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16 戦士の祭り

 今日は武道祭を見にきている。参加人数が多いから予選は野外、本戦はコロッセオのような場所で行われる。


 今いるのはコロッセオの観戦席だ。ケンケンは危なげなく予選を突破した。無事本戦出場、俺たちはその観戦というわけだ。隣にはポンズとメイズ。両手に華──と言いたいところだが、ポンズはずっと何か言いたげなのに何も言わないし、メイズは反対隣の姉とずっと話している。


 俺? 予選一回戦で負けたよ。待て! 話を! とか言っても聞きやしないんだから。統一言語、やっぱり使えんかもしれん。仕方なく大魔法使いになってみたけど駄目駄目だった。


 わあっ、と歓声が上がる。次の挑戦者が登壇してきたからだ。


 注目されたのは、そいつが特異な出立をしていたからだった。刈り上げた金髪に精悍な顔立ち。背もそこそこ高くて野生味あるイケメンだった。何よりも特徴的なのこの世界に似つかわしくない現代的な上着(ブレザー)──


「あれ東栄の制服──って坂じゃねぇか。何でいるんだよ」


 ──(さか)伊坂(いさか)である。間違いない。彼は鎧無し(せいふく)に剣一本というハンデマッチを所望のようだ。観客に笑顔で手を振っている。場慣れしてやがる。思えばあの派手好きの好きそうなイベントだ。


 どうやってナインステイツを抜け出したんだ? 多分ヒツジさん──『帰郷』の魔法使いの転移だろう。坂がごねたんだろうな。退屈な王宮暮らしはもうこりごりだ! ていう風に。


 歓声が上がる訳だ。あの格好であればすぐに『異世界の勇者』だとわかる。人類の希望が戦う姿を見せてくれるのならば当然期待も高まろう。


「お、お知り合いですか……?」


「ああ。俺の元クラスメイト──異世界の勇者だよ。坂伊坂って名前で、剣使うのが昔っから得意だった」


「へ、平和な時代じゃなかったんですか……? 何故剣が得意なんですか、ま、まさか殺人鬼とか……?」


「違う、違うよ。そういうスポーツがあるんだ。ちょうど武道祭みたいなな。坂はそれで上位常連だった」


 対するは地味めなローブを被った、恐らく魔法使いだった。武道祭では珍しいらしい。確かに少ない気がする。


「『無音』の魔法使い……出てたんだ、あの子」


「あら、知り合いなの?」


 シュトローム姉妹が注目したのは魔法使いの方だった。メイズが教えてくれる。


「ええ。最近上がってきた二級冒険者。二年前くらいからかしら。お姉ちゃんが知らないのも無理ないわね」


「そういえば、メイズは出なくて良かったのか?」


「はあ? 出る訳ないでしょ。大体武道祭は戦士の祭りよ。世界最強を決めるだなんだか知らないけど、誰にでも参加権があって、見た目だけは公平に見せてるのが気に食わないわ」


「あ、はは。メイズは昔っから武道祭が嫌いよねぇ。まあ気持ちはわからなくもないけれど」


 魔法使いは戦士に勝てない。特に一対一(タイマン)では。この世界では常識らしい。


 目の前で魔法使いが動いた。動いたと言っても素振りが変わったわけではない。突然、目の前に無数の蒼い火球が創り出される。


「『無音』の特徴は、決して詠唱をしないこと。あの子、単独(ソロ)なの」


「魔法使いで単独冒険者(ソロパーティ)、かぁ。凄いなぁ」


 火球は一斉に坂に迫る。だがふん! と坂が剣を一振りすると、一つ残らず消え去った。わぁっ、とまた歓声が上がる。


 『無音』がちっ、と小さく舌打ちをする。


 これだ。魔法使いが戦士に勝てない理由。俺もこれで負けた。基本的に体外に出した魔力は多かれ少なかれ霧散する。体内なら運用効率百パーセントである。ぶつかればどちらが勝つかなど一目瞭然だ。


 魔法使いの強みは広範囲を攻撃できたり火力を一点に集中させられること。戦士の強みは少ない魔力で継続的に戦えることと、そもそも魔力で守られた身体が頑丈なこと。


 坂が姿勢を低くして『無音』に迫る。『無音』は風の刃で迎撃を試みる。見えない斬撃を坂は器用に剣で振り払いながら進むが──進行方向に蒼い炎が立ちはだかる。剣を振り切った姿勢では防げず、後退を余儀なくされる。


 今度舌打ちするのは坂の方だった。持久戦である。だがこれでは先に魔力が尽きるのは『無音』の方だ。


「『無音』、凄いとは思うんだけど汎用魔法ばっかなのよね。色んな魔法を無詠唱できるのは本当に凄いことなんだけど」


「汎用魔法? とんでもない!」


 メイズの呟きにメイルが食いついた。


「炎は少し青いし風は全く音がしなかった。『無音』の魔法使い──恐らく得意魔法は風ね。多分酸素を操ってるから炎が青いんだ──原子レベルで空間を制御できてるんだよ、それも無詠唱!」


 顔を赤くして捲し立てるメイル。メイズがうへぇと嫌な顔をする。


「は、始まった……無視していいわよ、松山。お姉ちゃん魔法の事になると凄い早口で面倒臭くなるから。何が面白いのかしら。別に原理がどうでも発動しちゃったら同じじゃない」


「同じじゃないよぅ! どんな想像(イメージ)で発現してるかが大事なの!」


 『無音』と坂の戦いは膠着状態を続けている。迫る坂を迎撃する『無音』。


 予備動作の全くない攻撃に坂は苛ついているみたいだが、この状況が長くは続かないことには気付いている。ジリジリとした戦況だが、その目に迷いはない。


 そういえば、と俺は昨日疑問に思ったことをメイズに聞く。


「汎用魔法とか固有魔法とかって何なんだ? というか──世界で一人しか使えない魔法とかってあり得るのか……? 昨日あの後、『転移』の魔法使いに会ったんだけど」


「ああ、それね……」


 メイズはちらり、と隣を見る。魔法については姉の方が詳しいからだろう。だがメイルは一心不乱に『無音』の魔法を見ていた。ため息を吐いてメイズが教えてくれた。


「魔法が想像力の世界なのは知ってるわよね? そして、この世には無数の人間がいるのもわかる? 魔法使いでなくとも、誰にでも魔力は宿っているわけ」


 俺は頷いた。だがそれが何の関係があるのか。


「想像してごらんなさい。その全員が──非魔法使い達も含めて、『あの人はこんな魔法が使える』とか、『この魔法はあの人にしか使えない』みたいに思ってたら──想像してたらどうなると思う?」


「……その人の魔法が、強くなる?」


「……そう。世の中の常識が現実に反映されることは魔法界では良くあることよ。私たちはこれを『無意識の魔力』と呼んでいる。家事魔法なんかが誰にでも使えたり、『炎使い』として有名なフィアンマ公爵家が強力な炎を扱えたりね。特定の家系に代々伝わる魔法というのは少なくないわよ」


 メイズは締めくくる。


「固有魔法と汎用魔法の違いだっけ? 難易度が高くない、()()()()()()()()()()魔法は汎用魔法だし、とても難しかったり特定の個人にしか使えない()()()()()()魔法が固有魔法ね。フィアンマの炎も固有魔法だし、『無音』の無詠唱もまあ、現象は汎用魔法でも広い意味では固有魔法と言えるわ。有名ではあるし」


 『無意識の魔力』。なるほどそういうモノがあるのか。


 世の中の常識が──魔力を持つ一般人の想像力が、現実を書き換える。人々の共通認識が特定の個人を強化する。


 『異世界の勇者』が須く強大な魔力を持っていたのも納得だ。俺たちは人類の英雄なんだから──じゃあ何で俺は一般人並みなんだよ、おい。

 

 目の前では攻勢の弱まった『無音』を坂が畳み掛けていた。明らかに密度を落とした魔法の弾幕に、坂がグイグイと間合いを詰めていく。


「あっ!」


 ポンズが悲痛な声を上げた。


 坂が剣を振りかぶったからだ。身体は既に『無音』の懐に潜り込んでいる。開始から一歩も動いていない『無音』を、遂に剣の射程内に捉えた。


 『無音』がローブの下で、ニヤリと笑ったのが見えた。


「えっ」


 ガクン、と坂の身体が蹌踉(よろ)めく。途端に攻勢に出る『無音』。坂は覚束ない足取りで剣を振るうが、防ぎきれない。爆発と共に吹き飛ばされる。


「空気が動いた……? いえ、『無音』の周りの空気は変わっていない……でも自身の周りだけ……蜃気楼──じゃないけど、空気が少し重くなっている……? 風魔法で空気を原子レベルで操れる──」


 メイルがぼそりと呟いた。


「──()()()()()()()()()()()()()() それも無詠唱で……? まだ若いのにやるなぁ……」


 コロッセオは観客席を覆うように円状に結界が張られていると聞いた。結界とはいかな魔法も物質も通さない防御魔法の事。


 つまり、()()なのだ。あの闘技場は。


 酸素は時に猛毒になり得る。不完全燃焼を起こした時に発生する一酸化炭素は体内に侵入すると、酸素よりも強くヘモグロビンと結びつく。つまり、身体に酸素を取り込めなくなる。


 一酸化炭素を吸い過ぎると、頭痛と共に判断力は低下し、錯乱、意識消失、そのまま酸素を身体に取り込めなければ──直に死に至る。


 『無音』は呼吸を許してはくれないだろう。周りには無数の炎球が轟々と燃えている──


「がちか。おいおい、流石に目の前で元クラスメイトに死なれると寝覚めが悪いんだが……」


 ──が。


 対するは坂伊坂。興味派筆頭にして『剣術の達人』。異世界の勇者一の戦闘狂。


 土煙の中で影が蠢く。ゆらゆらと、まるで幽鬼のように立ち上がる。


 本来であれば意識は朦朧とし、全身が激しい痛みに苛まれている筈なのに。


 ところどころ燃えつきた制服を見下ろして、残念そうにしている。


「あーあぁ……制服(これ)、一点物なのになぁ。んっん〜、身体の内側からやられてるなぁ……毒ってことかぁ? でもやられてるのは身体の内側なんだよなぁ……?」


 異変に気付いた『無音』が炎球を叩きつけるように打ち込む。


 坂は剣の一振りでそれを消す。そのまま構えた。


「だったらそこは、俺の制御下(りょういき)だよなぁ!?」


 正しく、怪物。


 そこからの試合は一方的な物だった。必死に抵抗する『無音』だったが、その悉くを坂が握り潰している。渾身の毒が効かなくなったのだ。勝敗は自明である。


 もはや戦いではなかった。これは狩りだ。逃げ惑う獲物をどう追い詰めていくか、という。


「何だあれ、化け物(バケモン)じゃねぇか」


「……やっぱり武道祭ってくだらない。ただでさえ手の内がバレて面倒な注目を集めるのに、あんなのに魔法使いが勝てるわけないじゃない」


「まあまあ、そう不貞腐れないの。確かに魔法使いが有名になるのは一長一短だけど──もし武道祭を優勝するような魔法使いが現れたら、魔法使いの地位は一変するかもよぅ?」


「だとしてもよ。『帰郷』は有名になりすぎたせいで『転移』の魔法しか使えなくなったのよ? 一長一短って、デメリットの部分が大き過ぎるわ」


「まぁ、そうね。無音ちゃんは名を上げて力を上げるつもりだったのでしょうけれど、これで彼女はしばらくの間戦士には勝てなくなったでしょうね」


 『無意識の魔力』。


 メイズが「くだらない」と評する理由が、やっと理解できた。


 俺の知る限り坂伊坂はあんな怪物ではなかった。では何故こうも『無音』を圧倒しているのか。


 恐らく、成長したのだ。戦いの中で。それは坂自身の努力が実ったとも言えるし──『無意識の魔力』に手助けされたとも言える。


 ()()使()()()()()()()()()()。それが観客達にとっての常識だから。ここには無数の人間の目が、魔力が、願いが、常識がある。


「戦士の祭り、ね……他の奴らは来てないのかな」


 楽しみが一つ、増えてしまった。何だかんだ同郷の友人を見ることができたから。彼らのことは嫌いではないのだ。


 そのまま坂が『無音』の首に剣を突きつけて、わぁっ、と三度歓声が上がった。

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