05
結局、勇者が食事にありついたのは、それからもう一晩、夜を明かしてからとなった。怪鳥の解体に手間取ったためである。
「まさか貴様がここまでバカだとは思わなかったぞ」
「何度も言うなよ。もうわかったから」
「何度も言うほど衝撃だったということだ」
反省しろ。
ばっさり切り捨てられ、勇者はシュンと肩を落とした。
旅の道中、食事の支度は聖女の役割で、魔法使いが加入してからは彼女の役割になった。勇者の役割はもっぱら獲物を狩ってくることで、調理にはほとんど携わらせてもらえなかった。
一度、せめて魔物の解体を手伝うと申し出たことがある。戦士が一人で悪戦苦闘している姿を眺めているだけという状態に申し訳なさが募ったためである。しかし毒の処理もせず、骨ごと肉をぶつ切りにしてしまい、二度と触れるなとボコボコにされた。以来、勇者は魔王城にたどり着くまで、食事の用意中は暇を持て余すばかりであった。
怪鳥の狩りは魔王に任せてしまったので解体は勇者が引き受けることになったのだが、どう捌いていいのかわからず散々に迷った挙句に豪快に腹を掻っ捌いた。
そばで見ていた魔王は、普通にキレた。
裂いた腹から垂れ流しになった怪鳥の内臓でじわじわと床が汚れていく様を眺めながら、魔王は無言で勇者の手から聖剣をひったくり、彼の腹を掻っ捌いた。勇者が怪鳥にしたのとまったく同じ太刀筋だった。
『貴様は二度と、解体に関わるな。殺したくなる』
『……もう殺したじゃん』
『黙れ』
『……はい』
そうして魔王は内臓を洗い流したり、肉を綺麗にしたり、抜いた羽を勇者の口に突っ込んだり、枕に詰めたりしながら、どうにかこうにか解体作業を終わらせた。その間、勇者は言われた通り解体作業には手出しせず、心の中でしくしく泣きながら見守っていた。
そんなこんな、すったもんだの大騒ぎをしたあと、魔王が調理に取り掛かったわけだが、彼は魔族の王である。当然のことながら、料理などしたこともない。解体こそ手順の心得があったが、そこまでだ。料理のことは知らない。勇者に料理をさせる気にもならない。
ただ肉を焼く。
悩んだ末に思いついたのはそんなもので、しかたないのでそのまま実行に移した。手始めに、勇者の頭ほどのサイズに切り分けた肉塊から始めてみる。
魔力を練り、火をつけた。
「あ、美味そう」
素直なもので、勇者は肉の焼けるにおいを嗅いで腹を盛大に鳴らし始めた。遂に空腹の症状が肉体にも表れるようになったらしい。これは喧しくなる。魔王は確信した。
「焼けたところから切って食え」
悠長に全体が焼き上がるのを待っていたら、勇者が空腹を訴え騒ぎだすに違いない。魔王は聖剣を返し、「そら、この辺はもう焼けたぞ」と指し示す。
勇者は大人しく、言われた通り肉を削ぎ落して食べ始めた。
「うま――い、けど……」
また一切れ、口に入れ咀嚼する。
「なあ、味付けって言葉知ってる?」
「知らん」
食事を必要としない魔王にとって、食べることは戯れだ。素材の味さえわかればそれで構わず、不味くなければなんでも食べる。
怪鳥の肉は柔らかく、臭みもないので食べやすい。魔王の中では美味に分類される肉だった。
「調味料の味が欲しければ自分でしろ」
「うん。でも、まあ……今日はこれでいいや」
「……好きにしろ」
なんか疲れた、とげっそりする勇者を眺め、魔王は深々と溜め息を吐き出す。疲れたのはこっちだ、と言いたい気持ちを吐き出す気力もない。
これからずっと、こんな調子なのだろうか。
遠い目になりそうなところをぐっと踏ん張って、魔王は決意した。勇者に狩りを教えよう。そして料理を覚えさせよう。こいつはしっかりと教育してやらないと、駄目だ。
「あんな凶悪な怪鳥の肉がこんなに柔らかいなんて、世の中まだまだ俺の知らないことばっかりだなあ~」
「貴様の知らないことを書き出したら、城の書庫を拡張せねばならん」
「ひどい罵倒を受けた」
「それはわかるのか……」
堪えたはずなのに、気づけば遠い目になってしまった。
広い天井のシミを数えて心を落ち着ける。
「ほら、全部焼けたぞ。おかわりするなら自分で焼け」
「わかった」
ムシャムシャと肉塊にかぶりつく勇者を置いて部屋を出る。その日、魔王は一日中、城の天辺で空を眺めて心を落ち着かせることに終始した。
翌日、生焼けの肉を食ったことで腹を壊した勇者がピーピー泣きじゃくる声が聞こえるまで、……聞こえてもしばらく無視して、魔王は嫌々ながら戻った。
「貴様は肉もまともに焼けんのか……」
「ご、ごめん……」
魔王を討伐するために神より選ばれた勇者であったはずの男がこれとは……。魔王はもう溜め息を吐き出すことにも疲れて、手っ取り早く勇者の腹に風穴を開けて腹痛を治してやった。
「俺、魔法の練習するよ……」
「貴様がすべきは我慢を覚えることだ。焼き上がりを待てずに生肉を食うバカがこの世に存在するとはな。我もまだまだ知らぬことばかりだ」
「ごめんよぉ……」
なんだか犬の躾をしている気分になってきた。




