コロとまんまるお月さま
これは、くちなし君という男の子が体験した、ちょっと不思議なお話です。
あんまり昔でもない、どちらかと言えば最近の、あるところに。くちなし君という男の子が居ました。
くちなし君はとても無口な男の子で、その名前のせいで、いつも口無しだ、口無しだ、なんて、まわりの子に面白おかしくさわぎ立てられていたのです。
でも、くちなし君は大丈夫でした。彼には、とても大切なお友だちが、ずっと一緒にいてくれたからです。
その、ちいさな恐竜の形をしたお友だちの名前は、コロ。おばあちゃんが初めて連れてきてくれたとき、くちなし君が伸ばした手から、勝手にころころと転がっていってしまったから、そう呼ぶことにしたのです。
コロは、くちなし君と同じようにずっと静かにしていて、何も言いません。それがくちなし君にとっては、まるで自分とおなじように感じられて、なんだか嬉しかったのです。
そんなぬいぐるみのコロが、家出してしまいました。寝る前までは、ずっと一緒にいたはずなのに。
これにはくちなし君もびっくりして、あちこち探して回ります。まくらの下にも居ない、おふとんをひっくり返しても居ない。家中を探して回り、とうとう最後には冷蔵庫の奥のほうまで見てみましたが、どこにもコロは居ませんでした。
くちなし君は、考えます。
コロは、ぼくと居るのがいやで、どこかに行っちゃったのかな?
もちろん、本当にそうなのかは分かりません。くちなし君が、もしかしたらそうだったのかもしれないと、想像してしまっただけのことです。
ですがくちなし君は、もし、そうだったとしたら、と思っただけで、なんだか悲しくなって涙がでてきてしまいました。
そうして一人で泣いていると、くちなし君のお母さんがやってきます。
「まあ、いったいどうしたの?」
「……コロが、いなくなっちゃったんだ」
「まあ」
くちなし君は、お母さんにもお願いして、コロを探してもらいます。けれど、どこにもコロは居ません。
やがて、太陽も山の向こうに隠れてしまい、あたりはすっかり暗くなってしまいました。
くちなし君は、とりあえず晩ごはんを食べたあと、部屋にもどって考えます。コロに帰ってきてもらうには、どうすればいいのかを。
だれかにお願いすれば、いいのかなあ。
ふと、窓から、おもてを見てみると、空にはまんまるいお月さまがぴかぴかと光っていました。
不思議なことに、そのきれいな光は庭の真ん中にまっすぐとさしこんでいて、一本の光の柱になっているみたいです。
くちなし君は、思わずおもてに出て、その光のほうへと歩いていきます。
ですが、これまた不思議なことに、光はいつまでたっても近くに来てはくれません。回りの景色はくちなし君が歩くのにあわせて、きちんと動いているのにです。
光のほうへと進むうちに、いつのまにか、くちなし君は、見たこともないような不思議な世界に迷いこんでいました。
まわりには、見たこともないような木や葉っぱが、世界を埋めつくすように生えていて、うすい紫いろのもやもやがそれにかぶさるように、ひろがっています。
「やあ、やあ、これはめずらしい! 人間なんて、どれくらいぶりに見ただろう!」
ぎゃあぎゃあとかすれたような声で、木の枝に止まっていたカラスがにぎやかに鳴くと、くちなし君は驚いて思わず声をあげました。
「カラスが、しゃべった」
「キミ、キミ、今どきのカラスはしゃべれるんだと知らないなんて、そいつはちょっぴり時代おくれなんじゃあないかい?」
「そうなんだ。さいきんのカラスって、すごいんだね」
「そうとも、カラスは、すごいのさ。キミは、なかなか分かってる。
……でも、ひとつだけ言っておくがね、カラスは昔からすごいのさ。そこをまちがえちゃあいけないよ」
「じぶんで、今どきとか、時代おくれとか言ったんじゃないか。
……ねえ、カラスさん。コロをみなかった?」
「ああ、ああ、見たとも、見たとも。
キミのちいさなお友だち。ちょっぴりまぬけな、コロのことは。あの子は、あの子のおばあちゃんに会いにいったのさ」
「コロのおばあちゃんに?」
「そうだとも。ぬいぐるみにも、家族が居るのさ。たまには会いたくなっても、おかしくないだろう?
でも、おかしいな。あの子は、すぐもどるよと言ったのに」
「コロに、なにかあったんだ。ねえ、カラスさん。コロは、どっちに行ったの?」
「やや、どこへ行ったかな。
たぶん、森の向こうの湖の、あの子のお家に行ったのかな?」
「きっと、そこに居るんだ。
ありがとう、カラスさん。ぼくは探しにいってくるよ」
「ああ、ああ、そうしたまえよ。友だちをさがして冒険するなんて、ロマンがあっていいじゃないか――――」
カラスは、愉快そうに鳴きながら、どこかへ飛んでいってしまいました。
くちなし君は、いま、ここにはじぶんひとりしか居ないんだと気が付いて、ちょっぴり怖くなってしまいます。
ですが、彼には、コロを探すという大きな使命がありました。怖がってはいられません。
くちなし君は勇気を出して、森の中をずんずんと歩いていきます。
森のなかには、またまた見たことも無いようなへんなものが、いっぱいありました。あしたの天気を歌うお花。おべんきょうばかりしている、大きさもあっていないメガネをかけたコオロギ。雲がながれていくのをじっと見上げているモグラ。
彼らはみんな、じぶんがやりたいことを好きなようにやっていて、くちなし君のことなんて気にもとめません。
道をきいても、コロのことをたずねても、だあれもかれもしらんぷり。くちなし君は、すっかりいつもみたいに無口になって、森の奥へと歩いていきます。
どんどんすすんでいく内に、たおれた木が道をふさいでいるところにでくわしました。これでは、さきへと行けません。
「……じゃまだなあ、こんなところで寝ないでよ」
思わずつぶやくと、その木はいちど、ぶるりとふるえて、くちなし君へと答えます。
「だって、キミ、仕方ないじゃないか。木だって、いつも立ってばかりではつかれてしまうよ。
……もしかしたら、ほかのやつは平気なのかもしれないけど、でも僕は疲れたんだ。ゆっくり、寝させてくれないか?」
「でも、きみがここで寝てると、おくに行けないじゃないか。コロを探さなきゃいけないのに」
「なに? キミは、コロさんの友だちなのか? それを、さきに言ってくれよ。
コロさんの友だちなら、通さないわけにはいかないじゃないか」
たおれている木はそう言うと、ぶるぶるふるえながら、地面へともぐって消えていきました。
あとには、木がむりやり通っていってやわらかくなった土と、動くときにおちた葉っぱだけが残っています。
くちなし君は、そのやわらかい土のうえをどうにかこうにか越えていくと、森のおわりが見えてきました。
出口には、そこをとおせんぼうするかのように、ちいさな犬が、おおきな犬を何匹もしたがえて、座っています。
「やい、おまえ! 親分の前で二本足で立つなんて、なまいきだぞ!」
おおきな犬の一匹が、くちなし君を見て吠えました。
「お前たち、やめないか。彼は人間なのだから、二本足で立つのが普通なのだ」
ちいさな犬がそれをたしなめると、吠えていたおおきな犬は、しょんぼりとしてしまいます。
くちなし君は、それがちょっぴりかわいそうだと思いました。
「お客人。話はすでに、聞いているよ。コロを探しに来たんだろう?」
「うん。みんな、コロのことをしってるんだね」
「もちろんだとも。コロは、私たちにとっても大切な友だちだからね」
「でも、誰からそんな話を聞いたの?
あの、おしゃべりなカラスさん?」
「いいや、違うさ。あいつは君と話したことなんてもう忘れて、どこかで歌いながら飛び回っているだろう。
私はね、お月さまから聞いたのさ」
「お月さまがしゃべるの?」
「そうだとも。人間たちは、あまりお月さまの言葉に耳をかたむけないが、私はお月さまの声が、好きなんだ。
とても、美しいものなんだよ」
「そうなんだ。ぼくも聞いてみたいなあ」
くちなし君は、想像しようとがんばってみますが、美しい声というものがよくわかりませんでした。
しかたがないので、風鈴がなるときの、りん、というきれいな音を想像して、たぶんそんな感じなのだろうと思う事にしました。
「ねえ、コロはこの先にいるのかな?」
「ああ。コロは、コロのおばあちゃんの家に居るはずだ。
はやく、むかえに行ってやるといい。きっと、おなか一杯になって、ぐうぐう眠ってしまったのさ」
「ぬいぐるみも、何かをたべるの? ぼく、何もあげたことないよ。
コロ、いつもおなかを空かしていたのかなあ」
「心配するな。ぬいぐるみは、人間の食べ物じゃないものしか食べないのさ。
――――さあ、もう行くといい。夜が明ける前に、コロを連れて帰るんだ」
「うん。ありがとう、犬さん」
「ああ。きみの旅が、きっとうまくいきますように」
犬たちが見守るなかを通りぬけて、くちなし君は、進みます。
カラスが言っていたように、きれいな湖が見えてきました。
澄みわたった水面には、お月さまが写りこんで、静かにかがやいています。
くちなし君は、お月さまが何か言っていないかな、と耳をすませてみますが、何も聞こえません。
「なんで、聞こえないんだろう。ぼくの耳が、悪いのかな?」
くちなし君が、ちょっぴり悲しくなっていると、そのさびしそうな背中へと、声がかけられました。
「そんなことは、ありませんよ。
お月さまの声は耳ではなくて、心で聞くものなのです」
くちなし君は、びっくりしてふり返ります。
そこには、コロとまったく同じようで、それでいてちょっぴりと大きな、恐竜のぬいぐるみが立っていました。
「コロ……の、おばあちゃん?」
くちなし君がたずねると、そのぬいぐるみは、器用にこくりとうなずきます。
「ほら、お月さまに目をむけて、ゆっくりと、息をするのです。
あわてることは、ありませんよ」
くちなし君は、言われるがままに、空のお月さまへと顔を上げて、そのまんまるい光と目を合わせます。
ゆっくりと、ゆっくりと息をすって、はきだすと、遠くのほうから、きれいな音がひびいてくるのが分かりました。
何かが流れてゆくような、しゃー、しゃーという音にまじって、くすくすと笑うようなきれいな声が、たしかに聞こえてきたのです。
「聞こえた!」
「ええ、ええ、そうでしょう。
お月さまは、いつでも見まもっていてくれるのですから。
さあ、こちらへいらっしゃいな。コロを、むかえに来たのでしょう?」
コロのおばあちゃんはそう言って、ぬいぐるみの短い足で、ゆっくりと歩いていきます。そして、ちいさな家の前まで行くと、くびを使って器用に扉を開けました。
くちなし君は、そのうしろをあわてないでついて行きます。
お家のなかは、とても、あたたかいものでした。だんろにまっかな火がこうこうともえていて、そこの前で、コロはくるんと丸くなって眠っているようです。
「コロ!」
くちなし君が、そう声を上げると、コロはのそのそと起きあがり、あたりをすこし、見回します。そして、くちなし君と目が合いました。
「…………?」
コロは、首をかしげてしまいました。
その様子を見ていたコロのおばあちゃんが、くすくすと笑って言います。
「あの子ったら、あなたが居るからびっくりしているのよ」
すこしすると、コロはくちなし君の方へと歩いてきて、言うのです。
「……くちなし君?」
はじめて聞いたコロの声は、なんだかころころした音をしていました。
「コロ。やっぱり、しゃべれるんだ」
「もちろん。やっと、聞いてくれたね」
「いつも、しゃべってたの?」
「うん。きみには、聞こえてないみたいだったけど」
「そうだったんだ、ごめんね」
「気にしないで。
ぼくは、君とおしゃべりが出来なくても、いっしょに居るだけで楽しいんだ」
「コロ……」
くちなし君は、悲しいわけでもないのに、なんだか涙が出てきてしまいました。くちなし君には、その理由が分かりません。
くちなし君は、服のそでで涙をぬぐってコロを持ち上げると、ぎゅっと抱きしめました。コロからは、いつもと変わらない匂いがします。
「さあ、そろそろお行きなさい。
あなたのお家に、その子をきちんとつれて行ってあげてね。
その子だけだと、きっとどこかで道に迷ってしまったでしょうから、あなたが来てくれてよかったわ」
「うん。またね、コロのおばあちゃん」
「ばいばい、おばあちゃん。ぼく。また行ってくるよ」
くちなし君とコロは、コロのおばあちゃんに別れをつげて、道を歩いていきます。
「コロ。ぬいぐるみって、家族がいるんだね」
「うん。ぬいぐるみにも、いろいろあるのさ。
それで、実はね……ぬいぐるみだけじゃない。人と同じように、木にだって川にだって、石ころにだって、本当は家族がいるんだよ。人には、それが見えないだけなのさ。みんな、みんな、世界のなかで、誰かと一緒に生まれたんだ。それはとっても、すてきなことだと思わないかい?」
「なんだか、むずかしいね。
でも、たしかに。誰かがいっしょにいてくれるのは、きっとすてきなんだろうね。だって、ぼくはコロが居てくれて楽しいし、うれしいんだから」
コロを、ぎゅっと抱きしめながら、くちなし君はことばを返します。
そして、ひとつだけ。くちなし君は、そっと聞くのでした。
「……ねえ、コロ。
コロは、ぼくの家族なのかな?」
「きみが、そう言いたいのなら、もうぼくは君の家族なのさ」
「……そっか。じゃあ、家族なんだ」
ふたりとも、それきり静かになって、道をあるいていきます。
さくり、さくりと落ち葉をふむ音だけが、ひびいていました。
ふいに、コロが口をひらきます。
「くちなし君。きみも、やがて大人になる。
その時は、もしかしたらあたらしい家族ができたりして、そっちの方にばかり、目をむけるようになるのかもしれない。
ぼくをわすれて、きみの人生を、歩んでいくのかもしれない」
「どうしたの、コロ。ぼくは、大人になっても、コロとはなれたくないよ」
「うん。ぼくだって、君といつまでもいたいと思うし、じっさい、きみが何をえらぶのかは、分からない。未来のことは、やっぱりきまっていないものだからね。
ただ、きみがどこに行ったとしても、ひとつだけ、おぼえておいてほしいんだ。
ぼくは、ぼくたちは、きみがどんな道をすすんだとしても、それを愛しているよ。
だから……だから、きっと、幸せになってね」
「……よく、分からないよ。でも、がんばる」
くちなし君には、コロが言ったことはむずかしくて、よく、分かりませんでした。
でも、コロがうんとまじめにそう言うので、くちなし君も、それにこたえたくなったのです。
くちなし君は、ふと、空を見上げました。
この、不思議な世界に来るときにも見た、まんまるいお月さまが、ぴかぴかと光っています。
「ほら、コロ。お月さまが、きれいだねえ。
……そうだ。コロは、お月さまの声を、聞いたことある?」
「もちろんさ。お月さまは、今だって歌っているよ。
いっしょに、歌おう。何もわからなくても、だいじょうぶ。
聞こえたままに、まねをしてごらん」
「うん」
くちなし君とコロは、お月さまの歌をまねしながら、一緒に歌って歩きます。
やがて、ここに来るときに見た、光の柱があらわれました。今度は、歩いていっても、それは逃げては行きません。
くちなし君は、その光の柱へと指を伸ばして――――
*
あたたかなおふとんの上で、くちなし君は目ざめました。
いったい、自分がいつ眠ってしまったのか、まるでわかりません。
あわててまわりを見わたせば、じっと座っているコロが、目に入ります。
「コロ!」
「…………」
コロは、なにも答えません。
だって、ぬいぐるみなのですから、しゃべるわけがないのです。
さっきまで見ていたものは、ただの夢だったのでしょうか?
くちなし君は、コロと歌ったお月さまの歌を口ずさみます。
やはり、コロは何も言いませんでした。
*
やがて、くちなし君も大人になる時がおとずれます。
どんどん大きくなっていくうちに、いつしか彼はコロといっしょにすごす時間もへっていきました。いまや、あたらしい家族だっているのですから、それも不思議ではないでしょう。
それでもくちなし君はコロと別れることもなく、コロはずっと一緒に居ましたが、物というものには、命があるのです。それは、時間がたつにつれて、どうしても目につくようになってしまいます。
くちなし君は、コロがどんどん古びていくのが、悲しくて仕方がありませんでした。すっかりとあちこちがほつれ、わたはへたり、目など片方はなくなっているのです。
……どうしても、別れる時が、来るものなのでしょう。
「コロ。ぼくは、幸せだよ」
そう、一言だけコロに告げて、彼は、なつかしい歌をうたいます。
そうして、また寝て起きると、コロはあの時のように、居なくなっていました。
*
くちなし君は、今でも月を見ると、思い出すのです。
あの夜、コロといっしょに不思議な旅をしたことを。
くちなし君は、コロがおばあちゃんの所へ帰って行ったのだろうと、ずっと、ずっと信じているのです。