七
食事お届け係に立候補した私は、さっそくご飯を届けにいくことになった。
三階にいる人は基本、魔力を使いすぎて弱っている状態だそうで、魔力を回復するためには寝るのが一番で、体が睡眠を求めるらしい。だからとにかくみんなよく寝るそうだ。
「で、寝て起きたらものすごく腹が減る、飯を食べたらまた寝る、それを繰り返して、体に魔力が溜まっていくんだ」
「ご飯、用意、大事」
「そういうことだ」
と言ってカールさんに持たされたトレーには、男子高校生が食べそうなガッツリメニューがたくさん盛られていた。
「体、弱る、食べる、できるか?」
病人に不向きそうな茶色系のおかず盛りだくさんプレート、弱った人が食べれるのか疑問である。
「魔力がなくなると、すげぇ腹が減るからな、このぐらいペロリだ」
ということなので、さっそくトレーを持って、三階まできた。
掃除でお邪魔した時の様子を思い浮かべて、室内を歩き回っていた元気な人の部屋は除外して、ご飯を配っていく。
「失礼、するぞ」
サッと入って、ベッドサイドにあるテーブルにトレーを置く。
寝ている人がほとんどだけど、起きてる人には一言声をかける。
念のため食事介助が必要か確認していく。
そうして各部屋に順番にご飯を届けて行き、青い髪の女の子の部屋へとやってきた。
「失礼、するぞ」
女の子は相変わらず、警戒心丸出しでこちらを見ている。
初日に枕が飛んできたことを考えればましになったように思うけれど、女の子が起きている時に掃除しているとずっと熱い視線を感じるのだ。
「ま、また来た。一日に二回も来るなんて、何しにきたのですか?」
「ご飯だ」
ドンとトレーを突き出せば、目線はトレーに釘付けだ。
「食べる、できるか?」
「え?」
「一人、食べる、できるか?」
「……は?」
あれ?
これはもしかして、ちゃんと言葉が通じてないかもしれない。
単語をきちんと発音できないときは聞き取りにくいことがあるので、私はできるだけわかりやすく発音して詳しくを心がける。
「ご飯、一人、食べる、できない。私、食べる、あーん、やるぞ」
今度はジェスチャー付きで、わかりやすく説明したけれど、女の子はなぜかポカンと口を開けたままだ。
「あれ? 言葉、通じる、ないか?」
首を傾げて女の子を見れば、なぜか溜まる涙。
「どうした? 痛いか?」
心配になり近寄って顔を覗き込めば女の子は、キッっと私を睨みつけた。
「なんで、なんで、あなたがそんなことを言うんですか?」
「ん?」
「だって、今まで、誰もそんなこと言ってくれなかった」
「んん?」
「熱が出ても、体が動かなくても、誰も助けてなんてくれなかったのに」
そう言って肩を震わして女の子は泣き出してしまった。
「えーと、泣く、するな」
自分を守るように膝を抱えて泣く姿に困った私は、よしよしと頭を撫でる。
「うわーん」
撫でればなぜか大きくなる泣き声。
「泣く、するな、私、ご飯、あーん、するぞ」
とは言ったものの、泣き続ける女の子はご飯なんて食べれないだろう。
立ち去ることもできずに困った私はよしよしと頭を撫でることしかできない。
そのまましばらくすると、その内に泣き声が小さくなってきた。
「グスン、名前」
「ん?」
「名前で呼んでください」
名前で呼ぶぐらいお安い御用だ。
「いいぞ、名前、何か?」
「モニカと言います」
「モニカ、モニカ、うん、覚えたぞ」
「今まで、態度が悪くて……ごめんなさい」
「気にする、ないぞ」
「私、魔力切れて……倒れ……誰か……心配……思ったのに、誰…も」
モニカは泣き疲れたのか、話しながら寝てしまった。
私の手を握って。
そう、私の手を、ギュッと握って寝てしまったのだ。
「……困る、する、私、ご飯、運ぶ」
まだご飯を運んでいない部屋があるから、ずっと手を握ったままというわけにはいかない。
ゆっくりと手を抜いて、モニカが起きないことを確認した私は、そっと廊下に出る。
そして大慌てで食堂へとご飯をもらいに行った。
それからご飯を配っていない部屋へと、ご飯をどんどん配っていく。
「よし、ここ、最後」
一番最後の部屋はおじいさんとビリーさんのいる部屋だ。
一応ノックをして、小声で入室。
「失礼、するぞ」
ビリーさんはさっき来た時と同じ体勢で爆睡中。
おじいさんは、ベッドに横になっているけれど、起きていたようで部屋に入った瞬間目が合った。
「なんだ?」
「ごはんだ。一人、食べる、できるか?」
「……は?」
おかしい。
ちゃんとはっきり発音してるし、言葉は通じているはずなのに、聞き返された。
そこまで考えて私は気づく。
お年寄りだから耳が遠いのだ。
介護の仕事をしている時は、当たり前のように大きな声で話していたのに、すっかり忘れて普通の声量で話していた。
「ごはん、私、食べる、あーん、やるぞ」
大きな声でそう言った私を、おじいさんはまるで宇宙人にでも遭遇したかのような顔で見ている。
たっぷり見つめ合う私とおじいさん。
おじいさんも紅い瞳が綺麗である。
「……そこに置いておけ」
ベッドサイドのテーブルには、さっき私が用意した水差しがあるけれど、水差しは倒れてしまい水が零れていた。これはもしかしなくても、水を飲もうとして零したのだろう。
「水、飲むか?」
残っている水をコップに注いで、おじいさんに手渡す。
その時おじいさんの手が震えていることに気づいた。
「私、まかせろ」
驚くおじいさんに構わず、私はおじいさんにお水を飲ませる。
本当はコップじゃなくて吸い飲みでもあればいいのだけれど、おじいさんは喉が渇いていたようでコップでも上手にゴクゴクと飲んでいく。
水も一人では飲めないのだから、ご飯はもちろん自分では食べれないだろう。
「よし、ご飯、あーん、するぞ」
「……自分でやる」
「わかる、した、私、手伝う、するぞ」
そう言って私はおじいさんにフォークを握らせる。
おじいさんは震える手で、お肉にフォークを刺している。
なんとか口元まで持っていき、咀嚼するおじいさん。
ものすごく長い時間かけて咀嚼してやっと飲み込んだ時には、おじいさんは若干疲れているように見えた。
「ごはん、小さくするか?」
「なんだって?」
「食べる、大変、ごはん、小さく、する、食べる、簡単」
「そんなことができるのか?」
「私、まかせろ」
トレーを持って食堂まで急いで降りていく。
そしてカールさんを見つけて、刻み食の相談をする。
「それじゃ、これを細かくすればいいのか?」
「うん、噛む、疲れる。小さい、噛む、簡単」
「こんなもんか?」
カールさんの素晴らしい包丁さばきで、あっという間に介護食の出来上がりだ。
ついでに私はカールさんに、食材を飲み込みやすいようにとろみをつけられるようにしてほしいことと、水を飲ませるための吸い口のついた水差しについて相談を持ち掛けた。
「……飯を飲み込みやすくなんて考えたこともなかった。いろいろ試してみよう。そして、水差しは探しといてやるよ」
「ありがとう、ござーます」
出来上がった介護食を急いでおじいさんに届ける。
「ごはん、小さい、した」
ムスッとしたおじいさんに今度はスプーンを持たせるけれど、フォークと違ってスプーンですくうのは難しいのだ。
「くそっ」
と、おじいさんがイライラした様子なので、一緒にスプーンを持って口元までもっていく。
今度は咀嚼する時間も短くて、すぐに飲み込むことができた。
おじいさんは、ご飯とスプーンを交互に見て、最後に私の顔を見てから口を開いた。
「……食べさせてくれ」
小さな小さな声でそう言ったおじいさんに、私は胸をドンと叩いて言った。
「私、まかせろ」