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12 わ、私の前で、死なないでください……!

 松山の生死を確認する前に、とある聖女候補の話をしなければならない。


 彼女の名前はポンズ。若干七歳で聖女候補に召し上げられた才媛だ。


 事が起こったのは彼女の七歳の誕生日の翌日。パーティが終わって、幼馴染と同じ布団で寝て起きた朝。


 彼女の目の前で、幼馴染の女児は階段から落ちて死んだ。


「え」


 嫌に現実感のない光景だった。ごろごろと転がる小さい身体。頭から落ちた。破裂する頭蓋。散乱する血肉。飛び出る目玉。


 ぴくぴくと虫の死骸のように蠢く手足が、パタリと音を立てて静止する。


「い、いや、いやああああああ!!!」


 何も考えられなかった。どたどたと階段を駆け降りて血潮に手を突っ込んで人肉で積み木をして、ただ祈った。


(お願いお願いお願いお願い死なないで死なないで死なないで死なないで生きて!)


 果たして奇跡は起こった。


 まるで巻き戻しのように女児の脳髄が、血が、目が淡い光に包まれて頭蓋に集まり、瞬きほどの間で完治していた。


「……あれ、どうしたの?」


 何事もなかったかのように呟く幼馴染。ポンズは抱き付いて涙が枯れるほど泣いた。


 その日から、ポンズは聖女候補として教会に召し上げられた。


「この年でこれだけの光魔法を……? 死者蘇生など、最高位の光魔法だぞ……」


 キニア皇国は正教国だ。皇女になれる条件は血筋や職歴を問わず、ただ聖女であることのみである。


 聖女とは光魔法を使える者のこと。極稀に平民から生まれることもある。ポンズがそれだ。光魔法を扱える者は聖女候補として、教会に保護という名の教育を受けるようになる。


 属性の話をしよう。基本属性である火、水、土、風。それに特殊属性である光、闇、時、雷を加えたものが属性と呼ばれている。


 極論を言えば分類なんて必要ないのだ。『小鳥を捕まえる魔法』など、世の中には属性に囚われない魔法も多々ある。魔力を以て想像力で現実を書き換える。それが魔法なのだから。


 ではなぜ分類するのか。その方が理解しやすいからだ。


 理解のし易さは想像のし易さに繋がる。個人個人には得意属性があるだとか、特別な才能を持った者だけ特殊属性を扱えるとか、()()()()()()は、魔法の想像において強い正の作用を持つ。


 人々の共通認識が。迷信が。無意識の魔力が、人類の魔法の発展に大きく寄与している。


 聖女だから光魔法が使える。魔王だから闇魔法が使える。実際の因果は逆であるのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 光魔法を使える者が聖女と呼ばれているだけなのに。闇魔法を使える者が魔王になるというに。まるで彼ら彼女らが特別な才能を持っているかのように世の中は進む。その方が、彼ら彼女らの力が強くなるから。


 そんなポンズだが、あれ以来光魔法を扱うことはできなかった。


 光魔法とは最上位の治癒魔法だ。魂を癒やす、とも言われている。故に簡単な怪我の治療から、極めれば死者の蘇生までも可能である。


 死者蘇生は光魔法の中でも最難関のものだ。それができたポンズが、何度試しても簡単な光魔法も使えなかった。何年も何年も何年も教会に閉じ込められて練習を繰り返しても、彼女に二度目の奇跡は起きなかった。


 不正をしたんだ、とか。


 お偉方に身体を売っただとか。


 平民風情が調子に乗るな、なんて。


「……だ、誰がなりたくて聖女候補なんかになるものですか……!」


 そもそもポンズは血を見るのが嫌いだ。あの時の光景がフラッシュバックしてくるから。弾ける頭蓋、飛び散る脳漿。飛び出た目玉に沈む血潮。聖女ともなれば当然怪我人や死体を見る機会は相応に増える。


 泣き言を言っても状況は何も改善されなかった。さっさと辞めてしまいたかったのに、教会はそれを許してくれなかった。下手に死者蘇生なんか為してしまったからだ。肩書だけは一丁前に聖女候補筆頭だった。


 そして、十年の月日が経ち、ついにポンズに転機が訪れる。


 セキーストの皇帝、大魔法使いバドズィナミア・オムニとの謁見である。


 最古のエルフ。魔王であり勇者であり賢者であり聖女である万能の魔法使い。つまり現存するほぼ全ての魔法を網羅するとまで言われる傑物は、ポンズの欲しかった言葉をくれた。


「そやつに、光魔法は使えんよ」


 ぱあっ、と顔を輝かせるポンズ。


 明らかに渋い顔を見せる控えの神父たち。十年の投資が無駄になったのだ。でもそんなことポンズにはどうでも良かった。清々した気分だった。


 そんな、帰りの馬車でのことだった。突然無数の黒狼(ネロウルフ)に襲われて、護衛達は抵抗虚しく惨殺されて、血みどろの戦場からポンズは逃げ出した。


 足を噛まれ手を引っ掻かれながら、這々の体で、近くにあった洞窟の中へ──


 あれ、でも。


(──こ、こんなところに洞窟なんて、あったかな……)





 時は現代に戻る。松山がヌリカベに発砲し、チェイネンの山岳地帯に放り出されたところまで。


「ここは……どこだ……?」


「……空が、ある……? 迷宮から出られたの? じゃあ、あの魔物使いが魔核を破壊したのね」


 ケンケンとメイズが即座に状況を確認する。


 ポンズは言葉を失っていた。


 目の前には、全身を串刺しにされた松山の姿があった。


 無数の石槍に、弓矢。至る所に穴が空いており、無事なのは右腕だけか。滴る血で地面は赤く染まっており、当然顔面も酷い有様だった。


 抉られた右目に、貫通する弓矢。溢れる脳漿、脳髄、弾けた頭蓋。


 心的外傷(トラウマ)が、ポンズの心を蝕んで。


「いやあああああああああ!!!」


 限界だった。ただでさえ疲労が溜まっていたのだ。洞窟に迷い込んでから一週間か。この一週間、何度も死体を見た。毎夜殺される仲間たち。当然のように使えない光魔法。


 だが、アレはまだ良かった。一撃で即死させられていたからだ。死体と言っても、傷跡を見なければ寝ているような死に顔だった。


 これは、違う。全身をズタズタに引き裂かれて、臓腑と血を溢れさせながら絶命する松山は、だ、だめだ、無理、吐きそう──


「いや、いや、いやぁ! ねぇ何で、な、何で私だけこんな酷い光景を、み、見ないとい、いけないんですかぁ〜! せ、聖女って、なに、し、死体なんか見たく、ないですよぉ〜!」


 ──ポンズの心は壊れかけだった。十年の月日は彼女の精神を擦り減らすだけだった。血を見るのも苦手なのに、何度も何度も怪我人やら死体やらの前に立たされて、『治せ』とか言われても、ポンズにはどうすることもできなかった。


 やっと解放されたと思ったら、この仕打ちである。神様が本当にいるのなら自分のことが嫌いなのだろうなと思って。


「も、もう、何でも良いから……! な、何でもするから、どうか、私に死体を……わ、()()()()()()()()()()()()()()……!」


 訳もわからず、喚き散らしただけだった。子供の癇癪だった。決して松山を想っての行動でもなく、ただただ自分が嫌な思いをしたくないだけの、我儘だった、のに。


「……ポンズ、あなた、それ……」


 だからこそ、ポンズの願いは聞き入れられる。


「わぁ。聖女候補って本当だったんだね」


 彼女は光魔法を使おうとしたのではない。傷を癒そうと思ったわけではない。ただ、目の前の凄惨な光景をなかったことにと。


 自身の壊れかけの精神を慰めようと。


「……違う。光魔法じゃないわ」


 松山の身体が、淡い光に包まれる。


 石槍が、弓矢が、次々とまるで巻き戻しのように引き抜かれ、溢れて地面の染みになっていた血がゆらゆらと傷跡に吸い込まれ、肉も脳髄も臓腑も何もかもが復元されていく。


「……え、あ、え……?」


 光魔法が、使えないわけである。彼女は他者の傷を癒やすことはできる。ただそれは魂を癒やすだとか祈りを届けるだとか、そんな温かいものではなくて。


「……時魔法。あなた、賢者の資格を持っていたの」


 時間を、巻き戻す。昨日の誕生日パーティではあんなに目を輝かせていた幼馴染のことを想って彩られたポンズの本質。目の前の凄惨な──本当に残酷な真実を信じられなかったポンズの、微かな願い。


 どうか、昨日までの元気なアリスを返してください。


「……あ、はは。ははは」


 笑うしかなかった。乾いた笑みだ。空元気、とも言う。


 他にどんな感情を持てば良いのかわからなかった。十年である。十年の徒労を前に、私は何を思えば良い?


「だ、大丈夫ですかぁ? 魔物使いさん……?」


 とりあえずポンズは、綺麗さっぱり傷跡の無くなった松山に、その場にへたり込んだまま問いかけた。

一口人狼用語解説

グレー:占い師に白(市民、村)とも黒(狼)とも言われてない人のこと。白黒はっきりしない→グレー

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