21 最後の瞬間まで
死者の軍勢が迫る都市。その正門の上に立って、メイズ・シュトロームは都市を眺める。
正確には都市ではない。全周をまるっと囲った死者の軍勢、それが押し寄せるはずの裏門だ。メイル達がいるのとは正反対の入り口。
「後悔してるの?」
彼女の表情に何を見たか、姉メイルがそう慮る。
「ここを抜けられればそのまま居住区が襲われる。裏門近くには衛兵の詰所もあるし、戦士が集う闘技場もある。もちろん、手分けして守れればそれが一番だったけれど……」
それをしてしまうと、姉妹が生き残れるかわからない。
つまり、メイズたちは命を取捨選択したのだ。民草を見捨てるのは忍びないが、命を賭けるほどではない。当然、身の危険が迫れば逃げる心づもりでもいる。もともとこの都市に思い入れがあるわけではない。
それでも、力ある者として、自身の決断を悔やむのはメイズ・シュトロームの我儘だった。思い悩んだところで、決断を覆すことはないのだし。
「それとも、松山さんが心配だった?」
「……それはないわね」
揶揄うような口調のメイルにメイズは顔を顰めた。そのまま首をゆるゆると振り、未練を断ち切って前を向く。
死者の軍勢は、もう目と鼻の先まで到来している。
「準備は?」
「誰に言ってるの?」
「それもそうねぇ。もうあの頃の私たちじゃないものね」
初めてその魔法を発現した時、それは二人がかりのものだった。
もともと属性を二つ扱う必要のある魔法だ。どんな発想で、どんな経緯でその魔法が生まれたのかをメイズは知らない。ただ、二人がかりで発動する、というのが癪だった。
だからメイズは姉のもとを離れ、真っ先にこの魔法を習得した。姉にできないことを学ぶ。そんなアイデンティティを追い求めていた。昔の話だ。
だから、そうか。そうだ。姉が知らないのも無理はないか。
すっかり忘れていた。一人でできるというのを、姉は知らないのだ。『黒炎』の二つ名や松山が使ってたから察してはいただろうけど。
「ちょっとだけ、楽しみかもしれないわ。お姉ちゃんと戦場に立つことがあるなんて思っても見なかった」
「……私もよ。私は引きこもりだものね」
そういう意味ではなかったのだけれど、姉の呟きがそのまま引き金となった。
「「『地獄の業火に渦巻かれ』」」
声を揃えて、二つの紅蓮の津波が正門を守る。
膨大な水を燃やし尽くす勢いで燃え広がる津波は、深海の静謐を物語るように黒く悍ましい。
『黒炎』が、軍勢の第一波を押し流しては燃やし尽くす。
姉と同じ場所、戦場、魔法。二年の仲違いを経て辿り着いた現実に、メイズは誇らしさを胸に秘めた。
直後だった。
「!?」
背後、ワイドランドの都市上空。
致死の弾頭が雲を裂いて出現する。
○
人払いが済んだ広場で、三者と一体が相見える。
魔王軍幹部『寛容』のガシャドクロ。
ノーシーストでも見たことのない四つ腕の剣士に、ケンケンは内心で舌を巻きながら相対していた。
ガシャドクロの特異性は三つ。四つ腕であること。とんでもない剛力であること。そして三つ目が──
「ハッハー! 快いぞ人間!」
どんな傷でも立ち所に治ってしまう、その再生能力。
「っ」
ケンケンの得意なのは後の先──いわゆるカウンターだ。相手の攻撃を受け流し、時に跳ね返し返す刀で急所を突く。
つまり、柔よく剛を制す剣。
相性は最悪だった。針の穴を通したような浅傷では、ガシャドクロの急所をいくら突いても致命傷になりえない。かといって、ケンケンに首を斬り飛ばすほどの膂力はない。
ノーシーストの『守護神』だなんて、ケンケンは過大評価だと思っている。少し器用で目端が利いて──そしてノーシーストならば、ケンケンが耐えている間に魔法援護が飛んでくる。
「それは、僕が『魔法』を斬れるから僕ごと一掃できるってだけでさぁ!」
ケンケンは、自分が生まれた時からできることを誇らない。だって一対一ならヒツジさんに勝ち越したこともないのだから。
負け越してもいないけれど。ケンケンに受け流せないモノは、ない。その異常性に本人だけが気付いていない。本人にとって、それは息をするより当たり前に出来たことだから。
ケンケン転じて、剣剣。生まれながらに剣に愛された男。生まれながらに転移を操る『帰郷』の魔法使い──ヒツジ・転々と同じく、ドワーフに育てられた異端児の一人。
「お前、すげぇな! なんだってそんだけ斬り合って傷一つ負わねぇんだ!?」
坂伊坂。ケンケンは全身に青あざや切り傷を作る少年がこの戦いのキーマンだと思う。ケンケンも見たことのない剛剣を扱う少年の剣は、ガシャドクロに届きうるから。
キーマンと言えば、もう一人。
「『動くな、下郎』」
ピシャリ、とガシャドクロの動きが止まる。
「ぬぅ」
その隙にケンケンが足を、坂が首を狙って剣を走らせる。
一瞬の後に硬直を振り払ったガシャドクロが動く。四つ腕の上二本の手で坂の剣を白羽取り、ケンケンの攻撃は無視して返す刀で二人に反撃の剣閃を迸らせる。
「なっんでこれで反撃されるんだよ! 化け物か!」
言葉とは裏腹に笑みを浮かべる坂は拘束を無理矢理に突破して剣を合わせる。崩れた体勢では鍔迫り合いにもならず、坂の身体は吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
他方難なく剣をいなしたケンケンは、もう一人のキーマン──岩永仙の前まで後退った。
「な、んで……坂がこんなに一方的にやられるなんて……」
「ごめんね、僕の力不足だ。彼も死んではいないようだけど」
ケンケンの言葉通り、瓦礫と土煙の中から坂がぬっと顔を出す。額からは血が流れていたが、まだ動けはするらしい。
それに追撃もなしに思案するのはガシャドクロ。彼は下二本の腕を組み、上二本の腕で頭と顎をさすりながら考える。
「むぅ。やはり軍勢への指揮が覚束ぬ。そこな女の仕業か、我に妙な道を敷いておるな?」
「軍勢? 今日は確かに戦士の祭典だけど、お友達もいらっしゃるのかな」
「おお、おお。守護者たる剣士よ。会話に興じるのはそこな剛剣の使い手の呼吸を整えるためか? 不安がらずとも我が道を阻まねば剣を振らぬよ」
坂に一呼吸の時間を作る。そんな狙いも見抜かれ、ケンケンは額に汗を垂らせる。会話は成立しているようでしていない。
「そう、かいっ!」
言葉と共にケンケンがガシャドクロに斬りかかる。道を阻むと言えば、今一番彼の障害になっているのはケンケンだ。目的がなんであれ、この明らかに魔族然とした男の思い通りにしてはならない。
油断した、訳ではないはずだ。
目的はなんであれ? ガシャドクロはずっと言っていた。彼の狙いは一つだ。
岩永仙──『魔眼』の少女の排除。
それを失念していた──のではない。だが、ガシャドクロはあくまでケンケンと坂の排除を優先していた。二人を突破するまで、岩永仙には手出ししないと勝手に思っていた。
だからケンケンは誤った。ガシャドクロに斬りかかってしまった。岩永仙のそばを離れてしまった。
それが失敗といえば失敗で、驕りといえば驕りだった。なにせ、ケンケンは死なないのだから。
「!?」
ガシャドクロの横腹から、新たに二本の『腕』が生える。
魔人の再生能力は、おそらく再生ではなかったのだ。粘土を捏ねるような再構成──土くれの創造。
新たに生えた二本の腕で剣撃を受け止めて、四つ腕の猛攻がケンケンを襲う。
「しまっ──カハッ!」
「ケンケンさ──」
次の瞬間、ガシャドクロの姿がブレる。
瞬きの後に岩永の眼前に躍り出たガシャドクロは、躊躇なく彼女の首を刎ねた。
「ッ『止ま──』」
「遅いなぁ」
宙を舞う少女の首が言葉を発するが、それはもう、ガシャドクロを縛るのに値しない。
ポトリと落ちた首。血飛沫舞う戦場で、魔人の高笑だけが響き渡る。
「ハハ、ハハハハハ! 予定とは違うがまあ些事よ。この場の人間は全員殺すとして──まあ先にやることがあるよのう」
咳払いして、一言。
「死者の軍勢よ、進撃の時だ」
ガシャドクロが宣言した途端、四方八方から地響きが聞こえた。
地獄の行進。そんな言葉が脳裏をよぎる。
壁に叩きつけられ、辛うじて息を整えたケンケンはガシャドクロに相対する。
「嘘、だろ、岩永……?」
困惑する坂は、まるで死に耐性がある様に見えなかった。あれだけの剣技を扱って、戦場に立つ心構えが出来ていないのはどんな愛嬌か。
だが、ケンケンには坂を気遣う余裕がなかった。
絶望が畳み掛けてきたからだ。空から雲を割って降りかかる絶望が。
「ふむぅ。アマビエの奴め、我ごとこの都市を滅ぼすつもりか?」
何故か楽しそうなガシャドクロの言葉など耳に入らない。
致死の弾頭が、まるで抵抗を許さずに着弾した。
○
世界の終わりかと思った。
傍には金髪碧眼の美女。遠目に見えるは行進する死者の軍勢。背後に雄大な城壁都市を携えて、雲を割いて迫り来るは致死の弾頭。
「あっ、あ……」
ポンズが狼狽するのも無理はない。俺も、死んだと思う。
クラスメイト全員の祝福を把握している訳ではないが、これは無理だ。地獄の一丁目も生温い絶望の権化。
「ポンズ、よく聞いてくれ」
俺はポンズの肩を抑えて目と目を合わせて言った。
奥の手を切る決断をしたのだ。上手くいくかはわからない。
「ゲームをしよう」
「えっ、え?」
「人狼ゲームだ。ゲームは一人じゃできないからね」
無理矢理な解釈なのは分かってる。シセンの時とは違う。何もないところから脈絡なく『役職』を羽織れるのかは俺の想像力のみぞ知る。
ポンズの困惑も、仕方ない。でも時間がない。
「君に配られた役は『妖狐』だ。狐、分かる?」
「は、はい。分かります……」
「よし、じゃあ想像して。黄色──いや、白にしよう。真っ白の耳と、九本の尾が付いた狐。それが君だ」
「で、でもアレ……爆弾? 私たち、死──」
「でもじゃない。そんなことは今どうでもいい」
「あっ、ひゃい」
ぴくんとポンズの肩が跳ねた。俺が彼女を抱きしめたからだ。
このままじゃダメだ。多分、成功しない。俺自身が羽織るのではなくポンズに羽織らせるために、俺とポンズは一つにならなきゃいけない。
俺が生き残るよりポンズが生きた方が良い。蘇生してくれるかもだし。
身体のありとあらゆるところを密着させて俺は耳元で囁く。
「真っ白な狐だ。ほら、想像して。普段は雪の山に住んでいて、たまに化けて人里に降りてくる。好物は油揚げ。好きなことは人を化かすこと。君にとっての勝ち負けは、化かすか化かされるかだ。殺し殺されじゃあない」
ポンズも俺を抱き返してくれる。頬も耳も真っ赤に染めた信頼を感じる。やっぱり友情は時間じゃないんだよな。
「はい……」
「だから君は、野の獣なんかに殺されない。騙されたり正体がバレて死ぬことはあっても、他の要因では死なない。妖の狐だ。ここまで大丈夫?」
「大丈夫です……」
ポンズは力強く頷いてくれた。至近距離で目と目を合わせながら俺は微笑んだ。
「じゃあ後は、想像するだけだ。心の底から思い込むんだ。僕も手伝うから」
「んぐっ!」
そう言って、俺はポンズと口付けを交わす。
顔を押さえつけて逃げられないようにする。舌と舌を絡め合わせ、俺とポンズの境界線を限りなくゼロにする。
「ん、ん〜〜っ!」
暴れるポンズを落ち着かせるように背中を撫でる。次第に彼女の興奮もおさまってきて、俺たちは貪るように互いを求める。ポンズからしたら何が何だかわからないだろうが、これはきっと必要なことだ。直感だけど。
糸を引く口元を少し離すと、彼女は名残惜しそうに潤んだ瞳を向けてきた。
「狐、だよ。君は妖狐だ。俺が愛する化かし合いの女王様」
「っ!」
もう一度、彼女の唇に蓋をする。
俺の方もただ口付けをしている訳ではない。
唾液と一緒に魔力を注ぎ込む。魔力と一緒に彼女を内側から作り変える。彼女は妖狐だ。野を駆ける狐。化かし合いの女王。抱え込む頭の後ろに耳が、臀部には尻尾が幻視できる。
大丈夫、大丈夫なんだ、ポンズ。
君は死なない。詐欺師に暴力で敵うハズがない。弁舌で勝たなければ意味がないのだ。プロ野球選手にジャンケンで勝つことにどれだけの価値がある?
正体がバレない限りの不死性。俺が君に求めるものはそれだ。こんなところで切るつもりもなかった切り札だが、仕方ない。
いつからか彼女も俺に身体を預けてくれて、だんだんと『役職』が馴染んでくる。俺一人では達成できなかった偉業の成就に感動する。
間に合ったかどうか、この時の俺に知る術はない。
ただ、最後の瞬間まで、俺とポンズは二人で一人だった。
○
「なるほど。これは確かに『僕も参加者』だ」
一口人狼用語解説
妖狐:勝利条件はゲーム終了時に生存していること。狼に襲撃されても死なないが、占い師に占われると死亡する。
狼側も敗北濃厚になると『○○は襲撃しても死ななかった』という情報を捨て身で村に落とすし、占いも基本狐探しに当てられるため、意外と勝つのが難しい役職。




