11 望みの時はもうすぐそこだ……!
ヌリカベの死は、迷宮の消滅を意味する。全部ではないが──ヌリカベが管理していた『体内』、ヌリカベ産の迷宮の、その全てが消滅。
結果、その日世界各地で大量の人間やら魔物やらが確認されるという事件が起こった。
ヌリカベが捕らえていた者──今の今まで『神隠し』にあったと考えられていた英雄達が、解き放たれたのだ。
ここナインステイツでも同様だった。国も人種も種族もバラバラな者たちが、国のほとり、『水辺の森』に放出されたのだった。
「何だ、これは……!?」
「まさかあれは、『帰郷』の魔法使いか!? 五年前に行方不明になった筈では……!?」
「『無限』のエンエンもいるぞ! 一体どうなってる、夢破れた英雄達が一斉に……!」
ナインステイツは彼らを保護した。身元不明の者もいるが、一握りの英雄達も混じっている。彼らが戦線に復帰してくれるとなれば、人類は勝利へとまた一歩、進むことができるだろう──
○
──混乱は世界中に。ここナインステイツ城内も例外ではなく。
一時的に訓練を中止された『異世界の勇者』達は、一週間ぶりに東野の部屋に集まっていた。
松山が追放されてから、彼らの信頼関係は修復不可能な段階まで進行した。
三枝二殺害未遂事件。証拠不十分で松山追放の強行。それを止められなかった東野への不信感。悠長なナインステイツへの憤り。
毎日のように集会を開くことは無くなった。それぞれの派閥の長の部屋に集まって、仲間単位で行動するようになった。
それでも東野の呼びかけで週に一度は集まるようにしていたが、実入りのある集会にはならなかった。
真昼間である。東野がレジーナ王女から聞いた話を共有する。
「突然、今まで神隠しにあったとされていた人たちが世界中に出現したらしい。ナインステイツだけでなくね。中には戦場で行方不明になった英雄達も含まれている。彼らの不在が、『異世界召喚』の動機の一つでもあったという。僕らは魔王討伐に一歩近付いたというわけだ」
部屋の空気は重苦しいものだった。いつもならこれで集会が終わる。東野がレジーナ王女からの伝言や、有用そうな情報を皆に共有して、解散だ。
だが今日は違ったらしい。口を出す人間がいた。
女の名前は水戸伊薔薇。どの派閥にも属していない彼女は、その場の雰囲気など物ともせずに発言する。
「……松山が、何かやったね」
「それは……!? でも、水戸さん。彼は……」
「ええ。松山は『統一言語』しか祝福を持ってない。魔力も体力も一般人並だった」
「それ、本当なの!?」
疑問を呈するのは黒髪黒目の少女。悲観派筆頭、岩永仙が眦をきっ、と上げて東野を詰問する。
「京、あんた、何の力も持ってない松山くんを追放したの!? ……『水辺の森』に置き去りにされたって聞いたわよ。ナインステイツ屈指の魔物の巣窟に!」
「……僕だって抵抗したさ。今ならまだしも、当時の状況でナインステイツに逆らうことはできなかった……」
「言い訳を! 自分の罪を数えなさいな!」
「せーんちゃん、落ち着いて」
仲裁するのはゆるふわカールの茶髪の少女。楽観派筆頭、高松香河。
「納得できないのもわかるよ〜。でも、小を切り捨てて大を生かす。東野くんの決断は、あの状況では仕方なかった部分もあるかな〜」
「でも……!」
「仙、俺たちはお前の金切り声を聞きにここに来たんじゃないんだぜ。水戸、続きを話せ。なんで松山の仕業だと言い切れる? 『祝福』か?」
何を! と岩永が突っかかろうとしたが、同じ派閥の者に止められていた。
坂伊坂。最近ますます血の気の多くなってきた『楽しければ良い派』──興味派の筆頭。魔法や祝福が横行するこの世界は、彼らにとって格好の遊び場だった。
水戸は興味なさげに呟いた。
「……祝福とかじゃないよ。単純な推測。『英雄』が解放されたんでしょ? 五年前とかに行方不明になったのもいるってね。当然捜索もされてたでしょ。でも進捗は芳しくなかった。それが突然現れたんだから、最近あった出来事と結びつけるのは自然じゃない? 現れたのも『水辺の森』だし」
「……なるほどな。それを俺らに教えてどうなる?」
「……別に? 私はあんたらを煽ってるだけ。一月も安全な場所で手をこまねいて、追放した松山──それも祝福を持ってない松山に先を越されてどんな気分? ってね」
「ははっ! 言うねぇ。やっぱりお前は面白い女だ」
「冗談やめて、気持ち悪い」
坂伊坂は豪快に笑った。そして、他の派閥に宣言する。
「よし、決めたぞ。俺たちはノーシーストに行く。さっさと魔王をぶっ殺して帰んねぇとな!」
「いよっし!」とか「待ってました!」とか、坂派の人間が囃し立てる。
「母ちゃんも待ってるしな」と坂が言えば、「このマザコンが!」とか「うるせぇよ!」とか、先ほどまでの陰鬱な空気を無視して盛り上がり始める。
「待て、イサカ」
空気を読めこそすれど無視して、待ったをかけたのはクラス委員長。安定派筆頭、東野京。
「まだ僕らは予定された訓練を十分の一も終わらせてない筈だ。危険すぎる」
「ああん? 京、お前の安牌思考は嫌いじゃねぇけどよぉ〜、いつまでもセンスがない奴らを待ってても楽しくねぇんだわ」
「なっ!」
「センスがねぇのはお前の魔法だろぉ〜?」
「ゼロセンスがよぉ〜!」
「うるせぇ! 叩っ斬るぞ!」
「ギャハハハ!」
一月の訓練で、彼らの成長度合いには一定の差が生まれていた。魔法への親和性。どれだけ常識を捨てられるか。どれだけこの世界に順応できるか。
成長著しいのは坂派の者たちだ。いち早く現状に適応して、楽しみながら能力を鍛えている。
如何に東野京の魅力を以てしても止められないほどに、彼らは力を付けている。個人で戦ったなら別だ。東野も相応に鍛えている。だが派閥同士で『戦争』したならば、坂派の練度が上回るだろう。
パワーバランスが崩壊する。統制が失われていく。
「無駄だよぉ、東野くん。あいつら、馬鹿だから。色々考えてる東野くんと違って、さっさと戦いたくて仕方ないだけだよ〜」
楽観派の高松が仲裁する。
「何だと女狐ぇ!」
「胸と尻にしか栄養いってねぇお前が言うかぁ?」
「誰彼構わず噛み付かないでよぉ! 私は考えてバランスとってんの! 最近血の気が多くなっちゃってさぁ、君たち、嫌い!」
強い言葉を使っても、持ち前のふわふわとした雰囲気で可愛らしくなるのが高松香河だ。ギャハハと笑う坂派の一味をぷくーと頬を膨らませて睨んでいる。
「……そう、だね。皆で協力して助け合って、誰も死なせずに済むのが理想だったけど──松山を切り捨てた時点で、僕に彼らを止める権利はない、か」
東野がぽつりと呟いた。
そんな東野に、こそりと耳打ちする少女。岩永仙。
「京、私もノーシーストに行くわ」
「仙ちゃん、君まで……」
「うん。魔力とか魔法とかは伊坂達ほど使えないけど、『祝福』はそれなりに使えるようになったし。一刻も早く元の世界に帰る。それだけは私、最初っからブレてないから」
さっきはごめんね、と岩永が謝った。
最初は皆で協力しようとしていた岩永も、自分たちだけで魔王を討伐しようとしている。東野と方針が違うからか、自分の手が届く範囲だけでも守りたいからか。それでも、一刻も早く元の世界に帰りたいからか。
東野よりも坂の方が、勝算が高いと思ったか。
いや、最後のは無いなと東野は思った。仙ちゃんはそんなに物事を楽観しない。
「……じゃあ、今日は解散で良いかな? 他に話したいことがある人は残ってくれて構わないけど」
東野の宣言で、坂たちがぞろぞろと出ていって、岩永達がそろそろと出ていって、高松たちが東野に手を振りながら出ていった。
残ったのは東野派の人間が十一人と、もう二人。
水戸伊薔薇。三枝二。二人は東野に剣呑な目線を向けている。
「……何か用かな、二人とも」
側から見れば憔悴しているかのように思える東野京が、呟いた。
○
「腹の探り合いは好きじゃないから単刀直入に言うけど」
口火を切ったのは水戸伊薔薇だ。野薔薇よりも刺々しく、彼女の視線は突き刺さる。
「あんた、何がしたいわけ?」
「何って、僕は皆で協力して魔王を倒せれば──」
「建前じゃなくてさ。正直に言いな。戦争、したいんでしょ? 坂たちがノーシーストに行くって言った時、一瞬だけニヤついたでしょ、あんた」
「あ、はは。言いがかりはよしてくれよ……」
「知らばっくれるんだ。ここ一月で、つーちゃんと私が何度殺されそうになったと思う? あんた、戦争がしたいの? 戦争で勝ちたいの? 何で私らにちょっかい出すの? 全部答えて」
「あ、はは……そっか……」
東野はポリポリと頬を掻いて俯いた。水戸は周りの人間の様子を窺っていた。東野を含めて十一人。動揺は──ない。こいつらもグルか。一斉に襲われたら一溜まりもない。
再度顔を上げた時、東野の顔は笑っていた。
「……気になったことはないかい? 誰が僕らの中で一番優れているか。東栄は名門だった。その中でも僕らは一番優秀なクラスだったと自負しているよ。他人を蹴落とし、上を引き摺り下ろして、僕らは頂点に立っていた」
「……人聞きが悪いね。統制してたのはあんたじゃない」
「そうさ! 僕は君らを育てたんだ。優秀なリーダーとして、優秀な部下としてね。僕、昔っから陣取りゲームが好きでさぁ。でもゲームって、同じくらいの実力で戦わないと面白くないだろ?」
陣取りゲーム。
国家間の戦争を。超常の力を持った子供を誘導しておいて、この男は未だにゲーム感覚でいる。
イカレてる。松山もイカレてたが、この男も甘い仮面の下にとんでもない狂気を孕んでいた。
水戸は頬を引き攣らせながら言った。
「……それで、さ。私らを狙うのは何でなの?」
「君らがいたら戦争ができないからだよ。香河は良い。彼女はバランサーとして一個の派閥を築いている。だが君らは──当たり前だけど、戦争にならないように振る舞うよね。言わば見えないバランサーだ。事が起こったら真っ先に潰される立場だから。特に松山がいたら、絶対に戦争なんかを起こさせてはくれなかっただろう。彼を追放できたのは暁光だった」
「あっ、そ」
ぶつり、と回線が切れるように二人の姿が消えた。東野たちが掲げた手を下ろす。次の瞬間部屋に煙が蔓延し、煙が晴れた頃には、丸太が二本転がっている。
「……逃げられたか。まあこんな質問をしたんだ。逃走経路の確保は妥当だろうね」
どこからともなく、声が響く。水戸伊薔薇のものだ。これも彼女の『祝福』か? 確か『くノ一』だった気がするが……
『別に、バラしたりはしないけどさ。私らが言っても信じられないだろうし。でも、それならそれでこっちも好きに動かさせてもらう』
立体音響のように部屋に響く言葉は、突き刺すような鋭さを持っていた。命を狙われた者として、それ相応の敵愾心を。
それでいて東野ら十一人に二人で勝てるとは思っていない。冷静な暗殺者。東野は頬が吊り上がるのを抑えきれなかった。これから行われるのはただの派閥争いじゃない。不確定要素を多分に含んだ、血みどろの殺し合いだ。
『次に私らに手を出そうとして見ろ。五人は確実に殺すからね』
東野は十人の同胞に向き直った。手を出すな? 出すさ。時期を見て、彼女らが一番嫌がるタイミングで蜘蛛の糸を切ろう。
手を目一杯に広げ、目を輝かせながら東野が言った。
「聞いたかい、皆! 望みの時はもうすぐそこだ……! 坂も、仙ちゃんも、香河もみーんな敵! 松山も生きていそうだし、楽しくなってきたぞ!」
まあ、もう少しだけ『安定派』を演じないといけないけどね! と。
うおおおおおお! と、異様な熱気が東野の部屋を支配する。
地球産の化け物達が。超常の力を手にした子供達が、剣と魔法の世界を箱庭に暴れ狂う──
高松香河。モチーフは人狼アルティメ○トよりローラ。




