13 結構やばいことなんじゃないか?
暖かな光に包まれて目が覚める。
なんだ、これは。視界を下ろす。手も足も肩も太ももも、真っさらな状態だった。傷一つない。目も無事だ! 痛みもない……
「……あ、はは。ははは。だ、大丈夫ですかぁ? 魔物使いさん……?」
「ん、うぅ……」
嫌に乾いた声が聞こえた。うつ伏せのまま視界を上にあげると、とんでもなくグラマラスなシスターが居た。確かポンズだ。臆病な僧侶。
奥にはケンケンとメイズもいる。空が青い。迷宮からは脱出できたみたいだった。
「……お前らが、魔核を、やったのか……?」
「あ、あわわ……」
「覚えてないの? 私たちは何にもしてないわ」
あわあわしているポンズの代わりにメイズが答えてくれた。そうか、俺がやったのか。発砲は正常に機能したらしい。だが──
「──なら何で、俺は生きている? 死んでないとマズイんだけど……」
「呆れた。あなた、自分の死を魔法のトリガーにしたわね? 魔力をそこまで感じないあなたがなんで魔核を倒せたのかと思ったけど……何があなたをそこまでさせたの?」
命より大事なものなどこの世に存在しない。だからこそ、命を燃やす魔法は莫大なエネルギーを持つ。
何が俺をそこまでさせるか。簡単な問いだった。
俺はメイズを見ようと視線を上げた。身体はまだ持ち上がらないから、精一杯視線を上げても挙動不審なポンズしか目に入らなかった。というより彼女、至近距離でずっと俺の身体を弄っている。「本当に無事、なんですかぁ……? わ、私が、やったんだ……」とかぶつぶつ言っている。
くすぐったかったので目線で辞めてくれと訴えた。彼女は俺と目が合うとはっ、と何かに気付いて「ご、ごめんなさい!」と謝って離れてくれた。
「何が俺をそこまでさせるって?」俺はできるだけニヒルに笑いかけた。「俺にも絶対に守りたいモノくらいあった、ってことさ」
シセン──いやヌリカベめ。ゲームを台無しにしやがって。奴には報いを受けさせねば気が済まなかった。
はうぅ! とポンズがその場に崩れ落ちた。メイズがジトッとした目を向けてくる。
「あなたたち……そんな関係には見えなかったケド……まあ、何も言わないわ。興味ないし」
そんなことより、とメイズがケンケンに手で合図をする。
「あなた達はまだ寝てて良いわよ。魔核を壊してくれたんだもの、このくらいの雑用はやってあげる」
「雑用って?」
「魔物退治。魔核を壊すと中にいた生命は全部一緒くたに吐き出されるの。さっきからちろちろ私たちの様子を窺ってる。あれは──多分、小鬼ね」
「小鬼!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は慌てて立ち上がった。「ま、まだ動くと危ないですよぉ!」とポンズに止められたが、メイズの言葉が聞き捨てならなかったので無視する。
どこかぎこちない足取りでメイズの側に進むと、確かに遠くの岩陰に小鬼が見える。彼らも俺たちの様子を気にしているようだった。
「……俺が、やっても良いか」
「別に良いケド。魔物使いの『祝福』があるんだっけ?」
「いや……なあ、一応聞くが、見逃しちゃ駄目だよな」
「はあ? 当たり前でしょ。小鬼の集落を二月放置したら一国が滅ぶとまで言われてるのよ。見つけ次第殲滅、これ鉄則。まあさっきのは魔法が普及する前の話だけど……」
「俺が誓わせる。今後人間を襲わせない。それでもか」
「それは……ああ、あなた、一月を小鬼の集落で過ごしたって……でも……」
メイズはしばし悩んでいた。
「あ、逃げられた」
ケンケンが呟く。えっ、とメイズが探知魔法を使うが、もう小鬼達の姿は見当たらない。
「え、何アレ魔法? いや、小鬼が魔法を使えるわけないか。いくら何でも逃げ足早すぎでしょ……」
ふわり、と土の香りがした。空中に赤い線が揺蕩っている。
線じゃない。文字だ。血液の赤。血を操る魔法。
見たことない文字だ。小鬼の文字か? 教えた言葉か? それとも、ただ彼女の想いを魔力に込めただけかもしれない。俺には『統一言語』がある。
『空を、太陽を見せてくれて、ありがとう』
確信に至る。リンだ。あの小鬼の少女が、俺と敵対する道を選ばなかったのだ。
「あーあ、私知らないわよ。あんたが後始末付けなさいよ、あの小鬼達」
「……うん、でも大丈夫。多分、大丈夫だと思う」
「なにソレ?」
「まあまあ、メイズ。良いじゃないか。松山がいなかったらずっと迷宮に閉じ込められてたかもしれないからね。ところでここ、どこなんだろ? 僕、早くノーシーストに戻らないと」
「さあ? とりあえず最寄りの街に行ってみましょうか。セキーストの近くなら楽なのだけど」
誰も異論はなかったので、俺たちは街道沿いを北側に進むことにした。
○
しばらく進むと山岳地帯を抜け、草原に出た。遠くに薄らと街壁が見える。
「あ、あれ……チェイネンですよ。前に一度、来たことがあります……」
ポンズが言った。街の様子を見て思い出したらしい。
チェイネン。戦士の国だ。山岳地帯が多く、土地柄からか修行僧じみた人たちが多い。体術を学びたければチェイネンに行けと言われるくらい拳法が盛んだ。
「チェイネン、ね……シセンの故郷……ってわけでもないか。アレも作り話だったのでしょう。シセンは魔物だったのだし」
メイズが感傷に浸るように、そう呟いた。ケンケンもポンズもどこか悲痛な顔を浮かべている。
そうだ。俺にとってはゲームを台無しにした憎き魔物だが、彼らは一週間あまりをシセンと共に過ごしていたのだ。
シセンは何を思って彼らと行動を共にしていたのだろう。
『貴様さえ居なければ、俺は魔王様の任を全うできた』
魔王様の任。無制限の移動手段として迷宮を使っていただけではない。奴には他に目的があった。
「迷宮に優秀な人材が囚われることは多々あるわ。ここ五年くらいで増えたのだけど」
疑問にはメイズが答えてくれた。なるほど、牢獄か。異空間。この世のどこでもない腹の中に、人類の英雄を閉じ込める。魔王軍の侵攻をより確実なものにするために。殺されたと言う仲間達も、相応に優秀な戦士や魔法使いだったらしい。
だがならばなぜ、シセンは毎夜一人ずつ殺すなどと言う悠長なことをしていたのか。アレだけの芸当ができて、能力がなかったとは思えない。三人の表情も晴れない。
「……シセン、人間になりたかったんじゃないかな……」
ケンケンがポツリと言った。
──未だ我らを知恵なき獣と馬鹿にするか!
知恵なき獣。迫害の対象。追われる身にして搾取されるべき弱者。
人間の真似事をするのは──ケンケン達に仲間だと、対等の存在として扱われる環境は──居心地が良かったのだろうか。例えそれが紛い物であっても。
恐らく魔王からは彼らの殺害を命じられていたはずだ。聞けばケンケンはかなり優秀な剣士らしいし(本人は謙遜していた)、メイズとポンズは言わずもがな。
だが、その環境を手放したくなかったのだ。せめてもの抵抗に、一人ずつ殺していく。少しでも長く、仲間達と共に居れるように。
「……なんて、ただの妄想か」
○
街に入る時、メイズに言われた。
「異世界の勇者ってことは隠しておいた方が良いわよ。目立ちたいなら別だけど」
俺は『人狼ゲーム』で、俺の人生を三十分かけてダイジェストで説明している。俺の密かな特技だ。演劇とかやってるうちに勝手に身についただけなんだけど。
「どうしてだ?」
「異世界の勇者は、五十人弱も召喚されたんだろう? でも、まだみんなナインステイツにいるんだよね?」
ケンケンが俺に確認してくる。俺は頷いた。
「僕らの常識では『異世界の勇者』ってのは御伽話の英雄なんだ。まさかそれがただの学生だったなんて信じられない。せっかく戦況をひっくり返してくれると思ったのに、前線に送られないってなると──ナインステイツ以外の国は気分悪いだろうね。特にノーシーストなんかは、悠長なナインステイツに相当憤ってると思う」
なるほど。
他国からすれば、ナインステイツが自国の利益だけを追求して──自国の安全のために異世界の勇者を手放したくないように見えているのだ。俺からすれば一年訓練するってのも妥当なもんだと思ったけれど。
そして、他国も他国でナインステイツを責められない。何故ならナインステイツには人外の勇者が四十六人もいるから。反撃されてはたまらない。
異世界召喚によって崩壊した国家間のパワーバランス。ナインステイツ以外の鬱憤は溜まるばかりである。
「追放、されたんですよね……? それが知れ渡ってるなら……松山様が異世界の勇者ってバレたら、ノーシーストに送り込まれちゃいますよぉ……?」
だが、もう俺はナインステイツの庇護下には居ないのだから、他国が俺をどのように扱っても良いと言うわけだ。
今世界が求めているのは即戦力であるからして、俺は兵隊として最前線ノーシーストに連れていかれる。
「それはそれでアリかもな……」
「えっ、本当に言ってるのかい?」
「ああ。北の果てっていうと魔物もいっぱいいるだろう? 俺の祝福は役に立つはずだ。ケンケン、ノーシーストまで一緒に行ってもいいか?」
「あ、ああ! 心強いよ、松山!」
ケンケンはいつもの苦労人じみた苦笑いじゃなくて、心からの笑顔を見せてくれた。
「あ、あの!」
するとポンズがくいくいと俺の袖を引っ張った。見ると顔がほんのり赤く染まっている。
「わ、私も付いていって、良いですか……? あ、あの私、血を見るのとかは、苦手なんですけど、そ、それ以上に……命を賭けてまで男の人に守られたこととか、なくて……それで……」
しどろもどろで何を言っているのかよく聞こえなかったが、付いてきてくれると言うならばありがたい。聞けば彼女は『時魔法』が使えるという。何それ最強じゃん。俺を蘇生してくれたのも彼女だった。
俺とケンケンが快諾すると、ポンズはぱあっと顔を輝かせた。
全員の視線がメイズに集まる。彼女はうっ、と言葉を詰まらせた。
「わ、私は……ごめんだけど、やることがあるのよ──」
「おいあれ、『守護神』ケンケンじゃないか?」
「六年前の『武道祭』で準優勝したっていう!?」
「『黒炎』のメイズ・シュトロームもいるぞ!」
ぶわっ、と。
検閲を超えると、俺たちは浴びるような歓待を受けた。全員目をパチクリと見開いている。なんだ、これは。目に入るのは人、人、人。野次馬か? なんでこんなに俺たちは注目されている?
特に話題に上がるのはケンケンとメイズだ。メイズはともかく、ケンケンも相当な有名人だったらしい。言ってくれれば良かったのに。英雄だなんだと街の人たちに揉みくちゃにされている。
話を聞くと、どうやら世界中で行方不明になっていた英雄達が突如として姿を現しているらしい。中には五年前に消えた『帰郷』の魔法使いなんてのもいるのだとか。いや知らないけども。
情報網は魔法のおかげか? 各国で連携が取れすぎてる。通信魔法なんかもあるのだろうか。
うちの魔物学専攻の魔法使いは、街に入ってからずぅーっとぶつぶつ言っていた。
「……おかしい。迷宮の魔核が、同時に一斉に破壊された……? 私たちが倒したのが本体だった? ありえないわ。『帰郷』の魔法使いでも脱出できない異空間──そういえば私たちの脱出もいつもと違った……迷宮から吐き出される感じじゃなくて、まるで迷宮ごと吐き出されてその後消滅した、みたいな……だけどそんな芸当、命を賭けた魔法くらいでないと──」
ハッ、とメイズが顔を上げた。遂に何かに気付いたのか、そのまま俺に詰め寄ってくる。
「あなた! 松山! どうやって、魔核を、壊したの。詳細に、話しなさい」
語彙力が終わっている。俺は狼狽えながら説明した。
「あ、ああ……元の世界の話だが──俺はハンターって能力を知っている。魔法は想像の世界なんだろ? 俺が再現したのはそれだ……」
「それは、どんな能力なの?」
「自分が死んだ時、対象を選択して発砲──攻撃できる。発砲された奴は死ぬ」
「誰を、選んだの。シセン? 魔核? それとも──」
「……ヌリカベだ。俺はヌリカベを選んだ」
「ああ、それで……」素振りだけは納得した風にして、メイズは頭を手で押さえた「命を賭けた異世界の力の再現……? 恐らく魔王城にいる本体──ノースロードまで届く凶弾? そんなの、概念武装じゃないの」
「概念武装?」
「メイズ?」
俺が概念武装について詳しく聞こうとした時、彼女に声をかける者がいた。
「あ、え……」
女だった。歳の頃はメイズと同じくらいか。魔法使いのローブを羽織っている。青髪のショートカット。もう少し髪を伸ばして色を紅にすれば、メイズそっくりの顔立ちだった。
メイズは露骨に動揺している。さっきまでの話なんか頭に入らないと言うように。
「……あ、え……? メ、イル……?」
「ええ、ええ! そう、そうよ! メイズ……良かった、無事だったのね……!」
ガバっ、とメイルと呼ばれた少女はメイズに抱きついた。急な展開に付いていけない。俺だけじゃない。ケンケンとポンズもだ。ぽけ〜っと呆気に取られている。
いや、メイズもか。彼女も天を仰いで惚けたような顔をしている。目の前の現実が信じられないような、夢でも見ているかのような。
「ぶ、無事だったのか、って……?」
メイズはぷるぷる震えている。目元が赤い。俺が見ているのに気付くと、帽子を目深に被って隠した。それから強く青髪の少女──メイルを抱き止める。
ぎゅう〜と力一杯抱きしめていた。まるでもう二度と離さない、とでも言うように。
「に、二年よ……貴方が迷宮に囚われてから! ぶ、無事? こ、こっちの台詞よ……本当に、心配させて……メイル、お姉ちゃん……」
「うん、メイズ……ごめんね、ごめんね……」
去勢を張りながら泣き喚くメイズの頭を、メイルはずっと撫で続けていた。
二年、囚われていた……? メイズが迷宮に詳しかったわけだ。彼女は姉が迷宮に囚われてから、何度も何度も迷宮に挑み、姉を探し、その度に失望してきた。諦めようと思ったこともあっただろう。理性ではもう死んでいると思っていただろう。だがそれでもと。
次々と現れる元行方不明者──英雄達。無限の牢獄の崩壊。
あれ、と俺は思った。
もしかして、ヌリカベ様を殺したのって、結構やばいことなんじゃないか?
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ケンケンの武道祭準優勝を去年→六年前に変更




