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20 無慈悲の弾頭

 ほとんど誰も居なくなった王城の庭園で、二人の少女がテーブルを囲んでいた。


 いや、居なくなったという表現はおかしいか。もともとこんなに客人が居候する状況はおかしいのだ。彼女らがそういう状況しか知らないだけで。


 王城の、居住区。その庭園。本棟に行けば書類仕事に明け暮れる文官たちや王族に会えるだろうが、今の彼女らに出歩く気はなかった。


 二人の片割れ。目つきの悪い少女が紅茶を一口飲んで尋ねる。


「つーちゃん。一応聞いとくけど。本当に、行かなくて良かったのね? 上手くいけば東野達からも、ナインステイツからも逃亡できた。たとえチェイネンにクラスメイト全員が同行していても、私の祝福があればね」


 水戸伊薔薇。いつも皮肉げに言葉足らずな彼女の問いは、嫌味なくらい丁寧だった。隠している事があるなら吐けと、眼光がそう言っていた。


 友人に向ける視線ではないが、別に敵意はない。これが彼女の素であることは対面の少女も知っている。


「うん、松山にも、会えたかも、ね」


「っ」


 答える声は三枝二。彼女の言葉足らずは純粋に、彼女の体質からくるものだ。喉が弱く、文字通りの意味で喋るのが得意ではない。


 初出しの情報に水戸が一瞬いきりたった。生存自体は知っていたが、松山がチェイネンいるとは聞いていない。水戸が心配したのはクラスメイトとの邂逅だ。

 だが、それもすぐに治った。


「松山は……大丈夫か。あんな男、心配するのも馬鹿らしい」


 追放された直後ならともかく、松山愛人は敵討ちなんて考える奴じゃない。


「そう、だね。きっと追放されたことも、もう忘れてるんじゃ、ないかな」


「ありそー。頭は回るのに能天気なんだよあいつは」


 それで? と水戸は視線で先を促す。

 三枝は答えた。その手にはいつの間にか一冊の本が握られている。


「それは……」


「直接見せるのは、初めて、だよね。これは、まあ、予言書? いいや、詩集にしよう。私は、『詩人』だから、ね」


 三枝が未来予知じみた祝福を授かったとは既に聞いていた。松山の生存のこともこれで知った。件の会議で東野たちを煽ったのは当てずっぽうなわけではなかったのだ。


 そしてそれ以降の予言は聞いていない。


「東野くんたちが、チェイネンに行くって言った時。記述が、変わった。正確には坂くん達の決意からちょっとずつ、変わっていって、東野くんの参戦で、決壊した」


「……決壊?」


「うん、そう。文字が、特殊でね。私もまだ、全部読めるわけじゃ、ないんだけど」


 つーちゃんはいつも通りの無表情で続けた。


「人が死ぬ。それも大勢、ね。最悪、チェイネンが滅ぶ、かも?」


「……そう」


 水戸はため息をついて空を見上げた。曇天で陽光の刺さない庭園は、少しだけ肌寒い。


「ちょっと、困るわね。いつになったら家に帰れるんだろ」


「珍しい。水戸ちゃんが弱音吐くの」


「……私だって、そりゃ人間だもの」


「そうなったら、私と一緒に、喫茶店でもやろうよ。きっと、繁盛する」


 意外だった。三枝はいわゆるお嬢様だ。財閥の一人娘。家族からの心配もひとしおだろうに、ともすれば永住を提案するなんて。


 友人の下手くそな慰めに水戸は笑った。


「喫茶店って、私の柄じゃなさすぎるでしょ」







 屋根の上。顔から火を吹いて沈黙してしまったメイズを置いて、俺はメイルさんに詳しい状況を尋ねた。


 死者の軍勢は都市を覆う森の中に三キロほどの距離を置いて沈黙している。今のところ動く気配はないが、三キロなんて歩いても二十分の距離だ。楽観はできない。


「あれだけの大群、必ず司令塔がいるわぁ。私たちで司令塔を見つけて松山さんに操ってもらう。一応そういう算段だったのだけれど……」


「まだ時間はある、と思うか? 操れたら操れたで良いんだけど、時間があるなら保険を掛けたい」


「ちょっと待ってねぇ」


 メイルさんは片目を閉じた。『鴉の目』。波長の合う動物──カラスじゃなくても良いらしい──の視界を借りる魔法だそうだ。


「まだ動いてないわねぇ。全く微動だにしないけど、骸骨兵(スケルトン)も見える。死者の軍勢っていうのは本当みたい」


「あー、それはまずいなぁ。やってみないと分かんないけど操れる気がしない。メイルさんは、他にお友達がいらっしゃったり……?」


「セキーストならともかくチェイネンに知り合いは──あら?」


 メイルさんの片目──鴉の目が見開かれる。真っ黒な目は焦点を失っているようだが、ここではない遥か遠くを見ているのだろう。


「奴らが動き出したわ。どうするぅ?」


「援軍を呼ぶ。時間を稼げるか? あと、その鴉の目でポンズを探して欲しい。知ってるよな?」


「ええ、ええ。では松山さんにはコレを預けましょう。私たちじゃ精々受け持てて二割──時間だと二十分ってところだから、なるべく早く来てくださいね。ほら、メイズ、行くわよ」


 メイルが呼び出したのは漆黒のカラスだった。何もなかったところから出てきたが、使い魔ってやつか?


 カラスは俺を先導するようにふよふよと浮き上がっている。歩き出そうとした俺の背後から、羞恥より立ち直ったメイズの声がした。


「ま、松山! あんた、私にあれだけやらせておいて、逃げたら承知しないからね!」


「分かってるよぉ! トモダチだからな!」


「ニヤニヤするな気持ち悪い!」

 

 恥ずかし混じりの恨み言を聞き届けて、俺は門への道を逆走した。





 引き返すということはガシャドクロに遭遇するかもしれない、というのは杞憂だった。


 俺は難なくポンズとの合流を果たす。狙い通り清水も一緒だった。


「ポンズ! 清水! 無事か!?」


 二人を見つけるのは簡単だった。先ほどまでは賑やかだった街道に今は人っ子一人いない。


「なんでそんな必死なん? 無事も何も私らがやってたんはただの避難勧告やで」


 この非常事態に清水は達観していた。楽観はしていないはずだ。彼女は坂伊坂の試練を知っている。楽な試練など今まで一度もなかった。


 彼女は坂を信じているのだ。坂伊坂に乗り越えられなかった試練もまた、ない──


「おーけー大体わかったけど時間がないらしい端的に言うぞ。お前に頼みがある。東野と高松に伝言だ。『お前らも参加者だ』ってな」


 ──ただしそれは、『参加者全員』が死力を尽くした場合の話だ。


「……へえ」


 俺の言葉に清水は目を細めた。彼女は聡い。というより東栄のやつはみんな賢いし、坂伊坂の運命を知っている。


「街を魔物に包囲されてる。俺たちが稼げるのはせいぜい三十分ってところだ」


「ご丁寧にどうも。言われんでも伝わったんに。そんであんたはどうするん?」


 俺は笑った。多分、笑みだったはずだ。


「……ちょっとだけ悪あがきをな。多分主役はお前らだろ」


「やめてぇな。私は端役や!」


 言って清水はさっさと闘技場に向かってくれた。


 後にはぽかんと佇むポンズだけ。「え? 魔物? え?」と事態を飲み込めていない。俺だって飲み込めているとは言えないが。


 そんな彼女に俺はダメ元で尋ねた。メイズに言われて、少し心境が変わっていた。確かに彼らは俺の戦友だ。


「ポンズは俺と一緒に来てくれる? ケンケンやメイズも戦ってるんだけど」


「……え、っと。そ、れは……でも私、お役に立てませんよ……」


 時魔法使いが何を言っているのかと思った。彼女は僧侶だったか聖女だったか、つまりはヒーラーってことか? 戦闘能力はないのだろうか。


 でも、俺のやり方には彼女が必要だった。まあ他のクラスメイトでも良いんだけど探すのが面倒だ。事態は一刻を争う。


 俺はそれを正直に伝えることにした。


「……君がいてくれると、俺の力になる。居てくれるだけで良いんだ」


「……!」


 途端、何事か逡巡していたポンズの目つきが変わった。説得は成功したようだ。メイズに負けず劣らず分かりやすい。メイルさんの食わせ物っぷりを見習って欲しい。


 決意を新たに奮起する彼女を俺は白けた目で見ていたが、すぐに気を取り直してメイズたちが向かったのとは逆の門へ向けて駆け出した。





 チェイネン首都ワイドランド。かつてとある魔王に絨毯爆撃を仕掛けられたこの場所は、全周をまるっと囲った外壁に覆われた城塞都市だ。


 正面からの攻略は容易ではない。故にこそ魔王軍は正々堂々、正面突破を目論んだ。


「……なに、してるの。ガシャドクロ……死兵も動かさずに」


 裏門側に位置する軍の最後尾。そこに佇む女が、焦ったさに歯噛みした。


 魔王軍にとって、これは総力戦とも呼べる戦いだった。


 世界全土を自由に飛び回る、それどころかどんな強者も閉じ込めて無力化するヌリカベの異能。これを潰されたのは凄まじい痛手だった。


 故に計画は早められる。武道祭を狙う──世界中から強者や国の重鎮が集められる祭典にて、暗殺を敢行する。


 全ては『無意識の魔力』。その力をもって人類と魔王軍とのパワーバランスを逆転させるために。人類を絶望させ、転じて魔物に希望を与えるために。


 博打と紙一重の計画だ。ヌリカベの死で進軍が五十年は後退するというのなら、この計画の失敗でもう五十年は滞る。


 実行に移すかどうか、魔王様は最後までお悩みになられた。ヌリカベが即死しなかったのは幸いか、彼の意地の生命力の現れか。


 だが、最後には決断なされた。むしろ彼女は晴れやかな表情で女──魔王軍幹部、アマビエに告げた。


『任せたぞ、甘冷。もはやこれは──敗戦処理だ。百年の時を掛けて我々は緩やかに滅ぼされるだろう。そこにお前たちを連れて行くのは忍びない』


 死に場所を用意してやる、と。魔王様はアマビエに、ガシャドクロにそう言ったのだ。


『もちろん、タダで殺されてやるつもりはないさ。我々は数多の屍を越えてきた。安心して逝くと良い。それとも、私を信じられないか?』


 その言い方はずるい、とアマビエは思った。


 それを言うなら魔王様こそ私を信じていない。ガシャドクロはいい。あんな男はともかく、魔王様は私が失敗すると思ってる。


 必ず成功させる。敗戦処理だなんて、魔王様には──アマビエの愛する女には似合わない。


 だから。


(だから、そんな悲しい顔で笑わないでください)


 遂には言葉を発することができなかった。『承りました』と一言、絞り出すので精一杯だった。ガシャドクロは隣で豪快に笑っていた。


『ふうむ。しかしよ、しかし。魔王ともあろうものが、そんな虚ろな顔をするでない。別に根こそぎ殺してきてしまっても構わんのだろう? それで終いだ』


 アマビエが言えなかった一言を、他人の心に土足で踏み込む無粋な男が言い放つ。


 魔王様はきょとんとした顔をして笑った。アマビエの好きな不敵な目つきを取り戻して笑って言った。


『ああ、そうだ。そうだな、二人とも。任せたぞ』


「あの時は、少しだけ、本当に少しだけ、あなたのことを尊敬したのに!」


 戦場で、未だ動く気配のない死者の軍勢を見てアマビエが指を噛む。ガシャドクロが発ってから既に一時間は経過していた。


 死者の軍勢の指揮権はガシャドクロにある。ガシャドクロが都市内に侵入し、先に死者の軍勢で都市を襲う。混乱に乗じてガシャドクロが要人を暗殺する。


 それがこの計画の全貌だった。死者の軍勢が動き出さないことには、アマビエも動けない。まだガシャドクロの準備が整っていないということだからだ。


「!? よくやった、とは、言わないわよ……! 時間、掛けすぎなんだから」


 ようやっと、死者の軍勢が動き始める。予定よりだいぶ遅いが、それはアマビエが待ち望んだ変化だった。


「記憶の奔流。死者の嘆き。熟れる柔肌に掻き毟る苦痛。無辜の民草の命をもって、ここに絶望を体現せん」


 本来は使う予定のなかった魔法だった。だが、潜入の不手際にアマビエはガシャドクロを見限った。


 そもそも成功するか怪しかった。この場に着いて、生まれた死者と──骨と、かつてこの都市で死んだ者たちと対話して発想を得た魔法だったから。


 何よりガシャドクロを巻き込んでしまうかもしれなかった。しかし、もはやそんなことはどうでも良かった。死ねば良いと思っても、どうせ死なないのがあの男だ。


 そう、都合良く信じることにした。



「……追悼の意を込めて(ニュークリア・ロウ)



 それは異世界では、核弾頭と呼ばれるものだった。


 かつてこのワイドランドを襲った致死の爆撃の再現に──果たしてアマビエは成功した。


 如何にアマビエ──魔王軍幹部の魔法使いといえど、かつての魔王の御技の再現など出来るわけがなかった。たとえ死者に、この爆弾で死んだ者たちから話を聞いていたとしても。


 だがしかし、それは今日この場所でなかった場合の話だ。


 武道祭の起源は、かつて落とされたこの爆弾に抗う術を持った戦士を讃える、と。そんなものらしい。


 いわゆる終戦記念日。場所はここワイドランド。


 この日、この場所でしか成功しなかっただろう魔法が、死者の軍勢に混乱するチェイネンを襲う。遙か上空から、たった一発、しかし致死の一発が。


 アマビエの本質は『降らせる』こと。古くは雨乞いに始まり、恵の太陽を翳らせることもできれば、爆弾を落とすこともまた彼女にはできる。


 魔王様に言葉を、文化を、知恵を貰った今の彼女ならば。


「必ず、成功させてみせる……! 魔王様──あなたの、ために」


 息も絶え絶えなアマビエが、陶然とした眼差しで、無慈悲の弾頭のいく末を眺める。

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