22 時魔法、パナい
致死の弾頭『追悼の意を込めて』が落とされた時、城壁都市ワイドランドには阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれた。
爆発に巻き込まれた者は死んだ。部屋の隅に隠れた者は死んだ。神に祈りを捧げる者は死んだ。立ち向かった者は死んだ。爆発に巻き込まれなかった者も、やがて放射線で生き絶えた。
超広範囲攻撃。殲滅兵器の異名が相応しい一撃だった。
もちろん運良く生き延びた者もいる。弾頭から離れていて、かつ結界のある教会等に駆け込んだ者たちだ。ごく少数の人間がそうして命を拾ったが、都市の再建に一体いくらの年月がかかることか。
燃え上がる都市と死に絶える人々、遠目に見えるキノコ雲は正しく絶望の象徴と言えた。
さて、しかし、そんな運賦天賦に頼らずに生存した者もいる。
特筆すべき生存者は四名。
一人はケンケン。彼は持ち前の受け流す剣技で『爆発』やら『放射線』やら、飛んでくる破片やらも全部斬り捨てて生存した。
「……ああ、また僕だけ生き残ってしまった」
つい先程まで目視できた坂やら岩永やらも見当たらない。爆発の余波で吹き飛ばされてそのまま死んだと見える。
そんな彼の感傷はすぐに思考の奥へと仕舞われた。
「……く、くく。アマビエめ。無茶をする。どれだけの代償を支払ったのだ?」
目の前に佇むもう一人の生存者──魔人ガシャドクロの相手をしなければならなかったからだ。
「……化け物め」
「それはお互い様だろう!」
見る限り傷一つない──それはケンケンも同じだが──ガシャドクロを見てケンケンは負け戦を悟ったが、無視して逃げるという選択肢はなかった。腐っても戦士なのだ。
所変わって、三人目の生存者はポンズ。
彼女はつい先程まで抱き合っていた男──焼け爛れ眠るように死んでいる松山を見て、悲鳴をあげた。
「あ、ああ……」
狐の耳と尻尾を生やす彼女に外傷はない。松山が守ってくれたのだ、という嫌な実感だけあった。
二度目だ。松山愛人が命をかけて彼女を守ったのはこれで二度目になる。
全身の皮膚を爛れさせ、口から血を吐いて息を引き取った松山の顔はどこか満足げで、それはきっと自分と最後まで抱き合っていたからだ。
前方には迫り来る死者の軍勢。後方には壊滅し燃え盛る瓦礫だらけの都市。
子供の泣き声が聞こえる。それが自分の喉から出ているのか、街から風に乗ってやってきたものかポンズには分からない。
でも、今のポンズに泣いている暇はない。
力があるからだ。時魔法。まだ使い慣れていない力を胸の奥から引きずり出す。
「……お願いします。神よ、哀れな信徒をお導きください……」
教会で何度も暗唱した聖句と共に、ポンズの魔力が吸われていく──
○
そして、四人目の生存者は闘技場にいた。
「ああ、これは確かに僕の出番だ」
東野京。東栄高校の委員長は、崩壊するワイドランドを楽しげな目で眺めていた。
傍に佇む清水ケイトは自分の手足を見て、全くの無傷であることに気付いて戦慄した。
だが、それよりも目の前の男の異様さに困惑する。
「なんで……なんでそんな冷静なんや!? 私ら、なんで生きて……坂っ! 坂は死んでない……よな!?」
ちょうど松山からの伝言を伝え終えた瞬間だった。
耳鳴りのような音がして、次の瞬間には全てが終わっていた。鼓膜が破れかねない爆音と共に衝撃がやってきて、それで。
闘技場は特に酷い有様だった。着弾地点が近かったのか、ほとんど原型も残らずに倒壊している。清水は死を覚悟した。走馬灯まで見えた。近くにいた衛兵もクラスメイトもレジーナ王女も皆んな吹き飛んで、多分生きてはいるまい。
にも関わらず。
東野の周りだけ、それが綺麗なまま残っている。ちょうど彼を中心に半径一メートルほどの部分だけが。
東野が何かしたのだ。だが、とても感謝する気にはなれない。
一体どれだけの死人が出たのだろう。だというのに目の前の東野京はまるで他人事のように佇んでいて。
それが清水には酷く不気味だった。こっちはクラスメイトの死体を眼前にして吐きたいくらいなのに、彼の異様さに吐き気も喉から上に上がってこない。
「清水、質問は一つずつにしてくれないか。意外と時間もないし」
「っ! だから、なんであんたはそんな冷静なんよ!」
「簡単な問いだね。取り返しがつくからだよ」
「取り……返し? 無理やろ、これ! 何人死んでると思って──」
激昂する清水を東野は手で制した。口元に人差し指を当てて、「静かに」とジェスチャー。
ふいに「ああ」と勝手に一人で納得して。
「清水がいるから現れてくれないのか。気配はすぐそこにあるのにね」
「何を──」
「というわけで清水、ここから先は企業秘密だ。すまないね」
トン、と背後から首筋を叩かれて、それで清水の視界は暗転した。
誰も聞く者のいなくなった廃墟で、青年の言葉だけが木霊する──
「何をするのかって? 簡単だよ。セーブアンドロードだ」
○
『──簡単に言ってくれますネ、東野京』
誰もいなくなった訳ではなかった。
清水が気絶したのと入れ違いに一人の少女が姿を見せる。
「でもできるだろ? 女神様」
女神リストレイア。姿形は淡い銀髪に白い布を一枚纏っただけのあどけない幼女を、東野はそう呼んだ。
「クラスメイト──異世界の勇者が何人死んだ? それは君にとっても都合が悪いんじゃないかい」
女神は四十一人、と答えた。この場にいる異世界の勇者は三枝と水戸を除いて総勢四十四名だから、生存者は三名ということになる。自分と清水、もう一人は坂だろうかと東野は思案した。
『確かに困りまス。が、貴方の言いなりというのは少し不愉快ですネ』
「そんなつれないことを言わないでおくれよ」
『そもそも先に私を呼んだのは貴方ではないというのニ』
「……へえ、誰だろう」
『皇国出身の聖女ですヨ。よほど強い想いがあるのでしょウ。先ほどからずっと聖句を誦じていまス』
「信心深いことだね。その子は何を願っているの?」
女神は表情を歪めて言った。
「……松山愛人の蘇生ヲ。時魔法が使える様ですネ。少しでも被害を減らそうと苦心していますガ──魔力が足りていません」
松山の名前に東野は少しだけ目を細めた。そうか、この都市に来ていたのか。
そう言えば清水の伝言も不自然だった。彼女は出所を話さなかったが、坂伊坂は東野に助けを求める性格ではない。「お前がいるとソッコー解決しちまうからな」とか言って。
「時魔法なんてものもあるんだね。おや、もってこいじゃあないか。その子に少しだけ力を貸してあげておくれよ」
『……だから、不愉快と言ったのですヨ。貴方はどこまで見えているのですカ?』
再び幼女リストレイアは眉を顰めた。
東野が肩をすくめる。
「その聖女に関しては偶然さ。直前の『世界』を『保存』はしてあるよ。後はロードするだけだ」
『代償ハ? これっぽっちも神を信じていない貴方が助けを求めるのであれバ、対価が必要だト説明した通りですガ』
「ん? 聖女様が聖句を誦じているんだろう?」
東野がニコニコしながらそう言った。
幼女──女神リストレイアは三度表情を強張らせた。ひくひくと頬が吊り上がっている。
『……不愉快、極まりなイ。どうしてお父様はこんなのに祝福を──』
「早くしないと時間がなくなっちゃうよ」
わかっていまス! と女神はため息をついた。きっとどれだけ粘っても東野は『代償』を払ってくれないだろう。聖女がいなかったら何を差し出すつもりだったのか。
不承不承、といった体を隠さぬままに幼女は呟く。
『……「復元」』
幼女の形でも女神は女神。東野の『祝福』を通して現界する彼女の力は正しく奇跡の具現である。
東野は『直前の世界を保存している』と言った。細かい調整は女神の仕事──というわけではないが、東野のやる気がないのでリストレイアがやるしかない。
東野の祝福を通して『世界』を観測する。
弾頭の着弾前。まだ何も起きていなかった世界から、弾頭だけを取り除く。そうして目の前の『世界』に対して上書き保存──はあ。あまり地上の理に干渉するのは良くないというのニ。
『「確定」』
変化はすぐに訪れた。
人が、建物が瓦礫が土埃が、まるで巻き戻しの様に復元されていく。
数瞬の後には、まるで何事もなかったかのように平和な『世界』が広がっていた。
女神リストレイアと、致死の弾頭だけその姿を消して。
本当に誰もいなくなった控え室で──他の皆んなは気絶している──東野京が呟く。
「……良かった、上手くいった。僕の『参加費』はこのくらいで良いかな、坂──いや、松山かな?」
○
俺が目を覚ました時、そこには凄惨な光景が広がっていたはずだった。
全身の痛みが嘘のように引いていく。隣ではポンズが額に汗を滲ませながら聖句を唱えている。
「……ポンズ?」
目の前、倒壊した建物に無数の悲鳴、血と硝煙の匂いが消えていく。
いや、巻き戻っているのだ。
まるで逆回しの時計仕掛けのように、都市が再生していく。
人が癒え、建物が元通りになり、噴煙も被害も世界の終わりかと思えた爆撃の光も、全てがなかったことになる。
それを全て、目の前の聖女が為したのだと感覚的に理解できた。ポンズから異様な雰囲気──魔力の高まりだろうか? 人外の力を感じるからだ。
彼女の周囲一体が砂漠の蜃気楼のごとく歪んでいる。熱量が極限まで高まり、空間が捩れている。額には汗が滲んでいる。時間という不可逆の理を無断で捻じ曲げる。正しく神の所業。
「……時魔法、パネェ……」
目覚めたばかりでまだ何も理解できていない俺は、そう呟くのが精一杯だった。




