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「私、怪しい、違うぞ」


 自分で言っていてなんだけど、これじゃ怪しい人みたいじゃないか。


「ドア、開ける、ビリーさん、寝る、してる」


 反応のない相手に、慌てて一連の流れを説明する。


 たっぷりの沈黙の後、低い声が響く。


「こっちにこい」


 そう、言われた私は奥の方の部屋へと近づいてみる。


「こっちだ」

「ん?」


 開いている扉に近づけば、そこにいたのは、真っ白な髪が特徴的なおじいさんだ。

 若い頃はモテただろうなと思わせるほどの男前が、紅い瞳をこちらに向けていた。


「誰だ?」

「私、掃除、する人」

「……掃除?」

「うん。ビリーさん、三階、部屋、掃除、する、言う、したぞ」

「ビリーに頼まれて掃除してるのか?」

「うん」


 この時、おじいさんは私のことをビリーさんが雇った下働きだと思ったようだけれど、私はもちろんそんなこと気づかない。


「ドア、開ける、ビリーさん、寝る、してる」

「そうだ、ビリーは?」

「息、する、してる、呼ぶ、起きる、ないぞ」


 寝ているだけに見えるけれど、呼びかけても起きないのだ。


「恐らく魔力切れだ」

「魔力、切れる、治るか?」

「時間が経てばな。しかし、しばらく体が動かないはずだ」

「大変」

「その辺に転がしておけば大丈夫だ」


 ビリーさんの様子も気になるけれど、入ってきたときから気になっていることが一つある。


「床、いる、なぜだ?」


 もしかしたらおじいさん、ベッドから落ちたのかなと気になったのだ。


「……助けに行こうとしたんだが、足に力が入らなくてな」


 ビリーさんを助けに行こうとしたおじいさん、どうやら床から動けなくなってしまったようだ。


「私、まかせろ」


 ドンと胸を叩いてそう言った私に、驚くおじいさんに近寄る。


「な、なにをする」

「よいしょ」


 介護の仕事では自分より大きい人を移動させることなんてよくあった。

 力だけでは難しいけれど、人を立たせる時にはコツがある。

 ちゃんと勉強しておいてよかったなと思いつつ、私はおじいさんをどうにか立ち上がらせることに成功した。


 おじいさんは足に力が入らないようで、私の支えがなかったら倒れてしまいそうだ。

 それなのに、おじいさん妙に態度が大きい。


「触るな」

「触るな、する、落ちるぞ」

「くっ」

「私、まかせろ」


 最後はほとんど背負う形になったけれど、なんとかベッドに到着。

 おじいさん痩せているけれど、身長は高いようで思ったより大変だった。


 おじいさんはベッドの上にいるからいいとして、問題はビリーさんである。


 深く眠るビリーさん、筋肉モリモリなだけあって重たすぎる。

 ソファーの上にと思ったけれど、とてもじゃないけれど持ち上がらない。

 仕方なくビリーさんを重ねたシーツの上まで転がした。


「終わったら出て行け」


 おじいさんはそう言ったけれど、この部屋も他の部屋同様汚かった。

 しかも机の上の五個もある水差しに水が入っていないから、新しい水差しに交換したくてうずうずしてしまう。

 一度気づいてしまったら、見て見ぬふりはできない。


 ウトウトしているおじいさんは、私が気になるのか寝るに寝れないようだけれど、さすがにこれはひどすぎる。


 せめて少しだけでもと思って、極力音を立てないように掃除してみる。

 窓を開けたり、水拭きしたりする私が気になっていたおじいさんだけど、気づいた時には穏やかな寝息を立てていた。


 ベッドのシーツが交換できないのは残念だけれど、できる範囲で掃除をやろうと決めた私は、静かに素早く拭き上げていく。


 水差しの水も交換して、最後にビリーさんの窮屈そうなシャツのボタンを二つ外して首元を緩めた。


「綺麗、なる、したぞ」


 部屋を見渡して満足した私は一人頷いて掃除を終えた。

 おじいさんもビリーさんも深く眠っているようで起きる気配はない。


 いつの間にか窓の外は真っ暗になっているから、今日の勤務はここまでだ。


 その後、食堂で、いつものようにご飯を皿に盛る私。

 相変わらず人がまばらの食堂では、あまり目立たない端の席が私の特等席だ。


「うむ、うまい、すぎる」


 相変わらずの美味しさを噛みしめる。

 しかし、今日は気がかりなことがあり、いつものように箸が進まない。


 あのおじいさん、ベッドから一人で動けないのに、ご飯はどうしているのだろうかと気になる。

 一度気になり始めたら、いろんなことが気になってきた。あの青い髪の女の子だって、元気がなさそうだったし、食堂まで来ることができない人はご飯はどうしているのだろうか。


 誰かに聞こうにも知り合いもいない。

 極力人と関わらないようにしていたから、こういう時に困ってしまう。

 キョロキョロと周りを見渡してみれば、少ないけれど人はいる。

 一番近くと言っても、なかなかの距離がある場所に座る人は、話しかけるなよというオーラが出ている気がする。


 どうしようかと困っていれば、不意に声を掛けられた。


「お嬢ちゃん、どうした?」


 厨房から出てきたのは、コック帽がよく似合う赤髪のお髭のおじさんだった。

 驚く私のお皿をおじさんは覗き込む。


「今日のは口に合わなかったか?」

「ごはん、うまい、すぎるぞ」

「そうか? 今日はあんまり食わないから口に合わなかったのかと思ってな」


 ブンブンと首を振り否定する私。


「いつも、うまい、すぎるぞ」


 グッと親指を立ててそう言った私を、機嫌よさそうに髭を撫でながら見ているおじさん。


「そうか、そうか。そんなにうまいか?」

「うん、うまい、すぎる。私、太る、怖い、なるぞ」


 ご飯が美味しくて食べすぎてしまい、太りそうで心配なのだ。


「ガハハハ、俺が作った料理をそこまで褒められりゃ悪い気はしねぇな」

「おじさん、料理、作る?」

「おう、俺は料理長のカールだ」


 本当にここのご飯が美味しすぎて、毎食、楽しみにしている私。

 料理長ということは、この食堂のトップだ。

 これはぜひお礼を言わねば。


「カールさん、ごはん、作る、いつも、ありがとう、ござーます」


 深々と礼をする私が顔を上げると、カールさんはポツリと呟いた。


「……礼を言われるってのはいいもんだな」


 カールさんの声が小さすぎて聞こえない私が首を傾げれば、カールさんは髭を撫で何やら考え込んでいる。


「はい、私、聞く、したい」

「なんだ?」

「三階、寝る、してる人、ご飯、食べる、する?」


 三階で療養中の人のご飯はどうなっているのか聞きたいのだけれど、これで伝わるだろうかとカールさんを見てみる。


「ああ、三階の奴らは、基本はここで食べるが、重症者にはビリーが運んでるぞ」

「ん? ビリーさん?」

「おう、ビリー・ホワイトだ」

「ビリーさん、魔力、切れる、した」

「なんだって、ビリーは魔力切れをおこしたのか?」

「寝る、してるぞ」

「そりゃ、大変だ。飯を届けてやらねばならん奴らがいるはずだ」

「私、まかせろ」

「ん? お嬢ちゃんが運んでくれるのか?」

「うん。運ぶ、するぞ」


 といういことで、私はビリーさんの代わりにご飯運び係に立候補した。

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