2 東野、フェアじゃないね
結論から言うと逃げられなかった。
「あ、いや、やっぱ情報って大事じゃん? 水戸も祝福は教えなくて良いぜ、俺は秘匿する」
「なによ、それ。私たちは仲間じゃん。協力しないと五十年帰れないんだよ。馬鹿なの?」
「帰りたくないやつもいるだろう。敵になる可能性はある」
「あんたは帰りたくないの? 私と戦う?」
「そうは言ってない」
とか何とかのらりくらりしてたら、レジーナ王女が言った。
「それでは、皆さんこちらの『鑑定石』に手をかざしてください。こちらでも皆さんの祝福を確認し、適切なカリキュラムを組ませていただきます。魔術、諜報、生活魔法もろもろ、皆さんの祝福は多岐に渡るはずです」
クラス委員長の東野が了承し、まず彼が『鑑定石』とやらに手をかざした。人の頭ほどの水晶玉だ。
瞬間、鑑定石が一瞬発光し、下の台座から茶色い用紙が出てくる。プリンターみたいだなと思った。
東野が用紙を確認し、軽く俺たちに見せびらかした。
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名称:ケイ・ヒガシノ
体力値:150
魔力値:500
祝福:『統一言語』lv1 『女神の祝福』lv1
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ふむ、と東野は頷いた。
「僕が見たものと同じ内容だ。みんな、レジーナ王女に従ってくれ。仙ちゃん、最初に頼めるか」
仙ちゃんこと岩永仙がおそるおそる前に進み出た。
「なんなのよ、これぇ……京もなんで受け入れてんのよ……松山と一緒よ、怖いんだけど……」
「仙ちゃん」
「わかったわよ、やるわよ……やればいいんでしょぉ……?」
涙ぐみながら岩永が手をかざす。
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名称:セン・イワナガ
体力値:80
魔力値:450
祝福:『統一言語』lv1 『魅了の魔眼』lv1
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東野が内容を岩永に確認した。岩永は首肯した。
それから順番に皆が鑑定石に手をかざし始めた。俺は悟った。これ、隠しきれない。
ていうか、みんな魔力値多すぎないか? もしかして俺、祝福が無いだけじゃあなくてガチのゴミキャラなんじゃなかろうか。
用紙は全て東野が確認し、まとめている。全部終わったらレジーナ王女に手渡すつもりなのだろうが、このままではまずい。
水戸が訝しげな目で俺を見てくる。俺は一生懸命考えているんだ。東野も東野だよ、無能力ってわかったら処刑されるんじゃないか? ナインステイツ王国が求めているのは即戦力なのではないか?
大体鑑定ってなんだよ。何で俺の能力が可視化されてんだよ、ゲームの中の世界かよ。
待て、俺は気付いた。鑑定結果の中に、明らかに異質なモノがある。
『名称』だ。
体力値や魔力値、祝福は良い。だが『名称』ってなんだ?
いつ決められるんだ? 生まれた時か、名付けられた時か、集合知か? 名付け前の赤子を鑑定したらどうなるんだ?
自認、だったりはしないか。
都合の良い妄想なのはわかる。だがそうならば、『名称』を意図的に変えられないか?
俺は役を羽織った。心の底から思い込むんだ。
俺は水戸伊薔薇俺は水戸伊薔薇俺は水戸伊薔薇俺は水戸伊薔薇俺は水戸伊薔薇俺は水戸伊薔薇……
「……鑑定」
果たして俺の祈りは届いたらしい。
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名称:イバラ・ミト
体力値:100
魔力値:100
祝福:『統一言語』lv1
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来た! やはり『自認』だ!
だが水戸に迷惑はかけられない。水戸の鑑定用紙が二枚あり、俺の用紙がなければ疑われる。
名前は変えられない。次に変えたいのは『祝福』だ。
東野の祝福は『女神の祝福』、高松は『魅了の魔眼』だったか。祝福のフォーマットは『○○の○○』か? だが『統一言語』がある。四字熟語でも構わないのか?
よし、決めた。『高速思考』にしよう。四字熟語だし、なんとなく無難な感じがする。
役を羽織る。俺の祝福は『高速思考』俺の祝福は『高速思考』……
「……鑑定」
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名称:マナト・マツヤマ
体力値:100
魔力値:100
祝福:『統一言語』lv1
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なんっでだよ! 俺は何度も鑑定した。失敗したら役を羽織り直して、何度も何度も鑑定した。
祝福は自認じゃないのだろうか。自由に変えられるのは名称だけ……?
俺が諦めかけた時、おかしな情報が頭の中に入り込んできた。
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『統一言語』:聞いた言葉を理解することができる。また、他者に発言の理解を強制することができる。
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なんだ、これは。『統一言語』の鑑定結果か? 二重鑑定! 他者に発言の理解を強制することができる……ただの翻訳スキルじゃあない。
だが納得はできる。いきなり魔力だなんだ言われて、何故か俺たちはそれを受け入れることができている。言葉じゃなくて直感で『理解』することができる。鑑定もできたし。
これ、悪用できないか?
「松山、君の番だ」
「あっ、やべ」
俺が思索に耽っていると、東野が俺を呼んだ。
まずいな。余計なことを考えすぎた。俺は何とか隠蔽しようと目論んだが、諦めて鑑定石に手をかざした。
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名称:マナト・マツヤマ
体力値:100
魔力値:100
祝福:『統一言語』lv1
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鑑定結果を見て、東野がすぅっ、と目を細める。だが何も言わなかった。
次に呼ばれたのは水戸だった。ちらり、と、さりげなく東野が水戸に俺の鑑定用紙を見せたのが見えた。
「あっ」
水戸が鑑定石を発光させた瞬間、東野が手を滑らせて、用紙をばら撒いてしまった。あちゃー、と天を仰ぐ。
「すまない。水戸さん、拾うのを手伝ってくれるかい」
「ちっ。人使いが荒いんだよ」
悪態を吐きながら水戸が手伝う。俺は自分の用紙を注視していたからわかった。
水戸が、俺の用紙を拾った瞬間、素早く手を滑らせたのだ。まるで何かを書き加えたかのように。
用紙を拾い終わって、変わらず鑑定は実行された。すぐに全員分の用紙が出揃った。
東野がレジーナ王女に鑑定用紙を渡す。
レジーナ王女は笑顔で受け取って、俺たち全員を見回した。
「ありがとうございます。本日は宮殿でお休みになってください。今後のことについては明日の朝、また説明させていただきます」
最後に、今までずっと黙っていた王様が立ち上がって、俺たちに頭を下げた。
「どうか、よろしく頼む。君たちが、人類の最後の希望なのだ」
端に控えていた兵士たちがざわめく。国王の頭は安くない、って意味だろうか。日本にいると王政とかよくわからなくなるが。
○
俺たちは客室に案内された。クラス総勢四十六人分の個室が用意されていた。それぞれに使用人が一人ずつついているらしい。
時刻は夕方。異世界召喚が起きたのは六限目だったから、時差ぼけみたいなことは発生していない。お腹が空いてきた。明日の夜に歓迎パーティがあることは教えてもらった。今日の夕食は部屋に運ばれると。
案内が終わると、東野が全員を自分の部屋に集めた。俺たちに当てられた個室と広さは変わらない。だだっ広いが、全員が入ると流石に手狭に感じる。
「それじゃあ、今後について相談しようか。発言は手を挙げてからするように。何か気付いたことのある人は?」
東野が言った。真っ先に手を挙げたのは岩永だ。こいつ、泣き虫なくせに気が強いのだ。
「……私たち、本当に帰れるの……?」
「現状僕はわからない、としか言えないよ。だから話し合ってるんだ。パニックにならなかったのはみんな流石だね」
「……でも絶対先生たち心配してるよ……なるべく早く帰らないと……」
「だよなー! 魔王なんかさっさとぶっ殺しちまおうぜ、俺は魔王より母さんのが怖え」
「イサカ、発言は手を挙げてからするように。何か気付いたことでもあるのかい?」
うへえ、と坂伊坂が億劫そうに手を挙げた。サッカー部っぽいやつだ。快活で弄りやすいので、サカイとかイサカとか適当に呼ばれている。ちなみに坂が苗字な。
「はいはい。王女さんたち、何か隠してるぜ。特に俺たちが帰れるかどうか、って時に一瞬目が泳いでた。あと、召喚条件とかも意図的に伏せてたと思う」
はーい、と高松香河が手を挙げる。東野が促した。
「私もサッカーに同意〜。ってか、何で私たちが選ばれたのか、っていうのは気になるよね。東野くんに聞いてほしかったかな〜」
「ごめんね、香河。僕の落ち度だ」
「いいよ〜、必要ないって思ったんでしょ? それもわかるかも〜」
東野、岩永、高松、坂。俺たちが話し合うとなると、必然この四人の発言が多くなる。こいつらは前から仲が良かったし、それぞれが一個の派閥の長でもある。
なんか学校って、グループ分けされてるじゃん。ざっと東野派は安定、岩永は悲観派、高松は楽観派で坂は楽しけりゃいいじゃん派、みたいな。
うちの特殊なところはこいつらを中心にきちんと統制が取れているところだ。こいつら同士も仲良いし。パニックにならなかったのもそのおかげだろう。
ちなみに俺は何でも良い派。ただのぼっちなんだけどな。
おっと、ぼっち仲間の水戸が仲間になりたそうな目で俺を見てくる。
「あんた、祝福無かったね」
「やっぱり見てたのかよ……さっきは何したんだ?」
「書き加えた。いつまでも戦力にならないやつがずっとこんな待遇を受けられるとは思えない。とりあえず『俳優』とかにして、魔力値も上げといたよ。馬鹿みたいにくっさい演技するの、好きでしょう?」
「それ褒めてんのか?」
「冗談やめて。いつも空回ってるだけでしょ」
俺たちは東野に触れられないように小声で話す。東野も気付いてはいるだろうが、止める気もないみたいだった。他にも小声で話してるやつはいる。
それ以上目ぼしい指摘はなかった。東野がちょうど良いところで話を切り上げて、全体に問いかける。
「……よし、最後に祝福について。僕は全員が共有した方が良いと思うんだが、どうかな」
「俺は反対だな〜。手品の種が分かったら面白くないでしょ」と坂がへらへらと笑って。
「どっちでもいいかも〜。もうナインステイツ王国には知れちゃったんだし」と高松が適当に言えば。
「……何言ってるのよ! せめて私たちだけでも協力しないと、元の世界に帰るのが遅れちゃうじゃない!」と岩永がキンキン叫ぶ。
「ケイ、何で鑑定用紙を素直に渡したんだ? まあ大体察してるが──お前の口から聞きてぇわ」
東野は頷いて坂の疑問に答えた。
「自称ナインステイツ王国──王国って呼ぶけど。王国が僕らを害する気なら僕らに勝ち目はないよ。鑑定とか、魔力とか、僕らはこの世界のことをまだ知らなすぎる。今逆らって良いことは一つもない」
「……そうだよな。納得した。意見は変わらねぇが、ケイは全員の祝福を知ってるし、お前が決めて良いぜ」
ふむ、と東野が顎に手を当てる。
「君ら三人は賛成一、反対一、どっちでも良いが一人か。じゃあ松山に決めてもらおうかな」
全員の視線が俺に注目する。俺はうへえとため息をついた。
「はいはい、いつものやつね。胃痛ポジってやつだ。東野は中立の俺を便利に使うけどよ、お前も俺と変わんねぇだろ?」
「はは。でも今回僕はみんなの祝福を知ってるから、僕が決めたらフェアじゃない。わかるだろ?」
誰も異論はないらしかった。
コインを弾くようなものだ。裏が出るか、表が出るか。中立の俺はたまにこうして使われる時がある。
でも中立って、全員敵ってことなんだよな。当然坂を選べば岩永派に恨まれるだろうし、岩永を選べば坂派に恨まれるだろう。
俺は無作為のコインじゃないんだ。でも大した決断じゃない。どうせいつかは知れ渡る。早いか遅いか。その程度の違いしかないと、皆も思っているのだろう。
「俺は、どっちかつったら高松寄りかな。推奨もしないし禁止もしない。話したいやつは言えば良いし知りたいやつは聞けば良い。仲の良いやつらで共有するくらいで良いんじゃねぇの?」
「……なるほど。ありがとう。意義のある人は?」
誰も手を挙げなかったので、それでこの話は終わった。
それからは適当に話して解散になった。帰り際、水戸がじとっとした目を俺に向けてきた。
「東野、フェアじゃないね」
「んなことは分かってる」
「東野は松山が『祝福無し』ってのを知ってた。松山が公開したがらないだろうって思って話を振ったんだよ」
「だから俺もどっちつかずで答えたんだろ? 何が言いたいんだ、水戸」
「そうね、あんたならそう答えるだろうと思った。でも私が予想できるってことは、東野も予想できるってことじゃない? 中立なら私やつーちゃんもいる」
「だから、何が言いたい」
水戸は、少しだけ声を潜めて俺に耳打ちした。
「……戦争になるよ。あいつら四人の派閥でね。すぐに誰が魔王を倒すか競争し始める。そして、それを企んだのは東野だ」
俺は、沈黙した。そこまで考えが至らなかったことを認めたくなかった。
「ここには先生も他クラスもいないのよ。だからって、仲間割れなんてしてる暇ないでしょうに……」
最初に潰されるのは私たちでしょうね、と水戸が言った。どの陣営につくかわからない不安要素だからだ。取り込もうとするか、排除しようとするか、二つに一つだ。
「……早計だと思うけどなぁ。協力するべきだって、みんな分かってるハズだけど」
俺は、苦し紛れにそう言った。
「思い違いとは言わないのね。だったらあんたはプライドなんか捨てて祝福を公開すれば良かった。心のどこかで納得したんでしょ」
水戸は、相変わらず荊のごとき鋭さで俺の心を抉ってきた。
水戸伊薔薇。モチーフは人狼ア○ティメットよりミカ。