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うっかり魔王と元勇者  作者: かたつむり3号
第二章 ちぐはぐな運命共同体
8/17

01


 飯にするぞ。

 魔王はそう言った。

 勇者が張り切って切り倒した大木の半分を家具に加工し終えた頃である。日は沈みまた昇って、現在は空の天辺で輝いている。


「俺まだ腹減ってねぇよ?」

「食材の調達からするんだぞ。腹が減ってからでは遅いだろう」


 舐めてんのか。

 勇者と三日に渡る喧嘩をした後から、どうにも魔王は怒りの沸点が下がっている気がする。苛立ちから舌打ちが漏れた。

 勇者はその喧嘩腰にイラっとするも、言っていることは間違っていないと思い直す。


「そりゃそうだ」


 早くしろ、と急かされるので、勇者はどっこい立ち上がった。元聖剣を担げば、それだけで準備は完了である。


「いつでも行けるぞ」

「何が食べたいんだ」

「肉!」


 即答だった。勇者は考える素振りも見せず、真っ直ぐな目で肉を望んだ。


「ふむ……」


 魔王は顎に指をかけ、城周辺の状況を思い出す。

 森の入り口のすぐそばに洞窟があった。あそこはたいてい獣が巣食う。

 居つく獣はその時々で変化するが、住みやすいのか、長く洞窟が空になったことはない。あそこであれば、何かしら獣がいるだろう。


「嫌いな肉はあるか」

「俺はあらゆる肉を愛しちゃってる男なんだよ!」

「……そうか」


 人間という生き物は総じて脆弱であるが、彼は神に選ばれた勇者である。そして現在は魔王の血が混じる魔族でもある。普通の人間とは比較にならないほど頑強であるし、であれば胃腸も丈夫であるのだろう。少なくとも『あらゆる肉』と自ら申告する男だ。何を食っても腹を壊すことはないだろう。仮に壊れても死ぬことはないし、まあいいか。魔王は納得した。

 そうと決まれば出発である。

 面倒なので大穴から外へ飛び降りた。入り組んだ魔王城の出入りがこんなに楽になるのなら、もっと早く穴を開けておけばよかったと、かつての自分へ溜め息を送る。


「おいコラ魔王! 自分だけ楽してんなよ!」


 降ってきた声に顔を上げると、大穴から勇者が顔を出していた。


「貴様も飛べばいいだろう」

「お前、俺に飛び方を教えた記憶があるのか!」

「ないな」

「じゃあ俺は飛べないだろ!」


 勇者は当たり前だと言わんばかりに胸を張った。できないことを、こんなにも堂々と主張する相手に会うのは初めての経験である。こうも腹が立つものなのか。


「わかった、わかった」


 ふわり、と浮き上がる。面倒なので、反論することはやめた。


「ほら、落とさないよう抱いていろ」


 背に担いだ元聖剣を両腕にしっかりと抱えさせ、勇者の首根っこを引っ掴む。


「行くぞ」

「へ?」


 飛ぶ。勇者が吐き出したらしい文句は、風に乗って遥か後方へ飛んでいった。なんと言っているのかは聞き取れなかったので、気にしない。

 森の入り口まで移動したら、続きは徒歩だ。勇者は飛べないが歩くことはできるので、掴んでいた首根っこから手を離す。ポイッと放ることになったが、彼は問題なく着地した。しかし文句は飛んでくる。


「危ないだろ! 俺の頭が潰れたらどうしてくれるんだ!」

「もう何度か潰れているだろう。忘れたのか」

「頭ってのはそう何度も潰れていいものじゃねぇんだよ! 大事にしろ、大事に! そのうち脳みそ落っことしてバカになるぞ!」

「それは恐ろしい。貴様のようにならぬよう、脳みそはきちんと抱えておくとしよう」


 勇者は腕を組んで「そうだぞ、気をつけろ」と訳知り顔で頷いていたが、不意にハッとして咆哮した。


「誰がバカだ、誰が! ぶっ殺すぞ!」

「そういうことは、我を殺せるようになってから言え」

「いつか追い越すからなてめぇ!」


 はいはい、と魔王はもう相手をせず森へ入る。勇者は鼻息荒く肩を怒らせ、しかし素直についてきた。

 目的地まではそう遠くない。

 洞窟には果たして、立派な肉が住み着いていた。怪鳥である。こいつは飛ばないので仕留めやすい。

 鋭利で硬質な鉤爪のある腕には鮮やかな暖色の羽毛がしっとりと根を張っているものの、羽ばたいて空を掻けるようにはできていない。尾羽も繁殖期に求愛するためにしか広げないので、大抵はペションと垂れて地面を撫でているだけだ。地を踏みしめ、野を駆け、爪や嘴を武器に狩りをする。

 でかくてすばしっこい、美味な肉であった。


「雌か。運がいいな」


 雌の肉は雄のものより柔らかく食べやすい。


「ほら、さっさと狩れ」


 魔王は洞窟の入り口にどっかり腰を下ろして、早くしろと勇者を急かす。

 飛ぶほうの鳥であれば結界の一つでも張ってやろうかとも思ったが、飛ばないのだから逃がす心配はない。攻撃的な性格だが、頭はよくない鳥である。初手は大抵、直進して爪を振り下ろしてくるばかりだ。


「……じゃん」


 勇者はぼさっと突っ立って、警戒心を剥きだして咆哮する怪鳥を見上げている。聖剣を抜く素振りも見せない。


「どうした。狩らんのか?」

「魔物じゃん!?」

「だからどうした。美味いぞ」

「魔物は人間が食うには向かねえよ!」

「お前はもう魔族だ。問題ないだろう」

「こういうのは気持ちの問題だろ!?」

「なんだ、それ。めんどくさ」

「はぁああああ!?」


 勇者が魔王のほうを振り返った。途端、怪鳥は爪を振りかぶり、勇者めがけて振り下ろした。勇者は気づかない。魔王は教えない。

 ――刹那、勇者の体は文字通り、八つ裂きになった。

 

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