01
赤々とした林檎を実らせた大樹の一角を見上げ、勇者はぎゅっと眉根を寄せた。ぽっかり穴が空いたように葉ばかりが茂るその場所は先日、魔王に連れられ食料を探していた彼が実をもいだところである。
「変わってねぇな」
「そうだな」
同じく見上げ、魔王は片眉を器用に持ち上げた。おや、予想外。魔王の顔にはそう書いてある。
「まあ、まだ二日くらいしか間が空いてないし、これからだよな」
「かもしれんな」
結界の設定が曖昧なのだから、果実をもいでもそのうち同じものが生えてくるだろう。魔王の予想は今のところ、外れだったということになる。
「次だ」
「ん」
連れ立って向かったのは、小さな洞窟である。奥には何かの巣らしき痕跡があり、しかし何者もいない。
「いねぇな」
「そうだな」
そこは初めての食事で勇者が食べた怪鳥の巣があった洞窟だ。
魔物にせよ、獣にせよ、間を空けず棲みつくことで有名な洞窟である。しかし魔王が狩りをしたときのまま、何かが立ち入った痕跡もない。
「増えねぇな」
「そうだな」
淡々と返事をしながら、魔王は内心で冷や汗びっしょりになっていた。どうやら、事はそう、うまくいかないらしい。
停滞した時の中、狩りをしてもそのうちポコっとまた生えるだろうと思っていたのだが、そんなことはなかった。もいだ果実も、狩った魔物もそのまま復活する気配はない。
果実をもいだのは二日前だが、怪鳥を狩ってから少なくとも二週間が過ぎている。そろそろ新たな住人が下見に洞窟を訪れていてもいい頃合いだ。しかしその気配はない。
時が停滞する。魔王を封じ込め、二度と活動させないための結界。
甘く見ていたのかもしれないと、魔王は背筋に寒気を感じた。かつての魔王を殺した、その瞬間を切り取って形成した結界は、想定よりもしっかり条件が設定されていたのかもしれない。
「なあ、このままじゃ永遠は無理だぞ」
「そうだな」
結界の内側は広いとはいえ、やはり限界はある。魔族領の、それも魔王城の周辺だ。飲み食いした分がきちんと減っていくのなら、いつかは尽きる。飢えを感じる勇者は食うに困れば飢えたまま、永遠に腹を空かせることになるのだ。
「これ、大丈夫なのか?」
己を見上げる勇者へは視線を投げず、魔王は鷹揚に頷いた。
「どうとでもなる」
「ふーん……なら、いい」
あっさりと受け入れた勇者の声は軽やかだった。
魔王は鼻の頭にしわを寄せ、低く唸った。殺そうとしていた相手の言葉を、なぜそうもあっさり受け止めるのか。貴様はバカか。どうにもならなかったら、どうするつもりだ。
飢餓に苦しむ勇者を眺めて、魔王が愉快に過ごすとか考えないのだろうか。――考えないのだろうな、この男は。魔の王らしい思考を、魔王はすぐに打ち消した。
「しばらくはある物を食っていろ。経過を見る」
「ん」
案外ひょっこり生えてくるかもしれない。
薄い可能性だと思いつつ、魔王はやっぱり楽観を決め込むことにした。




