27 大体全部が終わっていた
目が覚めた時には、大体全部が終わっていたらしい。
ヌリカベの時を思い出すな。あの時と違うのは事態を収拾したのが俺じゃないと言うこと。
「にしても信じられないな。三十メートルもある巨大な竜人がいて? 遠くからとんでもない威力の水の矢が飛んできて? それら全部何とかしたのが坂だって?」
何でも巨人を一刀両断したとか。背骨を真ん中に左右に分たれた死体は今なお闘技場の横に置かれている。死体と言っても、今は骨しか残ってないんだけど。
「ホントなんだってば。坂、凄かったよ。やっぱり異世界の勇者なんだね」
教えてくれるのはケンケンだ。武道祭も中止となり、今は宿屋で朝食を取っている。
「坂、そんなバケモンになっちまったのか……」
恵まれたやつはとことん恵まれていると言うことか。
「ま、全員無事で良かったよ。高松に感謝だな」
ポンズもメイズも、メイルさんも無事だそうだ。
俺にとっての一番の恩人は高松だろう。あいつがいなければ死んでいたに違いない。後で何か埋め合わせをしなければ。
都市は復興への道を進んでいる。最後の巨人の通り道は軒並み踏み潰されていたし、その他にも戦闘の余波は大きい。外壁の補修などやることは山積みだそうだ。
そして今日、俺たちはヒツジさんに連れられてチェイネンを出て行く事になっている。
いや、俺って仮にもナインステイツを追放されてる身な訳じゃん? あんまり長居するのも良くないかなって。久しぶりに会いたいやつもいるけどもね。水戸もつーちゃんも来てないらしいからなぁ。
そうして食後の紅茶を嗜んでいると、宿の扉が開かれた。
そこにいたのはヒツジさんと、見知った顔が四人。
「おはよう、ヒツジさん」
「はい。おはようございます、ケンケン。松山様も元気そうで何より」
そう、見知った顔だ。
俺がこの世界で見知った顔といえば一つしかないだろう。クラスメイト──異世界の勇者。
「坂に、岩永……浜松に沖? 変な取り合わせだな……」
まるで誰かが諮ったかのように、各派閥からそれぞれ一人ずつの同行者が揃っていたのだった。
○
「もともとレジーナ王女と交渉していましてな。武道祭で功績を上げた暁には、希望する勇者をノーシーストへ連れて行くと」
「魔王軍幹部の討伐ってのは大金星だろ。だから俺と岩永は最前線に行くのを許されたって訳だ」
「ふ、ふん!」
「僕も口添えしたよ。この二人は立派な戦士だ」
ヒツジさんが事のあらましを伝えてくれて、坂が自慢げに補足。岩永は無い胸を張っていた。ケンケンも二人の実力を保証する。
にしても好きで最前線に行こうなんて正気の沙汰ではない。俺はこの世界で頼れる知り合いがケンケン達くらいだから成り行きでそうなったが、彼らにはナインステイツの庇護があったろうに。
「……いやまあ、別に俺に決定権があるわけでも無いし良いけどよ。ちなみにそっちの二人は何で?」
俺が目を向けたのは浜松と沖だ。
浜松はいつも通りぼうっとしているし、沖は所在なさげに頭の後ろに手を組んでいる。
「……ちょっと、会わないといけない人ができたので。その方がノースロードにいるのです」
「俺はその付き添い──ていうか、浜松が高松に頼んだんだよ。人探しがしたいから俺を貸してくれってな」
へえ。沖の『祝福』が人探しに役立つのだろうか? 立ちそうだなぁ、こいつは昔から探し物が上手い。
「……不満はないのか?」
「いんや、無ぇよ? 面白そうだし」
これだから楽観派は。
俺がジトッとした視線を沖に向けていると、坂が口を挟んだ。
「俺からすれば愛人がいる方が不思議だけどなぁ。お前、『祝福』無いんだろ? どうやって戦うつもりだ?」
「いやそうなんだよな。今からでもナインステイツに帰れねぇかな。って何で知ってんだよ怖っ!」
「ちょっと、松山!?」
「伊薔薇が言ってたから」
ケンケンが狼狽える。水戸か〜水戸しかいねぇよな〜と瞳に憎悪を宿らせる俺に厳しい目を向けたのは岩永だ。
「なんか、色々有耶無耶になってるけど、つーちゃんを殺そうとしたのは貴方じゃないのよね?」
「……うお、随分昔の話持ってきたな。んなわけねぇだろ、何で俺がつーちゃん殺すんだよ。東栄のアイドルだぞ」
「……っそ。なら言うことは無いわ」
そんなこんなで顔合わせが済んで、シュトローム姉妹とポンズを待っての出発となった。
○
ヒツジさんの転移でノーシーストまで一っ飛び──とは、行かないみたいだった。
何でも彼の『転移』では、国を跨いだ大人数の移動は出来ないそうなのだ。
「これはまあ私の総魔力量による制約ですな。長距離、かつ多数の転移はどうしても魔力を使うのです。各国の王城には私が補給する用の魔石がありますから、それで補充しながら転々と飛びましょう」
便利なのか不便なのかよく分からない魔法であった。
それに各国の城にそれ用の魔石を常備されてるなんて、特別待遇が過ぎる。
「基本的にヒツジさんの『転移』は国に記録されるんだよ。用途とか諸々含めてね。だからノーシーストがヒツジさんを軍事利用しようとしたらすぐに分かっちゃう」
「へぇ〜、滅私の人だ、すげぇな」
最初の経由地はキニア皇国だった。チェイネンの隣国である。
視界が開けるなり真っ白な聖堂が目に入る。
キニア皇国は聖教国──その王城の内装もまた、宮殿じみたそれっぽいものであった。
「すげぇな、ヨーロッパでもこんなのそうそうお目に掛かれねぇ」
坂達四人はそれぞれ感嘆の声を上げている。
隣ではポンズもうっとりとしていた。
「それは、そうですよ……ここ、もしかして聖教会の最奥なんじゃないですか……! 私も入ったことなかったのに……!」
「教皇様と話は付いております。しばらく奥の部屋で待ちましょう。一度ご挨拶をして、それからセキーストに飛びます」
通路を進み待合室のような場所に着いた時、俺はポンズに尋ねた。
「ポンズはどうする?」
「あ、えっと……」
ここはキニア皇国──ポンズの故郷だ。
話は付いていた。ここで彼女とは一旦お別れとなる。
もともとセキーストに行った帰りに魔物に襲われ、ヌリカベに囚われて二週間近くの行方不明。
心配する家族もいるだろう。聖女としてやらなければならない職務もあるだろう。
キニア皇国が通り道だと知って、俺はポンズに帰郷を勧めた。俺のエゴで彼女の人生を縛るつもりはない。寂しいけどね。
「……所属していた教会に向かって帰国を告げようと思います。教皇様にお会いしたくはありますが──私にはもうその資格はありませんので」
「そっか。また今度な」
「……はい。またいつの日か」
別れ際に抱擁を交わし、最後に耳元で「無理しなくても良いからな」と伝えた。
彼女はノーシーストに付いて行きたい、と言ってくれたが、それは俺に変な恩義を感じているからだ。
ヌリカベを倒して迷宮を解き放ったのはただの俺のわがままで、そこに彼女が恩義を感じる必要なんてない。もともと血を見るのも苦手な少女だ。無理に戦争の最前線にまで付いてくる必要はない。
俺の言葉にポンズは一瞬きょとんとして、それから微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます。どうかお元気で」
それからポンズはメイズやケンケンとも抱擁を交わす。
ヒツジさんに彼女の処遇を尋ねると、衛兵? を呼んでくれた。真っ白の鎧を着て、その上に僧侶のローブを羽織った兵士──聖騎士というやつか?
そのまま聖騎士に連れられてポンズは部屋を出て行った。まあ、生きていればまた会える日も来るだろう。
「随分、仲良しなのね」
ボソリと口を開いたのは岩永だ。言葉は皮肉げだがそこに悪意はない。岩永はデフォルトでこういう口調だ。多分。
「ん? ああ。命の恩人だからな。俺はポンズに二度、命を救われてる」
「なあ、迷宮倒したのが松山ってほんとか? 水戸が言ってたんだけどよぉ」
と、今度質問するのは坂。
「え、まあ本当だけど何で知ってんの? 水戸、エスパーかなんかか?」
「まじかよ! そりゃあすげぇ」
俺の言葉に驚くのは沖苗葉。ニャオハとか呼ばれているお気楽なやつだ。
今思ったけど、坂と沖ってキャラ被ってんだよな。
脳筋だけど頭も回るのが坂で、どこまでもお気楽なお調子者が沖だ。沖って筋金入りの楽観思想なんだよな。今もほえーと暇そうに部屋を見回している。
てか全然普通に気まずいんだよなこの面子。
ケンケンやメイズ達は、何かと俺を立ててくれる。ヌリカベを殺したってので一目置いてくれているのだ。
一方クラスメイトだ。俺は学校ではそんなに目立つ方じゃなかった。それに比べて坂や岩永、浜松や沖も中心人物と言えただろう。
なんつーかなぁ〜、ゲーセンでオタク友達とはしゃいでいるのをカースト上位の奴らに見られてる気分?
松山って学校では静かなのに友達の前だとテンション高いよね(笑)みたいな視線を感じる。いや錯覚に違いないんだけど。
「松山はすごいよ〜。命を賭けてまでポンズを助けるんだから」
「へぇ〜。ケンケンにそこまで言わせるのか」
何が辛いってケンケンが坂と仲良いことだよな。友達取られちゃった。ケンケンもお前なんだよ、普通に馴染んでんじゃねぇよ。大人しそうな面して。仲間だと思ってたのに。
ヒツジさんは教皇に到着を知らせに行った。ケンケンと坂、岩永が談笑していて、沖は物珍しそうに散策している。シュトローム姉妹は二人でいて──あ、俺に気遣ってくれてんのか。クラスメイトと仲良くしろよってか?
暇なことには変わりない。俺は残った最後の一人──浜松に話しかけた。
「よう。久しぶり」
浜松はじとっとした視線を向けてきた。反応はない。もともと無口な天然女だ。俺は肩を落とした。
と、意外とすぐに返事があった。
「……魔王軍幹部を、殺したと聞きました。本当ですか?」
「ん? おお。ていうかさっき話してた迷宮ってのがそれだよ。魔王軍幹部の、ヌリカベってやつ」
「どう思いましたか?」
浜松の表情は読み取りづらい。真剣なのか世間話なのか。ポーカーとか強そうなやつだ。
「どうって、別に。殺されそうになったから反撃した。それだけだよ」
「……そうですよね。貴方に感傷を期待した私が馬鹿でした」
読み取りづらいと言っても、そんな明らかな嘲笑は流石の俺でも分かるぞオイ。
俺はため息を吐いて言った。
「感傷って、まるでお前も魔王軍の幹部を倒したみたいな──」
いや、待て。
死霊を操っていたのはガシャドクロだ。岩永が聞き出した情報の中にあった。
チェイネンを襲ったのはそれだけではない。
核攻撃だ。無慈悲の弾頭の術者──あれもガシャドクロだろうか。あんな明らかに剣士ですみたいな奴が、魔法も使えるだろうか。
「──浜松、お前が探してるのって誰だ」
「……相変わらず、変なところで頭が回る」
浜松は顔を耳元に寄せて、声を潜めて俺に耳打ちした。何故か決して肌に触れないように注意しながら。
「……北道海。海ちゃんが、ノースロードに居ます」
「!?」
「私たちは、一体誰と戦っているのでしょうね」
浜松がそう溢した時、ヒツジさんが帰ってきた。謁見の準備が整ったのだろう。
俺の知る浜松神奈は、特に何も考えない。己の快不快のみを行動指針とする在り方はともすれば楽観派に近い──それでも安定派にいたのは、東野の傍の居心地が良かったから。
それが、こんな複雑な悩みを持つ女だったか?
何を焦ってる。何を知ってる。
どうして俺に打ち明ける。
得意の無表情も形無しだ。まあ、すぐに表情は取り繕われたが。
何はともあれ、謁見が始まる。
○
松山達が出発した都市ワイドランド。そこのとある貴族の別荘に勇者一行は集められていた。
「イサカ、本当に行ってしまいましたね。良かったのですか?」
声をかけるのは東野京。この部屋にいる四人のうちの一人。
答えるのは長い金髪を纏めた少女──レジーナ王女だ。
「……もともと、そういう話でしたから。魔王軍幹部の討伐なんて成し遂げられてしまっては引き留める理由もありません」
「ヒツジさん、でしたっけ? 今回はあの人に一杯食わされたって感じですねぇ」
「ご不便をおかけします。今しばらくは事後処理でこの都市に留まらねばなりません。ヒツジ様の帰りも待たねばなりませんし」
勇者一行はチェイネンに『転移』を使って尋ねている。そもそもが急な話だったからだ。
帰りの馬車も無いし、復興途中の都市にそれを求めるのも酷なこと。ナインステイツとしての対応をしながら、ノーシーストに向かったヒツジの帰還を待つ。そういう方針を説明するためにここに東野と高松が呼ばれた。
「不便なんてそんなことないよ〜! 観光だってできるし。それに大金星だよ〜。魔王軍幹部を二人も倒しちゃったんだから!」
申し訳なさそうにするレジーナ王女を高松が励ました。
ガシャドクロ。それからアマビエと言ったか。四天王と呼ばれる幹部を二人も倒した。
しかも、それを為したのは異世界の勇者達だ。デモンストレーションと考えれば、成功以外の何者でもなかった。
「レジーナ王女、貴方は間違っておりません。坂や岩永、ここにいる二人はともかく、その他の者はまだ成熟していない。我々に失敗は許されない。であれば、安全をとって訓練を設けたことが失敗であるはずがない」
事の最中、ずっとレジーナ王女の傍を離れなかったグレランもそう言った。
「グレラン、分かっています。では、そういう事になりますので、今しばらくはゆっくりとお過ごしください。他の勇者様にもそう伝えて頂けますか?」
「ええ、承りました」
伝える事を伝えて、部屋には東野と高松だけが残された。
「落ち込んでたねぇ、レジーナちゃん。素直に喜べば良いのに」
「まあ、気持ちはわかるよ。傍目には大成功だけど、こんなに強いんなら何でもっと早くノーシーストに送ってくれてないんだって声が上がるのも理解できるだろう?」
「そういうもんか。ていうか、東野くんこそ良かったの? 神奈ちゃん、行っちゃったけど」
坂と岩永の強行はまだ理解できる。坂は楽しみを追い求めることに余念がないし、岩永は焦燥感から結果を急いている。
が、浜松は違う。
「それを言うなら香河もだろ。沖を手放すとは思わなかった」
「手放すとかじゃないじゃん! 私は神奈ちゃんに直接頼まれちゃったんだもーん。ニャオハを貸してくれって。私あの子に初めてわがまま言われちゃった。あは、へへへ」
その時のことを思い出して、浜松の頬がだらしなく緩む。
このクラスのマスコット枠、その二台巨頭が三枝と浜松である。
三枝は小動物みたいな不思議ちゃんで可愛いし、浜松もクールな雰囲気を出しながら髪を結ってあげたりするとされるがままになってくれるのが可愛い。
デレデレしている浜松に東野がため息を吐いた。
「……神奈の離反は想定内だよ。ちょっと予定より早いけど──あの子はもともと、僕に忠誠を誓ってるって感じでもないしね」
「離反って何? 組織運営ガチガチじゃん、固すぎでしょ! ブラック企業だ……!」
「……あの子、最後に僕に触れて行ったんだよ。僕の記憶を読んで、考えを知って、それでも僕の元を離れた。これが離反でなくて何なんだい」
「知らないよ。あの子も自立したって事じゃないの?」
もともと浜松は東野の幼馴染だという。昔からの名残で一緒に遊んで、一緒に居て。何も考えずにただ東野の後ろを付いて回っていた節がある。本人もごちゃごちゃ考えるのは好きじゃないみたいだったし。
「そうだね。自立した。そんな神奈の探し人って誰なのかな」
「さあ? でも沖が探せるってことは知り合いの誰かなんじゃない? あいつ、一度会ったことある人とか、魔力を見た人しか探せないし」
「へえ。 ──しばらく僕も観光を楽しもうかな。これから忙しくなるだろうし」
そう言って東野は会話を打ち切った。立ち上がり他のクラスメイトの元に向かおうとする。
実際浜松神奈の探し人が誰なのか、その確証はない。
ただ予感だけがあった。
こういう時の東野の勘は良く当たるのだ。
沖が会った事のある、この世界にいる者。前の世界で一年前に行方不明になった元クラスメイトが一人。
高松に聞こえないように、ボソリと東野は呟く。
「……会長も、いるのかなぁ。もしそうだとしたら──面白くなるなぁ」
そうなったら良い、と心の底から東野は思った。




