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19 そういう事なら

 岩永仙。祝福は『魅了の魔眼』。それ以上のことを俺は知らない。


 駆け出した俺の背後にはいくつものクレーターが出来ている。鼻先数センチのところに斬撃が飛んできた時もあった。


「ひっ!」


「フーハハハハ! やるなそこな小娘! 淫魔でもそうそうこの我を縛ることはできん!」


「止ま、れ、よ……! な、んで……効かないの!」


 ぎりぃっ! と岩永が歯噛みする。ガシャドクロはああ言うが、あいつが弱体化している様子はない。


「お、おい! なんか喋れ岩永!」


「な、んで、こんな時、っに!」


「こんな時だからだよ! そろそろ足が限界だ! 俺の気を紛れさせろ!」


 必死に走るが、終わりの見えている逃走劇だった。ケンケンと坂の二人がかりでもガシャドクロを止められる気配はない。そして俺は体力、魔力ともに一般人並だ。


 岩永は轟音渦巻く戦場の中で、ぽつぽつと話し出した。


「た、たまたま、だったの……暗い、路地の、向こうにあの男は居た……その時に剣は持ってなかったけど、あいつは──ガシャドクロは何かを待ってた……私は、街道からちらっとあいつを見つけて、それで──魅了の魔眼をかけた」


「はぁ!? あんなのに喧嘩売る奴がいるかよ!」


「仕方ないでしょ! なんか、怖かったのよ……あの時のあいつを見れば誰でもそうなるわ! 朴念仁のあんたでもね!」


 久しぶりに会ったクラスメイトは随分過激になっていたらしい。道端で見かけただけの不審者に、先制攻撃をかましたとか抜かしやがった。


 岩永は話を逸らした。何事もなかったかのように続きを言う。


「私は、聞いたの。あなたは何をしているの、これは命令だ、って。そしたらあいつは、機を伺っているって。『我とアマビエが暴れ、死者の軍勢が街を襲う。魔王様も随分我好みの選択をしてくださったものよ。ヌリカベの最後っ屁のようなものだ。奴を悼む柄じゃあないが、精々暴れてやろう』って」


「死者の軍勢……? ヌリカベ?」


「それで、あいつを詰問してた途中で、変な青いたまが転がってきたの。音爆弾ってやつかしら。すごく大きな音がなって、ガシャドクロも目を点にしてた。多分、それで正気を取り戻した」


 ああ、あの大爆発はその音か。ていうか詰問って。過激になりすぎだ。悲観派とやらはどこへいったのか。


「私は腰を抜かして、咄嗟に近くにいた友達を魔眼で逃して……そしたら、ケンケンさん? が私を助けてくれて、ガシャドクロは暴れ出して。人が、沢山、死んで……ケンケンさんは見かねて、私を置いて、戦い出して……」


「わかった、わかった大丈夫だ。辛いならそれ以上喋るな」


 岩永がさっきまで泣きそうだったのに、途端に顔を顰めさせた。


「何よ、あんた。話せって言ったり喋るなって言ったり」


 俺はそろそろ限界だった。この国の衛兵は何をやっている? と思ったら、坂とケンケンの戦いに何人か参戦していた。全く俺への攻撃の手は緩んでいないが。


 俺が必死に頭と足を回していると、岩永がとんと俺の肩を叩いた。


「松山。もういいわ」


「あん?」


「私を降ろしていいって言ったの」


 俺の知っている岩永は、泣き虫で気弱で、いつも誰かの後ろに隠れているようなやつだ。その癖変なところでプライドが高いからよく厄介ごとに巻き込まれる、あまり関わりたくない女子。


 だから心情的には反対だったが、俺の身体は躊躇うことなく岩永を解放していた。己の我が身可愛さに涙が出そうになる。


「……少しは心配なさいよ」


「してるって」


「ふん、どうだか。まあ安心なさい。私も一ヶ月、遊んでいただけではないわ」


「そうか。じゃあ俺は逃げるから元気でやれよ!」


「相変わらず礼を言うのも腹立たしい顔ね……! あんた何でも出来る印象あったけど、もっと体力つけなさいよ」


 そう言って岩永は遠く見えるガシャドクロを睨む。いつのまにかかなり距離を離していたらしい。ケンケンたちが頑張っているようだ。いやあの距離から俺らに攻撃届けてるのあいつ?


 何でも出来る、か。合ってもいるし間違ってもいる認識だ。俺に出来るのは誰かに代わることだけ。大魔法使い松山様は俺の中の魔法使いのイメージに加えて実はグレランを真似ているし、小鬼も目の前で観察しなければ羽織れなかった。


 そして今の俺は最強を更新している。逃げる前に一泡吹かせてやろう。


「岩永、合わせろよ」


「え?」


 想像するのは津波。燃える津波だ。


 生き疾し生ける者よ、死に逝く全ての物よ。汝の安寧を約束しよう。汝の休息を保証しよう。海が万物の母なれば、炎は真の父であろう。


 我が名はメイズ・シュトローム。炎髪の少女の名を借りて、私がここに神秘を顕現しよう。


 あの時は目の前の光景を信じられなかった。私は恥じた。よもや想像力の──創作の分野で私より優れた者がいるとは思わなかった。あれから毎夜何度も想像を繰り返した。


 自分を騙せ。私ならできると心の底から信じ込め。


「『地獄の業火に渦巻かれ(モスケンスラウメン)』!」


「っ! 『逃げて! 離れて皆!』」


 私の知る岩永の魔眼は、目を合わせたやつにしか効果がなかったはずだ。だが今、岩永の指示に従わなかった者はいない。


 取り残された四つ腕の男に燃える津波が襲いかかる。かつて見たそれよりも随分と規模の小さな津波だったが、男一人飲み込むには申し分ない。


「ぬうっ!」


「良くやったわ魔眼使い!」


「あ、いつもの憑依ね」


 私の憑依は口調や声音、思考まで変わる。まあもう役割は終えたのでそろそろ昇らそうかな。降霊は降ろすで良いのだけれど、解除は昇らすで合ってるのかしら?


 変なこと考えてないで逃げないと。もう魔力はすっからかんだし、やることはやったから後悔もない。


「後は任せたわよ岩永仙!」


「その声で私を呼ぶな気持ち悪い! 言われなくても!」


 岩永の背中に黒い羽が生える。何あれ格好良い! 生粋の淫魔の血筋なのかしら。


 背後に戦火の匂いを感じながら私は全速力で駆け出した。やはり仕留め切れてはいなかったらしい。


 だけれども、私の心は歓喜一色だった。正直ぶっつけ本番だったのだけれど、リベンジが成功したからだ!


 燃える津波の何言うものぞ!


 私は、私の想像力を肯定する!


「こんなところにいた魔物使い!」


 そんな時、私は手を引かれた。本物のお出ましだ。





 俺の手を取った人物はメイズ・シュトロームその人だった。


 そのまま恐るべき脚力で跳躍して、屋根の上にシュタッと着地する。


「ね、ねえ! 私に何の用事!?」


「何それ私の真似事? やめてよ気持ち悪い!」


 あ、おお。まだ抜け切れて無かったらしい。俺も流石に本人の前で本人を降ろすほど恥知らずなことはしない。


「あ、ああ。ちょっとなりきってただけ。さっきの津波を出すのに必要でさ」


「それもよ! なんでモスケンスラウメンが使えてるのよ! まあそれで居場所が分かったのだけれど……あれは私とお姉ちゃんだけの魔法なのに!」


「すごかったわぁ。私たちと世界を共有してもいない。魔法の扱いはてんで素人。魔力効率も度外視で──記憶の再現だけを求めてる? 病的なまでの想像力……ある意味では、『無意識の魔力』を超越している……? 素人に魔法は使えないという常識を……」


「ああもうお姉ちゃん! 今はそんなことどうでもいいでしょ!」


 姉メイルも一緒にいたらしい。神速で駆けるメイズに汗一つなく着いてくる。


 彼女らが向かっているのは正門のようだった。都市の外に何かあるのか? 人々が雑多に乱れる街道ではなく屋根の上を走りながら、時に飛んで跳ねて進む。


 俺は首根っこを掴まれながら態度で抗議した。俺に一体何の用なんですかね?


 疑問はすぐに氷解した。メイズが口早に説明してくれたからだ。


「魔物使い──いいえ、松山。聞いて。今、都市を魔物に包囲されてるわ」


「はぁ!? 魔物に包囲?」


「ええ、そうよぉ。もっとも気付いているのは私たちだけでしょうね。『鴉の目』は私のオリジナルだから」


 折角窮地を脱したというのに、未だ試練は襲いかかってくるらしい。いや、これは別口か。俺の役目は岩永を庇って立ち直らせた時点で終わっている。


 それにしても魔物に包囲とは。ここはチェイネンの大都市だ。少なからず街道は整備されているし、魔王領であるノースロードからも離れているのに──


「──魔王?」


 魔王というと、ついさっき聞いた覚えがある。


 魔王軍四天王。『忍耐』の称号。

 ガシャドクロ。アマビエ。

 ヌリカベの最後っ屁。魔物の大群──


「──死者の軍勢か!」


「! 何か知っているのね? ところでそろそろ降ろしてもいい? 腕が疲れてきたのだけれど」


「駄目だよ。俺は屋根の上を飛び回れるほど強くない……ああ、軍勢、死者の軍勢ね。さっきあそこで暴れ回ってたのが言ってたらしいんだよ。あいつは魔王軍の四天王を名乗ってた」


 俺は粗方事情を説明した上で言った。


「おい、この国の衛兵は何をしてる? 言っておくが俺は意外と役に立たないぜ」


「モスケンスラウメンに概念武装まで顕現しておいて何言ってるのよ。それに魔物使いなんでしょう」


「つってももう魔力はすっからかんだ。魔物も、俺は言語を介して使役するからな。物言わぬ骸相手なら効果は分からん」


「……衛兵さんたちは、武道祭の警備に大半が駆り出されてるのよぅ。各国のお偉いさんたちもいるし、魔物に気付いているのは私たちしかいない」


 俺の言い草に二人は立ち止まった。当然担がれている俺も。


 どうやらメイズは随分と俺を評価してくれていたらしい。ポンズもケンケンもだ。たまにその視線に、尊敬の念が混じる。


 命を投げ打ってシセンを──ヌリカベを打倒したと。


 実際はそんなに大層な話じゃない。俺は俺のエゴを貫き通しただけだし、特に彼らを助けようなんて思っていなかった。あの時の心情はまさしく怒り一辺倒だったのだから。


 都市が襲われると聞いても、はいそうですかとなるだけだ。俺には祝福もなければ魔力もない。街を守るのは俺の仕事じゃない。


 つまりは、非常時を前に腰が抜けているのだ。今は一人じゃない。だから俺がやらなくても、構わない。


 二人や都市を助ける義理も人情もない。クラスメイトにはナインステイツが付いているはずだし、あいつらがそう簡単に死ぬとも思えない。ガシャドクロを間近に見てなお、俺はそう信じて疑わない。そういう意味では、奴らは魔物よりも魔物らしい。


 メイズはぷくーっと頬を膨らませていた。初めて見る顔だ。彼女は姉と一緒にいると表情豊かになる節がある。


「魔物の──死者の、軍勢よ。大勢死ぬわ。四天王っていうのも気になる」


「なら、加勢に行けば良い」


「街中で魔法をぶっ放すほど馬鹿じゃないの。それにここは戦士の街。ここでは魔法は使いづらい」


「なら、対処も戦士たちに任せれば良い」


「ケンケンも戦っているのよ」


「ケンケンは戦士で、俺は魔物使い。魔物もいなければ魔力もない俺は戦力外だよ」


「ぐ、ぬぬ……」


 形のいい眉を顰めるメイズを、メイルが面白そうに見ていた。そのまま少し考える素振りを見せるが、俺の理論武装はそうそうには崩せないはずだ。


「松山さん」


「はい」


 だからメイルに声をかけられた時、俺は胸を張って開き直っていた。この俺をそう簡単に動かせると思うなよ。


 だが、出てきたのは説得の言葉ではなかった。


「可愛いでしょう、私の妹は。あまり虐めないでもらえる? きっと初めてできた友達に浮かれているのよぅ。学校ではずっと私と一緒にいたし、下手に強いから冒険者もずっとソロでやってたんですって。元々人付き合いが得意な方ではないから」


「へぇ」


「な、は、お姉ちゃん!?」


 愛でるような、慈しむようなメイルの視線の先にあるのは口下手な炎髪の少女だ。


 メイズはその整った容貌を驚愕と羞恥に歪めてぽかんとしていた。途端に姉に悪態を付き始める。人の心がわからないとか、お節介だとか。照れ隠しだと思えば、その様は確かに可愛らしい。


「昔から、一言助けてって言えない子だったの。だから私が代わりに言ってあげるわ、松山さん」


「その必要はないよ、メイルさん。本人の口から聞きたいな」


「だから勝手に! 話を! 進めるな!」


 怒り心頭で地団駄を踏むメイズを俺はニヤニヤしながら見つめた。こんなに楽しい催しを見逃すなんてとんでもない!


 俺の視線にうっ、とメイズはたじろいだ。視線だけじゃない。責め立てるのは口先だ。俺の十八番である口先三寸手八丁である。


「お〜いおいおいメイズちゃん? そういう事なら最初っからそうと言ってくれれば良いのによォ〜!」


 俺は自分より立場の弱い人間には強いのだ。立場とはすなわちメイルの存在。メイルの助勢を受けた以上、この場は既に二対一だ。


「い、言ってた、じゃない! 魔物に、包囲されてて、それで……」


「それで? 死者の軍勢にガシャドクロ。国の衛兵は闘技場に詰めてて、襲撃を知ってるのは俺たちだけ? それで俺に何をして欲しい? 聞っこえねぇなぁ! たった一言くらいさらっと言っちまえよ!」


「それでっ! それで……」


 メイズは顔を真っ赤に目を潤ませて、


「……あなたは、その! 友達だと、思ってたから……助けてくれるかなって、そう思っていたのだけれど!」


 そう、叫んだ。


 辿々しいお願いであったが、まあ及第点をやろう。正直俺はついさっきまで彼女を知人くらいに思っていたが、友達になったんなら仕方ない。


 思えば彼女らとは三日と言わず過ごした中だ。一緒に遊び(ゲーム)もしたし、その後には死線だって潜り抜けた。


 俺と彼女は友達だ。だから、助けるのに理由なんていらない。坂に逆らわなかったり岩永を助けるのに命を賭けたりしたことも、それは俺の中では当然の選択なのだ。


 友達は助ける。剣と魔法の異世界に無粋な常識を持ち込むことを、俺は誇らしく思っている。


「よぅし! そういう事なら、任された!」

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友達ならしょうがないわ ニヤニヤ
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