04
勇者は大変な健啖家であった。
肉も魚も野菜も、これといった好き嫌いもなく、なんでもかんでもよく食べる。時に毒に負けて腹を下し、時に調理前の食材のグロテスクな見た目に悲鳴をあげ。慣れない魔族領の食材達に振り回されながらも、それでも食への飽くなき探求心は枯れることを知らない。
『今日は大漁だぜ!』
『その魚は鱗が硬い』
『ふーん、……でもお前の爪なら剥げるだろ?』
両腕で抱えきれないほど釣りまくった魚の鱗をすべて剥ぐのに、さすがの魔王も丸一日かかった。
『見ろよ、やったぜ! でっけーうさぎが獲れた!』
『そいつは火耐性がある。焼くのが手間だ』
『でもお前の魔法なら焼けるんだろ?』
勇者とそう体格の違わないうさぎを解体して焼くのに、さすがの魔王も一夜を費やした。火加減を誤るといつまでも焼けず、あるいは焼けすぎてしまう。
『見たことない木の実があった!』
『蟲に食われていると毒で脳が溶けるぞ』
『溶けても死なねえから大丈夫だろ!』
選り分けてやった。わざとかと叫びたくなるほど、勇者は蟲に食われたものばかりを選んで食べようとする。本当にわざとではなかったのだろうか。いっそわざとだと言え。
「なあ、今日の飯って何?」
「昨日の肉をトマトと煮ている」
「やった! 俺それ好き」
「貴様は食い物とくればなんでも好きだろうが」
こんなはずではなかった。
魔王の背に跳びつき肩越しに鍋の中身を覗き込む勇者が伸ばす手を叩き落しながら、深々と溜め息を吐き出す。
狩りに関してはほとんど不安なく送り出すことができるようになったものの、料理に関してはいまだにてんで駄目である。そちらは魔王のほうがすっかり腕を上げてしまった。
「できたぞ。食うだけ盛れ」
「おう!」
大皿にこぼれそうなほど盛って、席につくなりモリモリ食べ始める。魔王も続く。量はそう多くない。勇者の食べっぷりを見ていると、それだけで腹が膨れる気がする。
『……毒とか入ってねぇだろうな?』
『要らないのだな』
『ごめん食べます作ってくれてありがとういただきます!』
初めの頃に抱えていた警戒心はどこへ行ったのか。勇者はもうおかわりにも遠慮がない。
やたらに大きな獲物を狙う気質も納得の、すさまじい食いしん坊である。料理を始めて間もなく、作り過ぎたかもしれん、という魔王の不安など一蹴された。勇者はあるだけすべてをペロリと平らげる。その細身のどこに収納しているのか。食事のたびに、魔王は今でもびっくりする。
「なぁ、残り全部食っていいか?」
「好きにしろ」
魔王の返事を聞くなり、勇者は鼻歌混じりに鍋の中身をすべて自分の皿に盛った。満足げに皿を持ち帰り、そこでふと魔王を見て、
「あれ、飯……あれ!? なんで飯食ってんの!?」
とんでもなく失礼なことを言い出した。びきぃ、と魔王のこめかみに青筋が走る。
「我が作った食事を、我が食ってはいけない理由があるのか?」
まさかこの量を独占するつもりだったのだろうか。なんと図々しい。いかに食べっぷりの気持ちがいい男とはいっても、意地汚さはまた別だ。
食い意地はいくら張られようと構わないが、作ってもらっておいて「食うな」と言われては腹も立つ。
「え、いや、ない。ないです! 違うんだって、そうじゃなくって!」
勇者は慌てて首を横にぶん回した。違う。違うのだ。
「お前、食事は必要ないって言ってたじゃん!」
喧嘩のルールを敷いてすぐ、二人でちまちま家具をこさえている最中、魔王は確かにそう言った。食事も睡眠も必要ないのだと。
にもかかわらず、魔王は現在ガツガツ肉を齧っている。いつだって二人分の食事を用意して、欠かさず勇者と一緒に卓を囲む。
「食うなって言ってるわけじゃねえよ。ただ気になって……」
必要もないのに食事して、体に異常はないのだろうか。
もしかして、俺が封印したせいで肉体に変化があったのか。
どうしてか言葉に詰まり、疑問は腹の底に沈んだ。
「……」
「な、なんか言えよ」
黙り込んでしまった魔王の顔をいくら見つめても、苛立っていること以外、何も読み取ることができない。
「な、なんだよ、俺のせいか? やっぱ封印されたせい? それとも……そうだ! 俺のこと魔族に変えたときになんか変なことになったのか? ~~っ悪かったよ、ごめん!」
沈黙に耐えられず、勇者はわけもわからずあれこれ喋った。なぜ謝罪したのかもわからない。
わーん、と大騒ぎする勇者をだんまりしたままとっくり眺め、魔王は時間をかけて溜め息を吐き出した。深々と、長々と。
「貴様は芯からアホだな」
「ンだとコラ喧嘩なら買うぞ!」
突然の罵倒に、あっさりと針が振り切れた。しかし魔王はまた一つ溜め息を吐いただけで、喧嘩を吹っかけてはこなかった。
「貴様が言ったんだろうが」
何を?
なんの話かわからない勇者は、ぽかーん、と口を開けた。
「四脚も椅子のある大きな食卓で、一人で食事をするのは寂しい、と」
首をひねる。そんなこと言ったかしら。
口を曲げうんうん呻りながら記憶をたどり……ハッとする。
見せる相手もいないのに四脚も椅子を整えてしまったことを嘆いたときにぽつりと、そんなことを漏らした。聞こえていたのか。というか覚えていたのか。
「え、お前……それでわざわざ付き合ってくれてんの?」
食事の必要も、付き合う義理も、魔王には一切ないというのに。勇者の言葉、たった一つで。
「お前……やめろよ優しくするの! 俺が懐いたらどうすんだ! 責任とれる分だけにしとけよ!」
まるで己を犬か猫のように言う勇者の気が知れず、魔王は頭を抱えた。――貴様が言ったんだろうが。




