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うっかり魔王と元勇者  作者: かたつむり3号
第三章 背中合わせに向き合って
14/17

02


 まずいことになった。

 魔王は澄まし顔を維持したまま、心の中で滝のような汗を流した。


 期待というものはいつだって、淡く儚いものである。理解しているつもりであったのに、いざ気泡が弾けると落胆する気持ちを隠すのは難しい。

 実りは循環しない。

 初めてもいだ林檎の木は、もがれたまま葉だけを茂らせている。

 命は巻き戻らない。

 初めて狩った怪鳥は、巣こそ荒れ放題になってきたが、新たな個体が住み着く気配はちっともない。

 そのうちひょっこり、ポコッと生える。魔王の楽観は、楽観のまま消滅した。


 さて、どうしたものか。

 魔王は思案する。一人であれば食事をやめればそれで済む。しかしそうはいかない理由があった。勇者である。彼は食事を必要とする。

 食うに困れば空腹を抱えたまま、餓死もできずに生き続けることになる。永遠に終わらない飢餓感。それは死よりもずっと辛いことだ。可哀想に。……というのはもちろん建前で、空腹を拗らせた勇者はきっと、……絶対に騒ぐだろう。そうに決まっている。目に見えている。

 耐えられる気がしない。

 すぐに殺してしまう自信がある。

 しかし今の勇者は、魔王の血が混じった勇者は、殺しても生き返ってしまう。足をもごうが頭を潰そうが腹を裂こうが、あっという間に元通りだ。そして殺されたと知った勇者は、それまでの三倍、いや五倍は大騒ぎするだろう。

 耐えられる気がしない。


「……」


 腕を伸ばし、角の先端に触れる。

 魔を統べる者、魔族の王、その証。このねじれた二本角には、魔王が練り上げ、洗練された高純度の魔力が貯蔵されている。今なお、蓄積され続けている。

 角を持つ魔族は多けれど、角に魔力を蓄えることができるのは魔王だけだ。


 これを使えばあるいは、現状を打開できるかもしれない。……おそらく問題ないだろう。なにせここは魔族領で、己は魔王である。


「……まあ、いいか」


 そっと、周囲の気配を探る。今日は魚を食うぞ、と意気揚々と釣りに出かけた勇者はまだ戻っていない。念には念を。目視でも確認し、踏み出す。

 魔王城の地下、その最奥。この世でただ一人、魔王だけが立ち入ることを許された部屋がある。特別な結界で隠され、特殊な魔法で守られたその部屋には、たとえ勇者であっても立ち入ることは許されない。

 それほどの秘密が、そこにはある。しかし――


「……まあ、そうだろうな」


 ――そこには何もない。部屋の結界は霧散していた。魔法の痕跡も何もない。

 隠蔽が剥がれたことで、突き当りであるはずの壁のさらに奥、一部屋分の空間が露出している。窓もなく、部屋と呼べるような家具もなく、ただ中央に台座がぽつんと設置されただけの空間だ。

 当然ながら、台座は空である。


 どうりで循環しないはずだと、魔王は納得した。

 己の目で確認してようやく、魔王は納得した。


 ここには本来、コアと呼ばれる球体が設置されているはずである。

 それがない。あるべきコアがないために、実りは循環を止めてしまった。

 守るべき秘密が失われたせいで、魔族領の在り様が変化したのである。

 そもそも魔王が今いる魔族領は、彼が統治した時代のものではない。ここは過去の、いつかの勇者によって滅ぼされた魔王の記憶を基盤に生成された結界の内側である。生きている魔王の記憶ではなく、死の記憶。であれば当然、台座は空で、コアは剥奪されている。そうでなければいけない。

 それが当然の道理であるが、しかし困った。


 さて、どうしたものか。

 魔王は思案する。


 コアは魔王に無限の魔力を約束するアイテムだ。コアがあるから魔王は無尽蔵に魔素を生成し、際限なく魔力を垂れ流すことができる。そうして排出された魔力が巡り、魔族領の命を循環させる。自然の摂理を無視して、領内の環境を一定に保つことができるのは、コアがあってこそできる荒業である。

 コアがなければ、魔王は自前の魔力だけでどうにかしなければならない。並みの魔王では自身の魔力器官だけで魔族領全土をカバーできるだけの魔素など生成できない。


「……」


 腕を伸ばし、角の先端に触れる。

 長く伸びた二本角。ねじれてこそいるものの、その表面にはほんの小さなささくれさえ存在しない。どころか浮き出た荊の文様が蔓を伸ばし、角全体に這っている。歴代の王が持つ角の中で、最も美しいと評された自慢の角だ。

 魔王の角は凝縮された魔力の塊であり、その美しさはそのまま、魔王の魔力制御技術の高さを表す。練り上げ洗練された魔力が蓄積されればされるほど、その力は膨張し角の形を歪に歪めてしまう。それを制し、滑らかな表面を維持できる者ほど優れた技術を有するとされている。


 魔王は最強であった。

 角の美しさがその証明であり、彼の治世はそれ故に絶対であり、それ故に安定していた。


「治世、か……」


 先端を握り込む。

 封印された結界の中、治めるべき土地も、統べるべき民もいない。いるのは四六時中喧しいばかりの勇者だけだ。

 覚悟は決まった。

 角を握り込む手に力を込め、魔王はえいっと、先端をへし折った。

 

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