし彼女も解放されたとなれば、私は其方に感謝しなければならないな」


 教皇猊下は目元を伏せてそう言った。


 セキーストに向かった友人……?


「それってポンズのことですか?」


「……! ポンズを知っているのですか?」


「知ってるも何も大恩人ですよ。二度も命を救われましたからね俺は」


「……そう、ですか。命を──え、ポ、ポンズが光魔法を使えたということですか!?」


「猊下、落ち着いて」


 口調の乱れた教皇猊下をカミングが嗜める。


 はっ、と猊下は口元を手で押さえて頬を赤らめた。もしかしてお可愛い人か? この人……ていうか、ポンズと知り合いなのかよ。『もう会う資格がない』とか言ってたが──


「──まあ、その辺は本人から直接聞いてくださいよ。彼女も今はキニアにいます。教会に行くって言ってたかな」


 プライベートな事情には踏み込まないに限る。俺はそれきり沈黙した。つい口を挟んでしまったが、無礼が無かったとは言い難い。


 咳払いを一つして、教皇猊下はまた仕切り直した。


「……おほん。では、そうさせていただこう。彼女は私にとっても恩人で──友人なのだ。改めて、其方に感謝を」


 彼女の礼に俺も会釈を返した。事情がどうであれ、感謝されるってのは気持ちがいい。ヌリカベ倒したのって本当にやばいことだったんだな。


 と、入り口のあたりが騒がしくなる。何やら聞いたことのある声と共に部屋に飛び込んできたのは先ほど退室させられた男に他ならない。


 聖騎士達の抵抗虚しく、奴は教皇猊下の眼前に躍り出た。ばったばったと聖騎士を薙ぎ倒す男の蛮行に、カミングが猊下の前に立って槍を構える。


「お、おい! 待ってくれ! 俺は話がしたいだけで──」


「問答無用!」


 聖騎士を多数のしておいてその言い分は通らない。カミングが容赦なく槍を振りかぶった。


 俺はちらと岩永に視線を向けた。岩永はため息を吐いて声を張り上げる。


「……はあ。なんでこう状況を拗れさすのよ……『止まりなさい』!」


 瞬間、ピィン、と糸が張ったような沈黙が訪れる。


 鎧のガシャガシャと擦れる音も、衣擦れの音も一切が静止した耳に痛い沈黙。


「……聖騎士にも効くんだ。やっぱり男ってことね」


 この場で動けるのは『魅了』の効きづらい性別──女性だけだ。


 岩永の乱心に、メイズが俺を庇うように立って、メイルの指先が岩永へと向けられていた。問いただすのはおっとりとした声。


「……岩永さん、どういうつもりぃ? 私のお友達に手出しはしないで貰いたいのだけれど」


「よく見てよ、イサカも止まってるでしょ。むしろ私は守ったつもりよ。あの馬鹿を拘束するなんて命が幾つあっても足りない──いいえ、好きにさせてもあんま変わんないんだけど……」


 そう言って岩永は静止した坂に向かって叫ぶ。坂伊坂は無謀にも槍の一撃を白羽取りしようとした体勢で止まっていた。


「イサカ! 話したいだけなんでしょ! 今のうちに済ませなさい」


「お、おお、サンキュな仙! アリステラ教皇猊下!」


「……は、はい」


 坂に呼ばれたアリステラが、困惑のままに返事をする。両手を胸の前に持っていって不安そうな顔だ。


「俺は坂。坂伊坂って言うんだ。頼みがあるんだ」


「頼み、ですか……?」


「ああ。一言、願ってほしい。どうか魔王を討伐してくれってな。……今は、それだけで構わない」


 果たしてアリステラ教皇猊下は坂の願いに応えた。


 もとより死にいく兵士を送るのは僧侶の本分だったのだろう。彼女は流麗な聖句とともに勇敢な兵士を祝福する。


「……汝に、女神の祝福があらんことを。サカ・イサカ。どうか魔王を打ち果たしてください」


 最後に祝福を告げた教皇に坂はにかっと笑った。


「ああ! 俺は必ず魔王をぶっ殺して──またここに帰ってくるよ。次は君を嫁に貰いに」


 それだけで構わないとか言っておきながらちゃっかり告白も済ませていた。岩永が呆れたように目線を逸らしてパンパン、と手を叩く。


「うおっ!」


 途端、止められていた男達が動き出す。無礼な乱入者は、今度は抵抗せずに連れ出されて行った。


 なんとも気まずい空気の流れる謁見の間で、おほんと仕切り直した教皇猊下は流石の器の持ち主だった。


「……中々、個性的な人のようですね──だな。ともかく顔合わせはこれで終わりだ。ヒツジ、時間を取らせて悪かったな」


「滅相もありません。通行の許可に加えて魔石まで頂いたんです。無礼千判もお目溢ししてくださったのですから、私めに謝る必要など」


「……少々面食らったが、歴史に残る英雄というのは皆数奇者よ。最後に他の者にも祝福を。女神様のご加護のあらんことを」


 最後にそう締め括られて、アリステラ・ルミエーヌ・ローラー・キニア教皇猊下との謁見は終わった。

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