14 わかったよ、出るよぅ……
「どうしてもと言うのなら、ノーシストに付いていってあげてもいいわ」
適当な宿屋を探して食卓についたところで、泣き腫らした目を擦りながらメイズが言った。
「素直じゃないねぇ」
としれっと付いてきたメイズの姉、メイルが頭を撫でようとする。ぺしっ! とその手は振り払われた。
「うるさい! 私が迷宮攻略を続けてたのはこの馬鹿姉を探してたからだから。本当に松山がヌリカベ本体を倒してくれたんなら、少しくらいは恩返しするべきだと思う。他にやることもなくなったし」
改めて見ると瓜二つな二人だった。双子だと言う。メイルの方が少しだけ背が高くて面が柔らかい──いや、これは表情の問題か。
メイルといるメイズは随分子供っぽく見えた。冷静沈着な魔法使いと言った印象だったが、こっちが素か。いつまでも見つからない姉に気を張っていたのかもしれない。
積もる話もあるのだろう。メイズ姉妹は夕食を食べ終えすぐ部屋に上がった。
「ぽわぽわしてるけど、メイル・シュトロームって言ったら帝国最強の魔法使いの一人だよ」
「えっ」
二人が去った後、ケンケンがぼそりと俺に耳打ちしてくれた。やっぱり知らなかった、と笑うケンケン。
「苗字を聞いてまさかとは思ったけど、本当に姉妹とはね。相当な変人だって噂でね……魔法狂いで皇帝からの覚えもめでたいとか。彼女程の魔法使いなら迷宮くらいすぐ脱出できただろうに、きっと研究でもしてたんだ。確かにあの迷宮は──神秘の宝庫だったから」
「皇帝……セキーストの、オムニ皇帝様ですよね……私も会ったことありますけど、あ、あの人に気に入られるって相当ですね……」
それはそれは、メイズの苦労も報われないと思った。きっと今頃二階ではメイズが怒り狂っていることだろう。どれだけ心配したと思ってるの! って。「ごめんねぇ」とそれを宥める姉の様子が容易に想像できる。
「で、でも、朗報ですよね。世界各地で英雄が解放されただなんて……や、やっぱり松山様って凄い人なんだ……魔王軍も、今頃大忙しでしょう」
「……そうなのかな。俺はヌリカベ様を許せなかっただけなんだけど」
「はうぅ」
何やらポンズが顔を赤らめているが、彼女のことはよく分からない。美人で色っぽいとは思うが、不審な挙動の方が目についてしまう。
クラスメイト達は良くも悪くも優秀だったからなぁ。東栄は名門だ。水戸伊薔薇を筆頭に、いつもキンキン喚いている岩永やふわふわしている高松も相当に頭が切れる。
そういえばあいつらは元気だろうか。そんな事を思っていると、ケンケンが見ているチラシが目に入った。
「ケンケン、それは?」
「ああ、武道祭の参加要項……いらないって言ったんだけど、押し付けられちゃってさ。ほら、僕、一応ね? 一応昔に、準優勝しちゃったことがあるから……」
「出なくていいのか? こんなご時世だからこそ、祭りってのは大事だぜ。一週間くらいなら滞在しても良いと思うけど」
開催時期はちょうど一週間後だった。世界中から強者が集うとされる武の祭典らしい。
ケンケンはたははと笑った。
「それがさぁ……出れるのが問題なんだよねぇ。情報の巡りが早いとは思わなかった? これ、多分『帰郷』の魔法使いの仕業なんだよ。あの爺さんはこの世界で唯一『転移』の魔法を使えるから。きっと今頃国中飛び回ってると思うけど」
「オムニ皇帝様も使えると思いますけど……」
「かのエルフの皇帝は人類のために魔法を使ってくれないから例外だよ。戦争が終わってほしくないんだろうね、魔法が発展するから」
『転移』の魔法! 『帰郷』の魔法使い──また新しい名前だ。
「だから、放っといても『帰郷』が僕を見つけてノーシストまで送ってくれるから……自分の足でノーシストに向かうよりよっぽど早いんだ。出れちゃうんだよねぇ、武道祭……」
「出たくない理由でもあるのか?」
「普通に後ろめたいからかなぁ……ノーシストでは今も戦争やってるのに、僕だけ楽しんじゃってもいいのかなって……」
楽しむ、か。
やはりケンケンはこう見えて凄腕の剣士なんだろう。世界各国から強者の集う武道祭である。死者が出る年もあると聞いたが、それはケンケンにとって楽しい催しなのだ。
噂をすれば影、と言うが。
いつのまにか、燕尾服を纏った老執事が傍に立っていた。
「出られればよろしいではありませんか、武道祭」
「!?」
全く気配がしなかった。文字通りいつのまにか、そこにいた。
俺もポンズも声を出せなかった。白髪混じりの短髪を綺麗に後方へ流した、モノクル眼鏡の老紳士。手を後ろに組んで、驚く俺たちを和やかな目で見ている。
彼はそのまま見事なお辞儀を見せて名乗ってくれた。
「これは失礼、旧友を見かけて嬉しくなってしまいまして。お初にお目にかかりますお二方。私ヒツジ・テンテンと申します。──またの名を『帰郷』の魔法使いと」
ケンケンはいつもの苦笑いと共に頬をぽりぽり掻いている。
「あ、相変わらず耳が早いなぁ……久しぶり、ヒツジさん。」
○
『帰郷』の魔法使いに使える魔法は、転移の魔法のみだと言う。単独でも、大人数でも瞬時に移動できる魔法はとんでもなく強力で、国家間協定で軍事利用しないこと(対魔王軍は例外として)を定められているというのだから相当だ。
行方不明になったのは、魔王領のとある地域に斥候に行った時だった。同行者は『無限』のエンエン。攻撃魔法を使えないヒツジさんを守りながら魔王領を探索できるとされた、こちらも凄腕の魔法使いだそうで。
「それが飛んでみたら吃驚、見知らぬ場所に出ましてねぇ。私の魔法は一度行ったことのある場所にしか行けない筈なんですが」
ヒツジさんはざっくりとあらましを話してくれた。彼は何のためにここへ来たのだろう。
「何はともあれ、元気そうで良かったよ。またいつもみたく各地を奔放してるのかと思ったら、五年も帰ってこないんだから」
「ほっほっほ。流石の私も戦時中に祖国を抜け出したりはしませんよ。無事なのはエンエンのお陰です。彼女は敵地での生存技術も頭抜けていますから。素晴らしい斥候でした」
口を挟めないでいると、不意にヒツジさんが俺を見る。少しだけ含みを持たせた視線だったが、すぐにその意味がわかった。
「……迷宮の主を倒してくれたのは、貴方ですね?」
「わかるのか?」
「ええ、ええ、私も魔法使いの端くれ。かの迷宮には五年も居ましたからなぁ。それでお礼を言いに来てみれば、馴染み深い顔がなにやら悩んでいるではありませんか。背中を押してやろうと思って」
「……いつまでも子供扱いしないでよ……背中を押すって、別に僕は出たいわけじゃ……」
「失礼、ケンケン。私こう見えて暇ではなくてですね。魔力も有限ですし、今は各地に散らばった迷宮からの帰還者たちを地元へ返したり戦線へ送り込んだりと大忙しな訳です」
「は、はぁ……嫌な予感がしてきたぞ……これ、ヒツジさんのやり口だ。思い出してきた……」
「ですからね、一週間くらいは私もケンケンに構っていられないかもしれませんねぇ。今や『守護神』とまで言われるケンケンの不在はノーシーストにとって痛手でしょうが、仕方ない、仕方ない……」
ヒツジさんはわざとらしく悲しそうな顔をした。ケンケンが頬をぴくぴくと引き攣らせている。
「その名前、やめてくれよ……僕、鉄砲玉みたいに戦ってただけなんだよ……」
「もちろん存じておりますとも。あなたに剣を教えたのは誰でしたかな? まぁ教えずとも変わらなかった気はしますがねぇ」
しばらく二人を観察していると、確かにケンケンは武道祭に出るのを嫌がってはいない。いや、出たいけど出たくないみたいな……?
本当に背中を押してほしいみたいな、あと何かきっかけがあれば出たがってるみたいに見えた。
他人の機微には聡いつもりな俺である。そうでなければ心理戦なんて好まない。
そしてケンケンは俺にとって一緒に遊んだ仲間である。ゲーム友達だ。俺はヒツジさんに乗った。
「ケンケン、出ようぜ。俺も一緒に出てやるからさ」
「え、えぇ〜? で、でも……ううん……」
「おや、私はそろそろ時間のようだ。ではケンケン、武道祭が終わった後にまた会いましょう」
趨勢は決したと思ったか、そう言ってヒツジさんはどこかへ消えていった。嵐のような──という形容は正しくないと思うが、不思議な存在感を持つ人だった。
ケンケンはヒツジさんが去った後も悩んでいたが、じっと見つめていると観念したみたいだった。
「ああ〜、わかったよ、出るよぅ……あの爺さんに乗せられるみたいで癪なんだけどなぁ!」
ほっほっほっほ、と朗らかな笑い声が聞こえてくるかのようだった。紛れもなく幻聴である。
魔王を倒すまでは風呂敷広げ回が続きます。




