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うっかり魔王と元勇者  作者: かたつむり3号
第一章 足並み揃えてバラバラ
2/17

01


 油断した。弱いから、脆いから、気を抜いた。よそ見した。

 自分の腹に深々と突き刺さった聖剣を見ても、魔王は片眉を上げただけだった。さすがに内臓を焼かれれば多少は痛みもするが、気にするほどではなかった。しかしそれがいけなかった。気にすべきだった。


 突如、すさまじい魔力の奔流を感じた。自分の体の内側、正確には突き刺さった聖剣から。


『道連れだ。俺と一緒にきてもらうぞ、魔王!』


 あ、やばい。

 魔王が思ったのはそんなことだった。思い出したのである。

 勇者一行は旅の道中、古の賢者だか聖者だか、なんかその辺の人間が残したスクロールを手に入れていたのだった。かつての魔王の皮を剥いで利用したスクロール。強大な魔力を内包するスクロールに、これでもかと魔法を刻んだ超レアアイテム。魔王を封印する魔法が込められたスクロールである。もし万が一、新たな魔王が誕生したその時は。いつ訪れるとも知れない脅威への備え。

 魔王を封印するのに魔王を頼るなよ、と。報告する部下の言葉を聞きながら魔王は溜め息を吐き出したのだった。しかも、そこまでしてなお、魔王を殺せるだけの魔法は込められなかったらしいというのが泣ける。その存在を、今まさに自分に使われるという瞬間に至るまで綺麗さっぱり忘れていた。


 魔王は迂闊な男だった。己が最強であるという確信故にきっかり慢心するタイプであった。数多の勇者の頭をもいで食らい、勇者が連れてくる女の腹を意気揚々と裂いて血を啜り、戦士や騎士といった肉の固い男連中はさっさと消し炭にしてきた。

 時折、殴りこんでくる神もいたが名前が違うだけで、どれも魔王の敵にはなり得なかった。勇者と同じように頭をもいで食らい、腹を裂いて血を啜っては、さすがに神の血は舌が痺れるな、と辛口な舌触りを楽しんだ。神は男でも肉が柔らかいので食材としては寧ろ好物だった。


 そんな奴であったから、魔王は失敗した。うっかりした。失念していた。

 お手玉みたいに命を放って遊んでいたら、いつか手痛いしっぺ返しを食らのだと理解できていなかった。神の采配でも悪魔の悪戯でもなく、自業自得で。

 それがあの瞬間だった。腹に突き刺さった聖剣に張り付けてあったスクロールが発動して、眩い光に目が眩んで、気づけばここにいた。


 天国なんて場所ではもちろんない。地獄でもないだろう。冥府の神は神経質で狭量だから、自分の領地を一部でも譲ってはくれまい。魔王は一人、納得して頷いた。

 いうなればここは、スクロールの元になった魔王の魔力に残留していた思念を利用した結界、その内側である。魔王は封印されたのだ。勇者の捨て身の一刺しで、勇者諸共。よく考えたものである。人間という生き物は時として、自己犠牲に躊躇がない。だから嫌いなのだ。

 封印という形をとる以上、魔王も勇者もここから出られないし死ねない。とんだうっかりもあったものである。

 自分が死ぬ瞬間など考えたこともなかったが、いざ死ねないとなると少しだけ気分が悪かった。そのうち、それこそ世界が壊れる時にはさすがに死ぬだろう、と思っていたからこそ考えなかった死である。


「にしても汚いな、ここ。掃除へたくそかよ」


 鮮明にこびりついた記憶である。魔王が考えもしなかった、それは死の記憶であった。魔法使いに身を焼かれ、戦士に肉を斬られ、聖女に聖痕を刻まれ、そして勇者によって殺された瞬間の記憶。激闘の末に打ち倒されたかつての魔王の記憶の中の城は、それに見合うだけ損傷していた。元が何であったかわからないほど破壊し尽くされた。故の汚さ、故の無残さである。


「ふむ……掃除するか」


 魔王は切り替えの早い男であった。封印された以上、悪ぶっても意味がない。邪悪を肉袋に詰められるだけ詰めたような部下も、悪意を煮詰めて固めた脳みそで思考するような魔族の民も、ここにはいない。日に一度、破壊行為を行わないと体調不良を疑われる生活はもうないのだ。


「箒とかあるかな……」


 魔王は飽いていた。

 人間はすっかり弱くなった。歴代の魔王がしっかりきっちり悪逆を尽くし続けた結果、強者はこぞって魔王城を目指し、打倒魔王を目標に据えてきた。命に限りがあるくせに、繁殖だけに注力しなければあっという間に滅んでしまうような種族のくせに。どいつもこいつも自分以外の誰かのために剣を取った。その結果がこれだ。

 人間は弱くなった。強者が血を残さないからだ。次の世代を残さない。今を生きるので精いっぱい。目先の平和などという仮初の希望に縋りついて、結果として将来的な平穏をどぶに捨てた。


 何が世界平和だ、くだらない。世界最弱たる人間が、自分達を害する存在の中でも一等目立っている脅威を排そうと足掻いているだけだろう。人間だって人間を殺す癖に、勝手なものだ。己の宿願を果たした結果を世界規模で語るな。そんなことを言い出したら、牛や豚が人間を殺し尽くしても世界平和だろうが、と。魔王はかねてより腹を立てていた。


「うわ、箒が潰れてる。徹底してんなあ、この時代の勇者」


 魔王の命を奪う頃には、勇者を筆頭に集められた人間の強者どもも命をすり潰している。それは魔法の使い過ぎによる生命エネルギーの枯渇であったり、回復薬の飲み過ぎによる中毒であったり、聖なる力の酷使による魂の摩耗であったり。番を求め、血を残すには命が足りないほどに、己を擦り減らしている。擦り切れている。


 そもそも魔王などというおおよそ人間では勝ち目のない存在を相手にするために、なんとか勝とうとするあまり、勇者一行は人間の枠から外されている。神の悪戯だ。人間では到達できない魔法の習得のために魔力器官を捻じ曲げ、人間では手に入らない強固さのために肉体をつくり変え、人間では届かない神の奇蹟に等しい力を得るため魂を歪め。そうして彼らは人間であることをやめた。人間が、人間のために、人間であることを諦めた。反吐が出る。

 人間でなくなった彼らは人間として後世に血を残せない。人間と交わっても子をなせない。そんなことばっかりやっているから、人間は弱る一方なのだ。脆弱な血を脆弱な血で繋ぎ、ウジのように数ばかり増えて、そのくせ一向に強くなれない。


「あ、デッキブラシあった。ゴミを集めるだけならこれでも、まあ……いいか」


 神も神だ。面白半分で人間を創った。自分に似せて創ったくせに、天上に至ることは許さなかった。大した世話もせず野花のように眺めて愛でるだけ。

 魔王がちょっと人間を殺すと大騒ぎして、勇者などと持ち上げて寄越す。弱いのだから、唯一の強みである数で攻めさせればいいものを、ちょっと突出した数人だけを送り出すものだからいつまで経っても魔族を滅ぼせない。魔王を倒すだけで精いっぱいだ。空席になった魔王の椅子に坐そうなどという魔族を出さないくらい徹底的に叩き潰せないから、魔族はすぐ次の王を戴く。彼我の戦力差を思えば、命を惜しんでいる場合ではないだろう、といつの時代の魔族も呆れているのに、人間も神も気づかない。繁殖力はあるのだから多少の数の減少には目を瞑ればいいものを。


「雑巾ねえなぁ。ま、その辺のボロ布でいいか」


 水は魔法で出せるから、勇者が起きるまではゴミ捨てに専念しよう。魔王が計画を組み立てていると、遠くで自分を呼ぶ怒号が聞こえた。


「もう起きたのか、あいつ」


 失血死する、と脅してやったのにもう忘れたらしい。

 しかたねえなぁ、はあ、やれやれ。魔王は誰にともなく深々と溜め息を吐き出して見せ、押っ取り刀で駆け出した。

 

 

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