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15 それはそれとして

 メイズ・シュトロームは秀才だった。


 昔っから魔法が得意で、同い年の姉といつも一緒にいた。どちらの頭が先に出たとかで姉の地位を取り合ったこともある。仲の良い姉妹だった。


 シュトローム家はセキーストの男爵だ。魔法学園に通うようになっても、メイズとメイルは天才姉妹として名を馳せた。関係も良好だった。この時はまだ。


 いつの日か、こんな陰口が届くようになった。


「いつまでも姉離れのできない子」

「妹さん、凄いけど姉の()()()()ばかりではなくて?」


 ぎくりとした。それはメイズが一番よく分かっていることだった。


 『お下がり』とは、他人の魔法をそのまま使う者の蔑称だ。魔法には各人の人格が強く現れる。想像力──頭の中を曝け出すのだから。いつまでも自分自身の『世界』を創り出せない者のことを、そう呼ぶ。


 簡単な汎用魔法程度なら良い。だが姉が発明した固有魔法なんかの類も、メイズには使うことができた。使えてしまった、から。


 メイズが新しく魔法を発明したことなどないのに。


 初めて魔法を使ったのも姉だった。

 入学試験で先に魔法を使ったのも。

 魔法構築論の授業で彼女より良い成績を取ったこともなくて。


 どんなに難解な魔法が使えても、メイズは姉の真似をしているだけだった。二人で競い合っていると思っていた。心のどこかでそう信じたかった。


 でも、メイズが自分から何かを生み出したことはなかった。姉にできることは自分にもできるけれど、姉にできないことは自分にもできない。


 メイズ・シュトロームは()()だった。


 ()()であるメイル・シュトロームを姉に持っただけの一般人。有象無象。


「ふざっけんじゃ、ないわよ……」


 怒りの矛先が向いたのは姉にではない。陰口を叩く同級生へでもない。


 自分自身だ。何も為せない自分に腹が立って仕方がなかった。


「気にしなくて良いのよ。それもメイズの才能なんだから」なんて。


 慰めの言葉なんていらなかった。学園を卒業してすぐ冒険者になった。姉は院に入って研究を続けると言っていた。とにかく姉から離れたかった。


 ──私だけの価値観を手に入れるんだ。


 魔物を狩って薬草を作って盗賊を捕まえて亡くし物を探して、できることは何でもやった。仲間もできた。友達も。冒険者としては一流になれたし、『黒炎』の名前も知れ渡っている。


 でもいつも何かが足りなかった。ずっと心の奥底で嫌味な私が笑っている。


 こんなことができて何になるの。黒炎だって姉の魔法でしょ。違う、あれは竜に襲われて仕方なく──言い訳よ。自分一人の力では何もできないから結局姉に頼ったんだ。姉ならもっと簡単に熟している。姉ならこんな粗雑な魔法式は組まない。姉なら、姉が、姉の、姉ならもっと。


 ()()()()()()()()()()()()


 違う、だめだ。この思考は、良くない傾向だ。だが宿に戻ってベッドに寝転がると、どうしても考えてしまった。


 そうして一年の月日を過ごした頃、姉が失踪したとの知らせがあった。


 ない話ではなかった。姉は長く家を空ける時がある。特にメイズが姉と距離を取るようになってからは、その傾向は顕著だった。どこで何をしているのか気にならなかったと言えば嘘になるが、劣等感から詮索するのも恥ずかしかった。


 だが今回は少し様子が違うらしい。誰に何の連絡もせず、一月が経過しているという。最後に行った場所は──魔王領(ノースロード)。とある洞窟に赴いたらしい。


 メイズは暫くぶりに実家に帰った。母はいつもと同じように出迎えてくれた。適当に近況を聞いて、この時の私は特に何も思わなかった。


 とある洞窟は──恐らく迷宮だと思われた。入り口が二度と確認できなかったからだ。地形変動などそうそう起きない。ほぼ間違いなくかの異空間に囚われたのだろう。最近増えていると聞く。


 母が心なし(やつ)れているように見えたので、片手間にでも探してやるかと思った。迷宮探索なら経験がある。何か手掛かりがないかと、姉の自室を覗いた。


 姉の自室は変わってなかった。簡素なダブルベッドに執務机、椅子があるだけ。母はいつ私たちが帰ってきても良いようにしているのだろう、手入れが行き届いている。


 引き出しを開けると日記を見つけた。日付はちょうど一月前まで記されている。こんなマメな趣味があったな、と思い出した。まだ続けていたのか。


 悪いとは思いつつも中身を見た。一月前から遡っていく。どんな魔法を発明した、誰々に求婚された、オムニ皇帝に褒賞を貰った云々。


 それは、姉の輝かしい経歴を淡々と述べるものだった。メイズがどうしても手に入れられないものを、どうでも良いと言わんばかりに書き殴る。メイズ心の底から欲しても手に入れられないものを。いとも簡単に。


 ぐしゃり、と握り手に力がこもる。段々と心が荒んでいくのを自覚して、自分の未熟さに嫌気が差す。もう読むのをやめようと思った時だった。


「なに、これ」


 とある記述を見つけた。その日あった出来事を羅列的に述べるその日記の中で、珍しく姉の感情が垣間見える記載だった。


『メイズは私の魔法を難なく使うことができる』

『どころか、私よりも魔力効率良く運用している時もある』

『メイズに使えない魔法は無いのではないか』

『私にできることはメイズにもできる。私よりもずっと洗練されたものを』

()()()()()()()()()()()()()()()


 日付を見ると、確かメイズが姉に泣きついた前日だった。()()()()だなんだと言われて、自分でもそれを自覚していて、どうしようもなくて姉に八つ当たりをした日だ。メイズが姉と決別した日だ。


 ──気にしなくて良いのよ。それもメイズの才能なんだから


 姉はあの時、確かにそう言っていた。


 その時のことを思い出してはっ、とメイズは気付いた。


 あの時姉は、何故か酷く安心したような表情(かお)をしていなかったか?


 姉もメイズに劣等感を感じていた、のだ。姉とメイズの差異を考えて。自分自身の自己同一性(アイデンティティ)に悩んで。


 だから、あの表情なのだ。メイズも姉と同じ悩みを抱えていたんだと気付いて、きっと姉は嬉しかったのだ。


「なによ、それ……」


 急に姉が等身大の人間に思えた。メイズに持っていないものを何でも持っている万能の天才──私の上位互換なんかじゃなくて、ただのメイル・シュトロームに。


 時々家を抜け出していたのにも合点がいった。姉も誰でもない何かになりたくて努力をしていたのだ。メイズに見えないところで、メイズを超えたくて。


 言わなかったのは優しさか。確かに当時の姉に「私も苦労してる」なんて言われたら、メイズは怒り狂っていただろう。当時の自分の狭量さを、否応なく自覚させられる。


 茫然自失のままに日記を遡ると、突然何度もメイズの名前が出てくるようになった。決別の日を境にメイズは極力姉と関わらないようにしていたが、裏を返せば、それ以前はべったりくっついていたのだ。


 メイズと魔法勝負をしただとか。

 メイズと大通りのパンを食べただとか。

 母の誕生日をメイズと一緒に祝っただとか。

 メイズのプリンを食べて喧嘩になっただとか。


「う、ぁ……あ、あぁ……!」


 知らず涙が溢れ出てきた。ただ羅列的にその日の出来事が書かれているだけなのに、かつての日々がとてつもなくかけがえのないものに思えてきた。


 日記をめくる手は止まらなかった。握りつぶしたりなんて二度とできない。大切に、壊れ物を扱うように丁寧にページをめくっていく。もう二度と会えないかもしれない、ということがとても恐ろしく感じた。


 ──姉を、探そう。ナインステイツからノーシーストまで片端から迷宮を攻略して、それでも見つからなかったらノースロードに乗り込もう。


 一度だけ文句を言ってやる。あなたは私が創れない魔法を思いつくし髪の色も違うしふわふわしてる癖に良く周りを気遣っているし私よりも背が高いし、私の方が計算も呑み込みも早いし足が小さいし気は強いし今となっては魔物に詳しいしで。


 あなたと私は、全然全く違う人間で。あなたは私にとってこの世の誰よりも素晴らしい大切な(ひと)なんだと。


 それを言ってやるまでは死ねないと思った。迷宮──生きた壁(リビングウォール)とやらは未だその生態が知られていない魔物だ。本当にそれに囚われたのなら、姉が生きているかどうかは五分五分だろう。


 でも、メイズはそれに生涯を捧げても構わないと思った。他にやりたいことも無くなったからだ。例え五十年後に暗い洞窟の中で姉の死体を見つけることになったとしても、一頻り泣いた後に、きっと満足しながら逝けるだろうと。


 二年後、彼女は思いの外早い再会を果たす。もう生存は絶望的かと半ば諦めて、それでもやり遂げると誓ったことをやり遂げようと、屍人の行軍のような不思議な活力で迷宮に潜った後だった。





 月明かりが仄かに照らす宿屋の一室。あらかた吐露を終えて寝静まったメイズの隣で、メイル・シュトロームは彼女の頭を優しく撫でている。


「そっ、かぁ……見られちゃったんだね、あの日記……」


 疲れていたのだろう。一週間を超える長期の探索というのもある。二年を超えて望み続けた願いが果たされたというのもある。だが、とても気持ちの良さそうな顔だった。すぅすぅと安心し切って寝息を立てている。


 メイルは自身の枝毛を右手で弄びながら、メイズの髪の毛を左手で梳いてやる。さらさらの綺麗な炎髪だ。空色のメイルとは随分異なる。


「髪の色も、背丈も、胸の大きさも、顔だって違う、かぁ……」


 お姉ちゃんは気が利くとか視野が広いとか、私は気が強いとか私の方が足が速いとかまで。


 メイルの顔が綻ぶ。だいぶ長い間すれ違い続けた気がする。実際に二年、いや三年会っていなかったのだけれど、今はこうやって隣で安らかな寝顔を見せてくれる。


「多分、才能の違いだよねぇ。私は創るのが好きで、メイズは使うのが好きだった。院に進んだ私も冒険者になったメイズも、どっちも正しかったと思うよ」


 夜闇の中で窓越しに月明かりを見上げながら、メイルはぽつりと呟いた。


 そこに優劣は無いのだ。あなたは私にとって世界で一番大切な人なんだと。さっきのその言葉を思い出すだけでメイルの胸の内は暖かくなる。知らず笑みが溢れそうになる。


 ()()()()()()()()()()


 メイル・シュトロームは魔法狂いである。それは二年の歳月を単身迷宮の中で暮らすことも厭わない程生粋の。


 少しだけ、姉妹の慈愛(それ)とは違う下卑た視線がメイズを突き刺す。彼女の興味の対象は基本的に魔法にのみ向けられる。前々から妹の頭の中はどうにかして一度見たいと思っていたのだ。半ば絶交のような形で去られたからついぞ叶わなかった願いなのだけれど。


「脳髄、頼んだら見せてくれないかなぁ……三年、だもんねぇ……学園時代まではずっと一緒にいたから『世界』を共有してて私の魔法が使えてた……? いや、メイズは冒険者になっても『地獄の業火に渦巻かれ(モスケンスラウメン)』を使ってる……他の魔法も使えるのかな……メイズにまだ見せてない魔法は……? どんな改良するのかな……でもメイズって手癖で使いやすいように変えちゃう時もあるからなぁ……」


 顎に手を当てながらぶつぶつと譫言(うわごと)のように呟くメイル。


 ぶるり、と毛布に包まったメイズの身体が震えた。ので、メイルも彼女と背中合わせに布団の中に潜り込み目を瞑った。

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