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うっかり魔王と元勇者  作者: かたつむり3号
第二章 ちぐはぐな運命共同体
10/17

03


 うおーん、と勇者の泣き声が空気を揺らす。うおーん、うおーん、と城の隅々まで泣き声が行き渡る。……うるさい。

 かれこれ丸一日、勇者は泣き続けていた。

 初めの頃こそ謝罪らしきものを吐き出していたが、何を言っても魔王が無視するので、しだいに言葉は消えていった。代わりにいつまでも延々と泣くことにしたらしい。夜になっても朝になっても昼になっても泣き続け、今なお声は止まずにいる。


 いい加減にしろ。

 魔王の頑丈な堪忍袋の緒も限界だった。脳裏でぱぁんっと派手に弾け飛ぶ音がした。


「喧しい!」

「わーーーー!」


 広間に殴り込むと、天井からぶら下がった勇者がひときわ大きな声で泣いた。ローブでは吸い切れなかった涙が滴って、床に小さな水たまりをつくっている。

 泣き声ばかりを意地で垂れ流しているのかと思っていたが、どうやら本当に泣いていたらしい。この体のどこにそれだけの水分を隠しているのだろう。


「ま゛お゛う゛!」


 勇者は泣いた。

 あふれる涙を拭いもせず垂れ流し、心の底からしとどに泣いた。号泣である。


「顔までうるさいのか、貴様は」


 ローブを裂いて勇者の顔を確認した魔王は一言、普通にドン引きした。


「お前がずっと無視するからだろ! 俺あんなに謝ったのに!」


 冷たい声で溜め息を吐く魔王の腹に蹴りを入れ、引き続き勇者は泣いた。……なんて硬い腹筋なんだ。鉄かよ。勇者の足は可哀想なほどひしゃげてしまったが、すぐ治った。


「なあ、俺の体って今どうなってる?」

「濡れている」

「……うん、そうじゃなくて」


 丸一日、天井から吊るされっ放しである。ローブで包まれ、ロープらしきもので雑に吊られている。聖剣を背負ったまま後ろ手に縛られ、その上から胴ごとまた縛られ。

 腕の感覚がない。今朝方まで痺れていた肘から先はもう、うんともすんとも言わなくなっていた。壊死して回復して、そうして感覚が麻痺してしまったということだろうか。あるいは、今まさに死んでいる最中だろうか。どちらにせよ、考えるのはひどく恐ろしかった。


「なあ、下ろして」

「よかろう」


 ヒュン、と。

 風を切る音がしたと思ったら、――浮遊感に襲われた。

 魔王が、勇者の体を吊るすロープを切ったのだと理解したときにはもう、落ちた体は地面にぶつかり潰れていた。幾度か風切り音が続く、その間に回復する。


「うっ、ぇ……」


 勇者は泣いた。


「ふむ……まだこの程度か」

「どうせ俺は弱いよ」

「そのうち頑丈になる。俺の血で変質したのだ。その程度の肉体強度で済むものか」

「あ、そう」


 もっと穏便に確かめる方法はなかったのだろうか。天井付近から床に叩きつけるなど正気ではない。とはいえ腕の感覚は戻っている。体が潰れてから回復するまでの間に聞こえた風切り音はどうやら、魔王がロープを切ってくれたものであったらしい。

 意地悪で、すぐ乱暴する。……けれど優しい気もする。魔王とは、不思議な男であった。


「なあ、ごめんな」

「何が」

「ローブ汚した」

「洗濯しろ。裂け目も縫い合わせておけ」

「っ、……わかった」


 裂いたのお前じゃん。口から飛び出しそうになった文句を辛うじて呑み込んで頷く。つい喧嘩腰で物を言いそうになる。すっかり癖になっていた。


 自分は勇者で、相手は魔王だ。喧嘩など生温い。本来、両者の間に横たわるのは殺意であるはずだ。

 勇者は魔王を殺すために剣をとり、魔王は勇者を殺すために迎える。そうして互いに殺し合い、どちらかが死んだらお終い。そうあるべきで、そうなるはずだった。


「おい、いつまで寝ているつもりだ。さっさと風呂に入ってこい」


 飯にするぞ、と。そんな風に言葉をかけられる関係になれるはずないのに。なってはいけないと、思っていたのに。


「なあ、風呂の前に軽く俺のこと洗ってくれよ。べちゃべちゃして気持ち悪い」

「洗っても貴様は気持ち悪いだろう」

「普通に悪口だろ、それれれぇええええ!」


 魔法で生み出された水が滝のように降り注ぎ、勇者の言葉ごと体を押し倒した。せっかく起こした体が再び床に沈み、勇者はまた泣いた。

 やっぱ嫌いだ、こいつ。

 

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