25 二つ目の戦場
一つ目の戦場については、特に語るところのない防衛戦だ。死者の軍勢と言っても知性の見られない獣の類。今のところその脅威は数だけだった。
問題は二つ目の戦場。
安定派の腹心浜松神奈と魔王軍幹部アマビエの対峙だった。
『神奈。ちょっと見に行って欲しいところがある。女神様のお導きのままに、ってね』
浜松神奈。東野率いる安定派の腹心で祝福は『読心者』。
別に特に理由があって東野に付き従っている訳ではない。敬語なのは性分だし、様付けだって雰囲気だ。
ただ、東野と遊んでいると楽しい。元の世界にいた頃から浜松は読心術が得意で根っからの無表情、それが東野の興味を引いたのだと思う。
それが派閥だなんだとくだらない事になって、腹心だとか言われるようになって、果ては異世界にまで召喚されるのだから困ったものだ。
「ちっ」
アマビエの放った魔法を躱しては斬るが、躱した魔法が背後から自動追尾して襲ってくる。
それも斬り払うことに成功するが、また詰めた距離を離された。
強い。今まで戦ったどの魔法使いよりも。ナインステイツ最高峰と呼ばれるグレランなど比にならないくらい。
「『無意識の魔力』。それ、そんなに万能じゃあない」
戦士は魔法使いには勝てない。この世に定義された絶対普遍の真理。
が、それも極端に実力が離れていなかった場合の話だ。『武道祭』などの特別な環境ならばともかく突発的な遭遇戦ならば尚更。
はあ、と。浜松神奈は荒れ狂う殺意の中で深くため息を吐く。
松山のせいだ。松山があんな事を言ったから今、変な状況になっている。
『祝福の開示なぁ〜。俺は高松寄り──推奨もしないし禁止もしない。仲良いやつらで共有するくらいで良いんじゃね?』
コレのせいで、東栄生の未来が決まったと言っても良い。
松山本人が聞いたら「いやそんな訳ないだろ。文句なら俺に話を振った東野に言えよ」とか言うだろうが、知った事ではない。
『仲良い奴らで共有する』。東野がそれを採択した以上、この方針に逆らう者はいない。
つまり、他の派閥とつるむ必要性がほぼ無くなったということだ。
「別に文句はありませんけれど」
秘密主義の余波を一番食らったのは浜松だった。
東野は、不公平だという理由で祝福『読心者』の詳細を明かした。
心音を聞けば嘘を見抜ける。目を見れば感情が分かる。
そして身体に触れれば──記憶が読める。
アマビエの魔法が荒れ狂う。近付けもしないが、被弾することもない。
浜松が半歩足を突き出せば風の刃は虚空を凪薙ぎ、首を逸らせば火球が逸れる。
「……心を、読む。便利な力ね」
「そうでもありません。コレのせいで友達に避けられて仕方ない」
別に気にしてないし。沖とか坂とか、気にせず振舞ってくれる者もいるし。
ああでも、仙ちゃんとか水戸ちゃんに避けられるようになったのは悲しかったな。
水戸伊薔薇。岩永仙も。元々そんなに話す仲ではなかったけれど、友達だと思っていたのに。
それが仙ちゃんはずっとピリピリして、周りみんな敵だみたいな顔をしている。水戸も似たようなものだ。
それが浜松には悲しい。悲しいな、としか思えない。心が読めるからといって人の機微に聡いとは限らない。
寂しい、ではなくて、悲しい。一過性の時間が解決してくれるものだと思っている。昔から他人の顔色ばかり窺っていたから、彼女は自分のコトに気付けない。
「……どうして人々を襲うのですか?」
戦争なんか早く終われば良いと思っている。
そうして皆で家に帰っておしまいだ。そのための道はきっと東野が作ってくれる。
東野の記憶を読んだことはないけれど。浜松だって好きで友達の心中を暴きたいとは思わないのだ。
「……っ。そんなの、貴方の力で、暴いてみれば?」
存外冷静だな、とアマビエを観察しながら思った。さっきは怒り狂っていたのに──戦闘になると頭が冷えるタイプだろうか?
「それもそうですね」
そう言って浜松は突進した。先ほどと同様に、愚直に前に進もうとする試み。
迎撃体制に入るアマビエ。視線と心音、身振りや魔力の高まりで狙いは簡単に分かる。
荒れ狂う魔法の絨毯爆撃。それも三重。密度を増したソレに逃げ場などなく、万が一避けれたとしても第二陣、第三陣の魔法が飛んでくる。
「……なっ」
上下左右、どこにも逃げ場などない。
だったら空に逃げれば良い。
何もない空中を──浜松は階段を登るように歩み続ける。眼下、もはや誰も居なくなった地表を爆撃が撫ぜる。
一歩踏み出し、距離を詰めようとしたのはブラフ。
浜松の狙いは最初から時間稼ぎ──つまり、魔力切れ狙い。
「おや、バレてしまいましたか」
優雅に宙を踏みながら浜松がアマビエの心中を読み取る。
「先ほどの水爆は? 私を狩るのにどれだけの魔法を使いましたか? 『魔法使いは戦士には勝てない』──その原点は両者の燃費の違いにあることを、もしやご存知ない?」
しかしアマビエはニヤリと笑う。
次の瞬間、突如浜松の足下に出現した光線が、浜松の身体を貫いた。
「心を読む魔物なんて、珍しくない」
「!?」
反応できたのは偶然だった。
アマビエの笑みを見てか、第六感か。咄嗟に身を捩り致命傷を回避する。
設置型の──時間差攻撃。発動の予兆を感じ取れない攻撃が、読心術を使う浜松相手に有効に機能する。
追撃はなかった。だが──
「逃げられましたか」
──土煙の晴れたそこに、アマビエの姿はもう見えなかった。
さてどうしようか。
東野は言った。『見に行って欲しい場所がある』と。『女神様のお導きのままに』と。
女神の祝福──女神リストレイアのことは知っている。会ったことはないが、東野の協力者みたいな立ち位置らしい。
『水爆』を防いだのおそらく女神だ。そしてそんな女神の導きで浜松をここに派遣したのであれば、東野の狙いは『もう二度と水爆を打たせないこと』。
つまり先ほどの魔法使い──アマビエが核攻撃の犯人なのだろう。
「……役目は、果たせましたよね」
アマビエは相当な数の魔法を使っていた。いくら魔王軍幹部、いくら魔人といえどもこれから大魔法を使うのは無茶だろう。
何より浜松は別に戦うのが好きではない。「戦いになるかもしれないから気をつけてね」の一言くらい、東野も前もって言って欲しいものだ。
「……はあ。服が汚れてしまいました」
たまたま、そういう才能があっただけ。
この世界に適応する、という。元の世界では何の役にも立たない才能が。
疑わないこと。
それが浜松も自負する自らの長所だった。
特に何も考えずに、快不快を指針に行動する。いつかはきっと上手くいくと信じて疑わないこと。
それはある意味で松山愛人──自分自身すら騙くらかして世界を欺く狂信者とは正反対な才能だった。
疑うことなく世界の祝福を信じられる有頂天。
魔法があるなら使えるし、ならばと当たり前のように空も飛べる。剣と魔法のファンタジーな世界なんだから剣も使えるだろう。魔力なんてもう生まれた時から一緒にいたような心地すらある。
それで東野に便利に戦闘要因として使われるのだから、人生はままならない。
「……少しだけ見回って戻りますか。はあ。早く帰ってシャワー浴びたいなぁ……」
つまり一言で言うと浜松神奈は──天然なのであった。
○
読心の術を使い、剣も魔法も超級の襲撃者──浜松神奈から逃げ延びたアマビエは森の中、虚脱感に耐えながら歩いていた。
残り魔力は残り三割といったところだ。襲撃者の思惑は成功したと言っていい。
「失敗、した……?」
もともとアマビエの役目は撹乱だった。
ガシャドクロの暗殺を確実に成功させるための撹乱。
『追悼の意を込めて』はその役目を確実に果たせる筈だった。ガシャドクロは普通の攻撃では死なない。
だが、時魔法ですぐに都市は再生した。作れた隙は一分といったところか。いくらガシャドクロといえども、そんな短時間で事を為せたとは思えない。
「アレは、まだ使えない……もう一度、都市を爆撃する……?」
不意打ちではないが、今は防衛戦力のほとんどが街壁付近に集まっているだろう。
そうして少しでも都市に混乱を生もうと画策していた時だった。
「あらあら。随分と可愛らしいお嬢さんねぇ」
「っ! 次から、次へと……!」
それは青い髪の女だった。
その女には気配が全く無かった。
そして女の目には──隠し切れない好奇が滲んでいた。
「待って待って。私はお話したいだけなの。さっきの『爆弾』を落としたのは貴方でしょう? 核攻撃──かつてワイドランドを滅ぼした生物兵器よね。どうやって発動したのか知りたいの。アレは『無意識の魔力』を転用した結界で、今は使えなくなった魔法のハズよね……?」
「……っ」
確かに女に敵対の素振りはなかった。
警戒態勢を解かないアマビエの眼前で、女は舐め回すような目でアマビエを観察している。
「ああ、そう、魔人──あなた、人間じゃないのねぇ? 人類には使えないけれど、魔人ならば使える……? いいや、それだけじゃないわね。死者。そう死者の軍勢! 彼らはかつて核攻撃で死んだ者達ね!? その記憶を読み取って再現した──松山さんがやったみたいに……そうよね!?」
観察、そう観察だ。
浜松神奈のように記憶を読んでいる訳ではない。
ただアマビエの魔力を読み、肌を舐め回し脳髄までしゃぶり尽くす程の妄執じみた観察眼。
図々しくも話し合いを望むと言った目の前の女は、果たしてコレが会話だとでも思っているのだろうか?
この、自分の思考を吐き出しながらフラスコの中の虫に問いかけるような行為を。
青髪に青目、烏を引き連れた魔法狂い。
「メイル、シュトロームか……! 帝国の『狂水』……!」
帝国最強の魔法使いが何故ここに──いや、メイル・シュトロームはヌリカベが捉えていた。ヌリカベの牢獄が解き放たれたのは一週間前だ。解放された場所によってはチェイネンにいるのは不思議ではない。
最悪の偶然には違いないが。
「やめてよぅ、その呼び方。メイズは格好良い名前を貰ったのに私だけ酔狂だなんて」
メイルが言い終わるかどうかの時に、アマビエは鬼札を切っていた。
本来は撤退時に使うハズだった手札だ。
ワイドランド襲撃が成功しても、アマビエとガシャドクロの死体が残っては意味がない。『多大な犠牲を払って魔王軍幹部を二名討ち取った』結果に終わっては、人類に恐怖を与えられない。
アマビエの存在は強大な戦士ガシャドクロに対するカウンターだ。
最後には二人で都市を荒らせるだけ荒らして──死体も残さずに消滅する。
だがそれも、今この状況を生き延びなければ話にならない想定だった。
「……ああ、魔王様……」
アマビエの鬼札とは単純、『元の姿に戻る』こと。
思考も、知恵も記憶も、魔王様から貰った全てを投げ出して──本能のままに生きる獣に身を堕とすこと。
「お慕い、しておりました……どうか、御壮健で……」
瞬間、アマビエの肉体が内側から爆ぜるように膨張する。
○
浜松神奈が戦場に追いついた時、そこでは神話の戦いが繰り広げられていた。
一人は女だ。水を操る青髪青目の女。彼女は宙に浮いた水を、まるで自分の手足のように操って怪物に応戦している。
怪物、そう怪物だ。
女が相手をしているのは悍ましい怪物だった。
不定形の肉の塊。真ん中に醜悪な口だけ開いていて、目鼻や耳は見当たらない。背中からは無数の触手が蠢いて見える。
浜松には分かる。怪物の正体はアマビエだ。
ほんの二、三秒だが、浜松はアマビエの記憶を読んでいる。
女の劣勢は明らかだった。体格差で負けているのはもちろん、女が操る水も怪物に触れた途端に制御を失う──失うどころか、乗っ取られている?
にも関わらず、女は心の底から楽しんでいた。心を読まなくても分かる。
その口元に三日月のように引き攣った笑みを浮かべているのだから。
「ああ、相性が、悪い! 貴方、精霊ね!? それも水を司る邪精霊──微精霊? 精霊にしては知恵も感情も持っていたようだけど……」
正解。アマビエの正体は水を司る微精霊。
精霊とは純粋な魔力の塊のことだと習った。そのほとんどは意思を持たない力の塊──微精霊だと言うが、力をつけた精霊は自我を発露させる。
アマビエは微精霊のままに『知恵』を貰った異端の精霊だった。
「意思もなく、知恵もなく、ただ彷徨い余人に利用されるだけの力の塊……」
浜松はアマビエの記憶を読んだ時に、少し自分に似ているかもしれないな、と思った。
浜松は考えなしではない。人並みに知恵もある。だがそこに意思があるかと言われると──すぐには頷けない。
流されるままに生きている。楽しい時も悲しい時もあるが、そこそこ幸せに。
「……あなたはどうして、そうまでして抗うのですか。アマビエ……」
なりふり構わず逃げれば良かったではないか。浜松相手にそうしたように。
確かあの形態になると、アマビエは知恵も記憶も感情も全て無くした怪物──暴走状態になるハズだった。アマビエもそれを疎んでいた。
魔王様のために、とアマビエは言うが。
浜松には無理だ。東野のために自我を失うことはできない。
「……? 何、この感じ……」
『記憶を読む』。浜松が他者の記憶を読んだのはコレが初めてだった。
だから浜松には分からない。知りたい。理解できない。何を考えているんだろう。
一方的なシンパシーを感じた相手の狂乱に、浜松は柄にもなくそう思っていることを。
目の前では女が魔法の種類を変えていた。縦横無尽に荒れ狂う雷がアマビエを襲っている。
アマビエはあの形で全身が水で出来ている。元が水の精霊であったためだ。だから水の魔法の制御権を女から奪うことができた。
そして、水の塊ということは雷が通りやすいと言うこと。流石女も凄腕の魔法使いだなと思って──
「……! やはり抗体ができるのね! 水の塊である以前に魔力の塊……! ああ、どうやって殺してあげましょう。私もこんなに高純度の精霊を殺したことはないから──楽しみだわぁ」
──最初は効いていた雷だったが、すぐに効かなくなる。魔力の塊である精霊を傷付けようと思ったら、より純度の高い魔力で圧殺するしかない。ことここに至っては、属性など見かけ倒し以上の意味はない。
負けじとアマビエも反撃する。水の精霊の攻撃方法は一つ──水鉄砲だ。ただし凄まじい力で圧縮された音速の水鉄砲。
女は雷の盾を作るが、難なく貫通して女の脇腹を掠める。追撃には雷の盾を三枚重ね、威力を減衰して回避に成功する。
「……っぁ。流石、水の精霊……私、運動はあまり得意ではないのよ」
女は生粋の魔法使いらしい。本来の魔法戦ならば、女の魔法防御を突破するのは至難の技だろう。
だが敵は精霊、魔力の塊。こちらは防御を貫けず、こちらの防御は貫かれる。
圧倒的な不利に見えるが、女は笑っていた。
強い。強いが、浜松には何故か痛々しい強さに思えた。
ついさっきアマビエは頭脳戦で浜松を出し抜いた。魔法の爆撃の中に時間差で発動するモノを混ぜて、『読心者』の祝福を掻い潜った。
それが今はどうだ。物言わぬ怪物に成り果てて外敵の排除を反射で行っているだけ。
だから彼女は──浜松の接近に気付かない。
『読心者』を使うまでもない。
目も耳も知恵も持たない怪物では、体内の魔力を極限まで絞った浜松を捉え切れない。
この状態で一撃でももらえば浜松もタダでは済まないだろう。でも、今の浜松にそんな事はどうでも良かった。
労せず背後を取れた浜松は剣を振りかぶる。
「っ!?」
「あら」
魔法使いは戦士には勝てない。
精霊を殺すのは簡単だ。戦士にとっては。
単純な肉体強化。剣に魔力を通す。それは、極めて高純度の魔力が込められた一撃だ。
「……あ」
真二つに断ち切られたアマビエ──その片方が少女の上半身を模し、下半身からは体液と共に魔力が零れ落ちる。
その瞳に知性の輝きを見て浜松は安堵した。やっぱりこっちの方が良い。
宙に舞う上半身を浜松は優しく抱き止める。
アマビエの記憶が流れ込んでくる。彼女の思想が、感謝が、無念が浜松の全身を満たす。
「……お疲れ様でした。甘冷。貴方たちは人間ですよ、私などよりもよっぽど」
「……あ」
腕の中、アマビエの身体から力が抜けていく。当然だ。浜松の一撃は違う事なく急所を抉った。
が、浜松の言葉に、瞳に強い光が灯った。
遠く都市の方で凄まじい魔力の高まりを感じる。アマビエの最後っ屁──だが、浜松にそれを止める気はなかった。どころか浜松は止めようとした女に剣を向けていた。
「あ、憐れむな、ニンゲン……」
「ごもっともで。」
アマビエに対する共感も哀愁も憐れみも、浜松にしかわからない一方的な『読心』の結果だから。
パタリ、と今度こそ本当にアマビエの身体が溶け消えた。精霊の末路は魔力に還元されるのだ。邪精霊、微精霊であってもそれは変わらず。
誰もいなくなった空を抱いている浜松はしばらく呆然としていたが、やがて女が話しかけてきた。
「……呆気なく終わってしまったけれど。貴方は敵? それとも味方?」
アマビエにトドメを刺したのも浜松で、アマビエの魔法の発動を止めなかったのも浜松だ。
「味方ですよ。今は少し……記憶が混乱しているだけで」
『読心者』を授かった意味を、ようやっと浜松は理解した。
コレは他人の人生を貪るする唾棄すべき行為だ。
アマビエを喰らった以上、浜松にはアマビエの記憶を咀嚼する義務がある。
気になる『記憶』もあったことだし。
「……魔王様──北道生徒会長……? こんなところにいらっしゃったのですか……」
一年ほど前に行方不明になっていた東栄高校の生徒会長──北道海。
それがアマビエの崇拝する魔王の正体だった。




